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洪水の年(上)
洪水の年(上) (JUGEMレビュー »)
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マーガレット・アトウッド
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 (JUGEMレビュー »)

まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
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「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書)
「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
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幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実 (現代社会科学叢書)
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D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
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清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
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デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書)
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福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
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 (JUGEMレビュー »)

安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
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茫漠の曠野 ノモンハン
茫漠の曠野 ノモンハン (JUGEMレビュー »)
松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
「南京事件」を調査せよ (文春文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
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日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業  DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号
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広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
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オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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新・日米安保論 (集英社新書)
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柳澤 協二,伊勢崎 賢治,加藤 朗
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英語の実際的研究 (1969年)
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秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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朽ちていった命:被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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服従
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黒い巨塔 最高裁判所
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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そして、僕はOEDを読んだ
そして、僕はOEDを読んだ (JUGEMレビュー »)
アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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選挙 [DVD]
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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熊楠の星の時間 (講談社選書メチエ)
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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英語教育に携わる人は、一度この本を読んでみるべきではないでしょうか。言葉は悪いですが「英語ばか」がこの国には余りにも多すぎる気がします。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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菅野 完
メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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りぼん・ぷろじぇくと
難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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カント
安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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蓮池 透
出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
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渡邉 格
2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
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スベトラーナ・アレクシエービッチ
今年度ノーベル文学賞受賞作品。チェルノブイリは言うまでもなく、フクシマでさえ人々は忘れたがっています。もう過去のことだと言い聞かせて。しかし、過去のことではなく、まぎれもない現在進行中の現実であり、私たちが生きている世界そのものです。この本を読んだ後、橋下徹が御堂筋をイルミネーションで照らし出し、F1カーに乗って写真を撮っているところを見ました。その時のセリフ。「大阪はここまでできる!」

もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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鈴木大拙の言わんとすることが、ようやくわかりかけてきました。年齢を重ね、日本文化の基底にあるものをじっくり味わうことで開示される世界があるのです。日々の生活に追われていては、この本を読み、味わう暇などないでしょうが、それだからこそ手に取ってみてはいかがでしょう。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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ジョナサン・ハイト
私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
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中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
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暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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中村さんの書かれた本はすべて読みました。どの本もおすすめです。これから家を建てようと考えている人は、どの本でもいいですから、一冊中村さんの本を読んでみてはいかがでしょうか。エッセイとしても十分楽しめます。この本は北海道にあるパン屋さんの建物を作りながら、人は「パンのみにて生きるにあらず」を実践したものです。ダジャレ好きの中村さんらしい(笑)。
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中村さんの本を全部は読めないという人向けに、一冊だけ選ぶとすればこれでしょうか。普通、設計したらそれで終わりという建築家が多い中、かってのクライアントを訪問して話を聞き、それを本にしたものです。クライアントといい関係が築けてないと難しいですね。加えて自信がないとなかなかできることではありません。
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堀部氏のスケッチと自身で撮った写真集。これ見よがしの作家性を前面に押し出したところがない。簡素で謙虚だが、気品に満ちた佇まいは何度見ても見飽きることがない。ブログを書くために、もう一度最初から読み直してみたが、やはり素晴らしい。
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悲しすぎる現実。
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    先日用事があって近くの郵便局へ行きました。待っている間、それとなくあたりを見回すと、一枚のポスターが目に飛び込んできました。よくできたポスターだったので、スマホで写真を撮りました。それが以下のポスターです。よ〜くご覧ください。

     

     

     

     

    社会の敵を一刀両断。なかなか迫力がありますね。その横にわざわざ二色刷りで、暴力団を「利用しない」。暴力団に「を出さない」。暴力団を「れない」。暴力団と「交際しない」。と書かれています。私はこのポスターを見てニヤニヤしていました。この4つのすべてに当てはまる誰かさんへの強烈な皮肉だと思ったからです。

     

     

     

    ちょうどそのとき昔の教え子が私を発見して声をかけてくれました。普段の私はと言えば、待ち時間は椅子に腰かけ、持ってきた本を開いて眉間にしわを寄せ、小難しそうな顔をしています。そこにはおいそれと声などかけられない知的で厳粛なオーラが立ち込めているはずです、たぶん。ところがその日はたまたまニヤニヤしていたので、声をかけやすかったのでしょう。

     

     

     

    「先生、○○です。お久しぶりです。まだ塾をやっているそうですね。来年子供が中学生になるのでよろしくお願いします。ところで、なにをニヤニヤしていたんですか」。

     

    「おっ、○○君、久しぶり。元気そうじゃないか。君の言う通り、他にとりえがないので『まだ』がんばっているよ。ニヤニヤしていたのは、このポスターが気に入ったからさ。傑作だと思わないかい?僕は思わず写真まで撮ったよ」

     

    「へ〜、そうスか?普通のポスターだと思いますが・・・」

     

     

    で、そのあとよもやま話をして別れました。なぜニヤニヤしていたのか、以下の動画をご覧いただければお分かり頂けると思います。

     

     

    山本太郎一人です。総理とヤクザの関係を国会で取り上げ、総理に面と向かって辞任せよと迫れるのは。この事件は総理の辞任に即つながるので、他の大手メディアは取り上げません。共産党も含めて、他の野党議員も追及しません。歳費泥棒もいいかげんにしてもらいたい。伊藤詩織さんの件も同様です。

     

     

     

     

     

     

     

    普通なら(私が見るところ10回以上)政権が倒れてもおかしくない事件や不祥事が持ち上がっても、安倍政権は倒れません。森友学園にまつわる国有地詐取事件、加計学園にまつわる補助金詐取事件、安倍首相の子飼いのジャーナリスト山口敬之の伊藤詩織さんレイプ事件(なんとBBCが世界に向けてドキュメンタリーを制作しました)のもみ消し等々。枚挙にいとまがありません。そして極めつきは上の動画です。

     

     

     

    私は4年以上も前から、安倍政権は犯罪者集団だと言ってきました。そしてその行動原理はヤクザそのものだと指摘しました。にもかかわらず、安倍政権は延命しています。憲法改定が悲願だと言っていますが、それは表向きの理由です。

     

     

     

    「ヤクザの友情−安倍政権の本質」

    http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=30

     

     

     

    それにしても、政権の延命に手を貸しているのは、他ならぬNHKや読売新聞を始めとする大手メディアおよびジャーナリズムそのものです。その根底には、政権批判そのものがいわば「いい子ぶりっこ」に過ぎないとする、櫻井よしこや西岡力といった極右言論人たちの粗雑で俗耳に入りやすい言い分に同調する無責任な体質があるからにほかなりません。

     

     

     

    要するに、事実を一つ一つ腑分けし、何が真実かを見極めようとする地味で執拗な調査報道の精神を投げ捨てて、総理大臣と会食して政治動向を見極めようとする奴隷根性が蔓延してしまったのです。

     

     

     

    何度も言うように、今や国民の多くが政権批判を「コンビニで店員に怒鳴り散らすのと同じような利己的で、はた迷惑で、非常識な行為」だと感じるようになっています。それは以下の動画を見ても変わらないのでしょうか。悲しすぎる現実ではありませんか?

     

     

    テレビ東京はよく取材しましたね。遅すぎますが。それでも全く報道しない「皆様のNHK」よりはるかにましです。

    NHKは「公共放送」の看板を下ろすべきです。

    「安倍様のNHK」に受信料など払う必要はありません。

     

    公文書の書き換え・偽造は犯罪です。それを指示した人間は国税庁長官に出世し、記者会見すら開かず、財務大臣は居座る。総理大臣がこれを許すどころか、自分のための布陣を固める。道徳教育?憲法改定?そんなこと言ってる場合か、と思うのですが、責任は国民にあるのですから仕方ありませんね。私は塾で毎日子供たちに読み書きそろばんと外国語を教えながら、押し寄せる空しさをどうすることもできません。

     

     

     

     

    | 政治 | 17:32 | comments(0) | - |
    ある動画に励まされる。
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      「言葉の無効を前にして」を書いてから、2週間以上ブログを書いていません。時は容赦なく流れ、あっという間に7月になりました。この間、政治は堕落し続け、大学は本来の役割を見失い、ジャーナリズムは災厄をもたらす犬を野放しにし、経済界は空前の内部留保をため込んでいるにもかかわらず、日本をさらなる株式会社国家にするために驀進中です。

       

       

       

      「働き方改革」という欺瞞言語に違和感を覚えない官僚や政治家の日本語能力を見て、私は絶望しています。

       

       

       

      「働き方改革」は、安倍内閣の最重要法案だそうですが、実体は経団連のための「定額働かせ放題法」に過ぎません。それを自民党(公明党はもはや政党の体をなしていません。アメリカに隷属する日本のごとく、自民党に隷属しているだけなのですから)は、国民の大多数を占める労働者の実態を無視して数の力で成立させました。

       

       

       

      安倍政権の発想の根底にあるのは、かの竹中平蔵氏の次の言葉に余すことなく表れています。いわく「すべてを給付型奨学金にすれば大学生はますます勉強しなくなる。つまり、極端な言い方をすれば、ただでお金をもらうわけですから勉強する必要が低下する」と。

       

       

       

      いかにも人間の一面を言い当てているように見えますが、これはかの橋下徹をはじめとする日本維新の会の発想そのものです。グローバリストと呼ぶのが恥ずかしくなるほど無知で現実を知りません。こんな発言が世界で通用するとでも思っているのでしょうか。

       

       

       

      男尊女卑のブラック企業・電通に殺された高橋まつりさんのお母さんは、この法案が成立した時、「これが日本の姿だ。あなたを追い詰めた、日本の姿だよ」と言いました。安倍政権にかかると、無念の自殺を遂げた一人の女性の死すら経済界の要望を満たすために利用されるのです。今後、多くの国民が、高橋まつりさんのお母さんの言葉を、我が身のこととして実感することになるでしょう。

       

       

       

      私たちはもう一度自問自答しなければなりません。公文書の改竄に抗議して自殺した近畿財務局の職員の死を闇に葬ったのは誰でしょうか。大阪地検ですか?安倍晋三の子飼いのジャーナリスト・山口敬之のレイプ事件をもみ消したのは誰ですか?安倍晋三ですか?警察官僚ですか?違います。私たち国民です。

       

       

       

      どう考えても、経営者にとって有利な、労働者にとっては不利益が多い法案なのに、国民の多くは反発もせず、ろくに審議もせずに可決されても気にもせず、やれ紀州のドンファンだワールドカップだとテレビに釘付けになっているのですから、どこまでお人好しなのでしょうか。

       

       

       

      2年後の東京オリンピックに改憲の国民投票日が重ねられたら、あっさり憲法も変わるでしょう。いや、安倍政権はその日のためにテレビを始めとするマスメディアに脅しをかけ、コントロールし、抵抗する者を排除する計画を立てているはずです。

       

       

       

      それを止めさせるためには、どれほど無効であろうと、徒労であろうと、私たちの生存の最も深いところから言葉を紡ぐしかありません。もちろんこれは自分に言い聞かせているのです。

       

       

       

      実は、言葉の無効を前にして、ブログを書くのを止めようかなと思っていたのです。でもある動画に励まされて、ブログを再開しようと思いました。以下がその動画です。今回はとりあえずその動画を紹介して終わりにします。次回からまた書きたいこと、書かずにはいられないことを書くつもりです。お付き合いいただければうれしいです。

       

       

       

      | 政治 | 23:05 | comments(0) | - |
      続 ・ 自壊する日本の高学歴「エリート」たち。
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        以下の人物は、わが国では「エリート」と呼ばれているようですが、その人格は4コマ漫画に余すことなく現れています。よい子の皆さんは、決して見てはなりません。余りにリアルですから。

         

         

        ぼうごなつこさんの漫画

        http://bogonatsuko.blog45.fc2.com/

         

         

         

        エリート」とは、子どもの頃から「東大」に象徴される権威に服従することで人格を空洞化させ、決められたレールの上を走ることしかできない哀れな子供なのです。彼らの思考と行動は絶えず権力へと向かうように初期設定されており、レールからはずれることは敗北だと思い込まされています。ましてや、ある程度歳をとってから、自らの生き方を顧みることなど土台無理なのです。

         

         

         

        私は2016年のブログ「自壊する日本の高学歴『エリート』たち」の中で次のように書きました。

         

         

        「人はどんな家に生まれるか、どんな親のもとに生まれるかを選ぶことはできません。つまり人間は、たまたまある時代のある「場所」に生まれてくる存在なのです。これが人間の動かしようのない現実です。自分の力ではいかんともしがたい命を宿して、人はこの世に生きているのですね。宿命ということばが生まれたゆえんです。

         

         

        ところが、世の中には、名門の家に生まれたことを特権だと思っている人間がいます。家柄を自慢し、他人を見下します。自分の努力で手に入れたわけではなく、ただその家に生まれたというだけで自分を特別な存在だと考えているので、他人を従えて当然だ、自分にはその資格があると勝手に思い込むようになります。

         

         

        この種の自己愛は、自分の境遇が偶然によってもたらされたことを忘れさせ、家に対する歪んだ誇りを生み出します。「自分の家」に対する誇りは「自分の国」へと拡大されます。「国家のブランド化」です。その結果、ブランドを批判する人間を躍起になって否定し排除します。歪んだ誇りは愛国心を強要するようになります。

         

         

        彼らの愛国心は、偶然の条件を根拠にしているので、何ら説得力を持ちません。自分では当然だと思っているものを他人が拒否するのはおかしいと考えるのです。ガキのレベルですね。そうなれば権力を利用して強制するしかありません。あるいは、外敵をでっちあげ、敵愾心や恐怖心をあおることしかできないのです。

         

         

        それに対して、「自分はたまたま名家に生まれついたにすぎない。だから、その幸運を忘れることなく、それに見合うだけの努力をして、周りから尊敬される家にしよう」「いや、自分の家をよくするだけではなく、周りの人たちにもその恩恵に浴してもらおう。それが自分の義務であり、自分が生きている意味だ」と考える人もいます。

         

         

        後者が本来のエリートと呼ぶべき存在であり、その考えはノブレスオブリージュ(高貴なるものの義務)と呼ばれています。彼らは愛国心を他人に強要しません。自らが義務を果たすことで、その結果として、愛国心が生まれるということを分かっているからです。こういう人間が支配層にいる国は大きな誤りをおかしません。」と。

         

        「自壊する日本の高学歴『エリート』たち」

        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=279

         

         

         

        ちなみに大分市中春日町にあるY田ゼミ塾長氏は4月19日のツイッタ―で次のように吠えています。

         

        「女を武器に食事をおごってもらい、そして酔わせてその場でのセクハラ発言を録音する。そしてセクハラされたと大声で訴えて財務次官を辞めさせる。それがテレビ朝日の女性社員の手口だろう。完全なハニートラップじゃないか!この進優子(テレビ朝日)がハニートラップを仕掛けたのか。2人っきりで何度も食事に行っておいてセクハラだと?バカか!」

         

         

        しかも、この塾長、女性記者の顔写真までアップしています。私が最も軽蔑するのは、権威や権力に服従し一体化することで自分の価値まで高まったように錯覚する人格なき臆病者です。いやはや、この御仁に人権感覚を期待するのは無理だとしても、こんなネトウヨ教師に教えてもらっている生徒が余りに気の毒です。

         

         

        | 政治 | 14:32 | comments(0) | - |
        今日は簡単に済ませます。
        0

          安倍政権のやることはおよそ政治の体をなしていません。メルトダウンどころか完全にメルトスルーしています。政治の中心がこれほど腐敗し、機能不全に陥り、道徳的に退廃したことはかつてありませんでした。経済政策も、外交政策も、社会保障も、教育もすべて破綻しています。

           

          それを指摘する声が自民党の中から出てこないということが、この政党が終わっている何よりの証拠です。もちろん安倍政権にヒルのように吸いついている公明党もヤクザ集団の日本維新の会も同じです。

           

          安倍首相は、自分がリーダーシップをとって圧力をかけ続けたから、北朝鮮は対話に動き出したのだと国会で述べました。ここまで自己中心的な解釈を臆面もなく披露できる政治家を見たことがありません。

           

           

          私は数年前から彼のことをサイコパス総理と呼んできましたが、それが見事に立証されたのです。ちなみに、サイコパスとは「主張や態度をコロコロ変え、自己中心的で支配欲が強く、おのれの過失の責任は100%他人にあるような物言いをし、誇大妄想に取り憑かれているように見える」人間のことを指します。

           

          安倍首相は、Jアラートを鳴らしまくり、国民にしゃがんで頭を隠す訓練をさせ、東アジアの危機を煽ることで、自身の権力を強化し続けてきました。北朝鮮にしてみれば、安倍政権は米軍という虎の威を借りるキツネに過ぎないのですから、まともに相手をするには及ばないと判断していたのです。

           

          半年以上前に書いた記事です。よろしければお読みください。

          『北朝鮮の問題で安倍首相が主体的に決断できる可能性は1%もない。』http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=406

           

          ダイナミックに動き出した国際情勢に、もはや、彼の能力では対応できないことを私たちは知るべきです。

           

          安倍首相だけではありません。「自民党麻生派顧問の甘利明元経済再生担当相は29日、派閥会合で『今の外交課題に対応できるのは安倍晋三首相しかいない。麻生太郎副総理兼財務相には、義経を支える弁慶として力の限りを尽くし、支えてもらいたい』と強調した 。」(共同通信)とのことです。

           

           

           

          大臣室で50万円を受け取り、あっせん利得罪のど真ん中だと批判され、睡眠障害を理由に雲隠れした甘利氏は、いったい何を見ているのでしょうか。安倍首相が義経?このたわけ者!睡眠障害だけでなく脳障害も併発しているようです。

           

           

          さて弁慶こと麻生太郎財務相の番です。彼は29日の参院財政金融委員会で、連日報道されている森友学園を巡る決裁文書改ざん問題に関連し「森友の方が環太平洋連携協定(TPP)より重大だと考えているのが日本の新聞のレベル」と発言しました。ネトウヨの発言そのものですね。

           

          さらに最近の新聞報道で森友問題に比べTPPに関する記事が少ないことに言及し「日本の新聞のレベルはこんなもんだと思って経済部のやつにぼろかす言った覚えがある」と話したそうです。やれやれ、弁慶は弁慶でもサイコパス弁慶の登場とは。こんなことは未曾有(みぞうゆう)の状況です。

           

          眠いのでもうやめます。おやすみなさい。

           

          | 政治 | 00:49 | comments(0) | - |
          山本太郎議員の怒りは、私たちの怒りである。
          0

            3月28日午前11時10分、塾の準備をしながら、参議院予算委員会の国会中継を見ました。もちろん質問者は山本太郎議員です。私が国会議員の質問をライブで見るのは山本太郎議員だけです。最近は彼のオフィシャルサイトで質問時間を確かめ、その瞬間を心待ちにするようになりました。

             

             

             

            彼のことをブログで取り上げたのは、今回で36回目になります。それほど山本議員の質問は素晴らしい。私が訊きたいことを訊き、言いたいことを代弁してくれるのは彼だけです。

             

             

             

            初めて彼の国会中継をブログにアップしたのは今から3年前。以下がその時の記事です。彼の動画はアップするたびに削除されました。そこで再びアップするというイタチごっこを繰り返しています。そして時々、私は山本議員に励ましのメールを送ります。このブログをご覧の皆さんも、ぜひ彼のオフィシャルサイトから応援のメールを送りましょう。

             

             

            『国は誰のために存在するのか−山本太郎議員を応援する。』

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=26

             

            そして今回の質問。わずか10分の質問時間の中で、ここまで要点を絞り込んで鋭く質問できる議員は、今や彼を措いていません。今夜のNHKニュースでは放送されないと思いますので、以下に動画をアップしておきます。

             

             

             

             

            以下の動画は山本議員が、3月5日にした質問です。そこでなんと言っていたか。

             

             

             

            「情報隠しで自分の命まで奪われかねない状況になったら勿体なさ過ぎる。この国に生きている官僚の皆さんは、この国をもう一度建て直す為に必要な人材。決して自分の命を無駄にする様な事はしないで頂きたい」

             

            近畿財務局の男性職員が自殺したのはその2日後でした。11分30秒あたりから2〜3分だけでも見て下さい。

             

             

             

            ちなみに山本議員のことを「裸踊りするしか能のないタレントくずれのバカが」と言っていたのは、例の大分市中春日町のY田ゼミ塾長氏です。最近でもツイッタ―で叫んでいます。

             

             

             

            ・森友、森友ってバカの一つ覚えみたいなことばかりやってもしょうがないだろ!佐川さんが、官邸の関与はない、と言ってるんだからあとは司法に任せろよ。

             

            ・野党には政策立案能力はないのか政治をヤレ!

             

            ・佐川さんが官邸の関与無し、と言い野党を黙らせた。笑った、笑った(^^)共産党より佐川さんのほうが頭がいい。

             

            ・世界は動いているなあ。でもわが日本は朝から晩まで森友、森友。日本は平和だ。自民党がしっかりしてくれてるからだが。

             

            ・森友とかどうでもいいことを朝日新聞は騒ぎたてる。

             

            ・坂上忍って、韓国人だったのか。知らなかった。

             

             

             

            やれやれ、最後の坂上忍氏の件は、あの麻生財務大臣からも「レベルが低すぎる」と注意された元NHKの和田政宗議員の発言をめぐってのものです。坂上忍氏は庶民感覚のごくまっとうな反応をしたに過ぎません。ところがネトウヨが激昂し、坂上忍氏を在日3世などとするウソの情報を流し、ウィキペディアまで「書き換え」ていたのです。詳しくは以下のサイトへ。

             

            http://lite-ra.com/2018/03/post-3902.html

             

             

             

            ネトウヨが「書き換えた」フェイクをそのまま信じたネトウヨ塾長が、「坂上忍って、韓国人だったのか。知らなかった。」などとツイートしたのです。この塾長のレイシストぶりは相変わらずです。

             

             

             

            それにしても、塾業界では、レイシスト(民族差別主義者)で事実とフェイク(妄想)の区別すらつかない人間でも、あるいは、他人になりすまして平気な人間でも経営者らしきものになれるのです。

             

             

             

            最後にY田ゼミ塾長氏へ一言。

             

             

            いくら政権が強く、それを支持しているからと言って、あなた自身が強いわけではない。自民党ネットサポーターズクラブなんて、そのうち洟もひっかけられなくなります。簡単に見捨てられます。安倍政権を見ていてそれが分かりませんか。

             

             

             

            安倍首相が非難されたら自分が非難されたように感じ、安倍首相が否定されたら、自分が否定されたように感じるなんて、あなたはなんという小心者でしょうか。自分に自信を持てない人間が権力や成功者に自己投影するという心理は潜在的に誰にでもあります。しかし度を超すとパラノイアです。

             

             

             

            日本という抽象的存在に同化し、安倍政権に同化する。そのことによって空洞化した生を埋めるために、中国や韓国という抽象的な存在を差別し見下す。そんな陰惨な生を生きるなんて悲しすぎます。真実に生きるほうが人生はずっと豊かだと思いませんか。

             

             

             

            ※パラノイア:

            妄想性パーソナリティ障害の一種。 自らを特殊な人間であると信じたり、隣人に攻撃を受けている、などといった異常な妄想に囚われるが、強い妄想を抱いている、という点以外では人格や職業能力面において常人と変わらない点が特徴。

            | 政治 | 21:58 | comments(0) | - |
            明日の若者よ、立ち上がれ!そして街に出よう!
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              3・25新宿大街宣に集まった人々。日本も捨てたものではありません。このまま安倍政権が続けば、私たちは確実に殺されます。安倍から日本を取り戻し、刑務所にぶち込め!なんちゃって。

               

               

               

               

               

               

              前回のブログで池田佳隆衆院議員(元日本青年会議所会頭)と赤池誠章参院議員を取り上げました。そこでネトウヨ政治家が誕生する経緯について説明しました。

               

               

              その赤池氏、昨年は、映画『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』のポスターに掲載されたキャッチコピー「友達に国境はな〜い!」に噛み付いていたそうです。どこまで暇なんでしょう。さすがに安倍チルドレンだけのことはあります。こんな人間を税金で養っていることを国民はもっと知るべきです。

               

               

               

              赤池氏は12月3日の自身のブログで、このポスターを見た瞬間に「思わず仰け反りそうになりました」と書いています。仰け反りそうになった赤池氏に、私は仰け反りそうになりました。ネトウヨ安倍チルドレンの言動にしょっちゅう仰け反っているためか、最近は首と背骨が痛くなりました。後ろに倒れて後頭部を強打しそうなので、彼らの発言を聞く時には、ヘルメットを着用することにしています。

               

               

               

              赤池氏いわく「国際社会とは国家間の国益を巡る戦いの場であり、地球市民、世界市民のコスモポリタンでは通用しない」とのことです。ごもっともです。一理ありますね。内心で何を考えようが自由です。他人がとやかく言うことはできません。それがどんなに反動的で、リアリストの仮面を被った「愛国主義者」のものであったとしても。

               

               

              ただ、オレたちは国家を背負っているのだと、お仲間同士で怪気炎を上げているうちは結構ですが、立派な国会議員の先生が『ちびまる子ちゃん』のキャッチコピーに抗議したとなると、そのあまりの幼児性というか精神的な落差に唖然とするしかありません。こんな議員だらけになったら、いったい日本はどういう国になるでしょうか。そんな国に誰が住みたいと思うでしょうか・・・。オレが住みたい!(by ネトウヨ)

               

               

              いったい赤池氏は大人なのか子供なのか。もちろん子供に決まっています。だって、『ちびまる子ちゃん』のポスター相手にケンカを売ってるのですから。子供でなかったら、単なるアホとしか言いようがありません。

               

               

              クレームをつけた理由について「教育行政を司る文部科学省として、子供向けとはいえ、『国境はない』という嘘を教え、誤認をさせてはいけない」「国境は歴然としてあります」と主張したのです。そのうえで、「私なら(キャッチコピーは)『国境があっても、友達でいよう』と名付けた」と説明したそうです。

               

               

               

              ここで私は素早くヘルメットを被り、仰け反りました。後頭部を強打しましたが、ヘルメットのおかげで、軽い脳しんとうですみました。

               

               

              さて、よい子の皆さん!皆さんが大きくなって立派なミュージシャンや、映画監督、スポーツ選手として活躍し、世界中に友達ができたら言いましょう。『国境があっても、友達でいよう』と。

               

               

              このように、戦前の亡霊をよみがえらせようと画策している人間たちは、今やいたるところにいます。しかし、彼らの精神は脆弱で、その本質は虎の威を借るキツネに過ぎません。やがては歴史の進歩によって淘汰される運命なのです。以下の画像をご覧ください。

               

               

              日米同時多発デモ。『米首都、高校生の呼び掛けで数十万人が銃規制要求デモ 過去数十年で最大』

               

               

               

              米首都ワシントンで24日、過去数十年で最大規模とみられる銃規制要求デモが始まった(AFP)「デモは『私たちの命のための行進』と銘打ち、数十万人が集結して行われている」「主催者は、全米および各国で、「NeverAgain(二度と起こすな)」というスローガンの下、800以上の銃規制要求デモが開催されていると説明」「ワシントンでは参加者が続々と地下鉄の出口から現れ、ホワイトハウスと連邦議会議事堂を結ぶコンスティテューション通りとペンシルベニア通りを埋め尽くしており」「付近のエリアは参加者約50万人を収容するため通行止めとな」っています。

               

               

               

              画像を見ると、緊急用の通路だけ確保して、あとは道路と広場をデモ参加者に開放しています。首都ワシントンDCの連邦議会議事堂前、日本で言えば国会議事堂前です。 警察(行政府)が過剰に権限を行使しない、民主主義が最低限の健全さで機能する国のふつうの光景です。

               

               

              日本も負けていません。高校生も頑張っています。

              3・25緊急新宿大街宣の様子です。

               

               

               

               

              | 政治 | 21:59 | comments(0) | - |
              妻がふと漏らした一言。
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                いつものように妻と遅い朝食をとっていると、テレビに前川喜平氏が出ていました。前川氏が名古屋市立の中学校で授業をしたことについて、文科省が同市の教育委員会に対し、氏を招いた意図の説明や録音テープの提供などを求めていたことが問題になっていたのです。

                 

                 

                この件に関して、前川氏は「あんな質問状を学校の校長に答えろと言って送りつけてくるというのは前代未聞だと思う。これは不当な支配にあたる。教育現場を守るのが文科省の仕事なのに政治家の指示に屈してしまっては果たすべき役割を果たしていない」と述べています。

                 

                 

                 

                御存じのように、前川氏は「加計学園」の獣医学部新設をめぐり、行政がゆがめられたとして安倍政権を告発してきました。安倍政権の周りには、「前川憎し」の空気が充満していたのだと思います。

                 

                 

                 

                氏が民間人になった後も、政権に逆らった人物だからということで、氏の発言や行動、公開授業の中身までチェックし、学校に圧力をかけています。ストカー並みの執拗さにはあきれるほかありません。

                 

                 

                 

                しかし今回言いたいのはそのことではありません。前川氏の姿をテレビで見ながら、妻がふと漏らした一言が、氏の人となりを正確に言い当てていると思ったのです。

                 

                 

                 

                「前川さんは、なんていうのかしら、信頼できる人間だなという気がするのよね。これはもう直感というしかないのだけれど、話す言葉や声や表情を見ていると、この人は誠実な人だと分かるわ。安倍さんとは月とスッポンよね。だって、安倍さんはウソしか言ってないことが表情に出てるもの」

                 

                 

                「うん。多分まともな国民ならみんなそう感じていると思うよ」

                 

                 

                「この前なんか、テレビを見てたら、安倍さんの顔が突然、前川さんに切り替わったのよね。そしたら、どういうわけかジ〜ンと来ちゃって。どうしてかしら」

                 

                 

                「君がどういうわけか、と言うときは怖いね。それはたぶん、久しく目にしていなかったものを見たからじゃないかな。ある種の懐かしさだね。前川さんは、それを思い出させてくれたのだと思う」

                 

                 

                「そう、そう、なんだか久しぶりにお世話になった人に会ったような」

                 

                 

                「政治家や官僚は有能でなければならないよね。で、その有能さというのは、頭の良さはもちろんのこと、知識や判断力、交渉力、歴史や人間に対する洞察力を持っていることだと思う。でも、最も必要な資質というか能力は、国民から信頼される能力だと思う。ふつうそれは能力とは考えられていない。正義感もそうだね。でも最大の能力は人間として信頼されることだと思う。前川さんはそれを持っている。それが政治の世界から失われて久しいので、それを見た時に、懐かしいというか、これが本当の姿だと思ってジ〜ンとなるんだよ。それはまともな感情だね」

                 

                 

                「でも失くした感情を取り戻すのは難しいでしょ」

                 

                 

                「そんなことはないよ。そのために歌や映画といった芸術があるんだから。それに、歌は世につれ、世は歌につれ、と言うだろう。1980年代の中盤から、日本社会はこの感情を手放し始めたのさ。だから、僕たち世代の人間は1970年代の歌を思い出して、玉手箱を開けるように、その中に閉じ込められている感情を再生すればいい。」

                 

                 

                というわけで、以下はすべて1971年〜72年にかけてヒットした曲です。懐かしいですね。ああ、あのころはまだ両親も生きていて若かったのだと、しみじみしてしまいます。

                 

                 

                 

                 

                 

                | 政治 | 16:11 | comments(0) | - |
                歌を忘れたカナリアたちよ!
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                  前回のブログの最後で私は次のように書きました。「(安倍政権の本質は)宗教団体のドグマとヤクザ組織の暴力を胚胎した「血の友情」だったのです。近代民主主義国家の中枢に、戦前の日本を復権させようとするアナクロイズムが巣食っているのです。」と。

                   

                   

                   

                  戦後、日本は曲がりなりにも民主主義国家の建設を目指してきました。しかしその内実はどうでしょう。結論から言えば、民主主義国家への道のりは遠いというしかありません。時間が許せば以下の記事をお読みください。

                   

                   

                   

                  『日本が民主主義国家ですって!?ご冗談でしょう!』

                  http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=363

                   

                   

                   

                  もちろん、ナチスを生みだしたのも民主主義だったことを考えれば、警戒を怠るわけにはいきません。しかし、自分の人生は自分で決めたいという思いを蹂躙しない政治システムは、今のところ、民主主義しかありません。世の中に絶対的な真実がない以上、私たちは仮の足場を作り、そこを起点にして次の足場を目指すしかないのです。

                   

                   

                   

                  今や、ウィルスが健康な細胞を次々に侵していくように、感情の劣化が思考や議論の前提となる論理性あるいは事実や知識を共有しようとするこころみを葬り去ろうとしています。感情の劣化が急速に進むのは、1980年代に入ってからですが、総仕上げの役を担っているのが第二次安倍政権です。

                   

                   

                   

                  今から6年前に書いた以下の記事は、中学生のころから「見たいものしか見ない」人間が大量に出てきていることを指摘したものでした。

                   

                   

                  『大分合同新聞のコラム「東西南北」について』

                  http://www.segmirai.jp/essay_library/essay038.html

                   

                   

                   

                  以来、私のブログの記事は、感情の劣化をいかに食い止めるか、という点をめぐって展開しています。なぜなら、一見価値中立的に見える分野、科学であれ、土木工学であれ、数学、統計学、確率論、建築でさえ、濃淡の差はあれ「価値判断」を含んでいると気づいたからです。そして、今さら言うまでもなく、「価値判断」を駆動させ、方向づけているものこそが感情なのです。

                   

                   

                   

                  私がたどりついた、感情の劣化を食い止める具体的な方法は4つあります。

                   

                   

                  1:時間的にも空間的にも広い世界を見た後で、なるべく小さな世界で生きること。それを可能にするためにこそ、教育があるのです。

                   

                   

                  2:自分の実感のこもったことばを手放さないこと。

                   

                   

                  3:好きなことがひとつあり、その好きなことをずっと好きであり続けること。

                  http://www.segmirai.jp/essay_library/essay035.html

                   

                   

                  4:怒りを表明すること。忘れないこと。なぜなら、民衆の怒りこそが歴史を前に進めるからです。

                   

                   

                   

                  最後に、日本が民主主義国家だと信じている人に見てもらいたい画像があります。かの橋下徹やホリエモンをはじめとして、有象無象の経済評論家たちがバカにしていたデモをする人々とそれを規制・抑圧する側です。「政治的な意見表明をしたかったら、政治家になれ」との言説がいかにバカげたものかが分かります。民主主義社会では、投票行動とデモは、車の両輪です。

                   

                   

                   

                  普通のサラリーマンも、スーパーで働くオバちゃんも、学校の教師も、バスや電車の運転手も、医師も、弁護士も、テレビタレントも、ミュージシャンも、牧師も、非正規の労働者も、引きこもりの青年も、女手一つで子どもを育てているシングルマザーも声を上げる権利があります。職業や境遇を問いません。怒りを表明する権利があります。それを保障するのが民主主義国家のはずです。

                   

                   

                   

                  歌を忘れたカナリアはカナリアではありません。山に棄てられるか、小薮に埋められるか、柳のムチでぶたれるしかないのです。怒りを忘れた民衆は奴隷として生かされ、収奪され、殺されるだけです。「籠池夫妻を釈放しろ!」「自殺した人間の死を無駄にするな!」「安倍晋三を刑務所にぶちこめ!」と叫びましょう。これは人間としてあたりまえの叫びです!さあ、声を上げましょう!

                   

                   

                   

                  銃規制の強化を訴えるアメリカの高校生。周りに警察官はいません。デモは民主主義国家では、当然の権利だと認められているからです。

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  地下鉄官邸前駅で、安倍政権に抗議するデモに向かう一般の人たちを規制し、押し戻そうとする警察官たち。

                  さすが、民主主義国だけのことはあります。

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                  | 政治 | 13:09 | comments(0) | - |
                  何が近畿財務局の職員を自殺に追い込んだのか。
                  0

                    友情とは、本来、人と人がともに生きることを喜ぶ感情のはずです。社会的な上下関係があったとしても、友情はその本質において、その上下関係を超えるものです。

                     

                     

                     

                    ところが、ヤクザの友情は、そのために死ぬ理由になり、人を殺すための大義として機能します。それは、自分たちの信じる「友情」の外にある人間を殺すための情緒的、理論的な基盤になります。さらには、すすんで命を投げ出す動機にもなります。

                     



                    なぜこんなことを言うかというと、今の安倍政権を取り巻く人間たちの言葉使いや表情を見ていると、ヤクザの友情で結びついているとしか思えないからです。特に麻生財務大臣の言葉使いと風貌はまさにヤクザそのものです。

                     

                     

                     

                    彼らを取り巻く下っ端のチンピラは、 自分のことをひとかどの政治家だと思っているようですが、それは勘違いというものです。彼らは権力の指揮命令系統の中間に位置して、親分の言うことをもっともらしい屁理屈で正当化する壊れた拡声器に過ぎません。

                     

                     

                     

                    彼らは正論を吐いているつもりでしょうが、実は言葉を全く信じていません。言葉よりも金と権力を信じる人間は、チンピラ政治家の吐く「正論」が自己保身のための詭弁だと気づいているのですが、自分も同じ穴のむじなだと分かっているので批判できません。批判でもしようものなら、「お前は現実を何も知らない。理想を語っているだけだ。少しは勉強したらどうだ!」と恫喝され、おとなしく引き下がるしかないのです。

                     

                     

                     

                    日本維新の会の足立康史というヤクザ政治家は、常に大声で差別発言、問題発言をして物議をかもし、わざと自分の地位を危機にさらします。そうすることで、ヤクザの親分から目をつけられたいと思っているのです。「こいつは使える」と。きっと小心者なのでしょう。もちろん国民のことなど眼中にありません。

                     

                     

                     

                    そう言えば、このヤクザ政治家の親分は、かの橋下徹でしたね。私はブログで一貫して彼を批判してきました。彼ほど言葉から意味を奪い、言葉に対する信頼を傷つけた政治家はいません。詭弁、すり替え、捏造、強迫、あげ足とりを駆使し、いったん認めたことも反故にし、徹底して責任転嫁する姿勢を「最強の交渉術」などと称して自画自賛する人間です。

                     

                     

                     

                    テレビを中心とするマスメディアは、彼の多弁と詭弁の前になすすべを知りませんでした。なぜなら、言葉の意味をあらかじめ無効化し、決められた時間枠を消費し、大衆の劣情に媚びることで利益を上げてきたのですから。言葉から意味を奪い、感情を劣化させ、あげくの果てに居直る、今の安倍政権のひな型はすでにこのチンピラ政治家が実践していたのです。

                     

                     

                     

                    今回の財務省による公文書改竄に巻き込まれて、近畿財務局の職員が自殺しました。ノンキャリアの彼は、職務に忠実で正直な人だったそうです。財務省の上下関係、指揮命令系統の中で、普段なら実直に仕事をこなしていたことでしょう。私は彼の死を無駄にしてほしくないと強く思います。

                     

                     

                     

                    彼を自殺に追い込んだものは何か。それは、安倍政権になってから、指揮命令系統に加わったあるゆがんだ性質というか、えも言われぬ情念が持つ力が原因です。ある集団に属し、そこから抜け出そうと思っても抜け出せない、抜け出すためには死ぬしかない、そう思わせる力です。分かりやすく言えば、国のために命を差し出せと言われれば、そうすることが名誉であるかのような錯乱した状態に追い込む力です。

                     

                     

                     

                    それこそが、宗教団体のドグマとヤクザ組織の暴力を胚胎した「血の友情」だったのです。近代民主主義国家の中枢に、戦前の日本を復権させようとするアナクロイズムが巣食っているのです。

                     

                     

                     

                    今回は3年前に書いたことのダイジェスト版です。詳しくは以下の記事をお読みください。

                     

                     

                    ヤクザの友情−安倍政権の本質

                    http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=30

                     

                     

                    ※ちなみに、財務省が公表した決裁文書に、谷査恵子氏(経産省出向・昭恵氏付職員)による財務省への働きかけが一切登場しないのは余りに不自然です。なぜなら「神風」を吹かせた最も重要な文書なのですから。財務省はまだ隠しています。森友問題の核心はこの「谷ルート」にあることを忘れてはなりません。

                     

                     

                    | 政治 | 00:00 | comments(0) | - |
                    こんな男に憲法を「書き換え」させてはならない。
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                      時事通信によると「14日午前の参院予算委員会で、安倍首相は国有地売却に関する財務省決裁文書の改ざんについて、「私から文書の書き換えを指示したことは全くない」と全面的に否定した。麻生太郎副総理兼財務相も「指示したことはない」と改めて強調した。」とのことです。

                       

                       

                       

                      私は今から3年ほど前のブログ『全体主義国家の言語システム』の中で次のように書きました。

                       

                       

                       

                      「これからは、「日本会議」の面々による、法解釈の独走、恣意化が始まるでしょう。安倍首相の言葉は美辞麗句で満ちています。権力の最上層の言葉はいつでも抽象的で美しい。しかし、これが下層へと降りて行き、個別的・具体的な現実の事態に近くなればなるほど、非常識で狂信的な解釈をする人間が出てくるものです。忠誠ぶりを見せたいのか、茶坊主なのか、大勢に従順なら安全だと考えているのか、自覚なき奴隷なのか・・・。

                       

                       

                      日本でも戦時中、隣組の班長、町内会長などが上層部の意を勝手に解釈して威張り散らし、戦争に協力しない人間を弾圧するという歴史があったのです。(『暗黒日記』岩波文庫)

                       

                       

                      ヒトラーの『わが闘争』には、強制収容所におけるユダヤ人の虐殺の指令は書かれていません。書かれているユダヤ人論を解釈して、あの現実になったのです。これこそが全体主義国家における言語システムなのです。民主主義国家とは、この解釈のルールを国民に知らせ、解釈の自由を国民に与えている国家のことです」と。

                       

                      http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=20

                       

                       

                       

                      それにしても、戦後73年経って、私たちはついにこのレベルの指導者を戴くようになったのだという事実を突きつけられると、生きていく気力が萎えそうです。政治の屋台骨が折れ、底が抜けたのですから。

                       

                       

                       

                      そんな中、テレビで安倍首相の三選が危うくなるかもしれないなどと、いい大人が真顔でしゃべっているのを見ると、バカにつける薬はないものだとあらためて思い知らされます。国家の崩壊を前にして、まだ自分の立場を気にしているのです。

                       

                       

                       

                      コメンテーターであれ学者であれ、テレビに出演依頼があるということは、表向きは批判的なポーズをとっていても、本質的には政権に迎合し忖度する人間だ、つまり安全パイだと評価されていることを意味します。それを屈辱だと感じない人間が、間抜けなコメントを出し、出演料をもらって満足するのです。

                       

                       

                       

                      政治的大衆のレベルを決定しているのは、今やテレビなのです。彼らは商品についてであれ、情報についてであれ日々の生活の中で自分なりに正しい判断をしていると思っています。しかし、結局はマインドコントロールされていることを、直感的および論理的に説明することもできません。

                       

                       

                       

                      したがって、公文書が改竄されたり、削除されることが何を意味するのか、それがどういう結果をもたらすのか、その深刻さが分かっていません。なぜ刑法で処罰の対象になっているかも説明できないのです。成人式の着物に払っていたお金が戻って来ないと激怒しても、安倍政権に対しては、早く謝罪すればいいのに、といった程度の認識しかないのです。

                       

                       

                       

                      そんな中、昨夜の報道ステーションでの小沢一郎氏の発言は、唯一まともなものでした。いわく「(森友文書改竄について)最高権力の所から指示が直接的であれ間接的であれ出ていなければ財務省の役人がいくら落ちぶれたとはいえこんな馬鹿げたことはしませんよ。そんなこと常識だよ。当たり前のことだよ。役人がこんなことできる度胸のあるのいないよ」と。

                       

                       

                       

                      それにしても、決裁文書が大幅に改竄されたり、都合の悪い箇所が削除されたりする国で、原発の安全性データを信用しろと言われても、信用できるわけがありません。原発の危険なデータもすべて改竄されているはずです。

                       

                       

                       

                      さらに、福島の人たちの健康被害についてのデータも隠蔽されています。100年単位のデータを残さなければ放射能の影響は解明されないのです。原発から出る使用済み核燃料の行き場所も未定。歴史ですら平気で改竄し捏造する政権下での原発再稼働は余りにも危険過ぎます。

                       

                       

                       

                      安倍晋三氏には正常な判断力がないのです。再稼働どころではありません。近代民主主義国家で公文書が信用できなくなれば、政治のみならず、私たちの日々の生活が危険にさらされるのです。安全だとされていた食べ物が、実はとんでもなく放射能に汚染されていたということも、大いにありうることです。

                       

                       

                       

                      新燃岳の噴火が次なる大地震を告げているとき、安倍政権が続けば、私たちの命は風前のともしびです。公文書の改竄がもたらす影響の重大性すら分かっていないおバカ総理が、大地震や原発事故などの非常時に危機管理ができるわけがありません。

                       

                       

                       

                      そう言えば「北朝鮮へ先制攻撃もありではないか!トランプさん、早く北朝鮮を壊滅させて下さい!」と威勢のいいことを言っていた大分市のY田ゼミ塾長氏のような人は、有事となったとき、こんな政権の下で生き延びられるとでも思っているのでしょうか。

                       

                       

                       

                      安倍晋三氏は自分の身に危険が迫ったら、まず間違いなく、国民を見捨てて自分だけ安全な場所に逃げるでしょう。そして危機が去ったあと「二度とこのような惨禍を繰り返さないようにするのが私の責任だ」と言うに決まっているのです。こんな男に憲法を「書き換え」させてはなりません。

                       

                      | 政治 | 14:16 | comments(0) | - |
                      議論を「脱線させる」学者風テレビ芸人。
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                        ルーリーちゃんが色々と反論しているようです。「このレベルの発言が難しいとなれば、この国でまともな安保論議をすることは不可能です。」「考えてみれば、これもまた、安全保障を法解釈でしか語れなかった結果として、この国に根付いてしまった悪癖かもしれません。」とおっしゃっています。

                         

                         

                         

                        「安全保障を法解釈でしか語れなかった」って、ルーリーちゃんのような学者風テレビ芸人や政治家、評論家、コメンテーター、マスメディアを指して言っているのでしょうか。語るには相手が必要です。相手はもちろん国民です。ということは国民のことなど誰も考えてこなかったということになりますね。

                         

                         

                         

                        「法解釈」ではなく、具体的事実をもとに、国民に向けて安全保障を語るのはもちろん政権与党の責任ですよね。でも安倍政権は「北朝鮮をめぐる緊迫した状況」と言うだけで、何一つ説明していません。そんな中、ルーリーちゃんは、安倍政権に忖度せずに大胆に語っているのだ、と言いたいのでしょう。それにしては中身があまりにもお粗末すぎます。

                         

                         

                         

                        ところで、具体的事実をもとに安全保障について語るのであれば、「スリーパーセル」が原発にテロを仕掛ける危険性や、北朝鮮のミサイルが原発に着弾した時の被害想定を語る必要があります。

                         

                         

                         

                        でもどういうわけか、ルーリーちゃんは北朝鮮のテロリストのことは語っても、原発が攻撃される危険性には触れません。これでは「まともな安保論議をすることは不可能です。」この点を安倍総理にじかに問いただしたのは山本太郎議員一人です。安倍総理はいつものように逃げて答えませんでしたが。

                         

                        山本太郎議員の追及、見事です。国民が一番知りたいことをこれほど簡潔かつ論理的に話せる議員はいません。ルーリーちゃんもせめてこのくらいのことを、テレビで言ってくれればいいのに。

                         

                         

                         

                         

                        そもそも、戦争になり北朝鮮が日本を攻撃するとなったら、最大の弱点である原発を攻撃するはずです。最も確実かつ致命的なにダメージを与えられるのですから。こんなことは小学生でもわかることです。

                         

                         

                         

                        黙って嵐が過ぎ去るのを待っていればいいものを、ルーリーちゃんは反論されるとムキになるようです。だれよりも正確な(フェイク)情報を持っているアタマの良い私が批判されるなんてがまんできないと思ったのでしょうか。次のようなことも言っています。

                         

                         

                         

                        「過去の警察白書を通しての記述と大震災時の迫撃砲発見などの事後的な未遂案件で皆さんが納得するレベルでは十分な公開情報がとれます。スリーパーセルというのは単に工作員の形態に着目した呼び方の問題です。もちろんメディア各社できちんと取材されている記者はもっと情報をもらっているはずです。」

                         

                         

                         

                        頭が悪いせいか「事後的な未遂案件で皆さんが納得するレベルでは十分な公開情報がとれます。」という日本語が何度読んでも分かりません。「事後的な未遂案件」って何?こういう言葉をツルツルと何の抵抗もなく吐き出せることが、アタマの良い証拠だと勘違いしているのでしょうね。「大震災時の迫撃砲発見」などという与太話を簡単に信じてしまうのも、彼女のアタマの良さを表わしているのでしょう。

                         

                         

                         

                        今回一つだけ追加したいことがあります。それは同じくテレビ向けエセ学者である古市憲寿が「三浦瑠麗が嫌いな人達が騒いでる」とコメントしていることについてです。

                         

                         

                         

                        彼については2年前にすでに書いています。その時、古市憲寿に対する怒りがどうしてもおさまらなかったので記事にしました。頭の問題(彼はバカですが)ではなく、人間として最低限の礼儀すらわきまえていないことに無性に腹が立ったのです。

                         

                         

                        劣化し続ける権力とそれに寄り添うバカな男たち』

                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=189

                         

                         

                        今回、古市憲寿はルーリーちゃんの発言のどこが問題なのか言及すらせず、彼女への批判を「好き嫌いの問題」にしてしまいました。さすがにフジテレビ以外ではあまり見かけないタレントだけのことはあります。彼のコメントは、毎回こういうスタンスです。

                         

                         

                         

                        つまり、問題そのものについて自分の意見を述べません。そのかわり、現政権や自分の友人を「批判する意見」を冷ややかに揶揄して論点をすり替えます。批判の矛先をそらすためです。いつも「どっちもどっち」と言って、さも公正中立であるかのようにふるまいます。

                         

                         

                         

                        問題そのものではなく、それにまつわる党派や集団の態度を批判することで、議論を「脱線させる」のです。これはネトウヨの常套手段です。こんな生き方が身についてしまっている人間のことなど論ずるに値しません。この点、ルーリーちゃんの方がまだ若干、少しだけ、微妙に「かわいい」ですね。

                         

                         

                         

                        高校入試と大学入試を直前に控え、こんなことを書いている暇はないのですが、行きががかり上書いてしまいました。まあ、昼食後1時間ほどのことですから、なんということもありません。

                         

                        | 政治 | 14:06 | comments(0) | - |
                        やってくれましたルーリーちゃん。
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                          ルーリーちゃんとは、国際政治学者で東京大学政策ビジョン研究センター講師をしている三浦瑠麗ちゃんのことです。今になってようやくメディアは彼女の思想的体質に気づいたようですが、私はすでに6カ月前に指摘しています。

                           

                           

                          『国際政治学者という幇間(ほうかん)』

                          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=391

                           

                           

                          上の記事を書いた動機は、前回のブログで書いたように、今の日本社会をおおっている差別と好戦的な空気がどうやって作りだされているか、それにテレビがどのようにかかわっているかをあきらかにするというものでした。ぜひお読みください。

                           

                           

                           

                          さて、今回の件ですが、番組を見ていない人のために、ルーリーちゃんが「ワイドナショー」(松本人志の司会)の中で「スリーパーセル」について語った部分の書き起こしを引用します。

                           

                           

                           

                           

                          三浦:もし、アメリカが北朝鮮に核を使ったら、アメリカは大丈夫でもわれわれは反撃されそうじゃないですか。実際に戦争が始まったら、テロリストが仮に金正恩さんが殺されても、スリーパーセルと言われて、もう指導者が死んだっていうのがわかったら、もう一切外部との連絡を断って都市で動き始める、スリーパーセルっていうのが活動すると言われているんですよ。

                           

                          ※ここで『スリーパーセル 一般市民を装って潜伏している工作員やテロリスト』というテロップが画面上に表示される。

                           

                          東野:普段眠っている、暗殺部隊みたいな?

                           

                          三浦:テロリスト分子がいるわけですよ。それがソウルでも、東京でも、もちろん大阪でも。今ちょっと大阪やばいって言われていて。

                           

                          松本:潜んでるってことですか?

                           

                          三浦:潜んでます。というのは、いざと言うときに最後のバックアップなんですよ。

                           そうしたら、首都攻撃するよりかは、他の大都市が狙われる可能性もあるので、東京じゃないからっていうふうに安心はできない、というのがあるので、正直われわれとしては核だろうがなんだろうが、戦争してほしくないんですよ。アメリカに。

                           

                           

                           

                          私はこれを聞いて、はあ〜、ついにネトウヨの親分・青山繁晴化しちゃったのね、と思いました。いや、櫻井よし子化、産経新聞化といったほうがわかりやすいでしょうか。でも驚きません。これは当然予想できたことでしたから。

                           

                           

                          ことのてんまつは、以下の「リテラ」の記事をお読みください。正確でよくまとまっています。

                          http://lite-ra.com/2018/02/post-3799.html

                           

                           

                          その記事の最後。「なんの根拠もないのに知識や情報があるふりをしてフェイク情報をふりまき、歴史修正主義や安倍政権を正当化し、ヘイトを助長する。みんな騙されていたけど、三浦瑠麗という国際政治学者って実は、あの青山繁晴センセイと同じカテゴリーの人だったんじゃないだろうか。」と指摘しています。まったくそのとおり。異議なし!だから私は半年前にだまされてはならないと書いたのです。

                           

                           

                           

                          ルーリーちゃんは、もともと学者ではなくテレビ芸人なんですが、こんどの一件で彼女を学者だと考える人はネトウヨのみなさんを除けばいなくなるでしょう。もっとも、今のテレビ業界を見ると、またぞろ復活してきそうな気もしますが・・・。

                           

                           

                           

                          そもそもルーリーちゃんは、テレビに出たがり屋のピント外れのオネーさんにすぎません。学歴や肩書を重んじるマスメディアと視聴者が、若手の論客だと勘違いしているだけです。困ったことに、視聴者だけではなく本人も勘違いしています。

                           

                           

                          それが度を越すと、本人が自覚していない分だけ、言ってることがかえって本当らしく聞こえてしまいます。自分の言うことは真実であると思い込んでしまうからです。ルーリーちゃんはウケをねらって一線を越えた陰謀論を展開したのですが、逆に自分が差別主義者であることをさらしてしまいました。あな、おそろしや、おそろしや。

                           

                           

                           

                          だまされていた人は、「国際政治学者」だとか「東京大学政策ビジョン研究センター講師」という肩書を見て、いくらなんでもここまで無根拠に物事を断定する人物だとは思っていなかったのでしょうね。しかもそれが差別的な心情にもとづくものだということも見えていなかったのです。

                           

                           

                           

                          さて、言いたいことはまだまだあるのですが、最後に一つだけ事実を指摘して終わりにします。それは、この「ワイドナショー」という番組が、生放送ではなくて、録画だったという点です。

                           

                           

                           

                          通常、出演者の不適切発言が炎上するのは、生放送の番組に限られます。つまり今回の炎上は、普通の炎上とは性質が違います。これこそが不可解な点です。収録番組は、スタッフなりプロデューサーなりが責任を持って内容を確認した上で放送されるはずです。ということは、最終的な責任はルーリーちゃんにではなくて、フジテレビにあるということです。フジテレビは学者っぽい電波芸人を使って、安倍政権を援護射撃しているというわけです。

                           

                           

                           

                          ルーリーちゃんの発言に対し、在日コリアンへの差別や偏見を助長するというまともな意見が多数寄せられました。ところがそれに対し、twitterを通じて、「私は番組中、在日コリアンがテロリストだなんて言っていません。逆にそういう見方を思いついてしまう人こそ差別主義者だと思います。」と、いかにもルーリーちゃんらしい反論をしています。

                           

                           

                           

                          案の定、差別を助長する「意図」はなかったとして彼女を弁護するどころか、在日コリアンをテロリスト呼ばわりし、暴言を吐く人たちがネット上に多数わいています。これこそが、あの放送を見た多くの人間が、在日コリアンとテロリストを結びつけて情報発信をしている何よりの証拠です。

                           

                           

                           

                          ルーリーちゃんは、関東大震災の際、朝鮮人が流言飛語によって大量虐殺された歴史を知らないのでしょうね。たとえ知っていたとしても、自分の発言とその流言飛語が本質的に同根のものだとはこれっぽっちも思わなかったのでしょう。つまり、知性のかけらもないということです。

                           

                           

                           

                          虐殺された側の心情ではなく、いつのまにか虐殺する側の論理にからめとられていることくらい学者なら気づきそうなものですが・・・。あっ、失礼しました。電波芸人には無理でしたね。

                           

                          | 政治 | 16:01 | comments(0) | - |
                          主権のない国で主権者を育てることはできるのか?
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                            そもそも主権のない国で「主権者」を育てることは可能でしょうか。「何を言ってるんだ、日本が主権国家なのは当たり前だ」と考えている人たちのことはこの際置いておきます。

                             

                             

                             

                            彼らは、猿回しのサルにも主体性があると主張しているのですから。テレビをはじめとするメディアに登場し、投げ銭をもらい、拍手喝采されれば自分の芸もまんざらではないと胸を張り、後ろにいる「ご主人様」の存在をしばし忘れるのです。

                             

                             

                             

                            今回は、戦後日本が実質的に主権を持ったことはなく、今でもその状態(occupied Japan)が続いていることを歴史的事実としてはっきり認識している人たちに語りかけたいと思います。つまり、最低限の認識を共有するために『知ってはいけない − 隠された日本支配の構造』 (講談社現代新書)くらいは読んでいる人たちだということです。

                             

                             

                             

                            いや、これは偉そうな言い方ですね。言い方を変えましょう。日本が独立国ならなぜ沖縄に米軍基地があるのか、福島で収束不可能な原発事故があり、日本列島そのものが巨大な活断層であるにもかかわらず、なぜ原発を廃炉にする決断ができないのかという素朴な疑問を持っている人たちです。

                             

                             

                             

                            ところで、18歳から選挙権が与えられるようになって、高校の教育現場では「主権者教育」がされていると聞いています。「政治的中立性」という欺瞞言語に騙されることなく、高校生たちに今この国で主権者であることが何を意味するのか、具体的に教えることなどできるのでしょうか。せいぜいのところ、選挙に行きましょうという説教じみた抽象的な訓示に終わるのではないでしょうか。

                             

                             

                             

                            「今この国で主権者であることが何を意味するのか」と言いましたが、その答えを知るには、主権者として行動している人の例を取り上げ、その主張を聞かなければなりません。

                             

                             

                             

                            なぜなら、主権者であるということは、自分の人生を生きるために欠くことのできない本質的な条件だからです。それは「寄らば大樹の陰」「お上の言うことに逆らってはならない」といった考え方・生き方から自由になることを意味します。

                             

                             

                             

                            もちろん自由には危険が伴います。それでも、12月11日のブログに書いたように「大樹」はもはやどこにも見当たりません。「お上」は歴史上かってないほど腐敗を極めています。したがって主権者として自分の人生を生きるためには、ある程度の危険は覚悟しなければならないのです。

                             

                             

                             

                            日本国内はもとより、世界には主権者であることがどういう行動に結びつくのか、それを実証する例であふれています。日本にも山本太郎という政治家がいます。彼は12月9日に閉会した特別国会に、日米合同委員会に関する質問主意書を提出し、日本に主権があるのかと問いただしました。この件についてはまた後日取り上げることにします。

                             

                             

                             

                            今回は二つの事例だけを取り上げます。

                             

                            その1:

                             

                            ドイツ最大の航空会社ルフトハンザのパイロットたちが難民申請を拒否された人たちを強制送還することを拒み、222ものフライトがキャンセルになった。送還対象者の多くはISやタリバンを逃れてきたアフガニスタン人。情勢不安定な地域に人間を追い返すことは、アムネスティ・インターナショナルによると国際法違反。多くが同国最大のフランクフルト空港で行われた。

                             

                             

                             

                            ルフトハンザの広報担当者は、「乗客を搭乗させないという最終的な判断は、パイロットにより個別になされた。」と話している。その判断の基準は「安全な飛行が確保されない可能性」があるかどうか。しかし実際は、多くの搭乗拒否が、パイロットによる強制送還を食い止めようとする試みだったとみられている。

                             

                             

                             

                            彼らは政府の方針に異を唱えて、自分の良心に従ったのです。つまり主権者教育がしっかりできている国では、たとえ政府の方針であろうと間違っていると判断した時には異を唱え、良心に従った行動が許されるのです。同じ状況に直面したとき、日本の大手航空会社 JALやANAのパイロットに同じことができるでしょうか。ルフトハンザのパイロットたちの行動は主権者教育の格好の事例になるはずです。

                             

                             

                             

                            その2:

                             

                            10日オスロで行われた核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)へのノーベル平和賞授賞式で被爆者サーロー節子さんが行った演説こそ、主権者であることを高らかに謳いあげたものです。中身は日本国憲法前文の精神そのものです。

                             

                             

                             

                            高校生たちが勉強させられている、「政治的中立性」というフィルターを通した中身のないスカスカの英文に比べれば、力強い、素晴らしい英語でのスピーチでした。

                             

                             

                             

                            一部を抜粋します。

                             

                             

                            「きょう、この会場で皆さまには、広島と長崎で死を遂げた全ての人々の存在を感じてほしいと思います。雲霞(うんか)のような二十数万の魂を身の回りに感じていただきたいのです。一人一人に名前があったのです。誰かから愛されていたのです。彼らの死は、無駄ではなかったと確認しましょう。」

                             

                             

                             

                            「広島と長崎(への原爆投下)を残虐行為、戦争犯罪と見なすことをなお拒絶する人たちもいたのです。「正義の戦争」を終わらせた「良い爆弾」だったとするプロパガンダを受け入れたわけです。こうした作り話が破滅的な核軍拡競争をもたらしました。今日に至るまで核軍拡競争は続いています。」

                             

                             

                             

                             「今も九つの国が都市を灰にし、地球上の生命を破壊し、私たちの美しい世界を未来の世代が住めないようにすると脅しています。核兵器の開発は、国家が偉大さの高みに上ることを意味しません。むしろ、この上なく暗い邪悪の深みに転落することを意味するのです。こうした兵器は必要悪ではありません。絶対悪なのです。」

                             

                             

                             

                            「責任ある指導者であれば、必ずやこの条約に署名するに違いありません。署名を拒否すれば歴史の厳しい審判を受けることになるでしょう。彼らのふるまいは大量虐殺につながるのだという現実を抽象的な理論が覆い隠すことはもはやありません。」

                             

                             

                             

                             「核武装した国々の当局者と、いわゆる「核の傘」の下にいる共犯者たちに言います。私たちの証言を聞きなさい。私たちの警告を心に刻みなさい。そして、自らの行為の重みを知りなさい。あなたたちはそれぞれ、人類を危険にさらす暴力の体系を構成する不可欠な要素となっているのです。私たちは悪の陳腐さを警戒しましょう。世界のあらゆる国の、全ての大統領と首相に懇願します。この条約に参加してください。核による滅亡の脅威を永久になくしてください。」

                             

                             

                            このスピーチをNHKは中継しませんでした。「公共放送」「皆様のNHK」が聞いてあきれます。その理由は日本政府が核兵器禁止条約に反対している事と無関係ではないはずです。

                             

                             

                             

                            安倍首相はノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏にはすぐに祝意を伝えましたが、サーロー節子さんに対しては完全無視を決め込んでいます。安倍首相がカズオ・イシグロの文学を理解しているとは到底思えません。彼の作品を読んでいないばかりか名前すら知らなかったでしょう。

                             

                             

                             

                            なぜなら、文学は死者の声を、あるいは声を発することすらできずに死んでいった人間の魂の叫びを、メタファーの力によって多くの人々と共有する試みだからです。つまり、安倍首相のメンタリティーから最もかけ離れたものです。日本国憲法を「みっともない」と言っている安倍首相のことです、サーロー節子さんのスピーチを「みっともない」と感じていたに違いありません。

                             

                            | 政治 | 16:42 | comments(0) | - |
                            安倍政権を支えているのは「投票率の低さと自殺率の高さ」である。
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                              英紙「フィナンシャル・タイムズ」の名物記者ジョン・プレンダーは、日本人がポピュリズムの波に抵抗できている理由は「投票率の低さと自殺率の高さ」だと分析しています。私はそれに「教育の成功(もちろん反語です)」をつけ加えたいのですが、それはまた別の機会に。以下に一部引用します。興味のある方は下記サイトをどうぞ。

                               

                              https://courrier.jp/news/archives/80347/

                               

                               

                               

                              「昨今の先進諸国の政治の動きを見ていると、グローバリゼーションやテクノロジーの進歩に取り残された人々たちによって政治が大きく変わろうとしているかのように思える。蔓延しているのは、政界のエリートへの怒りである。

                              ところがポピュリズムの運動が起きていない先進国もある。その代表格といえるのが日本だ。



                              日本では経済が20年も低迷しており、同国の自殺率は世界の平均より大幅に高い。それにもかかわらず、この国では反エスタブリッシュメントのポピュリズム運動がまったく盛り上がっていないのである。



                              日本人が怒りの声を上げていないのは意外に思えるだろう。なにしろ、この国は90年代後半からデフレで経済が苦しんできた国だ。生産性が上昇しても、それに賃金の上昇が伴わない状況が長年続いてきた。



                              90年代の有名なバブル崩壊で日本が失った国富は莫大だ。野村総合研究所のチーフエコノミストのリチャード・クーによると、日本が1990〜2015年の間に株式や不動産で出した損失を合算すると1500兆円に及ぶとのこと。これは GDP 比で見ると、大恐慌時代の米国の3倍の損失なのだという。



                              2011年、日本が地震と津波に見舞われ、福島の原子力発電所のメルトダウンが起きると、日本政府と財界の指導者の無能ぶりが、残酷なまでにさらされた。また、日本の地方には、米国のラストベルトや英国の地方の労働者のように、政界のエリートから無視されていると感じている人は多い。」引用以上。

                               

                               

                               

                              安倍政権が誕生してからというもの、私はネットで海外の新聞や雑誌を読むことが多くなりました。もっぱら英語で読むだけですが、それでも読むに値する記事は多いのです。特にガーディアンをはじめとするイギリスのメディアはファクトチェックがしっかりなされています。

                               

                               

                              前回紹介した『チャヴ』もイギリスの青年が書いたものです。RECOMMEND欄をご覧ください。海外のメディアはこの本を正確に批評しています。

                               

                               

                              それに比べて、日本のメディアが発信するものは、自主規制と政権への忖度で、読めた代物ではありません。特に、ゴミ情報と捏造記事だらけの読売・産経新聞は完全に体制翼賛新聞と化しています。

                               

                               

                               

                              23日の首相動静によると「18時49分、東京・大手町の読売新聞東京本社。渡辺恒雄読売新聞グループ本社主筆、橋本五郎読売新聞東京本社特別編集委員、福山正喜共同通信社社長らと会食」となっています。祝杯をあげていたのでしょうね。そこへ、幻冬舎社長・見城徹のような出版人が揉み手をしながら割って入るという構図です。

                               

                               

                               

                              読売・産経新聞は置くとしても、財界人は以下の情景をどのように見ているのでしょうか。株価が上昇を続け、内部留保が増え続ければ、多少のことには目をつぶるつもりでしょうか。

                               

                               

                              選挙最終日、秋葉原での安倍首相の演説を日の丸の旗で取り囲んだ自民党ネットサポーターズクラブと自民党員の面々。

                               

                               

                               

                               

                               

                              しかし、これが財界人が支持している人間なのです。経済活動は健全な資本主義(もうとっくに終わっていますが)と民主主義が機能していることを前提にしています。それとも再び戦争経済を回して濡れ手に粟を目論んでいるのでしょうか?

                               

                              以下の画像は立憲民主党・枝野幸男氏の演説風景。

                               

                               

                               

                               

                              | 政治 | 13:19 | comments(0) | - |
                              「選挙なんて、そもそも意味ないじゃん」って、単なるバカじゃん!
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                                これまで私は時間と記憶について何度も書いてきました。建築の魅力は、この二つのかけがえのなさを私たちに教えてくれるところにあります。素晴らしい建築は、決まって何かを思い出させてくれるのです。それは幼少年期の記憶の断片であったり、季節の匂いや自然が奏でる音などです。それほど私たちの人格は過去の記憶によって規定され、積み重なった時間によって形作られています。

                                 

                                 

                                 

                                ある人の<生>は、その人の記憶そのものであり、過ごしてきた時間そのものです。そして、その人固有の記憶や時間は、その人が生きている国の文化や歴史の中に深く根を張っています。それを言葉にするということは、個人の歴史を語ることのみならず、その背後にある共同体(国)の歴史を語るということです。言葉の性質上そうならざるを得ません。

                                 

                                 

                                 

                                この根から切り離された言葉は軽くなり、ネット空間の中をアメーバのように浮遊しています。その結果、一方に重心がかかれば、それに引きずられてとめどなく流れ、踏みとどまる術を知りません。

                                 

                                 

                                 

                                今度の選挙でどこに投票していいかわからないとか、「選挙なんて、そもそも意味ないじゃん」などと考えている人は、自分が記憶喪失に陥っていることを自覚すべきです。いや、テレビをはじめとするメディアという洗脳装置によって記憶を奪われていることに気づくべきです。

                                 

                                 

                                 

                                リスクマネジメント、コストパフォーマンス、ビジネスマインド、コンプライアンス、労働市場における雇用流動性、付加価値、選択と集中、自己責任、果てはアウフヘーベンなどという言葉によって、私たちの意識は常に未来へと駆り立てられています。つまり、自分が今立っている位置を確認することもできず、常に走り続けている状態なのです。過去を思い出している暇などありません。

                                 

                                 

                                 

                                しかし、最初に書いたように、あなたとはあなたの記憶のことであるし、あなたが過ごした時間のことです。かけがえのない価値を持っているのは、同じことの繰り返しにしか見えない日々の生活です。しかし、その価値に気づくには、昨日という二度とやって来ない日の記憶を思い出すしかありません。そしてその前日、さらにその前日というふうに記憶をたどらなければなりません。つまり、詩人の想像力を必要とするのです。

                                 

                                 

                                 

                                詩人の想像力を持って過去を振り返る時、意識していなくても、私たちの日々の暮らしに大きな影響を与え、暗い影を投げかけていたものこそが政治だということに気づきます。

                                 

                                 

                                 

                                わずか数年でこの国のかたちは根本的に変わりました。記憶をたどるようにしてほんの一部だけですが列挙してみます。

                                 

                                 

                                 

                                ・元TBSの記者・山口敬之が詩織さんをレイプし、逮捕状まで出ていたのに、それを安倍政権は握りつぶし、闇に葬りました。山口敬之は前回の選挙の直前に『総理』なるヨイショ本を出版して安倍首相にかわいがられていた鬼畜ジャーナリストです。出版社の名前こそ変えていますが、この本の出版を実質的に仕切ったのは幻冬舎のヤクザ社長・見城徹です。

                                 

                                 

                                現在、詩織さんは民事訴訟を提起しています。権力によって人間の尊厳を踏みにじられたのは詩織さんだけではなく、私たち国民です。私たちは侮辱されているのです。この事件一つをとっても安倍政権を許すことができません。あなたは自民党に投票して、この事件を追認するのでしょうか。

                                 

                                 

                                 

                                ・憲法尊重擁護義務に違反し、集団的自衛権を強行採決し、共謀罪を成立させ、森友学園問題で夫人を私人と閣議決定し、長年の友人である加計学園理事長の獣医学部新設の想いを今年の1月20日まで知らなかったという人間をあなたは追認するつもりでしょうか。

                                 

                                 

                                 

                                ・大ウソと裏金を使ってまで東京オリンピックを誘致し、原発被災者の困窮を無視し、想いを踏みにじり、着々と原発再稼働に前のめりになっている安倍政権をあなたは追認するのですか。一部ですが以下の動画をご覧ください。10月20日に行われた、IWJの岩上安身氏による広瀬隆氏インタビューです。

                                 

                                 

                                 

                                ・暗愚の番頭に「全く問題ない」を連発させ、国有財産をポケットマネーのように使い、国会で問題にされても、官邸も官僚も「記憶にない」「記録がない」を連発するばかり。それでも国民のある層と利害関係者、宗教団体、財界は支持してくれると思い込んでいる政党、政治家をあなたは追認しますか。

                                 

                                 

                                 

                                Jアラートを鳴らしまくり、子供たちに恐怖感を植え付け、北朝鮮に対する敵愾心をあおり、宇宙空間をミサイルが飛んだだけで「わが国上空を通過」と騒ぎ、あげくのはてに膨大な税金を投入して解散総選挙に打って出て1カ月以上の政治空白を作る。こういう政権を支持する人間を「ネトウヨおぼっちゃまくん」といいます。

                                 

                                 

                                 

                                こんな破廉恥で整合性のない行動がとれるのは、首相がもはや国民を納得させる必要を感じていないからです。「丁寧に説明」は言葉の遊びであり、自分の考えを押し通すことに慣れてしまっています。論理も倫理も無視し、ただ感情の赴くままに「こんな人たち」に罵詈雑言を投げつけ、言葉を無効化した結果、安倍首相の脳内に残った言葉が「国難」というわけです。「おまえが国難!」とはよく言ったものです。座布団10枚!

                                 

                                 

                                 

                                もう止めにします。安倍政権が選挙後突き進むのは、憲法9条の改定ではなく、緊急事態条項の創設です。どうかこのことを心に留めておいて下さい。私は選挙区も比例区も共産党に投票しました。妻は選挙区は共産党、比例区は立憲民主党です。安倍政権が続いた場合のことを考えての判断です。ちなみに、自民党はもとより、公明党、維新、希望の党には100万円もらっても投票しません。消費税分8万円が上乗せされていないからです、なんちゃって。

                                 

                                 

                                 

                                最後に替え歌を一つ。

                                 

                                 

                                どんぐりころころどんぐりこ〜、小池にはまってさあたいへん、前原出てきてこんにちは、ぼっちゃんいっしょにあそびまちょ〜。

                                 

                                 

                                お後がよろしいようで。

                                 

                                 

                                追伸: 替え歌の「ぼっちゃん」とは誰のことか、お分かりですよね。

                                 

                                | 政治 | 14:28 | comments(0) | - |
                                開戦前夜の「空気」を作るのに加担するのか。
                                0

                                  「今回の選挙、くだらなすぎる」 として東浩紀氏が投票棄権の賛同署名を集めているそうです。現代思想の分析では抜群の冴えを見せていた東浩紀氏ですら、この期に及んでこの体たらくです。今の政治的状況の本質をまったくわかっていない評論家やコメンテーターと同じになってしまったということです。

                                   

                                  http://www.huffingtonpost.jp/2017/10/09/hiroki-azuma_a_23237074/

                                   

                                   

                                   

                                  つまりそれなりに現状分析はするけれども、実際にどう行動すべきか、という段になると、何とも的外れな高等遊民的な処方箋しか示せないのです。これが頭の良すぎる東氏の末路です。「戦略的投票」を訴える山本太郎の方がはるかにまともではないか。

                                   

                                   

                                   

                                  ブログで批判した社会学者の古市憲寿も、国際政治学者の三浦瑠麗ちゃんも同じようなことを言っています。彼らがなぜこんな政治的痴呆状態になったのか、それは別の機会に、気が向けば書きましょう。

                                   

                                   

                                   

                                  ただ一言だけ言っておきたいことがあります。「積極的棄権」に賛同する署名運動で、仮に百万人の署名が集まったとします。しかし、今回の選挙の投票率が前回より低ければ、「積極的棄権」は無意味になります。しかもメディアが自民党圧勝を予想している状況では、そうなる可能性は高い。そうなった場合、棄権をそそのかし、分かりづらいアクロバティックな大義名分を社会に流布した責任を、東氏はどうやってとるつもりなのでしょうか。

                                   

                                   

                                   

                                  自分の責任は回避しながら、民主主義社会における選挙の意義を矮小化し、人々に棄権をそそのかす「学者」は、一般市民が同じ妄言を吐くよりもいっそう罪深いのです。仮に、ネトウヨや安倍政権が「積極的棄権」のキャンペーンを張っていても、東氏は同じように「積極的棄権」を訴えるつもりでしょうか。

                                   

                                   

                                   

                                  東氏は言います。

                                   

                                  「『選挙に行きたくない』とか『棄権』とかって言うと、多くの人が『いや国民の義務として投票に行くべきだ』とか言うわけですね。もちろんその通りです。しかしですね、その前にこの選挙が必要だったのかってことをちゃんと考えなきゃいけないと思うんです。」と。

                                   

                                   

                                   

                                  社会学者の古市憲寿や国際政治学者の三浦瑠麗ちゃんが言うなら、やっぱりね、で納得できます。しかし、東浩紀氏にしては、あまりに筋が悪すぎます。

                                   

                                   

                                   

                                  以下は小林よしのり氏の10月14日のブログです。彼は立憲民主党の応援演説もしています。その行動は一時の気まぐれなどではなく、彼の保守思想家としてのやむにやまれぬ行動なのです。私は彼と意見を同じくする者ではありませんが、彼の言説は東氏よりも数段筋がいいと思います。

                                   

                                   

                                  引用開始

                                   

                                  「自公の圧勝はもう揺るがない。
                                  責任は小池百合子と騙された前原誠司にある。
                                  小池・前原は切腹すべきである。
                                  侍なら必ずそうしていた。

                                   

                                   

                                  田原総一朗氏が森友加計問題は小さなことだと言っている。
                                  三浦瑠麗と同じになった。

                                   

                                   

                                  北朝鮮との戦争の危機が今後は煽られる。
                                  年末から来年始めに戦争だと囁かれている。

                                   

                                   

                                  このようにして大文字の政治的関心が、小文字の政治的関心を封殺していく。
                                  戦前に辿った国民心理とまったく同じだ。

                                   

                                   

                                  日本人は戦前の「空気」をまったく反省していない。
                                  戦時中に「小国民」だった田原総一朗氏ですら反省していない。
                                  「空気」を作る側に加担し始めた。
                                  戦争に怯えるのは、韓国の在留アメリカ人が脱出し始めてからでいい。

                                   

                                   

                                  安倍政権の独裁はさらに強まる。
                                  開戦前夜の「空気」が安倍独裁を強めていく。
                                  それでいて「自衛隊明記」の改憲などと、護憲論と変わりない「加憲論」が進行していく。
                                  お花畑の「サヨク」は自称保守の側にも今や満開である。」

                                   

                                  引用終わり。

                                   

                                  | 政治 | 21:26 | comments(0) | - |
                                  So what !(それがどうした!)と言う権力に立ち向かうために。
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                                    小池百合子率いる「都民ファーストの会」が都議選で勝利した時から、私は平均的な東京都民の政治意識の低さに見切りをつけました。彼らは「風」に敏感なだけの都市の政治的漂流民なのです。それは新自由主義的な考え方が、あらがうすべもないほど蔓延していることを裏付けるものでした。

                                     

                                     

                                     

                                    新自由主義とは、簡単に言えば、人を投資の経済単位に置き換え、平等ではなく競争を原理とし、富の再配分よりも集中を肯定する考え方を言います。格差社会はその論理的帰結です。その結果、民衆が国を統治する政治的原理である民主主義(デモス=民衆、クラシー=統治)は時代遅れの考え方として「排除」されていきます。

                                     

                                     

                                     

                                    大阪府知事の松井一郎の言い方を借りれば「ポンコツを一掃してもらいたい」ということになります。(松井よ、「ポンコツ」とはお前のことだ!)さすがに橋下徹が選んだヤクザ知事だけのことはあります。森友問題を何とか闇に葬りたいという願望が透けて見えます。

                                     

                                     

                                     

                                    ところで、希望の党と日本維新のすみ分けを裏で画策したのは、大衆の劣情を利用する詐欺師・橋下徹と利害相反をものともしないエセ学者・竹中平蔵だとのことです。特に竹中は国家戦略特区を利用して森友・加計問題の青写真を描いたとも言われています。

                                     

                                     

                                     

                                    その橋下徹のツイッタ―です。(  )は私のコメントです。

                                     

                                    小池さんは歴史に名を残すね。これで選挙の結果がどっちにころんでも憲法改正議論が進む。憲法改正絶対反対の民進党をたった一人の政治家が一気に改憲集団に切り替えた。(これはウソです。民進党の中にも改憲論者はたくさんいます。それを梃子にして民進党を分裂させたのです)こんなことは僕も含めて普通の政治家ではできないね。あとは民進組が裏切らないことを願う。

                                     

                                     

                                    >もちろん前原さんも歴史に名を残す。こんなことは、僕も含めて普通の政治家や学者やメディア、コメンテーターの自称インテリ(この男の使える語彙は決まっています。したがって思考もワンパターンです)には絶対にできない。二大政党制(違います。国家主義的一党独裁政権です)に向かうには避けては通れないプロセス。批判覚悟で誰かがやらなければならないこと。批判している連中は口だけの雑魚。(「口だけの雑魚」とは、橋下、お前のことだ!お前ほどの「口だけの雑魚」は見たことがない!)

                                     

                                     

                                     

                                    もちろん橋下徹や松井一郎のようなヤクザ政治家、天下国家を論じるのが趣味のぼったくりバーのママ・小池百合子、三代目の世襲政治家にして国会での質疑に耐えられないひ弱な心の持ち主・アへ心臓などが、この時代に登場してきたのは何かの予兆なのかもしれません。オーメン、ラーメン、冷ソーメン!なんちゃって。

                                     

                                     

                                     

                                    改めて言うまでもなく、私はこの連中を心底軽蔑しています。特に橋下は、小池と前原が共謀して民進党議員を裏切った行為を手放しで讃えているのです。人の信頼を踏みにじることなど、彼にとっては平気なのです。しかし、議員を裏切ったということは、彼らに投票した主権者をも裏切ったということです。そのことに思いも及びません。

                                     

                                     

                                    前原に至っては、すべて「想定内」だったそうです。あのホリエモンの「想定内」を使うということは、よほどビビッているのでしょう。20年以上続いてきた政党を一日でできた「希望の党」に売り渡すことの意味も、その後の混乱も予想していなかったに違いありません。「想定内」という言葉を使って虚勢を張っているだけです。

                                     

                                     

                                     

                                    戦中、戦意高揚に加担した人間が、戦後になって「はじめから敗けると分かっていた」と言うのと同じです。後出しジャンケンをする人間を信用してはなりません。それにしても、彼らはいったい何を信じているのでしょうか。政治家は常日頃から自らの信念を語らなければなりません。国民に向けても、世界に向けても。それができないので、政局の中で右往左往するしかないのです。

                                     

                                     

                                     

                                    ところで、「希望の党」が誕生する2カ月以上前、私は7月27日のブログ知性とは生死の「機微」をつかむことから生まれる美意識である。』の中で次のように書きました。

                                     

                                    http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=384

                                     

                                     

                                    「私は政治に何かを期待するほどお人好しでもなければ、楽観的でもありません。しかし、もし今まともな政治家がいれば、必ず次のような手を打ち、その流れを加速させるでしょう。

                                     

                                     

                                     第一段階として、民進党を分裂させます。つまり、原発即廃炉と立憲主義を掲げるグループとそうでないグループを分裂させるのです。これが御用組合の「連合」から脱却して自らの足で立ち、真の国民政党になる唯一の方法です。

                                     

                                     

                                    第二段階として、すべての野党に党名を変更させ、「立憲民主党」(仮称)とします。安倍政権の対立軸を作り、小選挙区制の中で勝とうと思えば野党は一つにまとまるしかありません。この構想のネックになりそうな共産党も党名を変える覚悟で臨むべきです。そして、「立憲民主党」山尾派、小沢派、志位派、福島派として、国民にアピールし、政策を競い合うのです。「立憲民主党」の党首は山本太郎です。これは第二の原発事故が起こった時に頼りになる人材という意味です。」と。

                                     

                                     

                                     

                                    その後の現実は皆さんご存じのとおりです。「立憲民主党」は当たりましたが、山尾派は頓挫しました。小沢氏は無所属で出馬するそうです。

                                     

                                     

                                    最後に1年以上前に書いた私の政治的信条を載せておきます。リアリズムの仮面をかぶった空想主義・無責任主義ではなく、民族自決と平和のためのリアリズムです。「立憲民主党」を支持する皆さん、共にがんばりましょう。

                                     

                                    100年後の生存戦略−その1・国防』

                                    http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=199

                                     

                                    | 政治 | 16:42 | comments(0) | - |
                                    「希望」という名の災厄− 小池百合子の「希望の党」は「バベルの塔」である。
                                    0

                                      「パンドラの箱」という言葉とその由来をご存知の方も多いと思います。これはギリシャ神話に由来するものです。

                                       

                                      パンドラの箱?

                                       

                                       

                                       

                                      神話によると、プロメテウスが天界から火を盗んで人類に与えた事に怒ったゼウスは、人類に災いをもたらすために「女性」を作るように命令します。命じられたヘパイストスは泥から彼女の形をつくり、神々は彼女にあらゆる贈り物を与えます。この女性こそがパンドラです。

                                       

                                       

                                       

                                      そして、神々は最後に彼女に決して開けてはいけないと言い含めてピトス(「甕」を意味するのですが、後に「箱」といわれるようになります。)を持たせ、プロメテウスの弟であるエピメテウスの元へ送り込みます。

                                       

                                       

                                       

                                      美しいパンドラを見たエピメテウスは、プロメテウスの「ゼウスからの贈り物は受け取るな」という忠告にもかかわらず、彼女と結婚します。そして、ある日パンドラは好奇心に負けて箱を開けてしまいます。

                                       

                                       

                                       

                                      すると、中から悲観、不安、嫉妬、争い、苦悩、悲嘆、欠乏、後悔、疫病、その他、ありとあらゆる災いが溢れ出します。慌てて蓋を閉めたものの、時すでに遅し。災厄は人間界に解き放たれてしまいます。そして閉じられた箱の底には「希望」だけが残った、という話です。

                                       

                                       

                                      転じて、「パンドラの箱」とは「開けてはいけないもの」「禍いをもたらすために触れてはいけないもの」を意味する言葉として使われるようになりました。

                                       

                                       

                                      問題は、箱の底に残っていた「希望」とは何か、ということです。ヒントは、入れたのはゼウスだということです。私はこれを、「希望」の外見をまとった「偽りの希望」だと解釈します。なぜなら、「偽りの希望」こそが、人間に最大の災厄をもたらすからです。「偽りの希望」を信じる人々は、絶望する事もできず、空虚な期待を抱きながら生き続けなければなりません。

                                       

                                       

                                      私はこのことを、エリック・ホッファーの言葉を引いて、ブログで何度も指摘してきました。

                                       

                                       

                                      彼は自伝(作品社)の中で次のように述べています。「自己欺瞞なくして希望はないが、勇気は理性的で、あるがままにものを見る。希望は損なわれやすいが、勇気の寿命は長い。希望に胸を膨らませて困難なことにとりかかるのはたやすいが、それをやりとげるには勇気がいる。絶望的な状況を勇気によって克服するとき、人間は最高の存在になるのである」と。

                                       

                                       

                                       

                                      「自己欺瞞なくして希望はない」という彼の言葉の意味を、今になってあらためてかみしめています。いよいよ「偽りの希望」が政治の表舞台に登場してきたからです。

                                       

                                       

                                       

                                      そもそも、「幸福」や「希望」が政党の名前に入っていれば、なんらかの新興宗教だと見なして差し支えありません。その本質は、人格が空洞化した影のような人間たちが、教祖の下に吸い寄せられてできた集団だということです。節操も何もあったものではありません。

                                       

                                       

                                       

                                      彼らに政治的信条や論理的な一貫性を求めること自体が、どうかしているのです。彼らは鰹節を前にした猫のようなものです。餌に飛びつくな、と言ったところで無駄です。それどころか、教祖に喉をなでられただけで、美味しいものにありつけるかもしれないと考え、従順な飼い猫になることを進んで選んだ人間たちなのです。

                                       

                                       

                                       

                                      しかし、教祖からすれば、猫の一匹や二匹など、どうなってもかまいません。そればかりか、入信してくる猫の毛並みを見て教祖自らが選別します。毛並みが左に曲がっているからダメ、などと言って。権力欲に深くとらわれた政治家は国民のことなど眼中にありません。

                                       

                                       

                                       

                                      バブル崩壊と東日本大震災、収束不可能な原発事故でパンドラの箱が開き、ありとあらゆる災厄が出始めた時、日本国民は慌てて蓋を閉めようとしました。しかし、その時、日本国民に向かって「開けてください。私は希望です!」と言って登場したのが小池百合子率いる「希望の党」なのです。私たちは今 まさに日本国葬送の儀に出席しようとしているのです。

                                       

                                       

                                       

                                      小池百合子が都民ファーストの会を結成して都議選に勝った時、私は大阪維新の会の廉価版のコピーがまた一つ誕生しただけだとブログに書きました。今「希望の党」に参集している政治家は、言い逃れがうまく横文字のキャッチフレーズでごまかすことしかできない政治家の全体主義的体質を見抜けないどころか、それに共感する堕落した政治家の吹きだまりの中に自分がいることすら見えていません。

                                       

                                       

                                       

                                      「しがらみのない政治」も「AIが決めました」も「アウフヘーベン」も「日本をリセット」もどこかで聞いたことのあるキャッチフレーズです。いや、さすがに「AIが決めました」などと発言する政治家は今までいませんでした。「アウフヘーベン」どころか、私は「イナバウアー」してしまいました。要するに、小池百合子という人間はキャッチフレーズを連発するだけで、まともに説明する能力がないのです。

                                       

                                       

                                       

                                      「日本をリセットする」というのは、今まで築いたものはダメだから全部捨てて、一からやり直すということですが、革命でも起こす気なんでしょうか。「日本をトレモロす」と言ってたどこかのおバカさんと同じレベルです。その当人たちが「保守」を自称しているのですから、もうわけがわかりません。

                                       

                                       

                                       

                                      しかし、この二人が共通の政治思想と支持層を持ち、確信犯の歴史修正主義者だという事実は、単に政治道徳の問題ではなく、過去と同様の誤った政策を繰り返す可能性が高いことを示唆しています。

                                       

                                       

                                      にもかかわらず、マスメディアは希望の党の綱領を無批判に垂れ流すばかりです。おそらく安倍よりはましだと判断しているのでしょう。果たしてその判断は正しいのでしょうか。しかし、報道機関の義務として少なくとも以下のことは問いただすべきです。

                                       

                                       

                                      1:綱領には「立憲主義と民主主義に立脚」とあるが、安保法制を違憲立法と認め、国会で覆すことを目指すのかどうか。

                                       

                                      2:「国民の知る権利を守るため情報公開を徹底」とあるが、豊洲移転について密室で決めたことや、都民ファースト所属議員に自由な発言すら認めていない方針などと、矛盾していないのか。

                                       

                                      3:「平和主義のもと、現実的な外交・安全保障政策」とあるが、具体的には何を意味するのか。例えば米国や北朝鮮に対してはどういう姿勢で臨むのか。

                                       

                                      4:「世界で深刻化する社会の分断を包摂する、寛容な改革保守政党を目指す」とあるが、それならなぜ、関東大震災での朝鮮人虐殺に対する追悼文を送ることを「わざわざ」やめたのか、などなど。

                                       

                                       

                                      政治家の命は信頼です。ある政治家が信頼できるかどうかの判断材料を提供するのがマスメディアの仕事のはずです。信頼に価値を置かない社会では、暴力と金に物を言わせて人や物事を動かすしかありません。

                                       

                                       

                                      それにしても、自分がどこの党の人間なのか未だハッキリせず、ビラも撒けず、演説も出来ない人間に、いったいだれが投票するというのでしょうか。

                                       

                                       

                                      「希望の党」が勝利すれば、たとえ自民党が大幅に議席を減らしても、憲法改正では自民党と手を組むのは目に見えています。公明党が反対しても、自民党と希望の党に維新というヤクザ連中を加えて改憲に向かうでしょう。小池百合子という政治屋は「ハーメルンの笛吹き」であり、「希望の党」の本当の名は「バベルの塔」なのです。

                                       

                                      ピーテル・ブリューゲルの『バベルの塔』

                                       

                                       

                                       

                                      もしこのまま安倍自民党と「希望の党」という極右の2大政党制に収斂していけば、既に弱体化した立憲民主主義体制は終了していくでしょう。小池百合子は憲法改定について「9条にとどまらない」と発言しています。これは緊急事態条項の追加や広く人権条項を改定することも考えているということです。そうであれば、安倍自民党も大歓迎でしょう。

                                       

                                       

                                      現段階で「希望の党」に18%も支持が集まる状況を見ていると、結局、国や政治家が民主的かどうかなどということは、多くの国民にとってはどうでもいいことなのかもしれませんね。普通に物や金があって、あちこちでイベントが開かれ、テレビを見て携帯をいじる自由がありさえすれば、ハッピーなのかもしれません。私ごときが出る幕はもうないようです。それにしても、日本人は、いつからこんなに流行りモノに弱い国民になったのでしょうか?

                                       

                                      | 政治 | 15:33 | comments(0) | - |
                                      北朝鮮の問題で安倍首相が主体的に決断できる可能性は1%もない。
                                      0

                                        毎日新聞によると、インド訪問から帰国した安倍晋三首相は15日午前9時25分ごろ、首相官邸で記者団の取材に応じ、北朝鮮のミサイル発射を受け、国連安全保障理事会の緊急会合の開催を求める意向を表明した。その上で「北朝鮮の危険な挑発に対して国際社会の団結が求められている。北朝鮮がこの道をさらに進めば、明るい未来はない」と語ったとのことです。

                                         

                                         

                                         

                                        社会保障の財源がないんでしょ。それに昨日書いたように、教育機関への公的支出の割合は日本はOECD34カ国中最低でした。こんなお金は一体どこから出てくるのでしょうか。日本のこどもたちのためには、汗をかかないのでしょうか。しかも、よりによって、インドに原発を輸出するなんて、正気の沙汰ではありません。

                                         

                                         

                                         

                                         

                                         

                                         

                                        北朝鮮の問題でアへ首相が主体的に決断できる可能性は1%もない、と言いました。にもかかわらず、自分がイニシアティブをとれるかのようなパフォーマンスは、滑稽というか、あまりにも馬鹿げているので、同じことを言わざるを得ません。今、アへ首相が「主体的に」発言できるとしたら、次のような中身になるはずです。

                                         

                                         

                                         

                                        「北朝鮮に対して、アメリカがこれ以上軍事力を誇示して威嚇すれば、その前戦基地である日本も不測の戦争に巻き込まれるおそれがある。追い詰められたネズミはネコに襲いかかるかもしれない。同じように追い詰められて、日本は76年前、無謀な戦争に突き進んだ。その歴史的教訓を忘れて、アメリカと一緒になってこれ以上北朝鮮に対して圧力を加えるわけにはいかない。トランプ大統領は、すぐさま北朝鮮を訪問して対話をすべきだ。武力に対して武力を持って対峙すれば、破局があるのみだ。日本国民はそれを許さない。日本とアメリカがこの道をさらに進めば、明るい未来はない」と。

                                         

                                         

                                         

                                        まあしかし、アへ首相がこんなことを言う可能性は100%ないでしょう。それだけの英知も勇気も国民を思う気持もないのですから。

                                         

                                         

                                         

                                        いや、それどころか、ネトウヨやバカな軍事評論家や国際政治学者だけでなく、国民の中に反戦や非暴力を主張する発言を封じ込める空気ができているような気がします。戦争はバカな指導者だけでできるものではありません。バカな指導者を支持するバカな国民がいて初めて可能になるのです。

                                         

                                         

                                         

                                        このままチキンレースを続ければいかなる結末が待ち受けているのか、誰もそれを考えていません。いや、アメリカの軍需産業は考えているかもしれません。テレビに出ているコメンテーターに聞いてみればいいのです。「あなたはどのような結末を予想しているのですか。北朝鮮が核開発をやめて、自ら話し合いのテーブルに着くでしょうか」と。

                                         

                                         

                                         

                                        最後に歴史的事実を挙げておきます。

                                         

                                         

                                         

                                        太平洋戦争で、まともな「戦争」といえるのは、開戦後半年のミッドウェー海戦まででした。この戦いで、日本海軍は大敗北を喫して制海権を取られたのです。後は「米軍による日本軍の一方的虐殺」でした。そして1944年8月にグアム・テニアン島が陥落した時点で、日本の主要部分はすべて戦略爆撃(B29)の射程内に入ったので、敗戦は時間の問題でした。つまり1944年8月以降の日本本土での非戦闘員の大量殺戮(名古屋・東京・大阪空襲、広島・長崎、沖縄戦)は、すべて避けることができたのです。

                                         

                                         

                                         

                                        さて、「一億玉砕」をスローガンに、決着のついている戦争を終結させる決断もできず、多くの命を湯水のように使い果たしながら破局へと突き進んでいった勢力は、この国から一掃されたのでしょうか。答えはNOです。アへ首相はそういった勢力の末裔なのです。

                                         

                                         

                                         

                                        前にも引用しましたが、よければお読みください。

                                         

                                        『二つの島をつなぐ』

                                        http://www.segmirai.jp/essay_library/essay051.html

                                         

                                        | 政治 | 12:38 | comments(0) | - |
                                        「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」
                                        0

                                          伊丹万作は映画監督の故伊丹十三氏の父です。1946年9月に46歳で亡くなりました。彼が最後に書いた「戦争責任者の問題」から引用します。

                                           

                                          引用開始

                                           

                                          「だまされるということ自体が一つの悪である。だまされるということはもちろん知識の不足からもくるが、半分は信念すなわち意志の薄弱からくるのである。我々は昔から「不明を謝す」という一つの表現を持っている。これは明らかに知能の不足を罪と認める思想にほかならぬ。つまり、だまされるということもまた一つの罪である。



                                          そしてだまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも造作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになってしまっていた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである。

                                           


                                          このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力では打破することができなかった事実、個人の基本的人権さえも自力で掴み得なかった事実と全くその本質を等しくするものである。

                                           


                                          そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである。

                                           


                                          それは少なくとも、個人の尊厳の冒涜、すなわち自我の放置であり人間性への裏切りである。悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である。」 引用終わり


                                           

                                          じぇ、じぇ、じぇとか言いながら全く無用のJアラートを発令し、国民がアラート思う間もなく避難訓練を強要し、必死で森友・加計問題から国民の目をそらそうとしている政権に私たちはだまされてはなりません。

                                           

                                           

                                          アヘ政権の取り巻き連中が依拠している言葉は、官僚も含めて、バカの一つおぼえとしての「リアリズム」すなわち「現実主義」です。つまり自分たちに都合のいい現実だけを「現実」と考え、それ以外の現実は無視するという手法です。

                                           

                                           

                                          「オレは現実を知っているがお前は知らない。学者やジャーナリストや一部の新聞(朝日や毎日のことで、読売や産経は入りません)は現実を知らずにただわめいているだけだ」と主張し、相手を恫喝して黙らせるのが彼らのワンパターンの弁論術です。かの橋下徹をはじめとするヤクザ議員の集団、日本維新の会の面々、さらに現実と妄想の区別すらつかないネトウヨの皆さんが得意とする戦法です。

                                           

                                           

                                          前回のブログでも書きましたが、彼らは「リアリズムで安全保障問題を論じる」と言います。しかし、「原発が攻撃されたら」という話は出てきません。「リアリズムで安全保障問題を論じる」人たちにとっては、原発はタブーなので、見て見ぬふりをします。

                                           

                                           

                                          これができるのは知的レベルの低さもさることながら、道徳的な退廃が原因です。『自分たちに都合のいい現実だけを「現実」と考え、それ以外の現実は無視するという手法』と言ったのはこのことを念頭に置いていたのです。

                                           

                                           

                                          もちろん、彼らが無視している「現実」は他にもあります。この国の統治機構に関するものですが、それはまた改めて書きます。要するに、彼らのリアリズムとは、米軍基地が攻撃されることはあっても、原発にだけはミサイルが当たらないで「ほしい」といういじらしい願望というか信仰というか、こうなると、もはや原発カルト教です。

                                           

                                           

                                          実は、歴史をひもとくまでもなく、リアリストを自称する者こそが戦争と国家の破滅を招き寄せてきたのです。私たちは、彼らの言葉にだまされてはなりません。

                                           

                                           

                                           自称リアリストは、日本の原発を攻撃すれば被害は全世界だけでなく北朝鮮自身にも及ぶので、原発は狙わないだろう、狙わないでほしい、狙わないでね、という主観的な願望の世界に生きています。一方で、独裁者が死ぬ時、世界を道づれにしようという悪魔的な想念に捉えられる可能性など考えたこともないのです。主観的な願望は真の文学的想像力とは似て非なるものです。

                                           

                                           

                                           そして、戦争回避の言説は情緒的かつ偽善的、理想主義的な現実逃避に過ぎないと、弱い頭で断じます。その一方で、戦争に備えることはリアルで論理的な思考の結実であり、開戦の決断は歴史を検証した上での、国益を守るための「冷徹」で「孤独な」「大人の義務」だと考え、ドーダ俺はすごいだろう、とのぼせ上がっています。

                                           

                                           

                                           ですから、まかり間違っても、日米安保が一義的にはアメリカの核攻撃から日本を守るための体制であることに言及したりしません。日米安保を堅持し、アングロサクソンについていけば、きっと日本を守ってくれるだろうとけなげにも信じているのです。どこがリアリストなのでしょう。

                                           

                                           

                                          またぞろ、「きっと」日本を守ってくれる「だろう」という願望の世界です。クリスマスになれば、「きっと」サンタクロースさんが素敵なプレゼントを持ってきてくれる「だろう」と同じレベルです。やれやれ。

                                           

                                           

                                          でも、さすがに従順でお人好しの国民でも、以下の事実には気づいていると思います。北朝鮮をめぐる「緊迫した」状況は、すべてアメリカと北朝鮮が主導しているもので、アメリカの植民地の長であるアヘ政権には主体性を発揮する余地は1%もないのだということ。これはアへ政権にとっては支持率を上げ、やまかけ蕎麦、じゃなかったモリカケ問題を忘れさせる絶好のチャンスだということ。

                                           

                                           

                                          ところで皆さんは覚えていますか。「戦争法案」を強行採決した時、アヘ首相は次のように言いました。「(この法案によって)我が国が他国の戦争に巻き込まれることは絶対にありません」と。もう、めちゃ巻き込まれてますけど・・・。アヘ。

                                           

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