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《目次》
プロローグ
第1章 テレビマンとは何者か
第2章 大事なのは、誰と仕事をするか
第3章 表現とタブー
第4章 放送は常に未完である
第5章 世の中には理解不能な現実がある
第6章 ドキュメンタリーを、誰が求めているのか
第7章 「ダメモト」が表現世界を開く──〈司法シリーズ〉のこと
第8章 「ドキュメンタリー・ドラマ」とは何か
第9章 あの時から、ドキュメンタリーは閉塞した世界だった
第10章 題材は探すのではなく、出会うもの
第11章 組織の中の職人は茨の道
第12章 「わかりやすさ」という病
第13章 樹木希林ふたたび
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まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
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小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
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D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
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清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
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福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
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安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
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茫漠の曠野 ノモンハン
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松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
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清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
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広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
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オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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英語の実際的研究 (1969年)
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高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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服従
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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カント
安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本 太郎
山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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転換期の日本へ―「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か (NHK出版新書 423)
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ジョン・W・ダワー,ガバン・マコーマック
おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
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2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
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もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
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食う寝る遊ぶ 小屋暮らし (JUGEMレビュー »)
中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
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暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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舞子ちゃん、ブラボー!
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    舞子ちゃんとは、大分地裁・武智舞子裁判官のことです。去る3月7日、伊方原発運転差し止め訴訟の判決で「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」と平然と言い渡した裁判官である。平然というのはお前の主観だろう、という人がいるかもしれない。しかし、根拠がある。それは次回のブログで書く。

     

     

     

    判決を聞いたとき私は立ち上がって次のように叫びたかったのだ。しかし、判決から5秒後、私は即座に席を立ち、法廷を後にした。

     

     

     

    「舞子ちゃん、ブラボー!素晴らしい。あなたの母ちゃんも、父ちゃんも、じいちゃんも、ばあちゃんも、舞子よくやった!立派な判決だ!とほめてくれるれるだろう。日本国憲法第76条3項には「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される。」と謳われている。今回、あなたが公にしたあなたの良心は後世に残るのだ。おめでとう!」

     

     

     

    報道では「大分地裁の判決」と言われているが勘違いしてはいけない。大分地裁で働く国家公務員・武智舞子が下した判決である。

     

     

     

    今から6年前、同じく大分地裁・佐藤重憲裁判長が伊方原発差し止め却下の判決を下した時、私は記事の中で次のように書いた。

     

     

    「今回、佐藤重憲裁判長が、四国電力といわゆる原子力ムラの言い分をそのまま追認しただけの決定しか下せなかったのは、匿名のシステム(この場合裁判所という組織を指します)に逃げ込んで裁判官個人としての「良心」や見識を世に問うことが怖かったからです。既成事実を追認するだけの勇気のない裁判官などいりません。追認するならせめて後世の批判に耐えられるだけの論理と根拠を明確に示してもらいたいものです。」と。

     

     

    大分地裁佐藤重憲裁判長、伊方原発差し止め却下。

    https://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=520

     

    大分地裁裁判長への意見陳述書。

    https://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=426

     

     

    今回、武智舞子氏が下した判決が世間にどのような影響を及ぼすのか、一見まともに見える言説や生き方の中に卑怯で勇気のない大人の論理がどのように忍び込んでいるのか、については次回のブログで述べる。

     

    | 原発 | 12:45 | comments(0) | - |
    建築家・山本理顕氏、関西万博を批判する。
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      建築に興味を持って以来、ずいぶん多くの建物を見てきた。当然、関心はそれを設計した建築家にも及んだ。

       

       

       

      作家や画家、書家、陶芸家などについて論ずる際には作品が重要で−この場合は建築家だが−作者は重要ではないという、私に言わせれば単なる衒学趣味、新しがりの評論が大学教師の間ではやったことがあった。いや、今でもテクストクリティークなどと称して研究されているのかもしれない。

       

       

       

      これは受験を通じて、作者や筆者に興味を持つことを禁ぜられ、代わりに出題者の意図を探るように訓練されてきたことと関係があるのかもしれない。美味しい料理を食べた時、作った人の顔を思い浮かべるより、レシピを調べるのと似ている。

       

       

       

      しかし、ある優れた建築を前にして、感動すればするほど、それをこの世に生み出した人間のことを知りたいと思うのは自然ではないか。少なくとも私は知りたいと思う。ゴッホやルオーの絵を前にして、あるいは良寛の書を前にして、人間に興味がわかないなどというのは、影響を受けるということを深く考えたことのない人間の戯言だと思う。

       

       

       

      いきなり話がそれてしまった。

      私が影響を受けた建築家は多い。白井晟一氏や吉坂隆正氏を筆頭に海外の建築家を入れれば30人ほどになる。その中に山本理顕氏(78)がいた。その山本氏が今年、「建築界のノーベル賞」と言われる「プリツカー賞」を日本人として5年ぶりに受賞した。こんなうれしいことはない。

       

       

       

      ところで、以下の記事を書いたとき、建築の素人が何を偉そうなことを言っているのかとのコメントをもらった。私は心ある建築家が批判するだろうと思っていた。しかし、批判しないどころか、高名な建築家が率先して愚行に手を染めているのを見て、やむを得ず書いたものだった。

       

       

      三流腐敗国日本の象徴−関西万博 大屋根(リング)

      https://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=884

       

       

      それでなくとも、今の日本では、批判はネガティブなもので、コンビニの店員に理不尽なクレームをつけているようなものだと考えられている。批判は創造的行為だなどと思っている人は絶滅危惧種なのかもしれない。

       

       

       

      そんな時、尊敬する山本理顕氏が関西万博を建築的観点から批判しているのを知って、救われた気がしたのだ。真実は単純で、誰もが見ようとすれば見えるし、聞こうとすれば聞こえるものだ。聞く力を強調していたどこかのfoolには無理だろうが・・・

       

      https://youtu.be/xCyYN99kQzk?si=5BtXPEFccix7TIZD

      | この人を見よ! | 16:05 | comments(0) | - |
      後ろ髪を引かれる思い−映画『Meet Joe Black』
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        「後ろ髪を引かれる思い」とは、大切なことを言いたかったのに言えずに心残りでその場から離れられない気持ちのことを言います。こういった思いにとらわれることは、誰の人生にも一度は訪れます。特に男女の恋愛において。お互いがこの思いを胸に秘めている場合、二人の間に様々な障害があっても乗り越えられるはずです。

         

         

         

        問題はお互いが「後ろ髪を引かれている」ことの価値に気づいているかどうかです。気づけるためには、直観を信じなければなりません。社会的なステイタスや通念に縛られていると直観は生き生きと働きません。そして人生で最も大切なものを見失ってしまうのです。

         

         

         

        なぜこんなことを言うかといえば、「後ろ髪を引かれる想い」を見事に描いた映画を思い出したからです。1998年に公開された映画『ジョー・ブラックをよろしく』(原題は「Meet Joe Black」)です。

         

         

         

        すでに多くの方がご存じだと思いますが、二人の男女が出会う最初のシーンが素晴らしい。公開から26年経った今見ても、監督の手腕に感心します。それもそのはず、監督は「セント・オブ・ウーマン・夢の香り」のマーティン・ブレストだからです。

         

         

         

        ファンタスティックなラヴストーリーだと言ってしまえばそれまでですが、正直に告白すると、私のお気に入りの映画の一つです。そして二人の出会いは、「後ろ髪を引かれる想い」というか、一瞬で恋に落ちる男女のリアリティーを描いた最も煽情的で心に残るシーンだと思います。

         

         

         

        恋愛なんて単なる幻想、ファンタジーに過ぎないと一蹴する人間が増えれば増えるほど、世の中は生きづらくなっていくのではないでしょうか。人は高学歴・高収入を抱きしめて生きることはできないのです。

         

         

         

        主演はブラッド・ピットとクレア・フォーラニです。二人の演技が自然ですばらしい。Netflixで見ることができます。野暮な解説はやめにします。どうぞ全編をご覧ください。

         

        以下は二人が出会う最初のシーン

         

         

        https://youtu.be/I9NrCuSccP8?si=4JN0VJKjBcmsD_N_

         

        | 読書・映画 | 21:20 | comments(0) | - |
        アンティークの小物−デルフト焼
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          一昨日は横浜在住の従妹が遊びに来てくれました。高齢になった両親のご機嫌伺いで帰省するたびにわが家を訪問してくれるのです。彼女は審美眼の持ち主で、これまでにいろいろ素敵な小物をプレゼントしてもらいました。

           

           

           

          今回は雨の中、実家の庭に咲くミモザの花と美味しいお菓子を持ってきてくれました。時間があるとのことで久しぶりにゆっくりと話ができました。

           

           

           

          話をしながら、台所のテーブルの上に置いてあった粉引きの茶碗が素敵だとほめてくれました。それは初めて満足のいくものができたと妻に自慢していた茶碗でした。それから話題は陶芸に及び、気がつくと、あっという間に3時間が過ぎていました。

           

           

           

          まだまだ下手ですが何か欲しいものがあったら作ります、とむりやり要望を聞きだしました。彼女曰く、アンティークの小物でデルフト焼が好きなんだけど作れますか、とのことでした。デルフト焼は知りませんでした。スマホを取り出し、画像を見せてくれました。オランダの焼き物が一瞬で見れるとは、なんとも便利な時代になったものです。

           

           

          アンティークの小物。見れば見るほど美しい。

           

           

          デルフトはオランダの都市の名前です。コロナ前、ちょうど旅をしようと計画していたのがオランダとベルギー、そしてデンマークでした。妻にいろいろと蘊蓄を傾け、ガイドブックも買ってやっと了承を得ていたのですが、残念な結果となりました。

           

           

          ところでデルフトと言えば、画家のフェルメールが、生誕から亡くなるまで43年間を過ごした都市です。いつか訪れてみたい場所ですね。

           

          青と白の食器が好きなら、一度は訪れてみたい街

          https://wabbey.net/blogs/blog/delft

           

           

          さて、これからしばらくは彼女のリクエストに応えるべく、デルフト焼に挑戦することにしましょう。風合いが粉引に似ているので何とかなるでしょう。

           

          | 身辺雑記 | 12:30 | comments(0) | - |
          建築家という職業−絶望に立ち向かうために。
          0

            いったい建築家という職業は何のためにあるのだろう。自己の創作意欲を満たすため?有名になって承認欲求を満たすため?金のある人間たちとつながって安定した豊かな生活を送るため?

             

             

             

            私は建築に興味があったので、今でも建築雑誌をパラパラとめくっている。そしていつも残念な気持ちになる、というか今の建築界の惨状を目にして憂鬱になる。そこには何とか人々の生活を本当の意味で支えようと呻吟する姿がない。富裕層のしゃれた邸宅の写真が掲載されているだけで、生活がない。大工や左官の苦闘の跡がない。

             

             

             

            日本社会がコーポラティズムに広くおおわれるようになって、建築家も経済学者と同様に権力からの目くばせに敏感な職業となった。そんな中、住宅建築家という目立たない生き方を選び、バブル経済とは一線を画し、あくまでクライアントの生活を重視してきたのが建築家の中村好文氏である。ブログで何度も取り上げてきた。

             

             

            そして、能登半島地震で被災した塗師の赤木明登氏のことはすでに書いた。

             

             

            日本の中の二つの国。

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=887

             

             

            赤木氏のことは『欲しかったモノ』(ラトルズ)の中で中村氏に教えてもらった。今から18年前のことだ。この本の中で中村氏は言う。

             

             

            「一人一人がつくったモノは、みんな自分の仕事や暮らしから発想されたもので、今、自分が本当に欲しかったモノ、心惹かれるモノ、つくりたいモノができたと思います。世界には、売れ筋狙いのモノや、安直なモノがあふれていて、本当に自分が欲しいものを探そうとするとなかなか見つからない。作り手側がモノづくりの動機を見失っているような気がするので、自分の暮らしの中から発想するモノづくりというのは大きな意味を持っているんじゃないでしょうか」

             

             

            この本の一番手として登場する赤木明登氏曰く。

             

             

            「人がいて、家族と時を過ごす。友だちがやって来て酒を飲む。ご飯を食べて風呂に入って、という当たり前のことが一番大切だと思う。そうやって、誰かと出会って一緒にいることを慈しめる道具があるといいと思うんですよ。暮らしに仕えるような道具」

             

            「つくるときにあるのは、その元にある感動だと思う。何かに出会って、心が震えて、いろんなことが始まっていくんだと思うんです。その感動をうちに持って帰って、それを多少なりともドキドキしながら喜んで使うということが、その人の暮らしをすこしゆたかにするんじゃないか、って」

             

             

             

            地震で輪島塗の技術も職人さんもコミュニティーもいま崩壊の危機に瀕している。それでも赤木氏は元気いっぱいである。輪島塗という工芸が人を救うということを実感しているからだ。

             

             

             

            壊れた屋根にブルーシートを張ったり、崩落した家や工房を片付けたり、再建を話し合うために大工さんがボランティアでやってくる。まさに工芸が人の命を救っている。仮設住宅だけでなく、こんなところにこそ国の資源を集中すべきだと言えば真っ先に反対するのは橋下徹をはじめとする維新の連中でしょうね。

             

             

             

            そんな折、今日、赤木氏のSNSを見た。

             

             

            「建築家の中村好文さんが、東京から能登にやって来た! 住まいを失った、工房の職人さんたち6人のために、好文さんがステキなプランをつくってくれました。岡山チーズ大王の全作小屋をプロトタイプに、電気、上下水道、ガス、外部からライフラインの供給が無くても、自律して生活できるかわいい小屋を森の中に何棟もつくる。これで、もういちど地震が来ても大丈夫だと。先生、後光が指しています!」

             

             

            これこそが暮らしを第一に考える建築家の仕事だと素朴に思う。

             

             

             

             

            以下の記事は今回の内容に関連したものです。よかったらお読みください。

             

            縁切りハウス。

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=804

             

            三流腐敗国日本の象徴−関西万博 大屋根(リング)

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=884

             

             

            | 自然災害 | 14:26 | comments(0) | - |
            感想ー2 「オヤカク」って何?
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              いつのころからだろうか。高校生や大学生までが「尊敬する人」を「親」と答えるようになったのは。「親」と答えるのは小学生までだろう。

               

               

               

              面接試験で高校生や大学生ならせめて「中村哲氏です。彼こそが国民栄誉賞に価する人物だと思います。」くらい言ってほしいものだ。チェ・ゲバラやエリック・ホッファー、ジャンケレヴィッチ、北御門二郎の名前を挙げなくてもよい。どうせ「それ誰?」という反応しか返ってこないだろうから。

               

               

               

              あるいは「はい、尊敬する人物は安倍晋三氏です。彼ほど日本と日本人に誇りを取り戻そうと努力した人はいません。そのために、祖父の代から三代にわたって統一教会とズブズブの関係を結び、全人類の真(まこと)の母であらせられる韓鶴子氏にビデオメッセージを送り、トランプ大統領とゴルフに興じ、バンカーに落ちてひっくり返えっても泣かずにプレーを続けたのですから。彼こそが国葬に価する不世出の政治家です。」というのも立派な答えかもしれない。いや、マジで。

               

               

               

              話がそれた。「オヤカク」とは採用企業が学生の内定時などに「(入社について)親の確認を取る」ことだそうです。内定通知書を親にも出したり、親向けの内定同意書を作成したりする企業もあるとのこと。

               

               

               

              日本社会は劣化というより幼児化しているのだ。「親ガチャ」を変換したら「親が茶」しか出てこない。「オヤカク」は「親格」だ。とにかく勝手に言葉を短縮する。金曜日の卵料理は「キンタマ」か?

               

               

               

              報道によれば「新卒採用で学生優位の『売り手市場』が続く中、企業側が学生の内定辞退を防ごうと親の意向を確認する『オヤカク』が広がっている。辞退理由に親の反対を挙げる学生が絶えないためで、企業は親子参加の会社説明会を開くなどして、親の不安解消に努めている。

               

              就職情報会社「マイナビ」が、2022年度に就職活動した学生の親を対象に調査したところ、オヤカクを受けた人は48%に上った。18年度調査では18%だった。複数の内定を得て悩む学生の支持を取り付けようと、親に接触する企業は増えているという。」とのことである。

               

               

               

              親から自立せよ、などと叫ぶつもりは毛頭ありません。親子が信頼し合って、頼りにし、何でも相談。大学選びも就職も結婚も、海外旅行も親と一緒。投資先はNISAを勧めてくれました。やっぱうちの親はハイスペックなだけあって、相談すれば的確な答えが返ってきます。母はケイオーの幼稚舎出身の内部生で、父はトーダイで医学部の教授。

               

               

               

              ていうか、それは表向きの肩書で、実は資産家です。トマ・ピケティが言うように田舎出の一部上場企業のエリートサラリーマンがいくら稼ごうと、決して追いつけないもんね。人生の勝敗は生まれたときから決まっている。庶民は宝くじに当たった夢でも見て暮らしなさい。

               

               

               

              日本は「平和」で「自由」です。格差なんて当然でしょ。山本太郎は何を騒いでいるの?高校中退の芸能人上がりのくせに。そのうち消えていなくなるに決まっている。偽善者面したパフォーマンスが我慢ならない。それにしても投票に行く人間なんて哀れなものです。民主主義なんてもう終わっているのだから。

               

               

               

              かくのごとく、今の「教育」システムはお行儀のよい家畜の量産工場になってしまった。家畜の人生を拒否する人は刮目せよ。  Catastrophe is just around the corner.

               

               

              | 感想 | 23:02 | comments(0) | - |
              感想−1
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                齢70を過ぎても集中してやりたいことがあるので、ブログはしばらく休もうと思っていた。しかし、この国のあまりのひどさに最低限のことは書き残しておきたいと思いパソコンに向かっている。

                 

                 

                 

                能登半島地震によって多くの命が失われ、貴重な街並みや文化が消滅の危機に瀕している。もはや立ち直れないだろうと他人事のように考えている人間があまりにも多い。限りある国の資源を復興に費やすのはどうか、といった意見もある。

                 

                 

                 

                要するに、自分たちの納める税金がやがて消滅するはずの地方の街に使われるのは非効率だというわけだ。なんという浅薄な考えだろう。日本の優れた文化は地方に住む職人やその家族が営々として築いてきたものだということに想像力が及ばないのだ。

                 

                 

                 

                地震が発生したのは午後4時過ぎ。日没まで一時間しかない。停電で真っ暗闇の中、倒壊した建物の下敷きになって救助を待っている人たちは、翌朝まで最低12時間以上瓦礫の中に閉じ込められたままである。そのまま圧死した人もいれば、焼け死んだ人もいただろう。道路が損壊しているので翌朝になってももちろん救助隊はやってこない。

                 

                 

                 

                国のトップは正月気分で官僚からの報告をただ待っているだけ。痴呆のように新年会をはしごしていたのだ。国民のことを第一に考えるリーダーなら正月休み返上で、すぐ自衛隊の出動を要請するはずだ。大型ヘリコプターで電源車と重機を運び、倒壊した建物を照らし、夜を徹して救助に当たったことだろう

                 

                 

                 

                岸田首相は40億の予備費の投入を宣言し、その後批判されて47億に増額した。バカか。しかも各戸に一律10万円、最大20万円の「貸付」を行うと発表した。これが棄民でなくて何だ。

                 

                 

                 

                大阪万博の木造リングには350億円をかけている。しかも半年後には取り壊されるのだ。自分たちの懐を肥やすものには税金を湯水のごとく投入する。国民が望んでもいない「大阪万博」に「機運醸成費」と銘打って莫大な税金が注がれ、広告代理店やイベント会社に落ちていく仕組みが出来上がっているのだ。

                 

                 

                 

                「機運醸成費」とは、「大阪万博」に賛同するように仕向ける「世論操作」のための税金である。国民から巻き上げた税金で、国民を標的とする「世論操作」を行う。福島第1原発事故の「風評対策費」と同じである。

                 

                 

                 

                博徒と犯罪者の集団、維新の会の吉村知事は万博と復興は二者択一ではないと言った。十倉経団連会長も同じ表現を使って万博を後押ししている。つまり、何が何でも万博はやる、と言っているのだ。しかし、被災者と国民の立場に立てば二者択一なのだ。政治家の最も基本的な責務は国民から集めた税金を公平公正に使うことである。維新の博徒たちはその能力を根底から欠いている。

                 

                 

                 

                それにしても、前にも書いたが、万博リングの設計者である「才能ある気鋭の建築家」藤本壮介氏はこの事態をどう考えているのだろうか。建築家のあずかり知らぬことだと考えているのだろうか。

                 

                 

                 

                頭のいい人間は、いとも簡単に葛藤から自由になる方法を身につける。逆に、それができるからこそアタマガイイと言われるのだ。それにしても金儲けと売名を第一義とする集団を批判する建築家はいないのだろうか。そうだとすれば、倫理観と想像力を欠いた人間たちによってこの国の風景は平準化し堕落し、そこに住む人間たちは静かに発狂していくことだろう。

                 

                | 感想 | 11:22 | comments(0) | - |
                日本の中の二つの国。
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                  あとどれくらい生きるかわからない歳になったので、一つのことに集中したいと思っている。しかし、それは世間から隔絶するような生き方を意味しない。想像力と他者に共感してしまう心を捨てない限り、そんなことは不可能だ。

                   

                   

                  Pottery&Teahouse「而今」で、来し方を振り返り、この国と世界の行く末を見とどけたいと思い、今はその準備に一日の大部分の時間を割いている。「而今」では、来客があれば、自作の茶碗の中から一つを選んでもらい、それでお茶を点て、静かに時を過ごしたいと空想している。

                   

                   

                   

                  「いやな場所には絶対近寄らない」と以前ブログに書いたが、滅びに向かうこの国は今や修復しようのないほど分断が進み、たまにまともなことを言う人間がいれば、よってたかって相対主義、多様性の海へ沈めてしまおうとする。「それはあなたの感想ですよね」「思い込みによるパフォーマンスですよね」というわけである。

                   

                   

                   

                  能登半島の地震で多くの人が死に、家を失い、避難所生活を余儀なくされているにもかかわらず、原発は粛々と再稼働すると言い放つ総理大臣。避難する道路がズタズタになっていて、逃げ場がないにもかかわらずだ。

                   

                   

                   

                  能登町に入った山本太郎に批判的な時事通信社は、記者会見の場で官房長官に「れいわ新選組の山本太郎代表が石川県能登町に入った。山本氏の行動が適切とお考えか。被災地を離れるよう求める考えはあるか?」と質問した。官房長官は「コメントは差し控える」。

                  唖然とするしかない。これが今の日本の政治とマスコミのレベルである。

                   

                   

                   

                  政治家も財界人もマスメディアの人間たちも、すでに美味しい果実を十分手に入れているにもかかわらず、それを国民に還元しようとも思わず、私腹を肥やし、挙句の果てにルサンチマンの虜になっている。

                   

                   

                   

                  ルサンチマンは人間の醜さを白日の下にさらす。自分たちの仕事がどれほど愚かで道を見失ったものであるかを指摘する人間がいれば、その人間を貶めることに全力を傾注する。卑小な人間はソクラテスの昔からいる。いい歳の高学歴人間たちが嫉妬に狂っているのだ。

                   

                   

                   

                  自民党と経団連、維新、国民新党そして電通、パソナ、吉本。彼らには羞恥心はおろか罪悪感もない。自分たちが日本の経済を担っていると信じているからだ。実際は国民の税金を吸い上げて公共事業で山分けするヤクザであり、犯罪者の集団であり、博徒でしかない。

                   

                   

                   

                  彼らにどう反撃すればいいのか。反撃できるのは国民だけだ。山本太郎はその先頭に立てる人間である。

                   

                  https://youtu.be/cfdNo89dlNk?si=qN9ASYfIzq2O8yWL

                   

                  私はこんな国に生きていることが恥ずかしい。苦しい。そこでこの国にはもう一つの国があると思うことにした。そこで生き生きと生きることで反撃を開始する。

                   

                   

                   

                  ところで、今回の地震で最も甚大な被害を受けた輪島で塗師をしている赤木明登氏の安否が気になっていたが、元気だとわかり安心する。彼の新著をてがかりに、もう一つの国の豊かさを一人でも多くの人に実感してもらいたい。

                  https://www.sekkousm.com/?

                  fbclid=IwAR18wGm8qj2u2w5Ueptj

                  1U8db3R8Zj6RPkdv5QPzGieNLYvWJA02H2O3VHo

                   

                   

                  | 身辺雑記 | 13:38 | comments(0) | - |
                  在りし日を偲んで。
                  0

                    人は死ぬとどういうわけかその輪郭がはっきりしてきます。つまり人格がごまかしようのないものとして前景化してくるのです。

                     

                     

                     

                    生きているときは発言や行動に目を奪われてなかなかその人の本質にたどりつけません。頭にきたり、後悔したり、憎んでみたり、逆に愛し過ぎてしまうのです。要するに、実存としての人間に振り回されるわけです。

                     

                     

                     

                    しかし、ある人が死んで、世界のどこを探しても二度と再び会えないとわかると、その事実が余計な思いをさせなくなります。ここにおいてです。その人が持っていた本当の価値が分かるようになるのは。それは地震で崩落した崖から過去の堆積層が現れるようなものです。

                     

                     

                     

                    昨日は義理の妹のお父さんが亡くなり、妻と葬儀に出席しました。九十二歳でした。弱音を吐かず、人の悪口を決して言わない人でした。母も私たちもいろいろなところに連れて行ってもらいました。

                     

                     

                     

                    該博な知識を持っていても自慢することなく、常に人の良い所を見つけては褒める人でした。肉体はいつか滅びます。しかし、その人に寄せていた想いというか感情は残ります。まるで脱いだばかりの服がそこに置かれたままになっているように。

                     

                     

                     

                    以下は義理の妹が追悼のしおりに書いていた文です。私は何度も読み返し故人を偲びました。

                     

                     

                    〜激動の時代を力強く生き抜いた父〜

                    「ありがとう…そしてお疲れさまでした」

                     

                    情熱的で愛情深い人でした。

                    本と外国映画が大好きで、人に優しくてサービス精神旺盛。

                    行きつけの喫茶店で出会った人と仲良くなっては交友関係を広げていました。

                     

                    子供時代を満州本渓湖で過ごし敗戦一年後に別府に引き揚げ。その間大変な苦労をしたとか。

                    竹田高校から熊本大学に進学しましたが、学生運動にのめり込んで勝手に上京。亡き祖父母にはとても心配をかけたようです。

                     

                    鶴崎高校、大分工業定時制の教師時代は、公害反対の研究会を作り、住民と一緒に精力的に活動していました。

                     

                    五十八歳で早期退職した後は、光厳寺の住職と勝光寺の住職も途中兼務して多くの檀家さんから慕われていたようです。安心院と大分の往復は傍で見ていても大変そうでしたが、疲れたと言っているのを聞いたことがありません。

                     

                    ドライブが好きで、五十年間で乗った車は何と十六台。旅行も好きで、晩年は孫たちや満州時代の同級生、親戚御三家で旅行に行くのを楽しみにしていました。また、私たちの影響で韓国のドラマと映画にはまり、ビデオを十本借りてきては一気見していました。結婚五十周年のお祝いに家族四人でソウルに行ったのが良い思い出です。

                     

                    父の人生は出会いと縁で彩られていました。同級生や親しかった方々の多くはすでに鬼籍に入っていますのでこれから再会できることでしょう。太陽のような父の姿はいつまでも私たちの胸に生きています。

                     

                     

                    | 身辺雑記 | 20:48 | comments(0) | - |
                    三流腐敗国日本の象徴−関西万博 大屋根(リング)
                    0

                      「麻布台ヒルズ」は言うに及ばず、関西万博 大屋根(リング)も三流腐敗国日本が築き上げた「バベルの塔」に他ならない。

                       

                       

                       

                      「バベルの塔」とは、旧約聖書の「創世記」に登場する伝説上の高層建築物の通称で、 神の怒りを買った「人間の驕りの象徴」とされ、今日でも「思い上がった実現不可能な構想」の代名詞となっている。

                       

                       

                       

                      「麻布台ヒルズ」は、森ビルによれば「世界中から超一流の才能が結集し、一丸となって計画全体を練り上げてきました。」とのことである。コンセプトは「多様でありながら一体感のある、唯一無二の街」だそうだ。私にはエイリアンのグロテスクな手足がビルに吸い付いているようにしか見えないのだが・・・

                       

                      「麻布台ヒルズ」東側エントランス

                       

                       

                      関西万博 大屋根(リング)のコンセプトも「多様でありながら、ひとつ」である。

                       

                       

                       

                      それにしても、建築家の隈研吾氏が東京オリンピックに際して国立競技場を設計してからというもの、大小を問わず(中にはスターバックスコーヒーの店舗まである)至る所に氏の設計になる木造建築が建てられている。

                       

                       

                       

                      関西万博 大屋根(リング)を見た時、隈研吾氏が関係しているなと思ったが、案の定その通りであった。ゼネコン大手の大成建設と隈研吾建築都市設計事務所が落札した。

                       

                       

                       

                      隈氏は、大阪万博の会場はカジノを建設するための口実であり、税金が湯水のごとく使われ、人々の生活は苦しくなる一方であることなど意に介さなかったのであろうか。

                       

                       

                      21世紀に入り、3・11とコロナを経験した後でさえ、ますます加速化する経済活動の到達点が関西万博であり、このプロジェクトは「バベルの塔」の建設そのものだとは考えなかったのだろう。金と権力は建築家の想像力まで衰弱させてしまったのだ。

                       

                       

                       

                      あちこちに雨後の筍のごとく隈氏設計の建物が建つのを見て、私はウォルター・リップマン(米国のジャーナリスト・コラムニスト・政治評論家、1889〜1974)の言葉を思い出した。

                       

                       

                      When all men think alike, no one thinks very much.

                      (皆が同じように考えている時は、誰も深く考えていない。)

                       

                       

                      ところで、大屋根(リング)は、万博の会場デザインプロデューサーである建築家の藤本壮介氏が建設を要求し2020年12月に加えることになったものである。

                       

                       

                       

                       

                      藤本壮介氏と言えば、元塾生のK君と大分市にある「House N」を見学に行った時のことを思い出す。K君は建築家志望の学生で、中津にある『風の丘斎場』の見学にも行った。「House N」は藤本夫人の両親の家である。夫人の御両親は気持ちよく私たちを迎えてくれ、しばし歓談した。

                        

                       

                      藤本壮介氏が2008年に完成させた大分市の住宅「House N」

                       

                       

                      その藤本氏、以前はインタビューで次のように答えていた。

                       

                      「一番影響を受けたのは『混沌からの秩序』(I・プリゴジン、I・スタンジェール著/みすず書房)という本だと思います。これは、ノーベル化学賞をとった物理化学者が書いた、その世界ではとても有名な本です。昔のことなので、細かい内容は忘れてしまいましたが、近代がもっていた「大きな秩序」に対して、部分と部分の関係から生じる「部分からの秩序」がありえる、というメッセージに衝撃を受けたことを覚えています。」と。

                       

                       

                       

                      藤本氏はメッセージに衝撃を受けた自分と万博 大屋根(リング)の建設を要求した自分を一個の人格の中でどのように統御しているのだろうか。少なくとも、万博 大屋根(リング)は時代にそぐわない『大きな秩序』を志向するものではないのか。

                       

                       

                       

                      最後に、大分市の住宅「House N」を見学した時、藤本氏の現在地を予感していたことを付け加えて今回のブログを終わりたい。

                       

                       

                      | 文学・哲学・思想 | 16:15 | comments(0) | - |
                      「コメントを差し控える」と言うなら議員を辞めろ。
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                        社会はいつも夢を見ている、いや、夢を見させられていると言ってきた。つまり、権力者や財界人・富裕層は自分たちにとって都合の悪い現実を一般庶民の目に触れないようにしてきたのだ。それでも現実と対峙する勇気のある者は、例えば以下のような本を読まなければならない。

                         

                         

                         

                         

                        人間は感情が劣化すればその上に築かれるいかなる論理も空理空論になるのだ。「論理的思考とは具体例を豊富に、かつ整合的に使う思考です。なぜなら、人が生きるのは、机上の理論よりもはるかに複雑な事実の世界だからです。」と、過去記事の中で書いた。

                         

                         

                         

                        開成中学・高等学校長 − 柳沢幸雄氏を批判する。

                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=614

                         

                         

                         

                        自民党の議員は痛いところを衝かれると「個別具体的な案件についてはコメントを差し控える」と胸を張っているが、国会は個別具体的な案件について議論する場ではなかったのか。一般論に逃げて「コメントを差し控える」のなら議員を辞めろ、と言うしかない。

                         

                         

                         

                        自民党の中にはたまに不心得者がいるのではなく、自民党という母集団が腐っているのだ。だから誰が閣僚になっても同じだ。官房機密費という国民の税金を飲み食いに使い、東京オリンピックを誘致する賄賂として使った。それをドヤ顔で暴露する馳浩知事は自民党議員の典型である。

                         

                         

                         

                        私の言っていることを疑う者は、以下の動画を見よ。これこそが国会議員の仕事であり、常に国民のことを第一に考えている政治家の顔だ。

                         

                        山本太郎の国会質問!参議院・予算委員会(2023年11月28日)

                         

                        https://youtu.be/2O4Rh4JDMq4?si=0qa-zgSvbY1bP5nw

                         

                        | 政治 | 21:54 | comments(0) | - |
                        映画『秘密の森の、その向こう』
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                          この映画の監督と脚本を手がけたのは『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマ監督です。『燃ゆる女の肖像』は18世紀のフランスの孤島を舞台にした女性どうしの愛を描いたものですが、始まるとすぐ引き込まれました。映像の美しさだけではなく、人や物の存在感が際立っていました。エンディングでヴィヴァルディの四季の中の『夏』が流れた時には、本当に感動しました。あちこちに伏線が張られ、それが回収されるエンディングは半ば予想できるものであったとしても、それでも驚きと新鮮さがありました。愛に男も女も関係ないと感じさせる説得力を持つ、余韻の残る映画です。

                           

                           

                           

                          その同じ監督が次に作ったのが『秘密の森の、その向こう』です。娘・母・祖母の3世代をつなぐ喪失と癒しの物語です。わずか72分の映画ですが、最後のシーンで少女ネリーが母親にかけるひと言が魂を揺さぶります。観た後、しばらく座席に沈み込んでいました。

                           

                           

                           

                          私は拙いながらも時間と記憶をテーマにして思索を巡らせてきましたが、この映画からはいろいろなインスピレーションをもらうことができました。特に母親を亡くした喪失感からなかなか立ち直れなかった経験を持つ女性に勧めたいと思います。そして人生を深く生きたいと思っている人にも。どちらもPrime Videoで観ることができます。

                           

                          | 読書・映画 | 18:36 | comments(0) | - |
                          社会はいつも夢を見ている − 映画『私はモ−リ−ン・カ−ニ−』
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                            私たちはテレビコマーシャルやスポーツを通じて現実に直面しないようにされている。その結果、日本は平和で豊かで素晴らしい国だと勘違いする人たちが多い。

                             

                             

                             

                            日本のテレビ、新聞が日々垂れ流している映像や情報が作り上げた社会のイメージは現実ではない。それを現実だと思い込んで生きることは夢の中を生きているようなものだ。

                             

                             

                             

                            「夢から覚めて現実に戻る」という表現があるが、戻った現実が夢ではない保証があるのか。私たちが見ているのは現実ではなく、「現実だと言われているもの」「現実だと思わされているもの」に過ぎない。

                             

                             

                             

                            3・11で私たちは現実に直面した。そして夢から覚めたと思った。が、それも一瞬で、数年を経ずしてまた夢の中に逆戻りしてしまった。汚染水の海洋投棄といい、東京オリンピック、大阪万博と続くイベントは、「原子力、明るい未来のエネルギー」というキャッチフレーズを誰もが疑わなかった世界へと逆戻りさせるものだ。

                             

                             

                             

                            だから「イベント人間は信用できない」を書いた。それも遠い昔の気がする。私は欺かれたくない。捏造された現実の中で生きるのはまっぴらごめんである。

                             

                             

                             

                            現実とは何かという問題は次回にまわす。といっても、私のブログはこの問いの周辺をぐるぐるまわっているだけで、またか、と思われるだけだろう。生産的なものではない。ただ、思考のぐるぐるまわりを怠ると夢の中に引きずり込まれてしまう。できればボケるまでは覚醒していたいものだ。

                             

                             

                             

                            私にとって現実に直面する機会を与えてくれるのは、SNSやテレビではなく、読書と映画だ。これらは現実から逃避するもののように思われている。しかし、まったく逆だ。人間は読書や良質の映画を観ることを怠ると、他人に、特に若い人に対して「現実を見よ」「そんなことをしていると食えないぞ」と言うようになるのだ。

                             

                             

                             

                            というわけで、昨日観たのが以下の映画。「意識低い系」の私が、現実に向き合い、覚醒するための映画だ。事実に基づいて作られた。私の感想など不要だ。

                             

                             

                            映画『私はモーリーン・カーニー』。シネマ5bisで11月17日まで。

                             

                             

                             

                            パンフレットの紹介記事より。

                             

                             

                            ― 世界最大の仏原子力発電会社の労働組合代表モーリーン・カーニー。会社とその未来、従業員5万人の雇用を守るため、中国とのハイリスクな技術移転契約の内部告発者となったモーリーンが、自宅で何者かに襲われるというスキャンダラスな事件が起きる。耐え難い肉体的暴力と、それを自作自演だと無理やり供述させようとする権力側からの精神的暴力。被害者から容疑者へと真逆の立場に追い込まれながら、屈することなく闘い続け、無実を勝ち取るまでを描いた実話の映画化。最悪の状況からなぜ彼女は立ち直ることができたのか・・・。―

                             

                             

                            今死にたいと考えている人、そして夢の中を生きている連合の会長・芳野友子氏にこの映画の感想をぜひ聞いてみたいものだ。

                             

                             

                            | 読書・映画 | 10:22 | comments(0) | - |
                            国東半島旧第六トンネル。
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                              全く面識のない方から、お手紙とCDを頂きました。本当にありがとうございました。

                              今では音楽はもっぱらダウンロードして聴く人が多いのでしょうが、私はお気に入りの曲はCDで聴くことにしています。手紙の最後に、富山県の女性M・S(47)とだけ書かれていました。お礼のしようがないので、せめてブログに書き留めておこうと思います。

                               

                               

                              ― 先生のブログの最初期の頃からの一読者です。「やりたくないことは一切やらず、近づきたくない場所には絶対近づかない。世間的な価値に軸足を置かず、人生の限りある時間を自由に使うのだ、と決心することからでも職業選択の道は開ける」という先生の考えに共鳴し、今私は最高に幸せな人生を送っています。先日のブログで、老後は国東半島をまわりたいと書かれてあったことを思い出し、ささやかなプレゼントを贈ります。気に入って下さるといいのですが・・・。

                               

                               

                              以下が頂いたCDです。ご存じの方も多いと思いますが、青葉市子の『アダンの風』です。

                               

                               

                              『アダンの風』のCDは持っていませんでしたが、彼女の最初のアルバム『0』は私のお気に入りで、疲れた時によく聴いています。魂が浄化されるような素晴らしい曲です。この中に国東半島旧第六トンネルの中で演奏、録音された『いりぐちでぐち』という曲があります。

                               

                               

                               

                              この曲が生まれたいきさつを語っている部分がとても面白い。一部を紹介します。

                               

                              ──収録曲の「Mars 2027」と「いりぐちでぐち」は足音だったり、スタジオ外と思しきフィールドの音が入っていますよね。

                               

                              その2曲はトンネルの中で録りました。去年の11月に大分の「国東アートプロジェクト2012」のアートツアー「いりくちでくち」に参加したんですね。そのツアーの通過ポイントとして、そのトンネルを初めて通ったんですけど、通ったときに何か感じるものがあったんです。その後、今回の録音作業が始まったときに「外で録りたいな」と思って、最初に思いついたのがそのトンネルだったんです。

                               

                              ──外で録音しようと思った理由は?

                               

                              スタジオのブースの中で、マイクがセットされてて、機械に囲まれて身動きがとれない中で、自分が作った曲を再現して、それを録音して作品にするという流れに対していまいち納得いってないところがあったんですね。もともと作品にしたくて音楽を作っていたら、たぶん、そういう気持ちにはなってないと思うんですけど、私は楽しくて踊りながら歌っちゃったりもするし、そうやって生まれた曲をスタジオという堅い状況で、作ったときと同じように自分の力を発揮するのはちょっと難しい。やっぱり、かしこまったような音になってしまったり、変な力が入ってしまって、もともと曲が持ってる力に近付けなかったことが過去にあったので、「自分の作った音楽が喜ぶ環境ってなんだろう?」と考えたときに「フィールドレコーディングをやってみたい」と思ったんです。それで何を録るかは決めずに、楽器と機材と身体だけで国東へでかけていって、出てきたのが「Mars 2027」と即興で生まれた「いりぐちでぐち」でした。

                               

                              ──どうやって録ったんですか?

                               

                              まず最初にトンネルの入口、地面に座って「Mars 2027」を弾いて、それからしばらく弾いたり歌ったりしたあと立ち上がって、トンネルの出口に向かって歩いていく中で録ったのが「いりぐちでぐち」です。トンネルの入口は外の光が入ってくるので手元も景色もぼんやり見えますが、ちょっと進むと出口の白い穴だけが見えていて、あとは真っ暗な状態でした。zAkさんは私の少し手前を後ろ歩きで録音していたようです。あと曲の中ではコウモリが鳴いています。

                               

                              ──もしかして、あの「キキキキキ」っていう鳴き声みたいな音ですか。

                               

                              そう。11月に初めてトンネルに行ったときは冬眠の時期で、数十匹から数百匹が固まっていて、そこで人が音を立てるとちょっと反応して「キキ」って鳴くくらいだったんですね。その声が聞こえるということで、ツアーの行程にトンネルも組み込まれていました。私が曲を録りに行った7月頭は、コウモリの活動期で数が増えていて、たぶん数千匹いたかな、真っ暗だったので気配で感じ取るしかなかったんですけど、歌いながら歩いていたらコウモリの羽がかすめて起こる風が顔にかかるんですよ。超音波を出してよけてくれるので、ぶつかることはないんですけど、そのときの状況はすごいものがありました。

                               

                              ──その状況って怖くはなかったんですか?

                               

                              怖くはなかったですね。それどころじゃなく、歩いて歌って進むしかない状況だったというか。国東自体、不思議な力がある土地なので、そういう究極の状態に置かれると怖いとか、そういう感情すらなくなってしまって、音楽というよりも音に近い状態にまで剥がされるような、これまで体験したことがないような状態でした。実はその2曲を録音した音源は39分32秒ひと続きの長いもので、その一連の流れで1枚の作品ができるくらいのものにはなっているんですけど。「Mars 2027」と「いりぐちでぐち」にノイズが乗ってますよね?

                              (以下略)

                              https://natalie.mu/music/pp/aobaichiko/page/2

                               

                               

                               

                              以下のトンネルが旧第六トンネルかどうかわかりませんが、国東にはこの種の隧道があちこちにあります。老朽化して危険なので、立ち入り禁止のところが多いようです。往時は人々の生活道路として欠かせなかったのでしょうが、今は役目を終えてひっそり静まり返っています。

                               

                               

                              以下はアルバム『0』に載っている写真。

                               

                               

                              さて、今年の秋は国東半島をまわるとしましょう。

                               

                               

                               

                               

                              雨雲の灯りで瞳をつないで ようやく辿り着いた 

                              ここは大きな日本家屋

                              長いトンネルを抜けるまで 怖かったよね

                              ほっとして 座り込んだ

                              ひどく汚れた 足の裏 怪我してるのか 

                              少し痛いけど どれが僕の血なのか わからないね

                              大きな山の頂で 貴重な生命

                              身を寄せ合って あたたかな 温度を抱きしめながら

                              大きな山の麓には 死者の国

                              僕らを見上げては 光の玉届けて

                              ボストンバッグには 3日分の服とあの子の写真

                              今頃どこかで 泣いてるかもね 

                              それとも 笑ってるかもね

                              新しい亡骸を 峡谷へ落とす

                              鳥たちがすかさず啄んで 空高く 運んでく

                              毎日の風景 ずっとつづくね

                              慣れなきゃ

                              いきのこりぼくら

                               

                              | 身辺雑記 | 21:44 | comments(0) | - |
                              なぜいつまでも政治にこだわるのか。
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                                日本の政治家のほとんどは(山本太郎は例外である)記憶喪失に陥っている。だからペーパーを見なければ、どんな短い質問にも答えられない。自分自身の価値判断を、理想とする社会を、自分の言葉で語れない。

                                 

                                 

                                 

                                あらかじめ質問内容が決まっている記者会見など、いったい世界のどの国で行われているのか。私たちは侮辱されているのだ。何もかもが茶番の社会に怒りを感じないのであれば、人間として生きているとは言えない。

                                 

                                 

                                 

                                3・11以降、マスコミは原発事故について意志的に語らないことを選んだ。少なくとも語らないことへの暗黙の合意が業界全体に浸透していくのを放置したのだ。それは原発事故を無かったことにするという意思表示であり、忘れることへの能動的な関与に他ならない。結果、多くの人々は事故がもたらしたものとともに生きるのではなく、事故を無かったことにすること、経験そのものを抑圧することを選ぶようになった。

                                 

                                 

                                 

                                70歳を過ぎても、私の怒りは収まらない。もちろん、日々の生活は質素でも私なりに充実した時間を過ごしている。朝起きて、ウサギとニワトリの水を換え、餌をやる。錆びたパイプ椅子に座り、朝の紫外線を身体いっぱい浴びる。さわやかな初秋の風が吹き抜けるのを感じる。晴れ渡った空を見上げる。玉ねぎの苗を植えるために畑を耕す。それが至福の時間だ。

                                 

                                 

                                 

                                おそらく、飯館村の住民も私と同じ気持ちで日々を楽しく生きていたに違いない。ただ、豊かな実りをもたらしてくれるはずの大地が放射能に汚染されるとは思ってもいなかった。白い防護服を着た人間がある日突然やって来て、「家を捨ててすぐ避難するように」と言われるとは想像すらしていなかったはずだ。

                                 

                                 

                                 

                                原発は決して事故を起こさない、コストも安い。そして「原子力は明るい未来のエネルギー」というフェイクを信じ込まされた。無能で無思考の政治家たちを信じた。日々の生活と政治は別物だと考え、警戒心をもたなかった。私がいつまでも政治にこだわる理由だ。

                                 

                                 

                                 

                                一方で私はかすかな希望を捨てずにいる。それというのも、三日前の土曜日、元塾生の姉妹が遊びに来てくれたからだ。妹さんは上高に通う3年生。芸大を目指している。お姉さんは西南学院大学の2年生で、留学生たちとの交流で楽しい日々を送っている。将来はイタリアに留学したいとのこと。二人とも私の最後の塾生だった。「てっぺんめざせ」だの「めざせ県立トップ校」などと言っていたら、決して出会えない生徒だった。

                                 

                                 

                                 

                                二人の現実を見る目は確かで、色々な話をしながらすばらしいセンスと深く物事を考える姿勢にいつも感心させられる。こんな若者がいる限り、もう少し頑張って生きようと思う。

                                 

                                 

                                 

                                さてもう終わりにしよう。最後に感情を浄化するために、歌を二つアップしておく。私を元気にしてくれた姉妹にプレゼントです。

                                 

                                 

                                 

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