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 (JUGEMレビュー »)

まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
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「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書)
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小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
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幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実 (現代社会科学叢書)
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D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
殺人犯はそこにいる (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
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デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書)
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福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
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 (JUGEMレビュー »)

安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
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茫漠の曠野 ノモンハン
茫漠の曠野 ノモンハン (JUGEMレビュー »)
松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
「南京事件」を調査せよ (文春文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
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日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業  DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号
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広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
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オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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 (JUGEMレビュー »)

紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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新・日米安保論 (集英社新書)
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英語の実際的研究 (1969年)
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秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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黒い巨塔 最高裁判所
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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そして、僕はOEDを読んだ
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アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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蓮池 透
出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
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渡邉 格
2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
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スベトラーナ・アレクシエービッチ
今年度ノーベル文学賞受賞作品。チェルノブイリは言うまでもなく、フクシマでさえ人々は忘れたがっています。もう過去のことだと言い聞かせて。しかし、過去のことではなく、まぎれもない現在進行中の現実であり、私たちが生きている世界そのものです。この本を読んだ後、橋下徹が御堂筋をイルミネーションで照らし出し、F1カーに乗って写真を撮っているところを見ました。その時のセリフ。「大阪はここまでできる!」

もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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鈴木大拙の言わんとすることが、ようやくわかりかけてきました。年齢を重ね、日本文化の基底にあるものをじっくり味わうことで開示される世界があるのです。日々の生活に追われていては、この本を読み、味わう暇などないでしょうが、それだからこそ手に取ってみてはいかがでしょう。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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ジョナサン・ハイト
私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
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食う寝る遊ぶ 小屋暮らし (JUGEMレビュー »)
中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
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暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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中村 好文,神 幸紀
中村さんの書かれた本はすべて読みました。どの本もおすすめです。これから家を建てようと考えている人は、どの本でもいいですから、一冊中村さんの本を読んでみてはいかがでしょうか。エッセイとしても十分楽しめます。この本は北海道にあるパン屋さんの建物を作りながら、人は「パンのみにて生きるにあらず」を実践したものです。ダジャレ好きの中村さんらしい(笑)。
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中村さんの本を全部は読めないという人向けに、一冊だけ選ぶとすればこれでしょうか。普通、設計したらそれで終わりという建築家が多い中、かってのクライアントを訪問して話を聞き、それを本にしたものです。クライアントといい関係が築けてないと難しいですね。加えて自信がないとなかなかできることではありません。
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犬と横たわるものはノミだらけで起き上がる。
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    これは自分を批判する者に対して投げられたトランプ大統領の言葉です。気の効いたアフォリズムのつもりなのでしょう。「ある人が、自分が何者か語るとき、それを信じよ」などとも言っています。

     

     

     

    フィリップ・ロスはトランプを「米国に降りかかる21世紀の大惨事、最も価値を下げる災難」と断じ、「自慢げな愚か者という不吉で滑稽なコンメディア・デッラルテ的人物」だと語っています。

     

     

     

    コンメディア・デッラルテとは、16世紀中頃にイタリア北部で生まれた風刺のきいた即興劇を言います。即興劇のため、決まったストーリーや登場人物はありません。俳優たちが半ばアドリブで演じるのです。観客を喜ばせ、笑わせるのが目的なので流行も取り入れたそうです。

     

     

     

    わが国に目を転じると、コンメディア・デッラルテ的人物どころか日本語すら怪しい男が「立法府の長」として、参院選後の作戦を練っているようです。でも無理でしょうね。立憲民主党と民主党の区別すらついていない政治家に何ができるというのでしょうか。参院選の翌日、時をおかずして大手メディアの幹部たちと食事をするのですから、かなり焦っているのがわかります。

     

     

     

    この男のばかばかしさ、何もかもを自分の話にするナルシシスト的な能力、その嘘の非常識さ、そして無知の深さは、何百万人もの生活を破壊し、憲法を蹂躙し、中学生でもわかる外交政策の失敗を覆い隠しています。それによってもたらされた被害を修復するには、彼が「立法府の長」を退いてから何年もかかるでしょう。

     

     

     

    それにしても、自民党や公明党の議員たちが熱心に彼を支援し、憲法の基本原理を葬り去り、それを国民の過半数が受動的に容認したことを考えれば、被害を修復することが果たして可能なのかどうかさえわかりません。

     

     

     

    山本太郎という一筋の光が見えはするものの、ジョージ・ソンダーズの言う「メガホン男」たちが現政権を取り巻いています。耳障りな知ったかぶりの何も分かっていない人物にハンドマイクを持たせるとどうなるか。そのハンドマイクは知能レベルが「バカ」、音量が「すべての批判をかき消す」に設定されているのですから。

     

     

     

    「メガホン男」からハンドマイクを取り上げるのがメディアの仕事のはずですが、あろうことか、いっしょになって真実を覆い隠し、不安をかきたて、攻撃的で、感傷的で、対立を煽る言説を垂れ流しています。

     

     

     

    さて、「犬」とは誰のことを指し、「犬と横たわるもの」とは誰のことを指しているのでしょうか。もうお分かりでしょう。

     

     

     

    「犬」とはトランプ自身を指し、「犬と横たわるもの」とはその取り巻きを指すのです。「権力と横たわるものはカネ(利権)まみれで起き上がる」いう言葉を彼らに投げ返さなければなりません。

     

     

     

    わが国では、「犬」とはトランプのポチ犬である安倍晋三を指し、彼と添い寝して「ノミだらけで起き上がる」のは、公明党と日本維新の会、コスプレがよく似合う国民民主党の代表・タマキン雄一郎です。おっと、忘れてはいけません。教育事業に打って出るために国民の税金100億円をかすめ取る吉本興業と権力に首根っこを押さえられているNHKを始めとする大手メディアです。

     

     

     

    心ある国民が彼らに反撃するにはどうすればいいのでしょうか。続きは次回に譲ります。

     

     

    | 政治 | 23:10 | comments(0) | - |
    TV の終わり?
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      今回の選挙で投票率が5割を切ったことに衝撃を受けている人が多いようですが、私はそのことに衝撃を受けています。

       

       

       

      選挙は地震や津波のような自然現象ではなく、あくまで人為的なものです。つまり民主主義体制であれ独裁体制であれ、結果的に、人間が意図して作り上げたものです。

       

       

       

      それをまるで予想できなかったことのように驚いて見せるのは、普段この国の基底部で何が進行しているのか、そこに人々の意識がどうかかわっているのかという点を完全に見落としていることを告白しているに等しいのです。

       

       

       

      「テレビは重要なことを人々に知らせるメディアではなく、人々に知らせないための、あるいは覆い隠すためのメディアになった」と分析し、「TVの終わり」などと大仰に嘆いて見せるのです。TV報道は始まるまでもなく、とうの昔に終わっています。それを前景化して見せたのが3・11だったのです。

       

       

       

      消費社会ではあらゆる情報は操作されています。それを仕切っているのが電通です。商品の購入だけではなく企業の利益、ひいてはそこから献金を受けている政治家の利益になるようにコントロールされています。原発事故であれほど痛めつけられた福島で与党が勝つ理由を考えてみるべきです。見落としていることがあるはずです。

       

       

       

      山本太郎はこのことを骨身にしみて分かっています。演説でも何度となく触れていました。学者や評論家のように今度の選挙結果を嘆いていません。すべてを想定していたと思います。そうでなければ、私は彼を支持しません。

       

       

       

      日本経済新聞は、「参院選、与党が改選過半数獲得へ 野党共闘振るわず」と報じています。自民党は改選議席の67に対して56しか議席を獲得していないにもかかわらずです。見ようによっては「自民惨敗」との見出しも打てたはずです。

       

       

       

      もうやめにします。今回の選挙、山本太郎の作戦勝ちです。それは閉塞した社会の中を吹き抜けていった一陣のさわやかな風のようなものです。その空気を呼吸した人々は、腐臭を放つ窒息しそうな空気の中で生きていることに気づいたはずです。

       

       

       

       

      私は少年の頃のように、真夏の早朝の新鮮な空気が吸いたい。秋の高原を吹き抜けるさわやかな風を胸いっぱい吸いたい。そしてせせらぎを流れる小川の清冽な水でのどを潤したい。私の夢はかくのごとくささやかなものです。

       

       

       

       

      | 政治 | 14:33 | comments(0) | - |
      委縮は伝播する。
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        山本太郎率いる『れいわ新選組』は、今回の選挙活動を通じて、様々なものを可視化しました。中でも特筆すべきは、大手マスコミ、特にテレビ局のふがいなさです。

         

         

         

        山本太郎の訴えに耳を澄ます聴衆の多さや、その熱気や盛り上がりを目にし、取材しているにもかかわらず、選挙期間中ついにそれを報道しませんでした。政党要件を満たしていないなどという屁理屈ならいくらでも吐けます。

         

         

         

        しかし、今回の選挙で彼以上に聴衆を集めた政治家がいたでしょうか。一種の社会現象にまでなっているものを、そのまま報道しないのであれば、報道機関はいったい何のためにあるのでしょうか。報道しない報道機関など、悪い冗談以外の何物でもありません。

         

         

         

        吉本の芸人の謝罪会見や河野外相の韓国に対する選挙目当ての「無礼」発言(これほど恥ずかしいシーンはめったにお目にかかれません)、京アニメの放火事件などは、そのまま報道しているではありませんか。

         

         

         

        もちろんブログで何度も指摘したように、日本の報道機関が権力から独立しているなどとは思ってもいません。記者クラブにどっぷりつかって、すでに選別された情報をありがたく頂戴して生活の糧にしている人間たちが、安倍政権を批判などできるわけがないのです。

         

         

         

        それどころか、安倍政権と同じ穴のむじななのです。それすら意識できない人間は、国民のために報道の現場から立ち去るべきです。生活していく術は他にもあります。私のように、塾の教師でもすればよいのです。

         

         

         

        過去記事

         

         マスコミは圧力をかけられているのか?

        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=117

         

         

         

        日本の報道記者や官僚たちは、高偏差値大学を卒業した受験の勝者です。彼らの特技は、何よりも空気を読むことです。自分の地位を守るために裏の裏を読みます。これこそが頭がいいと言われる人間の内実なのです。

         

         

         

        結果、空気を読む=忖度することが自己目的化します。トップがアホになれば、アホを忖度しなければなりません。かくして委縮は伝播し、国民のことを考える者はいなくなり、国家は破滅への道を突き進むのです。

         

         

         

        そういった日本の政治文化自体に異を唱えているのが山本太郎です。彼は聴衆のすぐ前で、手の届くところで演説をします。街宣車の上から、一方的に自分の言いたいことだけを叫び、去って行ったりしません。大きなディスプレイにデータを映し出し、それを使って説明します。野党の政治家に彼と同じ手法で、国民と対話する勇気のある人間がいるでしょうか。

         

         

         

        山本太郎の言葉もさることながら、彼の選挙スタイルそのものが国民の側に立っているのです。今回の彼の街宣の中で、忘れられないシーンがあります。それは反対意見を述べる聴衆に向き合い、限られた時間の中で説得を試みているシーンです。ここに政治家に最も必要とされる資質が現れています。

         

         

        福島駅東口での演説です。3・11以降、彼を政治家にした原点ともいうべき地での演説です。田舎の果樹園で隠れて演説する誰かさんとは大違いです。

         

         

         

         

        ヤジを飛ばされれば、警察力でたちどころにそれを排除する安倍晋三(ノミのしんぞう)総理大臣とはあまりに違いすぎます。

         

         

         

        私たちの生活を大きく左右する力を持つ政治家としてどちらがふさわしいか一目瞭然ではありませんか。たとえ選挙結果が不細工なものになろうとも、山本太郎が荒野に向けて発した言葉は雲散霧消しません。現に私の中で反響しているのです。

         

         

        | 政治 | 22:09 | comments(3) | - |
        Make hay while the sun shines. (亡き父の誕生日に)
        0

          直訳すれば「日のあるうちに干し草を作れ」です。天候の変わりやすいイギリスの風土から生まれた16世紀頃からの有名な諺ですね。ご存知の方も多いと思います。日本語で言えば、「好機逸すべからず」です。すべての物事にはそれをするにふさわしい「時」があり、その「時」を逃すと、どんなに努力をしても成果は得られないという教えです。

           

           

           

          ところで、7月11日の木曜日、人生初の経験をしました。参議院議員の礒崎陽輔氏(舞鶴高校出身)の応援演説のために安倍総理大臣が大分入りしました。ガレリア竹町で、街宣車の上で演説するのを聴いたのです。いつものように嘘のオンパレードでした。どこがどのように嘘なのか知りたい方はぜひコメント欄で質問して下さいね。

           

           

           

          思えば、ブログを始めたのも礒崎陽輔氏の詭弁がきっかけでした。そのときの過去記事を挙げておきます。特に「国語力」がないと自覚している高校生だけでなく、「国語力」に自信を持っている人にも読んでもらいたいですね。そうそう、礒崎陽輔氏の支持者にもぜひ。

           

           

           

          東大は出たけれど − その1

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=2

           

          東大は出たけれど − その2

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=3

           

           

           

          ついでに、中学生でもわかるフェイクニュースの見分け方を書いておきます。それは5W1Hを押さえているかどうかです。質問した時に、これに答えられなければフェイクなのです。

           

           

           

          例えば、福島第一原発の事故について5W1Hを念頭に置いて質問するのです。そうすれば、「いまだに反原発などと言っているやつらは、キワモノのパヨクだ。原発は完全にアンダーコントロール状態だ」という言説がフェイクのかたまりだとすぐにわかるのです。

           

           

           

          ネトウヨの皆さんは、ただ安倍総理をマンセーすることで自分の存在を確認したい人たちなので、学問的な体裁をとっていても、ジャーナリスティックな論陣を張っていても、テレビに出る有名人でも、5W1Hを質問すればすぐにしっぽを出します。ただそれを質問する人がいないだけです。

           

           

           

          人生初の経験にもどりましょう。

           

          安倍総理大臣の前は鉄柵で囲まれています。「異分子」を排除するためです。私は入口で安倍総理大臣の顔が印刷されたパンフレットをもらい、自民党員のふりをして人ごみを掻き分け、前へ進みました。チャンスがあればヤジを飛ばそうと考えていたのですが、周りは自民党のシンパやネトウヨでいっぱいでした。そもそも目つきがおかしい若者が多いのです。「オレ様が安倍総理大臣を守るんだ」という「気概」にあふれています。

           

           

           

          ここでヤジったらどんな「危害」を加えられるかわかりません。若かりし頃ならブルース・リーばりの立ち回りを演じて、ヌンチャクを振り回し、たちどころに敵をやっつけていたでしょうが、今回はヌンチャクを忘れたので止めにしました。

           

           

           

          暑くて息苦しくなったので、そのマンセー集団から離れて、両脇の歩道の方へ移動しました。そこで安倍総理大臣の演説を聴いたのです。ヤジを飛ばせる雰囲気ではありません。私服警官が各所に配置され、イヤホンと小型マイクを装備して目を光らせています。イヤ、ホントです、なんちゃって。

           

           

           

          しょーもない演説が終わったので引き上げようとすると、安倍総理大臣が今からハイタッチをします、というではありませんか。そこで私もニコニコしながらその列に並びました。私の前50センチくらいに来たとき、Make hay while the sun shines. というフレーズが浮かびました。

           

           

           

          私は腹の底から声を絞り出し「安倍晋三!嘘つくな!」と大声で叫んでいました。総理大臣は明らかにビビっていました。「ごめんなさい。ゆるちてください」といったかどうか知りませんが、すぐに目をそらしました。

           

           

           

          その瞬間、周りにいた私服のお兄さんたちが私を取り囲み抱きついてきました。そんな趣味はないので「言論の自由は憲法で保障されているのだ。あなたたちに発言を封じる権利はない!消費税が何に使われたのか知っているのか!」と叫びました。やれやれ、歳をとるとこんな遊びもできるんですね。

           

           

           

          妨害されなければまだまだ叫びたいことがあったのです。

           

          「こんな人たちに負けるわけにはいかないんですと、もういっぺん言ってみろ!」

          「TPPはどうなった!」

          「北方領土は返ってくるのか!」

          「森友はどこ行った!」

          「加計はどうなった!」

          「アキエとタニサエコはどこにいる!」

          「拉致被害者はどうなる!」

          「財務省の役人を殺して平気なのか!」

          「公文書の書き換えを指示したのは誰だ!」

          「消費税を上げて、国民を殺すつもりか?」等々。

           

          全部挙げれば日が暮れます。

           


           

          その後、通りで信号待ちをしていると、警備の責任者だと名乗るお兄さんが近づいて来て「おけがはありませんでしたか?」と聞くのです。「4〜5人の男に抱きつかれたぐらいで、けがなんかするわけないだろうが!」とは言わずに「あなたたちも仕事とはいえ大変だね」と答えました。

           

           

           

          そのお兄さんに自民党のパンフレットを渡し、付いてきたりしないでねと言い残し、歩いて妻と待ち合わせの場所へ向かいました。のどが渇いたのでトキハのスタバでアイスコーヒーを注文していると、背後から「あの〜、○○新聞の記者ですが、お話をお聞きしてもよろしいでしょうか」と声をかけられました。

           

           

          あれだけの人がいる中で、たった一人で言葉を発したことに感動した、とのことでした。それから1時間余り、その三十代前半の若い記者と色々な話しをしました。そして、こんな素晴らしい記者が今時いるのかと、認識を新たにしたのです。

           

           

           

          話の中で、山本太郎の発する言葉とエリック・ホッファーの言葉について触れました。本当に思考するための言葉は、今では、学校教育によって刈り取られてしまって、現実を改変する力を持てなくなっている。言葉が意味を失い、単なるつじつま合わせの記号になってしまった。高学歴であればあるほど、この傾向は著しい。

           

           

           

          山本太郎は高校中退の元芸人だからこそ、真実の言葉を話す人間を見分けられるのだ。逆に、学歴差別の上に構築された社会システムを疑わない人間は、権力と金を持つ人間を忖度することでしか人生に意味を見いだせなくなっている、等々。話題は尽きませんでした。再会を約束しましたが、このブログをN記者が読んでくれているといいのですが・・・。

           

           

           

          ところで、私が蛮勇をふるって安倍総理大臣に言葉を発したのも、山本太郎の存在があったからです。6年前から、この男は本物だと直感して彼を支持してきました。過去記事をお読みになれば、その一端を理解してもらえると思います。

           

           

           

          国は誰のために存在するのか − 山本太郎議員を応援する。

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=26

           

          山本太郎 vs 安倍晋三 − 暴かれたイラク戦争の本質。

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=28

           

           

          | 政治 | 21:48 | comments(2) | - |
          空虚な人格から発せられる空語!空語!空語!
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            空虚な人格は、幼少の頃からつねに言われた通りのことをやり、そのことで評価され、賞賛され、おだてられる経験を積み上げて来たため、ついに自分の言葉を獲得する機会がなく、自分が見ている世界が唯一絶対的なものだと思い込むことで出来上がります。

             

             

             

            つまり、恐ろしく狭い世界に住み、人格が空洞になっているため、自分にとって都合のいい情報や言葉だけがそこで反響し増幅されるのです。したがって支離滅裂で矛盾することも平気でしゃべります。自分で考えてしゃべっていないので、過去の発言との整合性など頭にありません。

             

             

             

             

             

             

            現職の総理大臣と持ちつ持たれつ。総理のご意向で、私たちの税金が吉本興業に注ぎ込まれています。さすが闇営業の吉本だけのことはあります。なんたってヤクザとズブズブの関係ですから。闇営業という言葉で騙されてはなりません。島田伸介を例に挙げるまでもなく、ヤクザ企業なのです。それよりも、日本のお笑いのレベルが知れるというものです。権力者に媚を売るお笑いなど、腐っているとしか言えません。この国は終わっているのです。

             

             

             

             

             

             

            実は劣等感の裏返しがそのままキャラになっているのです。いうまでもなく、夏目漱石の時代から今日まで、アメリカやヨーロッパでは、日本人をはじめ東洋人はいまだに「差別される側」です。この事実は鈍感でなければわかります。この劣等感こそが、韓国人や中国人を差別し蔑視する温床となっているのです。

             

             

             

            これほど醜悪なことはありません。ツイッタ―で嫌韓や反中を叫びながら、一方でトランプや安倍首相を礼賛している人間たちは、世界の現実を知らない国際的田舎者に過ぎません。

             

             

             

            私が『れいわ新選組』を支持するのは、10人の候補者全員が自分の言葉でしゃべっているからです。自分が経験したことの中で思想を鍛え、常に国民の立場に立って発言しているからです。それを感知できない人間たちは「変わりものだらけの集団だろう」とか「子供とか弱者とか、キレイごとばかり並べている」と考えるのです。

             

             

             

            私は現政権を支持しません。それは安倍首相の発言やふるまいが「ウソだらけだから」「恥ずかしいから」「痛々しいから」「幼稚だから」「バカにされているのがわからないから」です。あるいは「悪」を感知するだけの知性がないから、というのが理由です。政治の世界では「悪」の本質を洞察できない者は、その「悪」に利用されて国家を破滅に導くのです。

             

             

             

            安倍首相は、参院選の遊説のスタート地点を福島市の果樹園にしました。東京の秋葉原をスタート地点にしないのは、ヤジが怖いのです。いや、ヤジに応えて思わず自分の本音をしゃべってしまうのが怖いのです。山本太郎のように、聴衆の目の前で自分の信念や政策を語ったり、質問や反論に答えたりすることは絶対にできません。ヘタレですから。

             

             

            201974日の毎日新聞から、その第一声を引用します。

             

             

             

            ― 福島の復興なくして東北の復興なし。東北の復興なくして日本の再生なし。外交力をいかして福島産の農産物の(輸出時の)規制緩和に全力を尽くした。その結果、福島産の輸出が過去最高になった。トランプ米大統領は意外と人の話を聞く。私の話の筋が通っていると「シンゾー、分かった。その通りにする」と言ってくれる。平和安全法制(安保関連法)を成立させ、助け合える日米同盟になり、絆はかつてないほど強固だ。憲法に自衛隊を明記すると公約に掲げた。最後に決めるのは国民投票だ。そのための審議をせねばならない。それが議員の責任だ。しっかり議論する候補、政党を選ぶのか、責任を果たさず審議しない政党、候補を選ぶのか。(福島市の果樹園で)―

             

             

             

            開いた口がふさがらないとはこのことです。福島県民は完全にバカにされています。何を言っても、東北人は我慢してじっと耐えるとたかをくくっているのです。ちなみに安倍首相が責任感のある人間なら、沖縄の辺野古を第一声の場所に選ぶでしょう。山本太郎なら、必ずそうするはずです。

             

             

             

            安倍首相の第一声は欺瞞に満ちています。福島第1原発事故の避難者への家賃補助を打ち切り、仮設住宅を廃止して避難者を追い出し、統計上「避難者はいない」ことにしているのを見ただけでも、安倍政権の意思は明確に示されています。

             

             

             

            それにもかかわらず、共同通信や朝日新聞をはじめとする大手メディアは序盤の情勢として「自公、改選過半数の勢い」と一面トップで報じています。無党派層が半分近くいるにもかかわらずです。そして「大いに関心」四分の一、18・19歳「必ず行く」前回より低下、と報じているのです。ここにも大手新聞の意思(第三者づらをして、民主主義など信じていないこと)が明確に示されています。それが分かって、私やあなたはどうするのか?

             

             

             

            過去記事

             

            マスコミは圧力をかけられているのか?

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=117

             

            | 政治 | 22:14 | comments(0) | - |
            山本太郎は虎の尾を踏んでいる。
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              『れいわ新選組』の候補者を見て、私は心底驚いています。蓮池透氏、安冨歩氏、木村えいこ氏、そして今日、公明党の支持母体・創価学会員の野原善正氏、環境保護NGO職員の辻村千尋氏、元セブンオーナーの三井義文氏、元外資系銀行員の大西つねき氏が加わりました。木村えいこ氏のことは今回初めて知りました。

               

               

               

              蓮池透氏、安冨歩氏、大西つねき氏のことは著作を通じて応援していたのです。この3人が『れいわ新選組』から立候補しないかと考えていたのですが、まさかそれが現実になるとは・・・。もう1人、前川喜平氏を期待しているのですが、どうでしょう。古賀茂明氏、植草一秀氏もいいですね。

               

               

              ここに挙げた本は目の前の書棚にあったものですが、どれも素晴らしいです。深く考えさせられ、インスピレーションをもらいました。特に大西つねき氏の『私が総理大臣ならこうする』は具体的でとても刺激的な本です。見にくいかもしれませんが、一番左は大西氏の『希望 ― 日本から世界を変えよう』です。

               

              ちなみに、安冨歩氏の著書『原発危機と東大話法』は、原発事故から一年も経たない2012年1月15日に出版されています。アマゾンからさっそく取り寄せ、一日で読み、思考がまとまらない中、一人でも多くの人に読んでもらおうと1月18日にレビューを投稿しました。そのときレビューは一つだけでした。それでも瞬く間に600人以上の人が賛同してくれ、日々賛同者の数は増えていました。ところがある日突然削除されたのです。その件に関しては過去記事をご覧ください。

               

              経済合理性という狂気または合理的な愚か者について

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=36

               

               

               

               

               

               

              今回の人選で、6年前から彼を応援してきた理由が納得できました。今の日本社会を立て直すのに不可欠な人が選ばれているのです。要するに、山本太郎は自民党・安倍政権が財界とアメリカの兵器産業のために破壊し尽くした日本社会を一から寄せ集め、繕いはじめたのです。選挙ではこれまで「よりましな」政党を選ぶしかありませんでした。積極的に応援したいと思ったのは、『れいわ新選組』が人生ではじめてのことです。

               

               

               

              3・11でこの国は多くの人命と国土の一部を失いましたが、同時に山本太郎という政治家を生みだしました。私は、歴史の転換点では、真に力ある思想は決して既存の利権集団やイデオロギー集団の中からは生まれない、それは、まったく思いもかけないところから生まれるのだ、と言いました。

               

               

               

              かくなる上は、心ある国民は山本太郎を守らなければなりません。かつて、特別会計の闇を追及しようとして暗殺された民主党の石井紘基氏の二の舞にさせてはなりません。山本太郎は命を張っています。虎の尾を踏んでいるのです。

               


               

              | 政治 | 00:40 | comments(0) | - |
              私たちはいつまで騙され続けるのか。
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                ゲームに夢中になっている小学生なら、いや、ゲームをしていない小学生でも以下の問いには簡単に答えられるでしょう。

                 

                 

                 

                すぐ近くでじっとしている標的と動いている標的とでは、どちらが狙いやすいですか?仮に相手から攻撃された場合、どちらが反撃しやすいですか?

                 

                 

                 

                もちろんある場所に固定されている標的の方が攻撃も反撃もしやすいですよね。攻撃とか反撃とか物騒な言葉を使うのはどうかと思いますが、ゲームの中では当たり前の発想です。

                 

                 

                 

                つまり、ゲームという一見価値中立的なヴァーチャル空間の中で、子供も大人も戦争のシュミレーションをしているのです。そこでは、ほとんど条件反射的に敵を攻撃するように仕組まれています。

                 

                 

                 

                ところで、上の問いに対して、信じられない答をした人がいます。その人は国を守るということ、すなわち安全保障に関して詳しい(あくまで戦車に乗ってピースサインをしてみせるような人物の脳内ゲームレベルですが)と言われている人物です。そうです、わが国の総理大臣・安倍晋三氏です。

                 

                 

                 

                今年の2月12日、衆院予算委で「イージス・アショア」導入について、その必要性に疑問を投げかけられて答えました。

                 

                 

                イージス・アショアというカタカナでごまかしていますが、要するに、海上を動き回る艦艇にではなく、陸上に6000億円以上をかけてイージスの基地を作るというのです。

                 

                 

                 

                「まさに陸上においての勤務となる。これは(洋上勤務となるイージス艦とは)大きな差なんですよ、全然ご存じないかも知れませんがね。(隊員が)自分の自宅から通えるわけですから。勤務状況としては違うんですよ。そういうことも考えていかなければいけない。実際に皆さんは勤務されたことがないから、そんなことをおっしゃっているんでしょうけど」

                 

                 

                 

                あわわわわ・・・。陸上にミサイル防衛システムを配備することの危険性、すなわち国民の命を危険にさらすことになるという指摘に、「(隊員が)自分の自宅から通えるわけです」と答える総理大臣など前代未聞です。「自分の自宅から通える」範囲で戦争できるんですよ、隊員の負担が軽くなるでしょ、と言っているのです。

                 

                 

                 

                なぜこのようなハチャメチャな答弁になるのでしょうか。一つには晋三氏の能力に問題があるのは当然ですが、実はすべてをアメリカ(アメリカ国民ではなくアメリカの兵器産業とその株主であるトランプ政権の閣僚たちや日米合同委員会)に依存して何も考えなくても済む、考えても無駄という状況になっているからです。

                 

                 

                 

                そもそも、イージスとは特殊なレーダーと高度な情報処理・射撃指揮システムにより、200を超える目標を追尾し、その中の10個以上の目標を同時攻撃する能力を持つと言われています。う〜む、なんだか凄いですね。頼りになりそうです。

                 

                 

                 

                しかし、それは日本を守るためのものではありません。以下の図を見て下さい。秋田市も山口県の萩も、北朝鮮のミサイル基地とハワイおよびグアムの米軍基地を結んだ直線上に位置しているのです。だからイージスは日本を守るためではなくアメリカを守るためのものだという人が多いのです。その通りなのですが、「アメリカを守る」のではなくアメリカの兵器産業を守るためです。

                 

                 

                 

                 

                 

                わが国はすでにイージス艦を7隻持っていますし、2020年には8隻態勢になります。もちろんアメリカは陸上にイージスの基地を作ったりしません。国民の命を危険にさらすことになりますし、市民が反対して作らせないでしょうから。すべて艦艇に搭載しています。

                 

                 

                 

                欠陥戦闘機のF35や事故が多くてアメリカでは使用できないオスプレイは、日本に買ってもらうしかないのです。もちろん陸上にイージスを配備することなど常識では考えられません。いったいそんなものに莫大な税金を投ずる国が日本以外にあるでしょうか。

                 

                 

                 

                ところで、皆さんは北朝鮮に対してどのようなイメージを持っていますか。狂人的な独裁者が支配しているイカれた国で、いつミサイルをぶっ放すかわからない怖い国、といったところでしょうか。しかし、これはすべて新聞やマスコミによって捏造されたイメージです。

                 

                 

                 

                外交一つとってみても、日本よりもはるかにしたたかで緻密な計算をしています。安倍政権の外交が何一つ成果を上げられず「やってる感」だけを演出しているのと対照的です。

                 

                 

                 

                北朝鮮はすでに160カ国と通商関係を結んでいます。ロシア、中国、韓国、イタリア、スイス、シンガポール、インド、台湾、香港、タイなどから投資を受け、350社を超える合弁企業を設立しています。このように各国は軍事的な対立を演出しながら、裏では経済の協調体制を敷いているのです。

                 

                 

                 

                皆さんは2017年の8月、北朝鮮からミサイルが飛んでくるとしてJアラートが発せられていたときのことを覚えているでしょう。都内では電車が運休し、各地で避難訓練が行われていたとき、総理大臣はゴルフに興じ、閣僚たちは外遊に出かけていました。国際線は通常運航でした。不動産株も銀行株も国債にも変動はありませんでした。つまりこれは、日米の防衛予算を増やすためのヤラセに過ぎなかったのです。

                 

                 

                 

                ここで一つ面白いエピソードを紹介しましょう。わが大分県の中高一貫高である県立H高校は、ヤラセに引っ掛かってグアムへの修学旅行を取りやめました。これだけでもびっくりですが、なんと旅行先を福島に変更したのです。まあ県立高校のトップの政治意識はこんなものでしょうが、楽しみにしていた生徒たちがかわいそうです。

                 

                 

                 

                さてもう終わりにします。国際社会は北朝鮮を脅威とみなしていません。それどころかアメリカの鉱山協会は北朝鮮で資源開発調査を行い、フランス系の資本が携帯電話網を整備し、ドイツのDHL社が物流インフラを整備し、日本の出資を受けているラファージュ社が軍事物資であるセメントを生産しています。これを受けイギリスは北朝鮮専門の開発ファンドを設立しているのです。

                 

                 

                 

                本を読み、ネットを活用すれば(そのためには、本物の英語力をつける必要があります)これくらいの情報は手に入るのです。これでもあなたは、捏造された北朝鮮のイメージを信じ続け、騙され続けるのでしょうか。しかし一体いつまで?

                 

                 

                 

                最後に一言。北朝鮮が本気で日本やアメリカを滅ぼそうと考えるなら、日本海側にずらりと並んだ原発をミサイルで攻撃するはずです。これで世界の資本主義経済は終わります。もちろん北朝鮮も同じ運命をたどります。それから先の世界がどうなるかは、想像力のある作家や映画監督に任せるほかありません。

                 

                 

                 

                過去記事

                 

                「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」

                http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=402

                 

                公立中高一貫校の「前倒し学習」って何?

                http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=256

                 

                北朝鮮の問題で安倍首相が主体的に決断できる可能性は1%もない。

                http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=406

                 

                現代の戦争に偶発はない、すべて営利行為である。

                http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=339

                 

                気分はほとんど開戦前夜

                http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=401

                 

                | 政治 | 14:22 | comments(0) | - |
                僕たちは希望という名の列車に乗った。
                0

                  今回のタイトルは昨日(6月11日)観た映画のタイトルです。大分のシネマ5bisで現在上映中です。

                   

                   

                   

                   

                  時代は1956年、冷戦下の東ドイツ。東西ドイツを分断するベルリンの壁が建設される5年前の実話を映画化したものです。

                   

                  パンフレットから簡単にストーリーを紹介しておきます。

                   

                   

                  「1956年、東ドイツの高校に通うテオとクルトは、列車に乗って訪れた西ベルリンの映画館でハンガリーの民衆蜂起を伝えるニュース映像を目の当りにする。クラスの中心的な存在である二人は、級友たちに呼びかけて授業中に2分間の黙祷を実行した。それは自由を求めるハンガリー市民に共感した彼らの純粋な哀悼だったが、ソ連の影響下に置かれた東ドイツでは“社会主義国家への反逆”と見なされる行為だった。やがて調査に乗り出した当局から、一週間以内に首謀者を告げるように宣告された生徒たちは、人生そのものに関わる重大な選択を迫られる。大切な仲間を密告してエリートへの階段を上がるのか、それとも信念を貫いて大学進学を諦め、労働者として生きる道を選ぶのか・・・・・。

                   

                   

                  無意識のうちに政治的タブーを犯してしまった若者たちが、仲間との友情や恋を育みながら、ある時はまっすぐに主張をぶつけ合い、人間として正しきこととは何かをひたむきに模索していく姿は見る者の心を強く揺さぶる。過酷な現実にさらされた彼らの、人生のすべてをかけた決断とは?希望を追い求めた若者たちの“小さな革命”を未来へと続く“列車”とともに描き上げた感動の実録青春映画」

                   

                   

                   

                  この映画は、社会主義的・共産主義的イデオロギーがいかに人間の自由を奪うものか、理想に名を借りた政治権力がどれほどおぞましいものかを見事に描いています。

                   

                   

                   

                  映画を観ながら、私は大学受験に失敗して浪人しているときに読んだ、林達夫の『共産主義的人間』をしきりに思い出していました。この本を読むことで、未熟ではあれ、自分なりの政治的スタンスを確立したのです。

                   

                   

                   

                  この事件から63年がたった現在、世界は、そして日本はどうなっているでしょうか。日本は自由で平和な国と言えるでしょうか。国家は弱者に寄り添い、思想信条の自由・表現の自由に最大限の配慮をしているでしょうか。若者は未来に大いなる希望を抱き、同世代の人間たちと連帯して毎日を生き生きと過ごしているでしょうか。

                   

                   

                   

                  第二次安倍政権が誕生してからというもの、この6年ほどの間に「政治的」という言葉は、もっぱら「政府を批判する言説」「反安倍的」という意味でのみ使われるようになりました。それが証拠に、現政権に対して親和的な言説やイベントは、警戒もされず、忌避されることもありません。つまりそういった言説は「政治的ではない」のです。

                   

                   

                   

                  言葉の解釈や使用法を歪めることは、独裁権力が常にやって来たことです。言葉を歪めることで世界を歪め、自分たちに都合のよい事実を捏造するのです。

                   

                   

                   

                  ところで、この映画を観て感想を述べ合い、議論している高校生がいるでしょうか。私の出身校である大分上野丘高校は、いわゆる県立トップ校ですから、主権者教育の一環として当然、先生方と生徒の皆さんで議論する計画を立てていることでしょう。政治と歴史を学ぶのに格好の素材です。受験科目にないということで世界史の授業をカットした恥ずべき前科があるのですから、それを反省して、今はまともな教育がおこなわれていると信じたいですね。

                   

                   

                   

                  もう終わりにします。私が政治について語る理由はただ一つです。政治ほど善意を悪用して人々の人生を破滅させるものはないからです。

                   

                   

                   

                  例えば、辺野古の民意を無視した強権的な埋め立て、イージス・アショアの杜撰さ。両者とも日本を守るためではありません。政治の本質は羊の皮を被ったオオカミです。政治によって人生を狂わされたくなければ、政治を知る必要があるのです。

                   

                   

                   

                  この映画は、若者の素朴な正義感や倫理観こそが世界をよりよき場所に変える可能性があることを暗示しています。ラストシーンが素晴らしい。日本では、そういった若者は、学校教育によって片隅に追いやられ、変人扱いされ、後ろ指を指されているかもしれませんが、それこそが異常なのです。韓国や香港や台湾の若者は、日本のはるか先を行っています。この映画は、日本の若者を含めて、世界の若者にエールを送っているのです。

                   

                   

                  | 政治 | 13:01 | comments(0) | - |
                  誰が政治を変えるのか?
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                    朝起きて鶏小屋へ行き、水を換え、餌をやり、ジャガイモやピーマンを収穫した後、葡萄の苗の成長を心待ちにする日々です。写真のような葡萄棚になるには数年かかります。ひと汗かいた後、朝食をとり、読みかけの本を開きます。夕方からは塾の準備をして授業に臨みます。さしたることのない平々凡々な日々です。

                     

                     

                     

                     

                    しかし、外の世界に目を転じると、フェイクニュースやプロパガンダが拡散され、デマゴーグが跳梁跋扈し、全体主義的な情報操作が現代によみがえって重要な政治決定を蝕んでいます。以下の本は NYT 紙の文芸評論で活躍し、ピューリッツア賞に輝いたミチコ・カクタニ氏の『THE DEATH OF TRUTH 』(真実の終わり)です。トランプ政権に象徴される民主主義の危機の深層に迫る労作です。

                     

                     

                     

                     

                    ハンナ・アーレントは1951年の『全体主義の起源』の中で次のように書きました。

                     

                    「全体主義的統治の理想的な臣民は、筋金入りのナチでも共産主義者でもなく、事実と虚構の区別、真と偽の区別をも、もはや見失ってしまった人々なのだ」と。

                     

                     

                     

                    それから20年後、1971年のエッセイ『政治におけるウソ』の中で次のように記しています。

                     

                    「われわれが送っている日常生活という事実の織物全体がいかにもろいものであるかは、歴史家のよく知るところである。それは常に一つのウソによって穴を開けられたり、集団、国民、階級の組織されたウソによって引き裂かれ、否定され、ゆがめられ、またしばしば山のように積み重ねられた虚偽によって周到に覆い隠されたり、ただ忘却の淵に沈むにまかされたりする危険にさらされている。事実が人間の領域に安住の地を見いだすためには、記憶されるための証言や確証されるための信用のおける証人が必要である」と。

                     

                     

                     

                    世界でこの状況に抗して闘っている人間がいます。山本太郎、バーニー・サンダース、ジェレミー・コービンです。全員が反緊縮派です。彼らは胡散臭い人間だとして後ろ指を指され、嘲笑の的にされています。しかし、後ろ指を指し、嘲笑しているのは誰か。

                     

                     

                     

                    日本では、安倍政権による略奪が続いているのに、これまで何とかなったのだからこれからも何とかなると安易に考えている国民自身です。山本太郎は消費税の廃止を主張しています。素朴に考えればまことに当たり前な主張です。

                     

                     

                     

                    これまで徴収された消費税は総額でおよそ397兆円に達します。社会保障に当てるという名目で導入されましたが、ほぼ全額が大企業の還付金や減税に当てられました。支配層(財界、官僚およびそれに操られた政治家たち)が消費税にこだわるのは、経済がどれほど悪化しても生存にかかわる基礎消費は変わらないので、安定的に搾り取ることができるからです。大企業の内部留保は500兆円を超えていますが、これは派遣法改正で非正規社員となった人々の所得を収奪することによって蓄積されたものです。

                     

                     

                     

                    以上より、消費税の廃止を訴えない政治家は政治献金と地位だけが目的の木偶の坊なのです。政権が代わっても何も変わらないでしょう。

                     

                     

                     

                    格差社会も分断も政治とメディアによって意識的に作られたものであり、民衆の不満や怒りが支配層に向かないように、スケープゴートとして「移民」「生活保護受給者」「公務員」がバッシングされていることに私たちは気づかねばなりません。

                     

                     

                     

                    特に日本は国民の民度を超えた未曾有のカタストロフィーが進行中です。言わずと知れた原子力災害です。それを直視すれば、日本経済が崩壊するので、考えてはならないこと、なかったことにされているのです。

                     

                     

                     

                    まともな神経をしていればこういった超ド級の原子力災害のさなかに3兆円をかけてオリンピックを開くことが正気の沙汰でないことは明白です。その陰で避難者は補償を打ち切られ、汚染地域への帰郷を余儀なくさせられているのですから。

                     

                     

                     

                    そんな中、山本太郎は政治家としてただ一人オリンピックに反対しています。政策に原発即廃炉を掲げています。現実感覚を喪失してさえいなければ、これまた当然のことを言っているに過ぎません。

                     

                     

                     

                    いつの時代でも、危機に際して登場し、危機を救う真に力ある思想は、思いもかけない場所に潜んでいます。職業的思想家の中にでもなければ、二代目三代目の政治家の中にでも断じてありません。個人的な温かみや寛容さ、そして誠実さ、原則を守る姿勢、倫理的な力を持った天才的アマチュアの風貌をまとって登場するのです。

                     

                     

                     

                    山本太郎、バーニー・サンダース、ジェレミー・コービンはこれに当てはまります。彼らはその時代の職業的思想家や政治家、経済学者、マスメディアから白眼視され、蔑視され、後ろ指を指されながらも執拗な戦いを続け、次第に共鳴者を獲得して世界を変革していくのです。

                     

                     

                     

                    英国労働党党首、ジェレミー・コービンは言います。「個人の野心などまったくどうでもいい。これは、私たちの社会を、冷酷で分断されたものではなく、よいものに変えられる私たちみなの社会運動だ。前に進む道をみな知っている」と。

                     

                     

                     

                    私は以前紹介した『エスタブリッシュメント』の中で、ジェレミー・コービンに興味を持ち以下の本を最近読み終わりました。この本によると、彼を支持したのは不安定な雇用状況にある若者でした。反貧困を掲げ、反緊縮を訴えたコ―ビンが彼らの共感を呼んだのです。

                     

                     

                     

                     

                    私はブログでも繰り返し言ってきたように、政治を大きく動かすのは若者の「倫理的な力」なのです。その倫理的な力を奪い、現実から目をそらさせ、自分に利益をもたらす進路だけに目を向けさせているのが学校教育であり、実質的に公教育を民営化する役回りを引き受けることで利益を上げている塾産業なのです。これについてはまた論じます。いつも小難しい話にお付き合いいただきありがとうございます。

                     

                     

                    暇があったら、以下の記事もお読みください。

                     

                    『山本太郎は日本のバーニー・サンダースである。』

                    http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=524

                     

                    『今年の1冊 よりよき〈生〉を生きるために。』

                    http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=542

                     

                     

                    | 政治 | 23:27 | comments(0) | - |
                    「山本太郎」の本質を断固支持する。
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                      今回は、塾教師人生の総括として、東大や慶応に合格しただけであたかもそれが素晴らしいことのように持ち上げる出版界と塾・予備校業界、それにまんまと騙される「佐藤ママ」や「ビリギャル」に代表される人格なき「大衆」を批判する予定でした。

                       

                       

                      そもそも、大学受験の合否はあくまで個人的な出来事のはずで、それを世間に向けて公表することは、ブランド品を見せびらかすような下品な行為以外の何ものでもありません。

                       

                       

                      それにしても、たかが大学に合格しただけでそれに価値があると思い込ませる出版界は、他方で政治的な批判を控える(実際はその発想すらないのですが)ことによって、出版ジャーナリズムの劣化をいっそう加速させています。

                       

                       

                      その結果、私たちの国は世界に冠たる後進国に転落してしまったのです。いや、もともと後進国だったのです。客観性や中立性という言葉で思考停止に追い込まれた結果、政治の話は学校でもダメ、職場でもダメ、テレビでもダメ、芸能人が発言してもダメ、ミュージシャンが発言してもダメ、という体たらくです。

                       

                       

                      要するに、周囲の空気を読んで和を乱さないことに異常な神経を使うだけのアメーバ集団、反知性主義の国家になり下がったということです。これで先進国と言えるでしょうか?

                       

                       

                      本題に入ります。今回のタイトルで「山本太郎」とカギ括弧付きで書くのは、山本太郎という一政治家が希望のシンボルになることを願っているからです。

                       

                       

                       

                      これまで何度もブログで述べてきたように、彼は心ある国民の言いたいことを最もよく代弁してくれました。私は彼の国会での質問や国会外での活動に救われました。正直に言うと、彼がいるおかげで私は政治に対する関心をつなぎとめているのです。

                       

                       

                      彼は足を引っ張られるのを承知で、からかわれるのをものともせず、常に国民の立場に立って発言してくれました。感情も知性も劣化したネトウヨとは違って、彼は「理想の審判者としての国民」を信じているのです。

                       

                       

                       

                      以下は、『僕にもできた! 国会議員』(山本太郎=著)の書評です。作家の島田雅彦氏が書いたものです。

                       

                       

                       

                       

                      ― 理想主義者の代名詞に「ドン・キホーテ」というのがあるが、山本太郎ほどこの称号にふさわしい男はいない。通例、揶揄のニュアンスが付いて回るが、徒手空拳で巨悪に突撃してゆく蛮勇こそ現在の政治家に最も必要とされる素質である。その理想は憲法に忠実で、あるべき政治道徳に則り、国民に安全で健康な生活を確保しようとする高潔なものだ。国会には七百人以上の議員がいるが、山本太郎と何人かの例外を除けば、ほとんどの議員が多数派の頭数合わせと己が既得権益を守ることしか頭にない。山本太郎が理想主義者として浮いてしまうこと自体が政治の退廃、劣化の証左になっている。

                       

                       


                       山本太郎の六年間の議員活動はちょうど安倍政権の悪政と重なるが、この間に悪政があまりに自明のことになってしまい、有権者のあいだに諦めムードが広がり出した。もちろん、野党議員たちは国会や委員会で政府の対応を批判し、数々の疑惑に対する真相究明を続けているが、首相はじめ政権担当者たちは呼吸するように嘘をつき、公文書の改竄と偽造は当たり前、幽体離脱したかのように当事者意識を欠き、一様に記憶喪失に陥っている。

                       

                       

                       

                      もう少し道理を知っているはずの男たちも、破綻の予感を抱きながら、傍観している。政府は実質、自分で何かを決めたことも、率先して対策を練ったこともない人々の吹き溜まりである。

                       

                       


                       結果、財政破綻は秒読み、廃炉への道は遠く、放射能はアウト・オブ・コントロール、外交、安全保障政策も全て裏目に出た。無為無策の首相や子どもの使いの外相を置き去りにして、国際政治の謀略は容赦なく進行する。相手の厳しい次の一手には対応できそうもない。貧困問題もいよいよ深刻になり、生活苦を強いられた庶民のあいだから、怨嗟の声が上がる。純粋な理想主義者がムチを入れなければ、政府はピクリとも動かない。

                       

                       


                       首相とその不愉快な仲間たちは官房機密費を使って、マスメディアを籠絡し、世論操作することも、内閣人事局を通じて、官僚を丸め込むことも、首相権限を振りかざして警察や司法に圧力をかけることもできるが、その絶大な権力を使って、やることといったら、自分たちの不正、失策を隠すこと、アメリカ大統領のパシリとして貢ぎ、日米安全保障条約および日米地位協定を憲法の上に置き、この国の占領状態を維持し、その利権で私腹を肥やすことだけだ。

                       

                       

                       

                      山本太郎は活動資金も限られ、官僚やマスメディアを操ることはできないが、彼には有能なブレーンがついていて、ボランティア的に彼をサポートし、戦略を授けてくれるので、国家権力を私的に濫用する極右政権相手のゲリラ戦はかなり奏功しているといっていい。そのゲリラ戦の主戦場は国会中継で、政府側が誤魔化しと嘘でしどろもどろになる中、舌鋒鋭く切り込んでゆく様子はまさに「山本太郎劇場」だ。山本太郎は質問を通じて、被災者支援等で政府に善処を促すことに成功している。

                       

                       


                       有権者が無知で無関心でいる限り、悪政は続く。礼儀正しく、おとなしく、他人を攻撃せず、空気を読む。そんな人々の沈黙の同意によって、不正が見逃される。右でも左でもない中立の立場でいる限り、極右の専横は容認される。そうした「無関心な人々の共謀」をいかに打破するか、それが問題だ。もし、それに成功すれば、政権にとっては致命傷になる。待望されるのは政治の不毛を笑い飛ばしつつ、常識を覆すリベラルのトリックスターである。

                       

                       


                       六年前に俳優から政治家に転身した時、彼自身が一般の無関心層と変わらない素人だった。だが、謙虚に勉強を続けるうちに堂々と無能な為政者たちに正論を突きつける市民視線の政治家になった。

                       

                       

                       

                      ここ六年間の山本太郎の軌跡は、「王様は裸だ」といえる正直者の素人にしかこの国は変えられないということを如実に示している。「山本太郎が首相になる」と聞いて、「まさか」という人は政治の本質をまだわかっていない。実際、極右マフィア政権が六年も続くという「まさか」を見てきたのだから、その反動から山本太郎首相の誕生は十分あり得ると考えなければ、やってられない。― 以上。

                       

                       

                       

                      | 政治 | 10:49 | comments(0) | - |
                      悲しすぎる現実。
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                        先日用事があって近くの郵便局へ行きました。待っている間、それとなくあたりを見回すと、一枚のポスターが目に飛び込んできました。よくできたポスターだったので、スマホで写真を撮りました。それが以下のポスターです。よ〜くご覧ください。

                         

                         

                         

                         

                        社会の敵を一刀両断。なかなか迫力がありますね。その横にわざわざ二色刷りで、暴力団を「利用しない」。暴力団に「を出さない」。暴力団を「れない」。暴力団と「交際しない」。と書かれています。私はこのポスターを見てニヤニヤしていました。この4つのすべてに当てはまる誰かさんへの強烈な皮肉だと思ったからです。

                         

                         

                         

                        ちょうどそのとき昔の教え子が私を発見して声をかけてくれました。普段の私はと言えば、待ち時間は椅子に腰かけ、持ってきた本を開いて眉間にしわを寄せ、小難しそうな顔をしています。そこにはおいそれと声などかけられない知的で厳粛なオーラが立ち込めているはずです、たぶん。ところがその日はたまたまニヤニヤしていたので、声をかけやすかったのでしょう。

                         

                         

                         

                        「先生、○○です。お久しぶりです。まだ塾をやっているそうですね。来年子供が中学生になるのでよろしくお願いします。ところで、なにをニヤニヤしていたんですか」。

                         

                        「おっ、○○君、久しぶり。元気そうじゃないか。君の言う通り、他にとりえがないので『まだ』がんばっているよ。ニヤニヤしていたのは、このポスターが気に入ったからさ。傑作だと思わないかい?僕は思わず写真まで撮ったよ」

                         

                        「へ〜、そうスか?普通のポスターだと思いますが・・・」

                         

                         

                        で、そのあとよもやま話をして別れました。なぜニヤニヤしていたのか、以下の動画をご覧いただければお分かり頂けると思います。

                         

                         

                        山本太郎一人です。総理とヤクザの関係を国会で取り上げ、総理に面と向かって辞任せよと迫れるのは。この事件は総理の辞任に即つながるので、他の大手メディアは取り上げません。共産党も含めて、他の野党議員も追及しません。歳費泥棒もいいかげんにしてもらいたい。伊藤詩織さんの件も同様です。

                         

                         

                         

                         

                         

                         

                         

                        普通なら(私が見るところ10回以上)政権が倒れてもおかしくない事件や不祥事が持ち上がっても、安倍政権は倒れません。森友学園にまつわる国有地詐取事件、加計学園にまつわる補助金詐取事件、安倍首相の子飼いのジャーナリスト山口敬之の伊藤詩織さんレイプ事件(なんとBBCが世界に向けてドキュメンタリーを制作しました)のもみ消し等々。枚挙にいとまがありません。そして極めつきは上の動画です。

                         

                         

                         

                        私は4年以上も前から、安倍政権は犯罪者集団だと言ってきました。そしてその行動原理はヤクザそのものだと指摘しました。にもかかわらず、安倍政権は延命しています。憲法改定が悲願だと言っていますが、それは表向きの理由です。

                         

                         

                         

                        「ヤクザの友情−安倍政権の本質」

                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=30

                         

                         

                         

                        それにしても、政権の延命に手を貸しているのは、他ならぬNHKや読売新聞を始めとする大手メディアおよびジャーナリズムそのものです。その根底には、政権批判そのものがいわば「いい子ぶりっこ」に過ぎないとする、櫻井よしこや西岡力といった極右言論人たちの粗雑で俗耳に入りやすい言い分に同調する無責任な体質があるからにほかなりません。

                         

                         

                         

                        要するに、事実を一つ一つ腑分けし、何が真実かを見極めようとする地味で執拗な調査報道の精神を投げ捨てて、総理大臣と会食して政治動向を見極めようとする奴隷根性が蔓延してしまったのです。

                         

                         

                         

                        何度も言うように、今や国民の多くが政権批判を「コンビニで店員に怒鳴り散らすのと同じような利己的で、はた迷惑で、非常識な行為」だと感じるようになっています。それは以下の動画を見ても変わらないのでしょうか。悲しすぎる現実ではありませんか?

                         

                         

                        テレビ東京はよく取材しましたね。遅すぎますが。それでも全く報道しない「皆様のNHK」よりはるかにましです。

                        NHKは「公共放送」の看板を下ろすべきです。

                        「安倍様のNHK」に受信料など払う必要はありません。

                         

                        公文書の書き換え・偽造は犯罪です。それを指示した人間は国税庁長官に出世し、記者会見すら開かず、財務大臣は居座る。総理大臣がこれを許すどころか、自分のための布陣を固める。道徳教育?憲法改定?そんなこと言ってる場合か、と思うのですが、責任は国民にあるのですから仕方ありませんね。私は塾で毎日子供たちに読み書きそろばんと外国語を教えながら、押し寄せる空しさをどうすることもできません。

                         

                         

                         

                         

                        | 政治 | 17:32 | comments(0) | - |
                        ある動画に励まされる。
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                          「言葉の無効を前にして」を書いてから、2週間以上ブログを書いていません。時は容赦なく流れ、あっという間に7月になりました。この間、政治は堕落し続け、大学は本来の役割を見失い、ジャーナリズムは災厄をもたらす犬を野放しにし、経済界は空前の内部留保をため込んでいるにもかかわらず、日本をさらなる株式会社国家にするために驀進中です。

                           

                           

                           

                          「働き方改革」という欺瞞言語に違和感を覚えない官僚や政治家の日本語能力を見て、私は絶望しています。

                           

                           

                           

                          「働き方改革」は、安倍内閣の最重要法案だそうですが、実体は経団連のための「定額働かせ放題法」に過ぎません。それを自民党(公明党はもはや政党の体をなしていません。アメリカに隷属する日本のごとく、自民党に隷属しているだけなのですから)は、国民の大多数を占める労働者の実態を無視して数の力で成立させました。

                           

                           

                           

                          安倍政権の発想の根底にあるのは、かの竹中平蔵氏の次の言葉に余すことなく表れています。いわく「すべてを給付型奨学金にすれば大学生はますます勉強しなくなる。つまり、極端な言い方をすれば、ただでお金をもらうわけですから勉強する必要が低下する」と。

                           

                           

                           

                          いかにも人間の一面を言い当てているように見えますが、これはかの橋下徹をはじめとする日本維新の会の発想そのものです。グローバリストと呼ぶのが恥ずかしくなるほど無知で現実を知りません。こんな発言が世界で通用するとでも思っているのでしょうか。

                           

                           

                           

                          男尊女卑のブラック企業・電通に殺された高橋まつりさんのお母さんは、この法案が成立した時、「これが日本の姿だ。あなたを追い詰めた、日本の姿だよ」と言いました。安倍政権にかかると、無念の自殺を遂げた一人の女性の死すら経済界の要望を満たすために利用されるのです。今後、多くの国民が、高橋まつりさんのお母さんの言葉を、我が身のこととして実感することになるでしょう。

                           

                           

                           

                          私たちはもう一度自問自答しなければなりません。公文書の改竄に抗議して自殺した近畿財務局の職員の死を闇に葬ったのは誰でしょうか。大阪地検ですか?安倍晋三の子飼いのジャーナリスト・山口敬之のレイプ事件をもみ消したのは誰ですか?安倍晋三ですか?警察官僚ですか?違います。私たち国民です。

                           

                           

                           

                          どう考えても、経営者にとって有利な、労働者にとっては不利益が多い法案なのに、国民の多くは反発もせず、ろくに審議もせずに可決されても気にもせず、やれ紀州のドンファンだワールドカップだとテレビに釘付けになっているのですから、どこまでお人好しなのでしょうか。

                           

                           

                           

                          2年後の東京オリンピックに改憲の国民投票日が重ねられたら、あっさり憲法も変わるでしょう。いや、安倍政権はその日のためにテレビを始めとするマスメディアに脅しをかけ、コントロールし、抵抗する者を排除する計画を立てているはずです。

                           

                           

                           

                          それを止めさせるためには、どれほど無効であろうと、徒労であろうと、私たちの生存の最も深いところから言葉を紡ぐしかありません。もちろんこれは自分に言い聞かせているのです。

                           

                           

                           

                          実は、言葉の無効を前にして、ブログを書くのを止めようかなと思っていたのです。でもある動画に励まされて、ブログを再開しようと思いました。以下がその動画です。今回はとりあえずその動画を紹介して終わりにします。次回からまた書きたいこと、書かずにはいられないことを書くつもりです。お付き合いいただければうれしいです。

                           

                           

                           

                          | 政治 | 23:05 | comments(0) | - |
                          続 ・ 自壊する日本の高学歴「エリート」たち。
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                            以下の人物は、わが国では「エリート」と呼ばれているようですが、その人格は4コマ漫画に余すことなく現れています。よい子の皆さんは、決して見てはなりません。余りにリアルですから。

                             

                             

                            ぼうごなつこさんの漫画

                            http://bogonatsuko.blog45.fc2.com/

                             

                             

                             

                            エリート」とは、子どもの頃から「東大」に象徴される権威に服従することで人格を空洞化させ、決められたレールの上を走ることしかできない哀れな子供なのです。彼らの思考と行動は絶えず権力へと向かうように初期設定されており、レールからはずれることは敗北だと思い込まされています。ましてや、ある程度歳をとってから、自らの生き方を顧みることなど土台無理なのです。

                             

                             

                             

                            私は2016年のブログ「自壊する日本の高学歴『エリート』たち」の中で次のように書きました。

                             

                             

                            「人はどんな家に生まれるか、どんな親のもとに生まれるかを選ぶことはできません。つまり人間は、たまたまある時代のある「場所」に生まれてくる存在なのです。これが人間の動かしようのない現実です。自分の力ではいかんともしがたい命を宿して、人はこの世に生きているのですね。宿命ということばが生まれたゆえんです。

                             

                             

                            ところが、世の中には、名門の家に生まれたことを特権だと思っている人間がいます。家柄を自慢し、他人を見下します。自分の努力で手に入れたわけではなく、ただその家に生まれたというだけで自分を特別な存在だと考えているので、他人を従えて当然だ、自分にはその資格があると勝手に思い込むようになります。

                             

                             

                            この種の自己愛は、自分の境遇が偶然によってもたらされたことを忘れさせ、家に対する歪んだ誇りを生み出します。「自分の家」に対する誇りは「自分の国」へと拡大されます。「国家のブランド化」です。その結果、ブランドを批判する人間を躍起になって否定し排除します。歪んだ誇りは愛国心を強要するようになります。

                             

                             

                            彼らの愛国心は、偶然の条件を根拠にしているので、何ら説得力を持ちません。自分では当然だと思っているものを他人が拒否するのはおかしいと考えるのです。ガキのレベルですね。そうなれば権力を利用して強制するしかありません。あるいは、外敵をでっちあげ、敵愾心や恐怖心をあおることしかできないのです。

                             

                             

                            それに対して、「自分はたまたま名家に生まれついたにすぎない。だから、その幸運を忘れることなく、それに見合うだけの努力をして、周りから尊敬される家にしよう」「いや、自分の家をよくするだけではなく、周りの人たちにもその恩恵に浴してもらおう。それが自分の義務であり、自分が生きている意味だ」と考える人もいます。

                             

                             

                            後者が本来のエリートと呼ぶべき存在であり、その考えはノブレスオブリージュ(高貴なるものの義務)と呼ばれています。彼らは愛国心を他人に強要しません。自らが義務を果たすことで、その結果として、愛国心が生まれるということを分かっているからです。こういう人間が支配層にいる国は大きな誤りをおかしません。」と。

                             

                            「自壊する日本の高学歴『エリート』たち」

                            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=279

                             

                             

                             

                            ちなみに大分市中春日町にあるY田ゼミ塾長氏は4月19日のツイッタ―で次のように吠えています。

                             

                            「女を武器に食事をおごってもらい、そして酔わせてその場でのセクハラ発言を録音する。そしてセクハラされたと大声で訴えて財務次官を辞めさせる。それがテレビ朝日の女性社員の手口だろう。完全なハニートラップじゃないか!この進優子(テレビ朝日)がハニートラップを仕掛けたのか。2人っきりで何度も食事に行っておいてセクハラだと?バカか!」

                             

                             

                            しかも、この塾長、女性記者の顔写真までアップしています。私が最も軽蔑するのは、権威や権力に服従し一体化することで自分の価値まで高まったように錯覚する人格なき臆病者です。いやはや、この御仁に人権感覚を期待するのは無理だとしても、こんなネトウヨ教師に教えてもらっている生徒が余りに気の毒です。

                             

                             

                            | 政治 | 14:32 | comments(0) | - |
                            今日は簡単に済ませます。
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                              安倍政権のやることはおよそ政治の体をなしていません。メルトダウンどころか完全にメルトスルーしています。政治の中心がこれほど腐敗し、機能不全に陥り、道徳的に退廃したことはかつてありませんでした。経済政策も、外交政策も、社会保障も、教育もすべて破綻しています。

                               

                              それを指摘する声が自民党の中から出てこないということが、この政党が終わっている何よりの証拠です。もちろん安倍政権にヒルのように吸いついている公明党もヤクザ集団の日本維新の会も同じです。

                               

                              安倍首相は、自分がリーダーシップをとって圧力をかけ続けたから、北朝鮮は対話に動き出したのだと国会で述べました。ここまで自己中心的な解釈を臆面もなく披露できる政治家を見たことがありません。

                               

                               

                              私は数年前から彼のことをサイコパス総理と呼んできましたが、それが見事に立証されたのです。ちなみに、サイコパスとは「主張や態度をコロコロ変え、自己中心的で支配欲が強く、おのれの過失の責任は100%他人にあるような物言いをし、誇大妄想に取り憑かれているように見える」人間のことを指します。

                               

                              安倍首相は、Jアラートを鳴らしまくり、国民にしゃがんで頭を隠す訓練をさせ、東アジアの危機を煽ることで、自身の権力を強化し続けてきました。北朝鮮にしてみれば、安倍政権は米軍という虎の威を借りるキツネに過ぎないのですから、まともに相手をするには及ばないと判断していたのです。

                               

                              半年以上前に書いた記事です。よろしければお読みください。

                              『北朝鮮の問題で安倍首相が主体的に決断できる可能性は1%もない。』http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=406

                               

                              ダイナミックに動き出した国際情勢に、もはや、彼の能力では対応できないことを私たちは知るべきです。

                               

                              安倍首相だけではありません。「自民党麻生派顧問の甘利明元経済再生担当相は29日、派閥会合で『今の外交課題に対応できるのは安倍晋三首相しかいない。麻生太郎副総理兼財務相には、義経を支える弁慶として力の限りを尽くし、支えてもらいたい』と強調した 。」(共同通信)とのことです。

                               

                               

                               

                              大臣室で50万円を受け取り、あっせん利得罪のど真ん中だと批判され、睡眠障害を理由に雲隠れした甘利氏は、いったい何を見ているのでしょうか。安倍首相が義経?このたわけ者!睡眠障害だけでなく脳障害も併発しているようです。

                               

                               

                              さて弁慶こと麻生太郎財務相の番です。彼は29日の参院財政金融委員会で、連日報道されている森友学園を巡る決裁文書改ざん問題に関連し「森友の方が環太平洋連携協定(TPP)より重大だと考えているのが日本の新聞のレベル」と発言しました。ネトウヨの発言そのものですね。

                               

                              さらに最近の新聞報道で森友問題に比べTPPに関する記事が少ないことに言及し「日本の新聞のレベルはこんなもんだと思って経済部のやつにぼろかす言った覚えがある」と話したそうです。やれやれ、弁慶は弁慶でもサイコパス弁慶の登場とは。こんなことは未曾有(みぞうゆう)の状況です。

                               

                              眠いのでもうやめます。おやすみなさい。

                               

                              | 政治 | 00:49 | comments(0) | - |
                              山本太郎議員の怒りは、私たちの怒りである。
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                                3月28日午前11時10分、塾の準備をしながら、参議院予算委員会の国会中継を見ました。もちろん質問者は山本太郎議員です。私が国会議員の質問をライブで見るのは山本太郎議員だけです。最近は彼のオフィシャルサイトで質問時間を確かめ、その瞬間を心待ちにするようになりました。

                                 

                                 

                                 

                                彼のことをブログで取り上げたのは、今回で36回目になります。それほど山本議員の質問は素晴らしい。私が訊きたいことを訊き、言いたいことを代弁してくれるのは彼だけです。

                                 

                                 

                                 

                                初めて彼の国会中継をブログにアップしたのは今から3年前。以下がその時の記事です。彼の動画はアップするたびに削除されました。そこで再びアップするというイタチごっこを繰り返しています。そして時々、私は山本議員に励ましのメールを送ります。このブログをご覧の皆さんも、ぜひ彼のオフィシャルサイトから応援のメールを送りましょう。

                                 

                                 

                                『国は誰のために存在するのか−山本太郎議員を応援する。』

                                http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=26

                                 

                                そして今回の質問。わずか10分の質問時間の中で、ここまで要点を絞り込んで鋭く質問できる議員は、今や彼を措いていません。今夜のNHKニュースでは放送されないと思いますので、以下に動画をアップしておきます。

                                 

                                 

                                 

                                 

                                以下の動画は山本議員が、3月5日にした質問です。そこでなんと言っていたか。

                                 

                                 

                                 

                                「情報隠しで自分の命まで奪われかねない状況になったら勿体なさ過ぎる。この国に生きている官僚の皆さんは、この国をもう一度建て直す為に必要な人材。決して自分の命を無駄にする様な事はしないで頂きたい」

                                 

                                近畿財務局の男性職員が自殺したのはその2日後でした。11分30秒あたりから2〜3分だけでも見て下さい。

                                 

                                 

                                 

                                ちなみに山本議員のことを「裸踊りするしか能のないタレントくずれのバカが」と言っていたのは、例の大分市中春日町のY田ゼミ塾長氏です。最近でもツイッタ―で叫んでいます。

                                 

                                 

                                 

                                ・森友、森友ってバカの一つ覚えみたいなことばかりやってもしょうがないだろ!佐川さんが、官邸の関与はない、と言ってるんだからあとは司法に任せろよ。

                                 

                                ・野党には政策立案能力はないのか政治をヤレ!

                                 

                                ・佐川さんが官邸の関与無し、と言い野党を黙らせた。笑った、笑った(^^)共産党より佐川さんのほうが頭がいい。

                                 

                                ・世界は動いているなあ。でもわが日本は朝から晩まで森友、森友。日本は平和だ。自民党がしっかりしてくれてるからだが。

                                 

                                ・森友とかどうでもいいことを朝日新聞は騒ぎたてる。

                                 

                                ・坂上忍って、韓国人だったのか。知らなかった。

                                 

                                 

                                 

                                やれやれ、最後の坂上忍氏の件は、あの麻生財務大臣からも「レベルが低すぎる」と注意された元NHKの和田政宗議員の発言をめぐってのものです。坂上忍氏は庶民感覚のごくまっとうな反応をしたに過ぎません。ところがネトウヨが激昂し、坂上忍氏を在日3世などとするウソの情報を流し、ウィキペディアまで「書き換え」ていたのです。詳しくは以下のサイトへ。

                                 

                                http://lite-ra.com/2018/03/post-3902.html

                                 

                                 

                                 

                                ネトウヨが「書き換えた」フェイクをそのまま信じたネトウヨ塾長が、「坂上忍って、韓国人だったのか。知らなかった。」などとツイートしたのです。この塾長のレイシストぶりは相変わらずです。

                                 

                                 

                                 

                                それにしても、塾業界では、レイシスト(民族差別主義者)で事実とフェイク(妄想)の区別すらつかない人間でも、あるいは、他人になりすまして平気な人間でも経営者らしきものになれるのです。

                                 

                                 

                                 

                                最後にY田ゼミ塾長氏へ一言。

                                 

                                 

                                いくら政権が強く、それを支持しているからと言って、あなた自身が強いわけではない。自民党ネットサポーターズクラブなんて、そのうち洟もひっかけられなくなります。簡単に見捨てられます。安倍政権を見ていてそれが分かりませんか。

                                 

                                 

                                 

                                安倍首相が非難されたら自分が非難されたように感じ、安倍首相が否定されたら、自分が否定されたように感じるなんて、あなたはなんという小心者でしょうか。自分に自信を持てない人間が権力や成功者に自己投影するという心理は潜在的に誰にでもあります。しかし度を超すとパラノイアです。

                                 

                                 

                                 

                                日本という抽象的存在に同化し、安倍政権に同化する。そのことによって空洞化した生を埋めるために、中国や韓国という抽象的な存在を差別し見下す。そんな陰惨な生を生きるなんて悲しすぎます。真実に生きるほうが人生はずっと豊かだと思いませんか。

                                 

                                 

                                 

                                ※パラノイア:

                                妄想性パーソナリティ障害の一種。 自らを特殊な人間であると信じたり、隣人に攻撃を受けている、などといった異常な妄想に囚われるが、強い妄想を抱いている、という点以外では人格や職業能力面において常人と変わらない点が特徴。

                                | 政治 | 21:58 | comments(0) | - |
                                明日の若者よ、立ち上がれ!そして街に出よう!
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                                  3・25新宿大街宣に集まった人々。日本も捨てたものではありません。このまま安倍政権が続けば、私たちは確実に殺されます。安倍から日本を取り戻し、刑務所にぶち込め!なんちゃって。

                                   

                                   

                                   

                                   

                                   

                                   

                                  前回のブログで池田佳隆衆院議員(元日本青年会議所会頭)と赤池誠章参院議員を取り上げました。そこでネトウヨ政治家が誕生する経緯について説明しました。

                                   

                                   

                                  その赤池氏、昨年は、映画『ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』のポスターに掲載されたキャッチコピー「友達に国境はな〜い!」に噛み付いていたそうです。どこまで暇なんでしょう。さすがに安倍チルドレンだけのことはあります。こんな人間を税金で養っていることを国民はもっと知るべきです。

                                   

                                   

                                   

                                  赤池氏は12月3日の自身のブログで、このポスターを見た瞬間に「思わず仰け反りそうになりました」と書いています。仰け反りそうになった赤池氏に、私は仰け反りそうになりました。ネトウヨ安倍チルドレンの言動にしょっちゅう仰け反っているためか、最近は首と背骨が痛くなりました。後ろに倒れて後頭部を強打しそうなので、彼らの発言を聞く時には、ヘルメットを着用することにしています。

                                   

                                   

                                   

                                  赤池氏いわく「国際社会とは国家間の国益を巡る戦いの場であり、地球市民、世界市民のコスモポリタンでは通用しない」とのことです。ごもっともです。一理ありますね。内心で何を考えようが自由です。他人がとやかく言うことはできません。それがどんなに反動的で、リアリストの仮面を被った「愛国主義者」のものであったとしても。

                                   

                                   

                                  ただ、オレたちは国家を背負っているのだと、お仲間同士で怪気炎を上げているうちは結構ですが、立派な国会議員の先生が『ちびまる子ちゃん』のキャッチコピーに抗議したとなると、そのあまりの幼児性というか精神的な落差に唖然とするしかありません。こんな議員だらけになったら、いったい日本はどういう国になるでしょうか。そんな国に誰が住みたいと思うでしょうか・・・。オレが住みたい!(by ネトウヨ)

                                   

                                   

                                  いったい赤池氏は大人なのか子供なのか。もちろん子供に決まっています。だって、『ちびまる子ちゃん』のポスター相手にケンカを売ってるのですから。子供でなかったら、単なるアホとしか言いようがありません。

                                   

                                   

                                  クレームをつけた理由について「教育行政を司る文部科学省として、子供向けとはいえ、『国境はない』という嘘を教え、誤認をさせてはいけない」「国境は歴然としてあります」と主張したのです。そのうえで、「私なら(キャッチコピーは)『国境があっても、友達でいよう』と名付けた」と説明したそうです。

                                   

                                   

                                   

                                  ここで私は素早くヘルメットを被り、仰け反りました。後頭部を強打しましたが、ヘルメットのおかげで、軽い脳しんとうですみました。

                                   

                                   

                                  さて、よい子の皆さん!皆さんが大きくなって立派なミュージシャンや、映画監督、スポーツ選手として活躍し、世界中に友達ができたら言いましょう。『国境があっても、友達でいよう』と。

                                   

                                   

                                  このように、戦前の亡霊をよみがえらせようと画策している人間たちは、今やいたるところにいます。しかし、彼らの精神は脆弱で、その本質は虎の威を借るキツネに過ぎません。やがては歴史の進歩によって淘汰される運命なのです。以下の画像をご覧ください。

                                   

                                   

                                  日米同時多発デモ。『米首都、高校生の呼び掛けで数十万人が銃規制要求デモ 過去数十年で最大』

                                   

                                   

                                   

                                  米首都ワシントンで24日、過去数十年で最大規模とみられる銃規制要求デモが始まった(AFP)「デモは『私たちの命のための行進』と銘打ち、数十万人が集結して行われている」「主催者は、全米および各国で、「NeverAgain(二度と起こすな)」というスローガンの下、800以上の銃規制要求デモが開催されていると説明」「ワシントンでは参加者が続々と地下鉄の出口から現れ、ホワイトハウスと連邦議会議事堂を結ぶコンスティテューション通りとペンシルベニア通りを埋め尽くしており」「付近のエリアは参加者約50万人を収容するため通行止めとな」っています。

                                   

                                   

                                   

                                  画像を見ると、緊急用の通路だけ確保して、あとは道路と広場をデモ参加者に開放しています。首都ワシントンDCの連邦議会議事堂前、日本で言えば国会議事堂前です。 警察(行政府)が過剰に権限を行使しない、民主主義が最低限の健全さで機能する国のふつうの光景です。

                                   

                                   

                                  日本も負けていません。高校生も頑張っています。

                                  3・25緊急新宿大街宣の様子です。

                                   

                                   

                                   

                                   

                                  | 政治 | 21:59 | comments(0) | - |
                                  妻がふと漏らした一言。
                                  0

                                    いつものように妻と遅い朝食をとっていると、テレビに前川喜平氏が出ていました。前川氏が名古屋市立の中学校で授業をしたことについて、文科省が同市の教育委員会に対し、氏を招いた意図の説明や録音テープの提供などを求めていたことが問題になっていたのです。

                                     

                                     

                                    この件に関して、前川氏は「あんな質問状を学校の校長に答えろと言って送りつけてくるというのは前代未聞だと思う。これは不当な支配にあたる。教育現場を守るのが文科省の仕事なのに政治家の指示に屈してしまっては果たすべき役割を果たしていない」と述べています。

                                     

                                     

                                     

                                    御存じのように、前川氏は「加計学園」の獣医学部新設をめぐり、行政がゆがめられたとして安倍政権を告発してきました。安倍政権の周りには、「前川憎し」の空気が充満していたのだと思います。

                                     

                                     

                                     

                                    氏が民間人になった後も、政権に逆らった人物だからということで、氏の発言や行動、公開授業の中身までチェックし、学校に圧力をかけています。ストカー並みの執拗さにはあきれるほかありません。

                                     

                                     

                                     

                                    しかし今回言いたいのはそのことではありません。前川氏の姿をテレビで見ながら、妻がふと漏らした一言が、氏の人となりを正確に言い当てていると思ったのです。

                                     

                                     

                                     

                                    「前川さんは、なんていうのかしら、信頼できる人間だなという気がするのよね。これはもう直感というしかないのだけれど、話す言葉や声や表情を見ていると、この人は誠実な人だと分かるわ。安倍さんとは月とスッポンよね。だって、安倍さんはウソしか言ってないことが表情に出てるもの」

                                     

                                     

                                    「うん。多分まともな国民ならみんなそう感じていると思うよ」

                                     

                                     

                                    「この前なんか、テレビを見てたら、安倍さんの顔が突然、前川さんに切り替わったのよね。そしたら、どういうわけかジ〜ンと来ちゃって。どうしてかしら」

                                     

                                     

                                    「君がどういうわけか、と言うときは怖いね。それはたぶん、久しく目にしていなかったものを見たからじゃないかな。ある種の懐かしさだね。前川さんは、それを思い出させてくれたのだと思う」

                                     

                                     

                                    「そう、そう、なんだか久しぶりにお世話になった人に会ったような」

                                     

                                     

                                    「政治家や官僚は有能でなければならないよね。で、その有能さというのは、頭の良さはもちろんのこと、知識や判断力、交渉力、歴史や人間に対する洞察力を持っていることだと思う。でも、最も必要な資質というか能力は、国民から信頼される能力だと思う。ふつうそれは能力とは考えられていない。正義感もそうだね。でも最大の能力は人間として信頼されることだと思う。前川さんはそれを持っている。それが政治の世界から失われて久しいので、それを見た時に、懐かしいというか、これが本当の姿だと思ってジ〜ンとなるんだよ。それはまともな感情だね」

                                     

                                     

                                    「でも失くした感情を取り戻すのは難しいでしょ」

                                     

                                     

                                    「そんなことはないよ。そのために歌や映画といった芸術があるんだから。それに、歌は世につれ、世は歌につれ、と言うだろう。1980年代の中盤から、日本社会はこの感情を手放し始めたのさ。だから、僕たち世代の人間は1970年代の歌を思い出して、玉手箱を開けるように、その中に閉じ込められている感情を再生すればいい。」

                                     

                                     

                                    というわけで、以下はすべて1971年〜72年にかけてヒットした曲です。懐かしいですね。ああ、あのころはまだ両親も生きていて若かったのだと、しみじみしてしまいます。

                                     

                                     

                                     

                                     

                                     

                                    | 政治 | 16:11 | comments(0) | - |
                                    歌を忘れたカナリアたちよ!
                                    0

                                      前回のブログの最後で私は次のように書きました。「(安倍政権の本質は)宗教団体のドグマとヤクザ組織の暴力を胚胎した「血の友情」だったのです。近代民主主義国家の中枢に、戦前の日本を復権させようとするアナクロイズムが巣食っているのです。」と。

                                       

                                       

                                       

                                      戦後、日本は曲がりなりにも民主主義国家の建設を目指してきました。しかしその内実はどうでしょう。結論から言えば、民主主義国家への道のりは遠いというしかありません。時間が許せば以下の記事をお読みください。

                                       

                                       

                                       

                                      『日本が民主主義国家ですって!?ご冗談でしょう!』

                                      http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=363

                                       

                                       

                                       

                                      もちろん、ナチスを生みだしたのも民主主義だったことを考えれば、警戒を怠るわけにはいきません。しかし、自分の人生は自分で決めたいという思いを蹂躙しない政治システムは、今のところ、民主主義しかありません。世の中に絶対的な真実がない以上、私たちは仮の足場を作り、そこを起点にして次の足場を目指すしかないのです。

                                       

                                       

                                       

                                      今や、ウィルスが健康な細胞を次々に侵していくように、感情の劣化が思考や議論の前提となる論理性あるいは事実や知識を共有しようとするこころみを葬り去ろうとしています。感情の劣化が急速に進むのは、1980年代に入ってからですが、総仕上げの役を担っているのが第二次安倍政権です。

                                       

                                       

                                       

                                      今から6年前に書いた以下の記事は、中学生のころから「見たいものしか見ない」人間が大量に出てきていることを指摘したものでした。

                                       

                                       

                                      『大分合同新聞のコラム「東西南北」について』

                                      http://www.segmirai.jp/essay_library/essay038.html

                                       

                                       

                                       

                                      以来、私のブログの記事は、感情の劣化をいかに食い止めるか、という点をめぐって展開しています。なぜなら、一見価値中立的に見える分野、科学であれ、土木工学であれ、数学、統計学、確率論、建築でさえ、濃淡の差はあれ「価値判断」を含んでいると気づいたからです。そして、今さら言うまでもなく、「価値判断」を駆動させ、方向づけているものこそが感情なのです。

                                       

                                       

                                       

                                      私がたどりついた、感情の劣化を食い止める具体的な方法は4つあります。

                                       

                                       

                                      1:時間的にも空間的にも広い世界を見た後で、なるべく小さな世界で生きること。それを可能にするためにこそ、教育があるのです。

                                       

                                       

                                      2:自分の実感のこもったことばを手放さないこと。

                                       

                                       

                                      3:好きなことがひとつあり、その好きなことをずっと好きであり続けること。

                                      http://www.segmirai.jp/essay_library/essay035.html

                                       

                                       

                                      4:怒りを表明すること。忘れないこと。なぜなら、民衆の怒りこそが歴史を前に進めるからです。

                                       

                                       

                                       

                                      最後に、日本が民主主義国家だと信じている人に見てもらいたい画像があります。かの橋下徹やホリエモンをはじめとして、有象無象の経済評論家たちがバカにしていたデモをする人々とそれを規制・抑圧する側です。「政治的な意見表明をしたかったら、政治家になれ」との言説がいかにバカげたものかが分かります。民主主義社会では、投票行動とデモは、車の両輪です。

                                       

                                       

                                       

                                      普通のサラリーマンも、スーパーで働くオバちゃんも、学校の教師も、バスや電車の運転手も、医師も、弁護士も、テレビタレントも、ミュージシャンも、牧師も、非正規の労働者も、引きこもりの青年も、女手一つで子どもを育てているシングルマザーも声を上げる権利があります。職業や境遇を問いません。怒りを表明する権利があります。それを保障するのが民主主義国家のはずです。

                                       

                                       

                                       

                                      歌を忘れたカナリアはカナリアではありません。山に棄てられるか、小薮に埋められるか、柳のムチでぶたれるしかないのです。怒りを忘れた民衆は奴隷として生かされ、収奪され、殺されるだけです。「籠池夫妻を釈放しろ!」「自殺した人間の死を無駄にするな!」「安倍晋三を刑務所にぶちこめ!」と叫びましょう。これは人間としてあたりまえの叫びです!さあ、声を上げましょう!

                                       

                                       

                                       

                                      銃規制の強化を訴えるアメリカの高校生。周りに警察官はいません。デモは民主主義国家では、当然の権利だと認められているからです。

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                      地下鉄官邸前駅で、安倍政権に抗議するデモに向かう一般の人たちを規制し、押し戻そうとする警察官たち。

                                      さすが、民主主義国だけのことはあります。

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                      | 政治 | 13:09 | comments(0) | - |
                                      何が近畿財務局の職員を自殺に追い込んだのか。
                                      0

                                        友情とは、本来、人と人がともに生きることを喜ぶ感情のはずです。社会的な上下関係があったとしても、友情はその本質において、その上下関係を超えるものです。

                                         

                                         

                                         

                                        ところが、ヤクザの友情は、そのために死ぬ理由になり、人を殺すための大義として機能します。それは、自分たちの信じる「友情」の外にある人間を殺すための情緒的、理論的な基盤になります。さらには、すすんで命を投げ出す動機にもなります。

                                         



                                        なぜこんなことを言うかというと、今の安倍政権を取り巻く人間たちの言葉使いや表情を見ていると、ヤクザの友情で結びついているとしか思えないからです。特に麻生財務大臣の言葉使いと風貌はまさにヤクザそのものです。

                                         

                                         

                                         

                                        彼らを取り巻く下っ端のチンピラは、 自分のことをひとかどの政治家だと思っているようですが、それは勘違いというものです。彼らは権力の指揮命令系統の中間に位置して、親分の言うことをもっともらしい屁理屈で正当化する壊れた拡声器に過ぎません。

                                         

                                         

                                         

                                        彼らは正論を吐いているつもりでしょうが、実は言葉を全く信じていません。言葉よりも金と権力を信じる人間は、チンピラ政治家の吐く「正論」が自己保身のための詭弁だと気づいているのですが、自分も同じ穴のむじなだと分かっているので批判できません。批判でもしようものなら、「お前は現実を何も知らない。理想を語っているだけだ。少しは勉強したらどうだ!」と恫喝され、おとなしく引き下がるしかないのです。

                                         

                                         

                                         

                                        日本維新の会の足立康史というヤクザ政治家は、常に大声で差別発言、問題発言をして物議をかもし、わざと自分の地位を危機にさらします。そうすることで、ヤクザの親分から目をつけられたいと思っているのです。「こいつは使える」と。きっと小心者なのでしょう。もちろん国民のことなど眼中にありません。

                                         

                                         

                                         

                                        そう言えば、このヤクザ政治家の親分は、かの橋下徹でしたね。私はブログで一貫して彼を批判してきました。彼ほど言葉から意味を奪い、言葉に対する信頼を傷つけた政治家はいません。詭弁、すり替え、捏造、強迫、あげ足とりを駆使し、いったん認めたことも反故にし、徹底して責任転嫁する姿勢を「最強の交渉術」などと称して自画自賛する人間です。

                                         

                                         

                                         

                                        テレビを中心とするマスメディアは、彼の多弁と詭弁の前になすすべを知りませんでした。なぜなら、言葉の意味をあらかじめ無効化し、決められた時間枠を消費し、大衆の劣情に媚びることで利益を上げてきたのですから。言葉から意味を奪い、感情を劣化させ、あげくの果てに居直る、今の安倍政権のひな型はすでにこのチンピラ政治家が実践していたのです。

                                         

                                         

                                         

                                        今回の財務省による公文書改竄に巻き込まれて、近畿財務局の職員が自殺しました。ノンキャリアの彼は、職務に忠実で正直な人だったそうです。財務省の上下関係、指揮命令系統の中で、普段なら実直に仕事をこなしていたことでしょう。私は彼の死を無駄にしてほしくないと強く思います。

                                         

                                         

                                         

                                        彼を自殺に追い込んだものは何か。それは、安倍政権になってから、指揮命令系統に加わったあるゆがんだ性質というか、えも言われぬ情念が持つ力が原因です。ある集団に属し、そこから抜け出そうと思っても抜け出せない、抜け出すためには死ぬしかない、そう思わせる力です。分かりやすく言えば、国のために命を差し出せと言われれば、そうすることが名誉であるかのような錯乱した状態に追い込む力です。

                                         

                                         

                                         

                                        それこそが、宗教団体のドグマとヤクザ組織の暴力を胚胎した「血の友情」だったのです。近代民主主義国家の中枢に、戦前の日本を復権させようとするアナクロイズムが巣食っているのです。

                                         

                                         

                                         

                                        今回は3年前に書いたことのダイジェスト版です。詳しくは以下の記事をお読みください。

                                         

                                         

                                        ヤクザの友情−安倍政権の本質

                                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=30

                                         

                                         

                                        ※ちなみに、財務省が公表した決裁文書に、谷査恵子氏(経産省出向・昭恵氏付職員)による財務省への働きかけが一切登場しないのは余りに不自然です。なぜなら「神風」を吹かせた最も重要な文書なのですから。財務省はまだ隠しています。森友問題の核心はこの「谷ルート」にあることを忘れてはなりません。

                                         

                                         

                                        | 政治 | 00:00 | comments(0) | - |
                                        こんな男に憲法を「書き換え」させてはならない。
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                                          時事通信によると「14日午前の参院予算委員会で、安倍首相は国有地売却に関する財務省決裁文書の改ざんについて、「私から文書の書き換えを指示したことは全くない」と全面的に否定した。麻生太郎副総理兼財務相も「指示したことはない」と改めて強調した。」とのことです。

                                           

                                           

                                           

                                          私は今から3年ほど前のブログ『全体主義国家の言語システム』の中で次のように書きました。

                                           

                                           

                                           

                                          「これからは、「日本会議」の面々による、法解釈の独走、恣意化が始まるでしょう。安倍首相の言葉は美辞麗句で満ちています。権力の最上層の言葉はいつでも抽象的で美しい。しかし、これが下層へと降りて行き、個別的・具体的な現実の事態に近くなればなるほど、非常識で狂信的な解釈をする人間が出てくるものです。忠誠ぶりを見せたいのか、茶坊主なのか、大勢に従順なら安全だと考えているのか、自覚なき奴隷なのか・・・。

                                           

                                           

                                          日本でも戦時中、隣組の班長、町内会長などが上層部の意を勝手に解釈して威張り散らし、戦争に協力しない人間を弾圧するという歴史があったのです。(『暗黒日記』岩波文庫)

                                           

                                           

                                          ヒトラーの『わが闘争』には、強制収容所におけるユダヤ人の虐殺の指令は書かれていません。書かれているユダヤ人論を解釈して、あの現実になったのです。これこそが全体主義国家における言語システムなのです。民主主義国家とは、この解釈のルールを国民に知らせ、解釈の自由を国民に与えている国家のことです」と。

                                           

                                          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=20

                                           

                                           

                                           

                                          それにしても、戦後73年経って、私たちはついにこのレベルの指導者を戴くようになったのだという事実を突きつけられると、生きていく気力が萎えそうです。政治の屋台骨が折れ、底が抜けたのですから。

                                           

                                           

                                           

                                          そんな中、テレビで安倍首相の三選が危うくなるかもしれないなどと、いい大人が真顔でしゃべっているのを見ると、バカにつける薬はないものだとあらためて思い知らされます。国家の崩壊を前にして、まだ自分の立場を気にしているのです。

                                           

                                           

                                           

                                          コメンテーターであれ学者であれ、テレビに出演依頼があるということは、表向きは批判的なポーズをとっていても、本質的には政権に迎合し忖度する人間だ、つまり安全パイだと評価されていることを意味します。それを屈辱だと感じない人間が、間抜けなコメントを出し、出演料をもらって満足するのです。

                                           

                                           

                                           

                                          政治的大衆のレベルを決定しているのは、今やテレビなのです。彼らは商品についてであれ、情報についてであれ日々の生活の中で自分なりに正しい判断をしていると思っています。しかし、結局はマインドコントロールされていることを、直感的および論理的に説明することもできません。

                                           

                                           

                                           

                                          したがって、公文書が改竄されたり、削除されることが何を意味するのか、それがどういう結果をもたらすのか、その深刻さが分かっていません。なぜ刑法で処罰の対象になっているかも説明できないのです。成人式の着物に払っていたお金が戻って来ないと激怒しても、安倍政権に対しては、早く謝罪すればいいのに、といった程度の認識しかないのです。

                                           

                                           

                                           

                                          そんな中、昨夜の報道ステーションでの小沢一郎氏の発言は、唯一まともなものでした。いわく「(森友文書改竄について)最高権力の所から指示が直接的であれ間接的であれ出ていなければ財務省の役人がいくら落ちぶれたとはいえこんな馬鹿げたことはしませんよ。そんなこと常識だよ。当たり前のことだよ。役人がこんなことできる度胸のあるのいないよ」と。

                                           

                                           

                                           

                                          それにしても、決裁文書が大幅に改竄されたり、都合の悪い箇所が削除されたりする国で、原発の安全性データを信用しろと言われても、信用できるわけがありません。原発の危険なデータもすべて改竄されているはずです。

                                           

                                           

                                           

                                          さらに、福島の人たちの健康被害についてのデータも隠蔽されています。100年単位のデータを残さなければ放射能の影響は解明されないのです。原発から出る使用済み核燃料の行き場所も未定。歴史ですら平気で改竄し捏造する政権下での原発再稼働は余りにも危険過ぎます。

                                           

                                           

                                           

                                          安倍晋三氏には正常な判断力がないのです。再稼働どころではありません。近代民主主義国家で公文書が信用できなくなれば、政治のみならず、私たちの日々の生活が危険にさらされるのです。安全だとされていた食べ物が、実はとんでもなく放射能に汚染されていたということも、大いにありうることです。

                                           

                                           

                                           

                                          新燃岳の噴火が次なる大地震を告げているとき、安倍政権が続けば、私たちの命は風前のともしびです。公文書の改竄がもたらす影響の重大性すら分かっていないおバカ総理が、大地震や原発事故などの非常時に危機管理ができるわけがありません。

                                           

                                           

                                           

                                          そう言えば「北朝鮮へ先制攻撃もありではないか!トランプさん、早く北朝鮮を壊滅させて下さい!」と威勢のいいことを言っていた大分市のY田ゼミ塾長氏のような人は、有事となったとき、こんな政権の下で生き延びられるとでも思っているのでしょうか。

                                           

                                           

                                           

                                          安倍晋三氏は自分の身に危険が迫ったら、まず間違いなく、国民を見捨てて自分だけ安全な場所に逃げるでしょう。そして危機が去ったあと「二度とこのような惨禍を繰り返さないようにするのが私の責任だ」と言うに決まっているのです。こんな男に憲法を「書き換え」させてはなりません。

                                           

                                          | 政治 | 14:16 | comments(0) | - |
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