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地球家族―世界30か国のふつうの暮らし (JUGEMレビュー »)
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まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
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「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書)
「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
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幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実 (現代社会科学叢書)
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D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
殺人犯はそこにいる (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
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デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書)
デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
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 (JUGEMレビュー »)

安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
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茫漠の曠野 ノモンハン
茫漠の曠野 ノモンハン (JUGEMレビュー »)
松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
「南京事件」を調査せよ (文春文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
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日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業  DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号
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広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
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オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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新・日米安保論 (集英社新書)
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秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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服従
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黒い巨塔 最高裁判所
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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そして、僕はOEDを読んだ
そして、僕はOEDを読んだ (JUGEMレビュー »)
アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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選挙 [DVD]
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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熊楠の星の時間 (講談社選書メチエ)
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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ジョン・W・ダワー,ガバン・マコーマック
おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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蓮池 透
出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
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渡邉 格
2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
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今年度ノーベル文学賞受賞作品。チェルノブイリは言うまでもなく、フクシマでさえ人々は忘れたがっています。もう過去のことだと言い聞かせて。しかし、過去のことではなく、まぎれもない現在進行中の現実であり、私たちが生きている世界そのものです。この本を読んだ後、橋下徹が御堂筋をイルミネーションで照らし出し、F1カーに乗って写真を撮っているところを見ました。その時のセリフ。「大阪はここまでできる!」

もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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鈴木大拙の言わんとすることが、ようやくわかりかけてきました。年齢を重ね、日本文化の基底にあるものをじっくり味わうことで開示される世界があるのです。日々の生活に追われていては、この本を読み、味わう暇などないでしょうが、それだからこそ手に取ってみてはいかがでしょう。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
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食う寝る遊ぶ 小屋暮らし (JUGEMレビュー »)
中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
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暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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中村 好文,神 幸紀
中村さんの書かれた本はすべて読みました。どの本もおすすめです。これから家を建てようと考えている人は、どの本でもいいですから、一冊中村さんの本を読んでみてはいかがでしょうか。エッセイとしても十分楽しめます。この本は北海道にあるパン屋さんの建物を作りながら、人は「パンのみにて生きるにあらず」を実践したものです。ダジャレ好きの中村さんらしい(笑)。
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中村 好文
中村さんの本を全部は読めないという人向けに、一冊だけ選ぶとすればこれでしょうか。普通、設計したらそれで終わりという建築家が多い中、かってのクライアントを訪問して話を聞き、それを本にしたものです。クライアントといい関係が築けてないと難しいですね。加えて自信がないとなかなかできることではありません。
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トップがアホでもええじゃないか!株価が上がればええじゃないか!
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    中3生対象の冬期講習会も終わりほっとしています。総仕上げのこの時期は、授業もレベルが高くなり、問題も難しくなりますが、逆に言えば勉強が面白くなってくる時期でもあるのです。

     

     

     

    数学・英語・国語を教えていますが、最終日は数学の問題2問に2時間半かけました。過去問や市販の問題集にとらわれず、一歩一歩足場を固めながら勇気をもって問題を解き進めることを学んでもらいました。自由な発想がどこまで有効か、自分を信じることができるかが問われる問題でした。これから入試までの60日間は最も学び甲斐のある時期です。

     

     

     

    1月5日は模試でした。このクラスの子供たちはユーモアを理解しています。アイロニーや反語も分かるのです。試験前、注意事項を述べます。

     

     

     

    私「カンニングはしないように。カンニングはどこでするんですか?」


    生徒たち「学校!」

     

     

    返事が笑いとともに間髪を入れずに返ってきます。そして今日から新学期です。私立の入試を皮切りに、いよいよ試験シーズンに入っていきますが、ユーモアの精神を忘れなければ緊張することもないでしょう。

     

     

    画像は模擬試験が終わった後、ニワトリと遊ぶ生徒たちです。

     

     

     

     

     

     

    それに引き換え、ピーマン総理の頭はいよいよ壊れ始めています。私はこれほど他者意識のない大人にお目にかかったことがありません。自分の言葉をもたない、ということは、この国の最高責任者として判断を下せないということを意味します。あわわわ・・・どころではありません。トップがピーマンでもええじゃないか、株価が上がればええじゃないか、と経団連と国民の皆さんは考えているのでしょうか。

     

     

     

    具体例を挙げましょう。


    ピーマン総理は4日、千葉県袖ケ浦市のゴルフ場でイラン革命防衛隊の司令官を米軍が殺害したことに関し、記者団から受け止めを問われたにもかかわらず言及を避けたとのことです。

     

     

     

    はあ?総理大臣は何のためにいるのか!言及を避けたのではなくて、原稿がなければ喋れないのです。ところが同じ4日、トランプ米大統領はツイッターで、革命防衛隊精鋭部隊の司令官殺害にイランが報復した場合、イランの重要施設を含む52カ所を短時間で攻撃し「大きな打撃を与える」と警告しました。【ワシントン共同】

     

     

     

    にもかかわらず、ピーマン総理は6日、三重県伊勢市で年頭記者会見に臨み、既に決定している海上自衛隊の中東派遣について方針に変更はないと述べました。同時に「現状を深く憂慮している。全ての関係者に外交努力を尽くすことを求める」と訴えたとのことです。

     

     

     

    出ました!中身スカスカのピーマン作文。「現状を深く憂慮している。全ての関係者に外交努力を尽くすことを求める」って、「僕は何にも分からないからね。トランプ大統領に丸投げしてるんだもの。とにかく総理大臣を続けられればいいんだよ。万が一戦争になった時は、いよいよ自衛隊の最高指揮官として軍隊を動かせるんだから。楽しみ〜」という意味でしょうね。あわわわ・・・どころじゃありません。このままこのピーマン男に総理を続けさせていいんでしょうか?

     

     

     

    憲法改正については「国民の声は、憲法改正を前に進めよということ。自民党が先頭に立ち、国民的議論を高める中で、憲法改正の歩みを一歩一歩、着実に進めていく。」「憲法改正を私自身の手で成し遂げていく考えには全く揺らぎはない」と明言しました。ちなみに「憲法改正を前に進めよ」というのが「国民の声」だそうですが、どうやら私は「非国民」扱いされているようです。

     

     

     

     ピーマン総理は、新年早々、憲法を蹂躙すると明言しているのですが、日本国憲法99条を知らないんでしょうね。

    「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」(日本国憲法99条)

     

     


    もっとも、ピーマン総理にしてみれば、現行憲法は「みっともない憲法」だそうですから、憲法にしばられるいわれはないと思い込んでいるのでしょう。そんな人間に限って「法治国家」を連呼するのです。「法治主義」の反対語を知らなかったのですから無理もありません。はっきり言いますが、こんな発言をする総理大臣を許す国民が多数派ならこの国は立憲主義の国ではありません。

     

     

     

    もう終わりにします。


    アメリカは、9・11テロの後、なんの関係もないイラクに言いがかりをつけて侵攻、統治機構を崩壊させました。アメリカではその失政の後始末が延々と続いているのです。

     

     

     

    他方、日本はアメリカに戦後処理をまかせ、敗戦の責任を自分たちの手で追及しなかったつけが回って来ているのです。しかも、日本を敗戦に導いた勢力の正体が3・11の原発事故で明らかになったにも関わらず、マスコミを味方につけ、またぞろ大日本帝国の復権を画策しているのが現政権だというわけです。

     

     

     

    ピーマン総理が使うのは「声なき声を聴く」作戦です。バカバカしいくらい単純ですが、この声なき声がある臨界点を超えれば、誰にも止めることはできません。声なき声が膨れ上がることほど恐ろしいことはない。私たちが声を上げないと権力は何でも自分の都合のいいように解釈し、実行するからです。同じ過ちを繰り返したくなければ、ひとりひとりが声を上げるしかありません。他に方法はないのです。

     

     

    | 政治 | 14:16 | comments(0) | - |
    「言語に絶するものは、囁き声で広まっていく。」
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      今回のタイトルは、オーストリアの詩人、インゲボルグ・バッハマンのことばです。TBSの元ワシントン支局長でジャーナリストの山口敬之にレイプされた伊藤詩織さんは、バッハマンの言葉を実感しているはずです。彼女の記者会見を見てそう感じました。

       

       

       

      自分の身に何が起きたのか理解できないほどの暴力と屈辱を受けた人間は、自分自身だけでなく世界とどう関わっていけばいいのか見当もつかず、二重の意味で人間性をはく奪され、沈黙を余儀なくされるのです。加害者は被害者の沈黙を望み、犯罪の痕跡を消し去ろうとします。山口敬之というクズは、安倍政権の中枢に事件の隠ぺいを依頼したのです。

       

       

       

      しかし、詩織さん勝訴の判決が出た今になっても朝日新聞やTBSはこの事件の本質を報道していません。詩織さんの実名を報道しただけです。毎日新聞だけが山口敬之を実名入りで報道しました。毎日新聞は首相との会食を拒否してからようやく目が覚めたようです。

       

       

       

      それに対して、朝日新聞は山口敬之の伊藤詩織さんに対する行為が民事では不法行為とされたのに、刑事では不起訴とされた理由として、「性犯罪に関する法が不備」とか「刑事と民事で立証の困難さが違う」とかもっともらしいことを言っています。しかし、刑事で不起訴とされたのは、検察が官邸官僚の支配下にあるからです。

       

       

       

      地方の辺境のそのまた辺境に住む、私のようなボケかけた塾教師ですら、この事件が権力犯罪であることくらいわかるのです。それが分からないということは、朝日新聞のトップは私以上にボケたのでしょうね。そういえば、今から5年以上前に安倍晋三を『災厄の犬』と書き、その本質は『ヤクザの友情』であり、『ジャーナリズムの黄昏』がそれを放置していると書いたっけなあ・・・

       

       

       

      TBSの元ワシントン支局長でジャーナリストを名乗る山口敬之のような言語に絶する人間のクズたちについてこの上一体何を書けるでしょうか。詩織さんに対し「女として落ち度がある」と発言した杉田水脈議員や百田尚樹、「枕営業失敗」と称するイラストを描いて揶揄したはすみとしこをはじめ、クズの周りにはクズしか集まらないのです。なにせ安倍と菅という希代のクズが「反社会勢力の皆さん」と官僚の中のクズをピックアップして作ったのが現政権なのですから。

       

       

       

      このレイプ事件については2年以上前にブログに書いています。あなたが権力犯罪の被害者になりたくなければ、ぜひ一読をすすめます。

       

      『2017年、人非人を国のトップに据えている日本』

      http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=380

       

      『女性をモノと考えている男たち、そして真夜中のギター』

      http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=377

       

      | 政治 | 13:43 | comments(0) | - |
      「山本太郎は偽善者」さんへ。
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        原則としてコメントは公開する方針なので、頂いたコメントを読み、そのまま承認しました。しかし、今となっては後悔しています。なぜか?私には山本太郎氏ほどの度量がないからです。

         

         

         

        今年の10月28日、山本太郎氏が大分市で街頭記者会見を開きました。その時、山本氏に向かって「あなたは偽善者だよ!」と叫ぶ人がいました。私はその場にいましたが、その人に対して山本太郎氏は「私を偽善者とおっしゃる根拠を教えて下さい」と呼びかけ、何とか議論に持ち込もうとしていました。その姿を見て立派だと思いました。

         

         

         

        その時の記事です。よかったらお読みください。

         

        『自壊する野党 vs 山本太郎』

        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=611

         

         

         

        今コメント主さんに返事を書こうと思ってパソコンに向かっていますが、言葉が出てきません。山本太郎氏に「あなたは偽善者だよ!」と叫んだ人は、結局議論することなく、渡されたマイクを地面に叩きつけました。文面からするとあなたも同種の人間のようです。

         

         

         

        私は山本太郎氏を6年前から応援しています。彼のおかげで政治に絶望せずにいられるとも書きました。したがって、コメント主さんへの反論は、少しでも山本太郎氏の応援になればと思って書くことにします。ただし、手短に。

         

         

         

        「山本太郎は偽善者」さんから頂いたコメントは以下の通りです。

         

         

        >愚かな国民よ、オリンピックに浮かれている場合か!いい加減目を覚ませ!

         

        一体どこまで上から目線なのですか?そんなに自己アピールしたいのですか?「愚かな国民よ」ですか?自分を何様だと思っているのでしょうか。「いい加減目を覚ませ!」はあなたに投げ返したいです。桜を見る会の追及に明け暮れるしかない野党や、その尻馬に乗ってさわぐ山本太郎や国民には「いい加減目を覚ませ!」と言うべきです。もっと重要な問題があったはずです。(以上)

         

         

         

         以下は私の反論です。

         

        :人のことを上から目線だの、自己アピールだのと感じるのはあなたの勝手ですが、これでは何の批判にもなっていません。でもこのレベルの批判をする人がほとんどです。あなたは私の過去記事を読んだことがないのでしょう。何度も言いますが、自分の印象や偏見を投げつけるだけでは批判になりません。批判は常に具体的事実に基づいてするべきです。

         

         

        現に、山本太郎氏は「誰かの尻馬に乗ってさわぐ」ようなことを一度もしていません。自分の目で見て、感じたことをもとに、そして3・11以降、他の政治家の誰よりも勉強しています。なぜなら、彼の武器は言葉以外にないからです。理想の審判者を信じているのです。桜を見る会については「有権者の買収だ」と言っているだけで、日米FTAの問題点を熱を込めて語っています。彼のように暴漢に襲われる危険を冒してまで全国各地を回って市民からの質問に答えている政治家が他にいますか。

         

         

        匿名の陰に隠れて、こんな紋切型のコメントをしても、多少のうっぷん晴らしになるかもしれませんが、それだけのことです。安倍首相のヤジのレベルそのものです。あなたは恥を知るべきです。

         

         

         

        :「愚かな国民よ」は、私がそう判断しているというだけのことです。私は自分のことを何様だとも思っていません。教育の末端のそのまた末端に位置する一人の塾教師として、安倍政権をずっと批判してきました。それは少しでも住みやすい国を後の世代に残すためです。いずれ私の言うことなど忘れ去られ、雲散霧消していくのです。自己アピールの虚しさは、あなたが一番よく知っているのではありませんか。

         

         

         

        私は安倍政権の行動様式はヤクザそのもので、日本会議や神道政治連盟を背景とする大日本帝国の精神構造をひきずって空威張りするアナクロに過ぎないと思っています。それに共感する百田尚樹を始めとするおバカな売文家や自称ジャーナリストが売名のために魂を売り渡しているのです。

         

         

         

        選挙のたびに、安倍政権を倒すチャンスを与えられながら、約半数の有権者は選挙にも行かないのです。これが「愚かな国民」でなくてなんでしょう。民主化を求めて80万人がデモをする香港との落差にめまいすら覚えます。あなたは日本は民主主義社会なのでその必要はないと思っているのでしょうね。

         

         

         

        :「桜を見る会を追及するよりももっと重要な問題がある」とは辛坊治郎や自称ジャーナリストの木村太郎の言葉の受け売りですね。昨日の会見で安倍首相は「私自身の責任で招待基準を明確化」すると言いました。絶句するほかありません。事実を見れば、彼は公選法違反、政治資金規正法違反の犯罪容疑者です。だからこそ国会審議を拒否しているのです。

         

         

         

        わかりやすいたとえで説明しましょう。サッカーの試合中、選手がボールを手で持ち、味方の選手にパスしたとします。これは明確な反則ですね。ラグビーじゃないのですから。試合を成立させるためには、まずレフェリーが笛を吹き試合をストップさせなければなりません。物事には順序というものがあります。

         

         

         

        ところが、反則したチームの責任者が、レフェリーに対して今のは反則ではない、映像もないので検証できない、したがって「私自身の責任でルールを明確化」すると言い出したらどうしますか。桜を見る会の問題はそういうことです。

         

         

         

        もっと重要な問題がある」というのは論点をそらすための屁理屈です。あなたは無批判に辛坊治郎や木村太郎の言い分を垂れ流しているに過ぎません。彼らはさも中立であるかのごとく見せかけて野党批判をしていますが、やっていることは犯罪者の隠蔽なのです。したがって、私に言わせれば、あなたも犯罪者の仲間だということになります。以上。

         

         

        | 政治 | 00:17 | comments(0) | - |
        中村哲医師を悼む。
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          死に対する想像力がない人間は、生に対する想像力も欠いています。この逆もしかりです。真に知性ある人間はこの両方を常に射程に入れ、自分が何のためにこの世に生を受けたのかを常に自問自答しているものです。

           

           

           

          以前ブログで取り上げた中村哲医師が、昨日12月4日、何者かに襲撃されて殺されました。彼は今回の事態を予期していたに違いありません。昆虫少年に過ぎなかった幼い魂が、宣教師の覚悟をもって、文化も言語も気候も食べ物も全く違う異国の地に行こうと決心するまでの、その内面で展開された劇を想像して、私はただ祈らずにはいられませんでした。

           

           

           

          中村氏は「自分は好きで勝手なことをしているので、家族には迷惑をかけたくない」と周囲に話していたといいます。妻の尚子さんは報道陣の取材に「いつも家にいてほしかったが、本人はこの仕事にかけていた。いつもサラッと帰ってきては、またサラッと出かけていく感じでした。こういうことはいつかありうるとは思っていたが、本当に悲しいばかりです」と話したそうです。

           

           

           

          「好きで勝手なことをしている」という言い方は、おそらく「中村医師は偉いね」という無神経な褒め言葉に対する批判を含んでいます。自分の仕事が現地の人々の命を救い、平和な社会の実現に役立っていることが大事で、外部からの評価など取るに足らないと思っていたはずです。それがこの言葉の意味だと思います。

           

           

           

          3年前に書いた過去記事をお読み頂けると嬉しいです。

           

           

          『中村哲氏に国民栄誉賞を!』

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=235

           

           

           

          一方で、わが国の中枢では、幼児並みの判断力しか持たない精神の未発達な大人たちが、好き勝手なことをしています。それを官僚だけでなくメディアの幹部や財界が支えています。彼らはしょせん同質集団に過ぎません。同じような学歴、年収、アメリカ経由の情報といったタコつぼの中に閉じ込められ、現実に向き合う能力を喪失してしまったのです。

           

           

           

          東大卒のエリート官僚なのに、なぜそうまでしてピーマン頭の安倍晋三の言いなりになって尻拭いをしなければならないのか、そんなに天下り先や出世が大事なのか、という批判があるようです。しかし、この批判は全くの的外れです。

           

           

           

          東大卒のエリート官僚なのにではなく、東大卒のエリート官僚だからです。3・11以降も原発を再稼働させる判断を、彼らは屁理屈をつけて正当化します。再稼働しなければならない経済的な理由がさもあるかのようにみせかけるのが彼らの仕事です。それを本気で信じているのですから、確信犯というより単なるバカなのです。そのバカさ加減を、権力によって覆い隠すために、バカな政治家を利用するのです。こうしてわが国の中枢はバカだらけになったというわけです。

           

           

           

          この国を実質的に動かしてきたのは「優秀な」官僚たちです。彼らは選挙で選ばれていません。私たち国民が「なのに」ではなく「だから」なのだと気づいて行動しない限り、第二のフクシマどころかこの国の破滅は避けられません。次なる巨大地震がスタンバイしているのですから。残された時間は少ない!愚かな国民よ、オリンピックに浮かれている場合か!いい加減目を覚ませ!

           

           

          | 政治 | 15:50 | comments(1) | - |
          爆笑問題・太田光 vs 大橋巨泉 −「桜を見る会」をめぐって。
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            論理的に考えることと、ただ理屈っぽいことは全く別のものです。やっかいなのは論理的に考えているつもりでも、世間の受けを狙った屁理屈にしかなっていないことに当の本人が気づいていないことです。

             

             

             

            具体例を挙げましょう。以前、「桜を見る会」をめぐって爆笑問題の太田光氏と大橋巨泉氏がテレビで論じあっていたことがあります。「桜を見る会」に出席しないという大橋巨泉氏に対して太田光氏が投げかけた言葉がひっかかったのです。

             

             

             

            彼は「政策が違うからって会わないっていうのは、あまりにも幼稚じゃないですか。」と言ったのです。そして自分は安倍さんと考えてることは全然違うけれど、招待されたら会うと言いました。自分の方が「大人」だと思っているのです。

             

             

             

            しかし、太田光氏は政治について深く考えたことがないために、大衆受けするような発言をしたのです。中学校の学級委員が言いそうなセリフですね。「知的なお笑い芸人」の底が知れようというものです。

             

             

             

            太田光氏は大人でも何でもありません。人の良い無知な芸人に過ぎないのです。政治のおぞましさも、残酷さも、本質的には羊の皮をかぶった狼であることにも気づいていません。政治とは一方が他方を支配するという権力関係なのです。「幼稚」だとか「大人」だというようなポエムではありません。

             

             

             

             

            今回のブログは、どうでもいい芸人を批判するのが目的ではありません。ただ、彼が吐いたセリフがこの国の政治的な言説の水準を示していると感じ、いやな気分になったのです。彼の発想は大衆の中に浸透し、結果的に安倍政権を利しているのです。ネトウヨの言説レベルそのものです。

             

             

             

            この際、他の国と比較してみましょう。ヨーロッパの先進国は言うまでもなく、アメリカでもジャーナリストが権力者と飲食をともにすればたちどころに信頼を失い仕事ができなくなります。コーヒー一杯が限度だそうです。彼らは「幼稚」なのでしょうか?

             

             

             

            そもそも「桜を見る会」の費用はだれが払っているのでしょうか。太田光氏は国民の税金で飲み食いしていることなど知らなかったのでしょう。要は税金を使って選挙基盤を固めることに利用されていたに過ぎません。元暴力団員も招待されていたのですから。

             

             

             

            つまり、安倍政権の支持基盤は、論理的な思考と屁理屈の区別がつかない政治家やジャーナリスト、作家、学者、官僚そして「幼稚」な芸能人だということです。忘れていました。パンとサーカスで痴呆になった国民もです。

             

             

             

            しつこいようですが、論理的思考は、あくまで具体的な事実によって組み立てられなければなりません。最近のブログでも以下のように書きました。

             

             

             

            いったん大風呂敷を広げれば、それをたたんで具体的に論じることは不可能とは言わないまでも、大変難しくなります。(この場合大風呂敷とは「政策が違うからって会わないっていうのは、あまりにも幼稚じゃないですか。」を指します)

             

             人は抽象から学習し始めるのではありません。抽象論は事実を詳細かつ具体的に検討した後、それを材料として論理的に組み立てるものです。論理的思考とは具体例を豊富に、かつ整合的に使う思考です。なぜなら、人が生きるのは、机上の理論よりもはるかに複雑な事実の世界だからです。 

             

             

            抽象論は現実の経験とのかかわりが不明なのです。つまりいくらでもごまかしがきくということです。具体的な事実を知らなければ、空虚で意味不明な言葉をもてあそぶほかありません。と。

             

             

            『開成中学・高等学校長 − 柳沢幸雄氏を批判する。』

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=614

             

             

             

            以下、太田光氏と大橋巨泉氏の議論の該当個所を引用します。全文は以下から確認できます。今となっては利用されていたのは二人のうちどちらだったのかはっきりしています。ちなみに、引用元はラジオからですが、私が確認したのはテレビでした。ラジオを聴くことはほとんどありません。

             

            http://sekasuu.com/blog-entry-7839.html

             

             

            太田光:「何故、桜を見る会に行ったんだ?」って巨泉さんは言うけど、行かなきゃ意味ないじゃんって思うんですよ。

            大橋巨泉:お前は安倍さんを知ってるんだな。俺は安倍晋太郎さんは知ってるけど、安倍晋三さんは一度も会ったこともないから。

            太田光:会えば良いんだよ。

             

             

            太田光政策が違うからって会わないっていうのは、あまりにも幼稚じゃないですか。それと同じなんですよ。俺が思うのは安倍さんと俺は、考えてること全然違いますよ。

             

            (中略)

             

            太田光:闘えばいいじゃん。安倍さんと会って、「お前のやってること、間違ってるぞ」って言えば良いじゃん。
             

             

            大橋巨泉:待って。そういう席か?そういう席じゃないから、行っても無駄なんだよ。そういう席なら行きますよ。1対1で、こういうスタジオで話すっていうんなら、喜んで行きますよ。

             

             

            太田光:だから、巨泉さんが行って、「今度、俺の番組に出てくれ」なり、雑誌での対談でもなんでも良いけど、「俺が来たんだから、一回、じっくり話そうや」って。安倍さんの側から、オファーが来たわけでしょ?ってことは、ご意見伺いたいって意味あいですよ。



            大橋巨泉:いやいや、違います。太田みたく尻尾振ってくれば、「よし、利用してやる」って。それなりに、こっちがリスペクトできることをやってきた人なら、僕は頭を垂れても行きますよ。でも、やってないから。翁長さんにも会わない、その前に、翁長さんが上京したときに、自民党関係者に誰にも会わせない。そういうことをしている人間は、全然リスペクトできないから。会う価値なんかありません。



            太田光:それは、翁長さんと会わない安倍さんと一緒じゃないですか。



            大橋巨泉:いやいや、違うよ。俺は一野人だけど、翁長さんはあれだけの沖縄県民の声を背負った、公人ですよ。それを会わないで。世論が逆になったからヤバイなってことで…



            太田光:それは屁理屈だわ。巨泉さんに期待してる人だっていっぱいいますよ

             

             

            | 政治 | 22:09 | comments(0) | - |
            自壊する野党 vs 山本太郎
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              10月28日、夕方6時から大分駅前で開かれた山本太郎の街頭記者会見に行ってきました。YouTubeで何度も観ていましたが、印象は全く変わりませんでした。

               

               

               

              大分会場で「お前は偽善者だ」と叫ぶ聴衆(ネトウヨの典型です)の一人に、何とか議論に持ち込もうと誠実に対応する山本太郎氏です。

               

               

              大分の1日前、久留米の会場で。中身のある議論を期待する方はこちらをどうぞ。

               

               

               

               

              ところで、政治家やジャーナリストが信頼できるかどうかを判断する時に私が最も重視しているのは、政策よりもむしろ表情や視線や身振り手振りであり、頭ではなく身体の深いところから発せられる声です。

               

               

               

              今年、参院選の応援で安倍首相が大分に来た時、その直前に蓮舫議員がトキハ前で演説しているのを聞きました。同じことをあちこちで寸分たがわず(元アナウンサーですからね)しゃべっているのでしょうが、空語、空語の連続でした。紋切型の安倍批判で能天気な野党の面目躍如といったところでした。私は彼女を政治家として全く信用していないと、以前ブログで書いたことがあります。その印象は間違っていませんでした。

               

               

               

              ところで、今回のタイトルは以前書いた記事のタイトルと似ています。ぜひお読みください。

               

               

              「自壊する日本の高学歴『エリート』たち」

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=279

               

              「マスコミは圧力をかけられているのか」

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=117

               

               

              この二つの記事で、この国の富裕層と呼ばれている人間たちの本質を書いています。

               

               

               

              今の野党の出自を見れば、彼らが高学歴エリートで富裕層に属しているのは明白です。彼らの本質は、自分の子供をどこの学校に入れ、どのように育てているかを見れば分かります。もちろんこれはテレビや新聞社を始めとするマスコミで働く人間たちにも当てはまります。親の価値観は子育ての中に明白に表れています。一度、彼らの子供が通う学校を一覧表にして公開してみてはどうでしょう。

               

               

               

              以前、民主党のある議員が、今の教育の問題点はどこにあると思うかとの質問に、受験地獄と偏差値教育だと答えていました。大部分の子供たちは、早々と学ぶことに見切りをつけ、緊張感のない学校空間をいかに生き抜くかに神経を使っている時に、この程度の認識なのかと、びっくりしたのを覚えています。彼らは現実よりも言葉に飛びつくのです。「受験地獄と偏差値教育」は誰も傷つけない、よって発言者も批判されない言葉ですから。

               

               

               

              さて、今日の本題に戻ります。野党、特に立憲民主党や国民民主党がどのようにして自壊していくのか、それを示す典型例が10月29日の『日刊デジタル』で配信されています。

               

               

               

              そもそもこんなコスプレで選挙に挑む玉木雄一郎など、信じるに値しません。野党のコスプレをまとった自民党に過ぎません。

               

               

               

               

               

               

              以下『日刊デジタル』より。

              https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/263910

               

               

              引用開始

               

              「あれが怪文書でなければ……。普通は『参加するな』というのは怪文書ではあり得ないと思うのですが」――。れいわ新選組の山本太郎代表も、あきれ顔で語った。



               無所属の馬淵澄夫・元国交相と山本氏が、消費税減税を模索する「消費税減税研究会」を設立。馬淵氏も5%への減税が持論だ。2人は消費税減税の野党間の共通政策化を目指し、30日夕方に国会内で初会合を開く。問題意識を共有する議員の参加を広く呼びかけたが、立憲民主執行部は「待った」をかけた。



               先週25日に逢坂誠二・政務調査会長と蓮舫・参院幹事長の連名で「研究会・勉強会等の参加に関するご要請」なる文書を若手・中堅議員らに配布。こう記されていた。〈他党の政治家や会派を共にしない方々との勉強会や研究会等につきましては、政策の一貫性を維持するためにも党所属議員へのご案内等がございましたら、まずは政務調査会長、または参院幹事長まで確認をお願いしたいと存じます〉何やら含みを持たせた文書の配布は、減税研究会立ち上げの報道直後。馬淵氏が野党統一会派に属している以上、山本氏を狙い撃ちにしたとみるのが妥当だろう。



              「27日の久留米市内での会合後、山本氏は『(立憲執行部から)“行くな圧力”がかかっていると聞いています。何人かの議員が連絡をくれて、〈なかなか参加しづらいのですよ〉と。何か企んでいると思われているのでしょうね』と打ち明けていました」(ジャーナリスト・横田一氏)



               また野党間のくだらない主導権争いか。まず逢坂事務所に文書配布の意図を聞くと、「蓮舫さんに声をかけられた。別に特定の会を考えて配布したわけではない。『行くな』とは言っていないし、案内が来たら一声かけて欲しいだけ。あとは受け止め方の問題」と答えた。一方、蓮舫事務所からは締め切りまでに回答を得られなかった。

               

              引用終わり。

               

               

              | 政治 | 12:10 | comments(3) | - |
              ウソとポエムが当たり前になった国・ニッポン!
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                甚大な被害を出した台風19号が関東・東北地方を直撃していたとき、首相動静によると安倍氏は早々と私邸に戻りテレビでラグビーを観戦していたそうです。

                 

                 

                 

                頭の中がポエムと改憲一本になっている人に、何を聞いても無駄です。意味のわかる日本語は返って来ません。

                 

                 

                 

                 

                被災地や被災者のことなどわれ関せずの総理大臣。実の父親からも「晋三は情がない。政治家にしてはいかん」と言われていただけのことはあります。

                 

                 

                 

                にもかかわらず、自民で外務省出身の松川るい参院議員は16日の参院予算委の質問で日米貿易協定をめぐり、「安倍総理、茂木大臣の卓越した外交能力、交渉能力により、非常に良いタイミングで短期間にまとめてくださったことを、日本国民を代表して感謝したい」と発言したのです。(201910161751 朝日新聞デジタル)

                 

                 

                 

                 

                「卓越した外交能力、交渉能力」ねえ。3000億円と北方四島をロシアに貢ぎ、「わが国固有の領土」という文言を削除し、トランプ大統領の小間使いとして世界を駆けまわって国民の税金をばら撒き、あまつさえ、消費税を10%に引き上げた御仁ですよ。勝手に日本国民を代表するな!

                 

                 

                 

                そして16日の持ち回り閣議で、台風19号による被災地の復旧・復興に向け、今年度予算の予備費から7億695万円を支出することを決めたそうです。「まずまずの被害に収まった」と言う二階幹事長の判断でしょうね。国会で野党に批判されれば増額するのでしょうか。

                 

                 

                 

                その二階幹事長、記者から批判されると「言葉尻をとらえていても復興が進むわけじゃない」とのこと。根底から日本語能力を欠いていると言うしかありません。

                 

                 

                当の安倍首相は同日夕、首相官邸で開いた非常災害対策本部の会議で「今後も被災自治体の皆さまが財政上、安心して全力で応急対応や復旧対策に当たることができるよう、必要な手当てを行う」と述べました。

                 

                 


                「財政上、安心して全力で応急対応や復旧対策に当たることができるよう」にするというなら、加計学園に気前よく176億、吉本興業にポンと100億、オリンピックに3兆円をやめて被災者支援に回すべきです。せめて、ロシアへの3000億円くらいは取り消し、被災自治体に回すべきでしょう。「卓越した外交能力、交渉能力」とは、それができる政治家を形容する時に使うものです。

                 

                 

                台風19号の報道には、着々と進行している重大事態がすっぽり抜け落ちています。海外メディアのほうがよほど事態を正確にとらえています。

                 

                 

                 

                 

                ところで、閣議と言えば、「桜を見る会は『有意義』」「セクシーの意味は『魅力的』」との閣議決定がなされました。「昭恵夫人を私人」と閣議決定した政権ですから今さら驚きません。台風19号の報道とラグビー人気の陰で、国民はすべて忘れると踏んでいるのです。「とりあえず自民党」を支持している人は、能天気と言うか無知と言うか、明日は自分が被災者になる、ということに想像力が及ばないのでしょう。

                 

                 

                 

                そして、もう一つ。どさくさにまぎれて、政府は有志連合の一員としてではなく「調査・研究」という「独自の判断」でホルムズ海峡に自衛隊を派遣することを決めました。あわわわ・・・どころではありません。要は、イランがそれをどう判断するかですよ!

                 

                 

                 

                国内の災害対策すらままならない政府に、こんな重大事項をまかせればニッポンがどうなるか分かろうというものです。分かるわけない?そうでしたね。今や国民の過半数とメディアには「とりあえず自民党」という思考回路しか残っていないのですから。ウソとポエムに生き方の基準を見いだしているニッポン人に、チャチャチャ!

                 

                 

                | 政治 | 12:48 | comments(0) | - |
                犬と横たわるものはノミだらけで起き上がる。
                0

                   

                  これは自分を批判する者に対して投げられたトランプ大統領の言葉です。気の効いたアフォリズムのつもりなのでしょう。「ある人が、自分が何者か語るとき、それを信じよ」などとも言っています。

                   

                   

                   

                  フィリップ・ロスはトランプを「米国に降りかかる21世紀の大惨事、最も価値を下げる災難」と断じ、「自慢げな愚か者という不吉で滑稽なコンメディア・デッラルテ的人物」だと語っています。

                   

                   

                   

                  コンメディア・デッラルテとは、16世紀中頃にイタリア北部で生まれた風刺のきいた即興劇を言います。即興劇のため、決まったストーリーや登場人物はありません。俳優たちが半ばアドリブで演じるのです。観客を喜ばせ、笑わせるのが目的なので流行も取り入れたそうです。

                   

                   

                   

                  わが国に目を転じると、コンメディア・デッラルテ的人物どころか日本語すら怪しい男が「立法府の長」として、参院選後の作戦を練っているようです。でも無理でしょうね。立憲民主党と民主党の区別すらついていない政治家に何ができるというのでしょうか。参院選の翌日、時をおかずして大手メディアの幹部たちと食事をするのですから、かなり焦っているのがわかります。

                   

                   

                   

                  この男のばかばかしさ、何もかもを自分の話にするナルシシスト的な能力、その嘘の非常識さ、そして無知の深さは、何百万人もの生活を破壊し、憲法を蹂躙し、中学生でもわかる外交政策の失敗を覆い隠しています。それによってもたらされた被害を修復するには、彼が「立法府の長」を退いてから何年もかかるでしょう。

                   

                   

                   

                  それにしても、自民党や公明党の議員たちが熱心に彼を支援し、憲法の基本原理を葬り去り、それを国民の過半数が受動的に容認したことを考えれば、被害を修復することが果たして可能なのかどうかさえわかりません。

                   

                   

                   

                  山本太郎という一筋の光が見えはするものの、ジョージ・ソンダーズの言う「メガホン男」たちが現政権を取り巻いています。耳障りな知ったかぶりの何も分かっていない人物にハンドマイクを持たせるとどうなるか。そのハンドマイクは知能レベルが「バカ」、音量が「すべての批判をかき消す」に設定されているのですから。

                   

                   

                   

                  「メガホン男」からハンドマイクを取り上げるのがメディアの仕事のはずですが、あろうことか、いっしょになって真実を覆い隠し、不安をかきたて、攻撃的で、感傷的で、対立を煽る言説を垂れ流しています。

                   

                   

                   

                  さて、「犬」とは誰のことを指し、「犬と横たわるもの」とは誰のことを指しているのでしょうか。もうお分かりでしょう。

                   

                   

                   

                  「犬」とはトランプ自身を指し、「犬と横たわるもの」とはその取り巻きを指すのです。「権力と横たわるものはカネ(利権)まみれで起き上がる」いう言葉を彼らに投げ返さなければなりません。

                   

                   

                   

                  わが国では、「犬」とはトランプのポチ犬である安倍晋三を指し、彼と添い寝して「ノミだらけで起き上がる」のは、公明党と日本維新の会、コスプレがよく似合う国民民主党の代表・タマキン雄一郎です。おっと、忘れてはいけません。教育事業に打って出るために国民の税金100億円をかすめ取る吉本興業と権力に首根っこを押さえられているNHKを始めとする大手メディアです。

                   

                   

                   

                  心ある国民が彼らに反撃するにはどうすればいいのでしょうか。続きは次回に譲ります。

                   

                   

                  | 政治 | 23:10 | comments(0) | - |
                  TV の終わり?
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                    今回の選挙で投票率が5割を切ったことに衝撃を受けている人が多いようですが、私はそのことに衝撃を受けています。

                     

                     

                     

                    選挙は地震や津波のような自然現象ではなく、あくまで人為的なものです。つまり民主主義体制であれ独裁体制であれ、結果的に、人間が意図して作り上げたものです。

                     

                     

                     

                    それをまるで予想できなかったことのように驚いて見せるのは、普段この国の基底部で何が進行しているのか、そこに人々の意識がどうかかわっているのかという点を完全に見落としていることを告白しているに等しいのです。

                     

                     

                     

                    「テレビは重要なことを人々に知らせるメディアではなく、人々に知らせないための、あるいは覆い隠すためのメディアになった」と分析し、「TVの終わり」などと大仰に嘆いて見せるのです。TV報道は始まるまでもなく、とうの昔に終わっています。それを前景化して見せたのが3・11だったのです。

                     

                     

                     

                    消費社会ではあらゆる情報は操作されています。それを仕切っているのが電通です。商品の購入だけではなく企業の利益、ひいてはそこから献金を受けている政治家の利益になるようにコントロールされています。原発事故であれほど痛めつけられた福島で与党が勝つ理由を考えてみるべきです。見落としていることがあるはずです。

                     

                     

                     

                    山本太郎はこのことを骨身にしみて分かっています。演説でも何度となく触れていました。学者や評論家のように今度の選挙結果を嘆いていません。すべてを想定していたと思います。そうでなければ、私は彼を支持しません。

                     

                     

                     

                    日本経済新聞は、「参院選、与党が改選過半数獲得へ 野党共闘振るわず」と報じています。自民党は改選議席の67に対して56しか議席を獲得していないにもかかわらずです。見ようによっては「自民惨敗」との見出しも打てたはずです。

                     

                     

                     

                    もうやめにします。今回の選挙、山本太郎の作戦勝ちです。それは閉塞した社会の中を吹き抜けていった一陣のさわやかな風のようなものです。その空気を呼吸した人々は、腐臭を放つ窒息しそうな空気の中で生きていることに気づいたはずです。

                     

                     

                     

                     

                    私は少年の頃のように、真夏の早朝の新鮮な空気が吸いたい。秋の高原を吹き抜けるさわやかな風を胸いっぱい吸いたい。そしてせせらぎを流れる小川の清冽な水でのどを潤したい。私の夢はかくのごとくささやかなものです。

                     

                     

                     

                     

                    | 政治 | 14:33 | comments(0) | - |
                    委縮は伝播する。
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                      山本太郎率いる『れいわ新選組』は、今回の選挙活動を通じて、様々なものを可視化しました。中でも特筆すべきは、大手マスコミ、特にテレビ局のふがいなさです。

                       

                       

                       

                      山本太郎の訴えに耳を澄ます聴衆の多さや、その熱気や盛り上がりを目にし、取材しているにもかかわらず、選挙期間中ついにそれを報道しませんでした。政党要件を満たしていないなどという屁理屈ならいくらでも吐けます。

                       

                       

                       

                      しかし、今回の選挙で彼以上に聴衆を集めた政治家がいたでしょうか。一種の社会現象にまでなっているものを、そのまま報道しないのであれば、報道機関はいったい何のためにあるのでしょうか。報道しない報道機関など、悪い冗談以外の何物でもありません。

                       

                       

                       

                      吉本の芸人の謝罪会見や河野外相の韓国に対する選挙目当ての「無礼」発言(これほど恥ずかしいシーンはめったにお目にかかれません)、京アニメの放火事件などは、そのまま報道しているではありませんか。

                       

                       

                       

                      もちろんブログで何度も指摘したように、日本の報道機関が権力から独立しているなどとは思ってもいません。記者クラブにどっぷりつかって、すでに選別された情報をありがたく頂戴して生活の糧にしている人間たちが、安倍政権を批判などできるわけがないのです。

                       

                       

                       

                      それどころか、安倍政権と同じ穴のむじななのです。それすら意識できない人間は、国民のために報道の現場から立ち去るべきです。生活していく術は他にもあります。私のように、塾の教師でもすればよいのです。

                       

                       

                       

                      過去記事

                       

                       マスコミは圧力をかけられているのか?

                      http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=117

                       

                       

                       

                      日本の報道記者や官僚たちは、高偏差値大学を卒業した受験の勝者です。彼らの特技は、何よりも空気を読むことです。自分の地位を守るために裏の裏を読みます。これこそが頭がいいと言われる人間の内実なのです。

                       

                       

                       

                      結果、空気を読む=忖度することが自己目的化します。トップがアホになれば、アホを忖度しなければなりません。かくして委縮は伝播し、国民のことを考える者はいなくなり、国家は破滅への道を突き進むのです。

                       

                       

                       

                      そういった日本の政治文化自体に異を唱えているのが山本太郎です。彼は聴衆のすぐ前で、手の届くところで演説をします。街宣車の上から、一方的に自分の言いたいことだけを叫び、去って行ったりしません。大きなディスプレイにデータを映し出し、それを使って説明します。野党の政治家に彼と同じ手法で、国民と対話する勇気のある人間がいるでしょうか。

                       

                       

                       

                      山本太郎の言葉もさることながら、彼の選挙スタイルそのものが国民の側に立っているのです。今回の彼の街宣の中で、忘れられないシーンがあります。それは反対意見を述べる聴衆に向き合い、限られた時間の中で説得を試みているシーンです。ここに政治家に最も必要とされる資質が現れています。

                       

                       

                      福島駅東口での演説です。3・11以降、彼を政治家にした原点ともいうべき地での演説です。田舎の果樹園で隠れて演説する誰かさんとは大違いです。

                       

                       

                       

                       

                      ヤジを飛ばされれば、警察力でたちどころにそれを排除する安倍晋三(ノミのしんぞう)総理大臣とはあまりに違いすぎます。

                       

                       

                       

                      私たちの生活を大きく左右する力を持つ政治家としてどちらがふさわしいか一目瞭然ではありませんか。たとえ選挙結果が不細工なものになろうとも、山本太郎が荒野に向けて発した言葉は雲散霧消しません。現に私の中で反響しているのです。

                       

                       

                      | 政治 | 22:09 | comments(3) | - |
                      Make hay while the sun shines. (亡き父の誕生日に)
                      0

                        直訳すれば「日のあるうちに干し草を作れ」です。天候の変わりやすいイギリスの風土から生まれた16世紀頃からの有名な諺ですね。ご存知の方も多いと思います。日本語で言えば、「好機逸すべからず」です。すべての物事にはそれをするにふさわしい「時」があり、その「時」を逃すと、どんなに努力をしても成果は得られないという教えです。

                         

                         

                         

                        ところで、7月11日の木曜日、人生初の経験をしました。参議院議員の礒崎陽輔氏(舞鶴高校出身)の応援演説のために安倍総理大臣が大分入りしました。ガレリア竹町で、街宣車の上で演説するのを聴いたのです。いつものように嘘のオンパレードでした。どこがどのように嘘なのか知りたい方はぜひコメント欄で質問して下さいね。

                         

                         

                         

                        思えば、ブログを始めたのも礒崎陽輔氏の詭弁がきっかけでした。そのときの過去記事を挙げておきます。特に「国語力」がないと自覚している高校生だけでなく、「国語力」に自信を持っている人にも読んでもらいたいですね。そうそう、礒崎陽輔氏の支持者にもぜひ。

                         

                         

                         

                        東大は出たけれど − その1

                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=2

                         

                        東大は出たけれど − その2

                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=3

                         

                         

                         

                        ついでに、中学生でもわかるフェイクニュースの見分け方を書いておきます。それは5W1Hを押さえているかどうかです。質問した時に、これに答えられなければフェイクなのです。

                         

                         

                         

                        例えば、福島第一原発の事故について5W1Hを念頭に置いて質問するのです。そうすれば、「いまだに反原発などと言っているやつらは、キワモノのパヨクだ。原発は完全にアンダーコントロール状態だ」という言説がフェイクのかたまりだとすぐにわかるのです。

                         

                         

                         

                        ネトウヨの皆さんは、ただ安倍総理をマンセーすることで自分の存在を確認したい人たちなので、学問的な体裁をとっていても、ジャーナリスティックな論陣を張っていても、テレビに出る有名人でも、5W1Hを質問すればすぐにしっぽを出します。ただそれを質問する人がいないだけです。

                         

                         

                         

                        人生初の経験にもどりましょう。

                         

                        安倍総理大臣の前は鉄柵で囲まれています。「異分子」を排除するためです。私は入口で安倍総理大臣の顔が印刷されたパンフレットをもらい、自民党員のふりをして人ごみを掻き分け、前へ進みました。チャンスがあればヤジを飛ばそうと考えていたのですが、周りは自民党のシンパやネトウヨでいっぱいでした。そもそも目つきがおかしい若者が多いのです。「オレ様が安倍総理大臣を守るんだ」という「気概」にあふれています。

                         

                         

                         

                        ここでヤジったらどんな「危害」を加えられるかわかりません。若かりし頃ならブルース・リーばりの立ち回りを演じて、ヌンチャクを振り回し、たちどころに敵をやっつけていたでしょうが、今回はヌンチャクを忘れたので止めにしました。

                         

                         

                         

                        暑くて息苦しくなったので、そのマンセー集団から離れて、両脇の歩道の方へ移動しました。そこで安倍総理大臣の演説を聴いたのです。ヤジを飛ばせる雰囲気ではありません。私服警官が各所に配置され、イヤホンと小型マイクを装備して目を光らせています。イヤ、ホントです、なんちゃって。

                         

                         

                         

                        しょーもない演説が終わったので引き上げようとすると、安倍総理大臣が今からハイタッチをします、というではありませんか。そこで私もニコニコしながらその列に並びました。私の前50センチくらいに来たとき、Make hay while the sun shines. というフレーズが浮かびました。

                         

                         

                         

                        私は腹の底から声を絞り出し「安倍晋三!嘘つくな!」と大声で叫んでいました。総理大臣は明らかにビビっていました。「ごめんなさい。ゆるちてください」といったかどうか知りませんが、すぐに目をそらしました。

                         

                         

                         

                        その瞬間、周りにいた私服のお兄さんたちが私を取り囲み抱きついてきました。そんな趣味はないので「言論の自由は憲法で保障されているのだ。あなたたちに発言を封じる権利はない!消費税が何に使われたのか知っているのか!」と叫びました。やれやれ、歳をとるとこんな遊びもできるんですね。

                         

                         

                         

                        妨害されなければまだまだ叫びたいことがあったのです。

                         

                        「こんな人たちに負けるわけにはいかないんですと、もういっぺん言ってみろ!」

                        「TPPはどうなった!」

                        「北方領土は返ってくるのか!」

                        「森友はどこ行った!」

                        「加計はどうなった!」

                        「アキエとタニサエコはどこにいる!」

                        「拉致被害者はどうなる!」

                        「財務省の役人を殺して平気なのか!」

                        「公文書の書き換えを指示したのは誰だ!」

                        「消費税を上げて、国民を殺すつもりか?」等々。

                         

                        全部挙げれば日が暮れます。

                         


                         

                        その後、通りで信号待ちをしていると、警備の責任者だと名乗るお兄さんが近づいて来て「おけがはありませんでしたか?」と聞くのです。「4〜5人の男に抱きつかれたぐらいで、けがなんかするわけないだろうが!」とは言わずに「あなたたちも仕事とはいえ大変だね」と答えました。

                         

                         

                         

                        そのお兄さんに自民党のパンフレットを渡し、付いてきたりしないでねと言い残し、歩いて妻と待ち合わせの場所へ向かいました。のどが渇いたのでトキハのスタバでアイスコーヒーを注文していると、背後から「あの〜、○○新聞の記者ですが、お話をお聞きしてもよろしいでしょうか」と声をかけられました。

                         

                         

                        あれだけの人がいる中で、たった一人で言葉を発したことに感動した、とのことでした。それから1時間余り、その三十代前半の若い記者と色々な話しをしました。そして、こんな素晴らしい記者が今時いるのかと、認識を新たにしたのです。

                         

                         

                         

                        話の中で、山本太郎の発する言葉とエリック・ホッファーの言葉について触れました。本当に思考するための言葉は、今では、学校教育によって刈り取られてしまって、現実を改変する力を持てなくなっている。言葉が意味を失い、単なるつじつま合わせの記号になってしまった。高学歴であればあるほど、この傾向は著しい。

                         

                         

                         

                        山本太郎は高校中退の元芸人だからこそ、真実の言葉を話す人間を見分けられるのだ。逆に、学歴差別の上に構築された社会システムを疑わない人間は、権力と金を持つ人間を忖度することでしか人生に意味を見いだせなくなっている、等々。話題は尽きませんでした。再会を約束しましたが、このブログをN記者が読んでくれているといいのですが・・・。

                         

                         

                         

                        ところで、私が蛮勇をふるって安倍総理大臣に言葉を発したのも、山本太郎の存在があったからです。6年前から、この男は本物だと直感して彼を支持してきました。過去記事をお読みになれば、その一端を理解してもらえると思います。

                         

                         

                         

                        国は誰のために存在するのか − 山本太郎議員を応援する。

                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=26

                         

                        山本太郎 vs 安倍晋三 − 暴かれたイラク戦争の本質。

                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=28

                         

                         

                        | 政治 | 21:48 | comments(2) | - |
                        空虚な人格から発せられる空語!空語!空語!
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                          空虚な人格は、幼少の頃からつねに言われた通りのことをやり、そのことで評価され、賞賛され、おだてられる経験を積み上げて来たため、ついに自分の言葉を獲得する機会がなく、自分が見ている世界が唯一絶対的なものだと思い込むことで出来上がります。

                           

                           

                           

                          つまり、恐ろしく狭い世界に住み、人格が空洞になっているため、自分にとって都合のいい情報や言葉だけがそこで反響し増幅されるのです。したがって支離滅裂で矛盾することも平気でしゃべります。自分で考えてしゃべっていないので、過去の発言との整合性など頭にありません。

                           

                           

                           

                           

                           

                           

                          現職の総理大臣と持ちつ持たれつ。総理のご意向で、私たちの税金が吉本興業に注ぎ込まれています。さすが闇営業の吉本だけのことはあります。なんたってヤクザとズブズブの関係ですから。闇営業という言葉で騙されてはなりません。島田伸介を例に挙げるまでもなく、ヤクザ企業なのです。それよりも、日本のお笑いのレベルが知れるというものです。権力者に媚を売るお笑いなど、腐っているとしか言えません。この国は終わっているのです。

                           

                           

                           

                           

                           

                           

                          実は劣等感の裏返しがそのままキャラになっているのです。いうまでもなく、夏目漱石の時代から今日まで、アメリカやヨーロッパでは、日本人をはじめ東洋人はいまだに「差別される側」です。この事実は鈍感でなければわかります。この劣等感こそが、韓国人や中国人を差別し蔑視する温床となっているのです。

                           

                           

                           

                          これほど醜悪なことはありません。ツイッタ―で嫌韓や反中を叫びながら、一方でトランプや安倍首相を礼賛している人間たちは、世界の現実を知らない国際的田舎者に過ぎません。

                           

                           

                           

                          私が『れいわ新選組』を支持するのは、10人の候補者全員が自分の言葉でしゃべっているからです。自分が経験したことの中で思想を鍛え、常に国民の立場に立って発言しているからです。それを感知できない人間たちは「変わりものだらけの集団だろう」とか「子供とか弱者とか、キレイごとばかり並べている」と考えるのです。

                           

                           

                           

                          私は現政権を支持しません。それは安倍首相の発言やふるまいが「ウソだらけだから」「恥ずかしいから」「痛々しいから」「幼稚だから」「バカにされているのがわからないから」です。あるいは「悪」を感知するだけの知性がないから、というのが理由です。政治の世界では「悪」の本質を洞察できない者は、その「悪」に利用されて国家を破滅に導くのです。

                           

                           

                           

                          安倍首相は、参院選の遊説のスタート地点を福島市の果樹園にしました。東京の秋葉原をスタート地点にしないのは、ヤジが怖いのです。いや、ヤジに応えて思わず自分の本音をしゃべってしまうのが怖いのです。山本太郎のように、聴衆の目の前で自分の信念や政策を語ったり、質問や反論に答えたりすることは絶対にできません。ヘタレですから。

                           

                           

                          201974日の毎日新聞から、その第一声を引用します。

                           

                           

                           

                          ― 福島の復興なくして東北の復興なし。東北の復興なくして日本の再生なし。外交力をいかして福島産の農産物の(輸出時の)規制緩和に全力を尽くした。その結果、福島産の輸出が過去最高になった。トランプ米大統領は意外と人の話を聞く。私の話の筋が通っていると「シンゾー、分かった。その通りにする」と言ってくれる。平和安全法制(安保関連法)を成立させ、助け合える日米同盟になり、絆はかつてないほど強固だ。憲法に自衛隊を明記すると公約に掲げた。最後に決めるのは国民投票だ。そのための審議をせねばならない。それが議員の責任だ。しっかり議論する候補、政党を選ぶのか、責任を果たさず審議しない政党、候補を選ぶのか。(福島市の果樹園で)―

                           

                           

                           

                          開いた口がふさがらないとはこのことです。福島県民は完全にバカにされています。何を言っても、東北人は我慢してじっと耐えるとたかをくくっているのです。ちなみに安倍首相が責任感のある人間なら、沖縄の辺野古を第一声の場所に選ぶでしょう。山本太郎なら、必ずそうするはずです。

                           

                           

                           

                          安倍首相の第一声は欺瞞に満ちています。福島第1原発事故の避難者への家賃補助を打ち切り、仮設住宅を廃止して避難者を追い出し、統計上「避難者はいない」ことにしているのを見ただけでも、安倍政権の意思は明確に示されています。

                           

                           

                           

                          それにもかかわらず、共同通信や朝日新聞をはじめとする大手メディアは序盤の情勢として「自公、改選過半数の勢い」と一面トップで報じています。無党派層が半分近くいるにもかかわらずです。そして「大いに関心」四分の一、18・19歳「必ず行く」前回より低下、と報じているのです。ここにも大手新聞の意思(第三者づらをして、民主主義など信じていないこと)が明確に示されています。それが分かって、私やあなたはどうするのか?

                           

                           

                           

                          過去記事

                           

                          マスコミは圧力をかけられているのか?

                          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=117

                           

                          | 政治 | 22:14 | comments(0) | - |
                          山本太郎は虎の尾を踏んでいる。
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                            『れいわ新選組』の候補者を見て、私は心底驚いています。蓮池透氏、安冨歩氏、木村えいこ氏、そして今日、公明党の支持母体・創価学会員の野原善正氏、環境保護NGO職員の辻村千尋氏、元セブンオーナーの三井義文氏、元外資系銀行員の大西つねき氏が加わりました。木村えいこ氏のことは今回初めて知りました。

                             

                             

                             

                            蓮池透氏、安冨歩氏、大西つねき氏のことは著作を通じて応援していたのです。この3人が『れいわ新選組』から立候補しないかと考えていたのですが、まさかそれが現実になるとは・・・。もう1人、前川喜平氏を期待しているのですが、どうでしょう。古賀茂明氏、植草一秀氏もいいですね。

                             

                             

                            ここに挙げた本は目の前の書棚にあったものですが、どれも素晴らしいです。深く考えさせられ、インスピレーションをもらいました。特に大西つねき氏の『私が総理大臣ならこうする』は具体的でとても刺激的な本です。見にくいかもしれませんが、一番左は大西氏の『希望 ― 日本から世界を変えよう』です。

                             

                            ちなみに、安冨歩氏の著書『原発危機と東大話法』は、原発事故から一年も経たない2012年1月15日に出版されています。アマゾンからさっそく取り寄せ、一日で読み、思考がまとまらない中、一人でも多くの人に読んでもらおうと1月18日にレビューを投稿しました。そのときレビューは一つだけでした。それでも瞬く間に600人以上の人が賛同してくれ、日々賛同者の数は増えていました。ところがある日突然削除されたのです。その件に関しては過去記事をご覧ください。

                             

                            経済合理性という狂気または合理的な愚か者について

                            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=36

                             

                             

                             

                             

                             

                             

                            今回の人選で、6年前から彼を応援してきた理由が納得できました。今の日本社会を立て直すのに不可欠な人が選ばれているのです。要するに、山本太郎は自民党・安倍政権が財界とアメリカの兵器産業のために破壊し尽くした日本社会を一から寄せ集め、繕いはじめたのです。選挙ではこれまで「よりましな」政党を選ぶしかありませんでした。積極的に応援したいと思ったのは、『れいわ新選組』が人生ではじめてのことです。

                             

                             

                             

                            3・11でこの国は多くの人命と国土の一部を失いましたが、同時に山本太郎という政治家を生みだしました。私は、歴史の転換点では、真に力ある思想は決して既存の利権集団やイデオロギー集団の中からは生まれない、それは、まったく思いもかけないところから生まれるのだ、と言いました。

                             

                             

                             

                            かくなる上は、心ある国民は山本太郎を守らなければなりません。かつて、特別会計の闇を追及しようとして暗殺された民主党の石井紘基氏の二の舞にさせてはなりません。山本太郎は命を張っています。虎の尾を踏んでいるのです。

                             


                             

                            | 政治 | 00:40 | comments(0) | - |
                            私たちはいつまで騙され続けるのか。
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                              ゲームに夢中になっている小学生なら、いや、ゲームをしていない小学生でも以下の問いには簡単に答えられるでしょう。

                               

                               

                               

                              すぐ近くでじっとしている標的と動いている標的とでは、どちらが狙いやすいですか?仮に相手から攻撃された場合、どちらが反撃しやすいですか?

                               

                               

                               

                              もちろんある場所に固定されている標的の方が攻撃も反撃もしやすいですよね。攻撃とか反撃とか物騒な言葉を使うのはどうかと思いますが、ゲームの中では当たり前の発想です。

                               

                               

                               

                              つまり、ゲームという一見価値中立的なヴァーチャル空間の中で、子供も大人も戦争のシュミレーションをしているのです。そこでは、ほとんど条件反射的に敵を攻撃するように仕組まれています。

                               

                               

                               

                              ところで、上の問いに対して、信じられない答をした人がいます。その人は国を守るということ、すなわち安全保障に関して詳しい(あくまで戦車に乗ってピースサインをしてみせるような人物の脳内ゲームレベルですが)と言われている人物です。そうです、わが国の総理大臣・安倍晋三氏です。

                               

                               

                               

                              今年の2月12日、衆院予算委で「イージス・アショア」導入について、その必要性に疑問を投げかけられて答えました。

                               

                               

                              イージス・アショアというカタカナでごまかしていますが、要するに、海上を動き回る艦艇にではなく、陸上に6000億円以上をかけてイージスの基地を作るというのです。

                               

                               

                               

                              「まさに陸上においての勤務となる。これは(洋上勤務となるイージス艦とは)大きな差なんですよ、全然ご存じないかも知れませんがね。(隊員が)自分の自宅から通えるわけですから。勤務状況としては違うんですよ。そういうことも考えていかなければいけない。実際に皆さんは勤務されたことがないから、そんなことをおっしゃっているんでしょうけど」

                               

                               

                               

                              あわわわわ・・・。陸上にミサイル防衛システムを配備することの危険性、すなわち国民の命を危険にさらすことになるという指摘に、「(隊員が)自分の自宅から通えるわけです」と答える総理大臣など前代未聞です。「自分の自宅から通える」範囲で戦争できるんですよ、隊員の負担が軽くなるでしょ、と言っているのです。

                               

                               

                               

                              なぜこのようなハチャメチャな答弁になるのでしょうか。一つには晋三氏の能力に問題があるのは当然ですが、実はすべてをアメリカ(アメリカ国民ではなくアメリカの兵器産業とその株主であるトランプ政権の閣僚たちや日米合同委員会)に依存して何も考えなくても済む、考えても無駄という状況になっているからです。

                               

                               

                               

                              そもそも、イージスとは特殊なレーダーと高度な情報処理・射撃指揮システムにより、200を超える目標を追尾し、その中の10個以上の目標を同時攻撃する能力を持つと言われています。う〜む、なんだか凄いですね。頼りになりそうです。

                               

                               

                               

                              しかし、それは日本を守るためのものではありません。以下の図を見て下さい。秋田市も山口県の萩も、北朝鮮のミサイル基地とハワイおよびグアムの米軍基地を結んだ直線上に位置しているのです。だからイージスは日本を守るためではなくアメリカを守るためのものだという人が多いのです。その通りなのですが、「アメリカを守る」のではなくアメリカの兵器産業を守るためです。

                               

                               

                               

                               

                               

                              わが国はすでにイージス艦を7隻持っていますし、2020年には8隻態勢になります。もちろんアメリカは陸上にイージスの基地を作ったりしません。国民の命を危険にさらすことになりますし、市民が反対して作らせないでしょうから。すべて艦艇に搭載しています。

                               

                               

                               

                              欠陥戦闘機のF35や事故が多くてアメリカでは使用できないオスプレイは、日本に買ってもらうしかないのです。もちろん陸上にイージスを配備することなど常識では考えられません。いったいそんなものに莫大な税金を投ずる国が日本以外にあるでしょうか。

                               

                               

                               

                              ところで、皆さんは北朝鮮に対してどのようなイメージを持っていますか。狂人的な独裁者が支配しているイカれた国で、いつミサイルをぶっ放すかわからない怖い国、といったところでしょうか。しかし、これはすべて新聞やマスコミによって捏造されたイメージです。

                               

                               

                               

                              外交一つとってみても、日本よりもはるかにしたたかで緻密な計算をしています。安倍政権の外交が何一つ成果を上げられず「やってる感」だけを演出しているのと対照的です。

                               

                               

                               

                              北朝鮮はすでに160カ国と通商関係を結んでいます。ロシア、中国、韓国、イタリア、スイス、シンガポール、インド、台湾、香港、タイなどから投資を受け、350社を超える合弁企業を設立しています。このように各国は軍事的な対立を演出しながら、裏では経済の協調体制を敷いているのです。

                               

                               

                               

                              皆さんは2017年の8月、北朝鮮からミサイルが飛んでくるとしてJアラートが発せられていたときのことを覚えているでしょう。都内では電車が運休し、各地で避難訓練が行われていたとき、総理大臣はゴルフに興じ、閣僚たちは外遊に出かけていました。国際線は通常運航でした。不動産株も銀行株も国債にも変動はありませんでした。つまりこれは、日米の防衛予算を増やすためのヤラセに過ぎなかったのです。

                               

                               

                               

                              ここで一つ面白いエピソードを紹介しましょう。わが大分県の中高一貫高である県立H高校は、ヤラセに引っ掛かってグアムへの修学旅行を取りやめました。これだけでもびっくりですが、なんと旅行先を福島に変更したのです。まあ県立高校のトップの政治意識はこんなものでしょうが、楽しみにしていた生徒たちがかわいそうです。

                               

                               

                               

                              さてもう終わりにします。国際社会は北朝鮮を脅威とみなしていません。それどころかアメリカの鉱山協会は北朝鮮で資源開発調査を行い、フランス系の資本が携帯電話網を整備し、ドイツのDHL社が物流インフラを整備し、日本の出資を受けているラファージュ社が軍事物資であるセメントを生産しています。これを受けイギリスは北朝鮮専門の開発ファンドを設立しているのです。

                               

                               

                               

                              本を読み、ネットを活用すれば(そのためには、本物の英語力をつける必要があります)これくらいの情報は手に入るのです。これでもあなたは、捏造された北朝鮮のイメージを信じ続け、騙され続けるのでしょうか。しかし一体いつまで?

                               

                               

                               

                              最後に一言。北朝鮮が本気で日本やアメリカを滅ぼそうと考えるなら、日本海側にずらりと並んだ原発をミサイルで攻撃するはずです。これで世界の資本主義経済は終わります。もちろん北朝鮮も同じ運命をたどります。それから先の世界がどうなるかは、想像力のある作家や映画監督に任せるほかありません。

                               

                               

                               

                              過去記事

                               

                              「だまされるということ自体がすでに一つの悪である」

                              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=402

                               

                              公立中高一貫校の「前倒し学習」って何?

                              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=256

                               

                              北朝鮮の問題で安倍首相が主体的に決断できる可能性は1%もない。

                              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=406

                               

                              現代の戦争に偶発はない、すべて営利行為である。

                              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=339

                               

                              気分はほとんど開戦前夜

                              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=401

                               

                              | 政治 | 14:22 | comments(0) | - |
                              僕たちは希望という名の列車に乗った。
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                                今回のタイトルは昨日(6月11日)観た映画のタイトルです。大分のシネマ5bisで現在上映中です。

                                 

                                 

                                 

                                 

                                時代は1956年、冷戦下の東ドイツ。東西ドイツを分断するベルリンの壁が建設される5年前の実話を映画化したものです。

                                 

                                パンフレットから簡単にストーリーを紹介しておきます。

                                 

                                 

                                「1956年、東ドイツの高校に通うテオとクルトは、列車に乗って訪れた西ベルリンの映画館でハンガリーの民衆蜂起を伝えるニュース映像を目の当りにする。クラスの中心的な存在である二人は、級友たちに呼びかけて授業中に2分間の黙祷を実行した。それは自由を求めるハンガリー市民に共感した彼らの純粋な哀悼だったが、ソ連の影響下に置かれた東ドイツでは“社会主義国家への反逆”と見なされる行為だった。やがて調査に乗り出した当局から、一週間以内に首謀者を告げるように宣告された生徒たちは、人生そのものに関わる重大な選択を迫られる。大切な仲間を密告してエリートへの階段を上がるのか、それとも信念を貫いて大学進学を諦め、労働者として生きる道を選ぶのか・・・・・。

                                 

                                 

                                無意識のうちに政治的タブーを犯してしまった若者たちが、仲間との友情や恋を育みながら、ある時はまっすぐに主張をぶつけ合い、人間として正しきこととは何かをひたむきに模索していく姿は見る者の心を強く揺さぶる。過酷な現実にさらされた彼らの、人生のすべてをかけた決断とは?希望を追い求めた若者たちの“小さな革命”を未来へと続く“列車”とともに描き上げた感動の実録青春映画」

                                 

                                 

                                 

                                この映画は、社会主義的・共産主義的イデオロギーがいかに人間の自由を奪うものか、理想に名を借りた政治権力がどれほどおぞましいものかを見事に描いています。

                                 

                                 

                                 

                                映画を観ながら、私は大学受験に失敗して浪人しているときに読んだ、林達夫の『共産主義的人間』をしきりに思い出していました。この本を読むことで、未熟ではあれ、自分なりの政治的スタンスを確立したのです。

                                 

                                 

                                 

                                この事件から63年がたった現在、世界は、そして日本はどうなっているでしょうか。日本は自由で平和な国と言えるでしょうか。国家は弱者に寄り添い、思想信条の自由・表現の自由に最大限の配慮をしているでしょうか。若者は未来に大いなる希望を抱き、同世代の人間たちと連帯して毎日を生き生きと過ごしているでしょうか。

                                 

                                 

                                 

                                第二次安倍政権が誕生してからというもの、この6年ほどの間に「政治的」という言葉は、もっぱら「政府を批判する言説」「反安倍的」という意味でのみ使われるようになりました。それが証拠に、現政権に対して親和的な言説やイベントは、警戒もされず、忌避されることもありません。つまりそういった言説は「政治的ではない」のです。

                                 

                                 

                                 

                                言葉の解釈や使用法を歪めることは、独裁権力が常にやって来たことです。言葉を歪めることで世界を歪め、自分たちに都合のよい事実を捏造するのです。

                                 

                                 

                                 

                                ところで、この映画を観て感想を述べ合い、議論している高校生がいるでしょうか。私の出身校である大分上野丘高校は、いわゆる県立トップ校ですから、主権者教育の一環として当然、先生方と生徒の皆さんで議論する計画を立てていることでしょう。政治と歴史を学ぶのに格好の素材です。受験科目にないということで世界史の授業をカットした恥ずべき前科があるのですから、それを反省して、今はまともな教育がおこなわれていると信じたいですね。

                                 

                                 

                                 

                                もう終わりにします。私が政治について語る理由はただ一つです。政治ほど善意を悪用して人々の人生を破滅させるものはないからです。

                                 

                                 

                                 

                                例えば、辺野古の民意を無視した強権的な埋め立て、イージス・アショアの杜撰さ。両者とも日本を守るためではありません。政治の本質は羊の皮を被ったオオカミです。政治によって人生を狂わされたくなければ、政治を知る必要があるのです。

                                 

                                 

                                 

                                この映画は、若者の素朴な正義感や倫理観こそが世界をよりよき場所に変える可能性があることを暗示しています。ラストシーンが素晴らしい。日本では、そういった若者は、学校教育によって片隅に追いやられ、変人扱いされ、後ろ指を指されているかもしれませんが、それこそが異常なのです。韓国や香港や台湾の若者は、日本のはるか先を行っています。この映画は、日本の若者を含めて、世界の若者にエールを送っているのです。

                                 

                                 

                                | 政治 | 13:01 | comments(0) | - |
                                誰が政治を変えるのか?
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                                  朝起きて鶏小屋へ行き、水を換え、餌をやり、ジャガイモやピーマンを収穫した後、葡萄の苗の成長を心待ちにする日々です。写真のような葡萄棚になるには数年かかります。ひと汗かいた後、朝食をとり、読みかけの本を開きます。夕方からは塾の準備をして授業に臨みます。さしたることのない平々凡々な日々です。

                                   

                                   

                                   

                                   

                                  しかし、外の世界に目を転じると、フェイクニュースやプロパガンダが拡散され、デマゴーグが跳梁跋扈し、全体主義的な情報操作が現代によみがえって重要な政治決定を蝕んでいます。以下の本は NYT 紙の文芸評論で活躍し、ピューリッツア賞に輝いたミチコ・カクタニ氏の『THE DEATH OF TRUTH 』(真実の終わり)です。トランプ政権に象徴される民主主義の危機の深層に迫る労作です。

                                   

                                   

                                   

                                   

                                  ハンナ・アーレントは1951年の『全体主義の起源』の中で次のように書きました。

                                   

                                  「全体主義的統治の理想的な臣民は、筋金入りのナチでも共産主義者でもなく、事実と虚構の区別、真と偽の区別をも、もはや見失ってしまった人々なのだ」と。

                                   

                                   

                                   

                                  それから20年後、1971年のエッセイ『政治におけるウソ』の中で次のように記しています。

                                   

                                  「われわれが送っている日常生活という事実の織物全体がいかにもろいものであるかは、歴史家のよく知るところである。それは常に一つのウソによって穴を開けられたり、集団、国民、階級の組織されたウソによって引き裂かれ、否定され、ゆがめられ、またしばしば山のように積み重ねられた虚偽によって周到に覆い隠されたり、ただ忘却の淵に沈むにまかされたりする危険にさらされている。事実が人間の領域に安住の地を見いだすためには、記憶されるための証言や確証されるための信用のおける証人が必要である」と。

                                   

                                   

                                   

                                  世界でこの状況に抗して闘っている人間がいます。山本太郎、バーニー・サンダース、ジェレミー・コービンです。全員が反緊縮派です。彼らは胡散臭い人間だとして後ろ指を指され、嘲笑の的にされています。しかし、後ろ指を指し、嘲笑しているのは誰か。

                                   

                                   

                                   

                                  日本では、安倍政権による略奪が続いているのに、これまで何とかなったのだからこれからも何とかなると安易に考えている国民自身です。山本太郎は消費税の廃止を主張しています。素朴に考えればまことに当たり前な主張です。

                                   

                                   

                                   

                                  これまで徴収された消費税は総額でおよそ397兆円に達します。社会保障に当てるという名目で導入されましたが、ほぼ全額が大企業の還付金や減税に当てられました。支配層(財界、官僚およびそれに操られた政治家たち)が消費税にこだわるのは、経済がどれほど悪化しても生存にかかわる基礎消費は変わらないので、安定的に搾り取ることができるからです。大企業の内部留保は500兆円を超えていますが、これは派遣法改正で非正規社員となった人々の所得を収奪することによって蓄積されたものです。

                                   

                                   

                                   

                                  以上より、消費税の廃止を訴えない政治家は政治献金と地位だけが目的の木偶の坊なのです。政権が代わっても何も変わらないでしょう。

                                   

                                   

                                   

                                  格差社会も分断も政治とメディアによって意識的に作られたものであり、民衆の不満や怒りが支配層に向かないように、スケープゴートとして「移民」「生活保護受給者」「公務員」がバッシングされていることに私たちは気づかねばなりません。

                                   

                                   

                                   

                                  特に日本は国民の民度を超えた未曾有のカタストロフィーが進行中です。言わずと知れた原子力災害です。それを直視すれば、日本経済が崩壊するので、考えてはならないこと、なかったことにされているのです。

                                   

                                   

                                   

                                  まともな神経をしていればこういった超ド級の原子力災害のさなかに3兆円をかけてオリンピックを開くことが正気の沙汰でないことは明白です。その陰で避難者は補償を打ち切られ、汚染地域への帰郷を余儀なくさせられているのですから。

                                   

                                   

                                   

                                  そんな中、山本太郎は政治家としてただ一人オリンピックに反対しています。政策に原発即廃炉を掲げています。現実感覚を喪失してさえいなければ、これまた当然のことを言っているに過ぎません。

                                   

                                   

                                   

                                  いつの時代でも、危機に際して登場し、危機を救う真に力ある思想は、思いもかけない場所に潜んでいます。職業的思想家の中にでもなければ、二代目三代目の政治家の中にでも断じてありません。個人的な温かみや寛容さ、そして誠実さ、原則を守る姿勢、倫理的な力を持った天才的アマチュアの風貌をまとって登場するのです。

                                   

                                   

                                   

                                  山本太郎、バーニー・サンダース、ジェレミー・コービンはこれに当てはまります。彼らはその時代の職業的思想家や政治家、経済学者、マスメディアから白眼視され、蔑視され、後ろ指を指されながらも執拗な戦いを続け、次第に共鳴者を獲得して世界を変革していくのです。

                                   

                                   

                                   

                                  英国労働党党首、ジェレミー・コービンは言います。「個人の野心などまったくどうでもいい。これは、私たちの社会を、冷酷で分断されたものではなく、よいものに変えられる私たちみなの社会運動だ。前に進む道をみな知っている」と。

                                   

                                   

                                   

                                  私は以前紹介した『エスタブリッシュメント』の中で、ジェレミー・コービンに興味を持ち以下の本を最近読み終わりました。この本によると、彼を支持したのは不安定な雇用状況にある若者でした。反貧困を掲げ、反緊縮を訴えたコ―ビンが彼らの共感を呼んだのです。

                                   

                                   

                                   

                                   

                                  私はブログでも繰り返し言ってきたように、政治を大きく動かすのは若者の「倫理的な力」なのです。その倫理的な力を奪い、現実から目をそらさせ、自分に利益をもたらす進路だけに目を向けさせているのが学校教育であり、実質的に公教育を民営化する役回りを引き受けることで利益を上げている塾産業なのです。これについてはまた論じます。いつも小難しい話にお付き合いいただきありがとうございます。

                                   

                                   

                                  暇があったら、以下の記事もお読みください。

                                   

                                  『山本太郎は日本のバーニー・サンダースである。』

                                  http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=524

                                   

                                  『今年の1冊 よりよき〈生〉を生きるために。』

                                  http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=542

                                   

                                   

                                  | 政治 | 23:27 | comments(0) | - |
                                  「山本太郎」の本質を断固支持する。
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                                    今回は、塾教師人生の総括として、東大や慶応に合格しただけであたかもそれが素晴らしいことのように持ち上げる出版界と塾・予備校業界、それにまんまと騙される「佐藤ママ」や「ビリギャル」に代表される人格なき「大衆」を批判する予定でした。

                                     

                                     

                                    そもそも、大学受験の合否はあくまで個人的な出来事のはずで、それを世間に向けて公表することは、ブランド品を見せびらかすような下品な行為以外の何ものでもありません。

                                     

                                     

                                    それにしても、たかが大学に合格しただけでそれに価値があると思い込ませる出版界は、他方で政治的な批判を控える(実際はその発想すらないのですが)ことによって、出版ジャーナリズムの劣化をいっそう加速させています。

                                     

                                     

                                    その結果、私たちの国は世界に冠たる後進国に転落してしまったのです。いや、もともと後進国だったのです。客観性や中立性という言葉で思考停止に追い込まれた結果、政治の話は学校でもダメ、職場でもダメ、テレビでもダメ、芸能人が発言してもダメ、ミュージシャンが発言してもダメ、という体たらくです。

                                     

                                     

                                    要するに、周囲の空気を読んで和を乱さないことに異常な神経を使うだけのアメーバ集団、反知性主義の国家になり下がったということです。これで先進国と言えるでしょうか?

                                     

                                     

                                    本題に入ります。今回のタイトルで「山本太郎」とカギ括弧付きで書くのは、山本太郎という一政治家が希望のシンボルになることを願っているからです。

                                     

                                     

                                     

                                    これまで何度もブログで述べてきたように、彼は心ある国民の言いたいことを最もよく代弁してくれました。私は彼の国会での質問や国会外での活動に救われました。正直に言うと、彼がいるおかげで私は政治に対する関心をつなぎとめているのです。

                                     

                                     

                                    彼は足を引っ張られるのを承知で、からかわれるのをものともせず、常に国民の立場に立って発言してくれました。感情も知性も劣化したネトウヨとは違って、彼は「理想の審判者としての国民」を信じているのです。

                                     

                                     

                                     

                                    以下は、『僕にもできた! 国会議員』(山本太郎=著)の書評です。作家の島田雅彦氏が書いたものです。

                                     

                                     

                                     

                                     

                                    ― 理想主義者の代名詞に「ドン・キホーテ」というのがあるが、山本太郎ほどこの称号にふさわしい男はいない。通例、揶揄のニュアンスが付いて回るが、徒手空拳で巨悪に突撃してゆく蛮勇こそ現在の政治家に最も必要とされる素質である。その理想は憲法に忠実で、あるべき政治道徳に則り、国民に安全で健康な生活を確保しようとする高潔なものだ。国会には七百人以上の議員がいるが、山本太郎と何人かの例外を除けば、ほとんどの議員が多数派の頭数合わせと己が既得権益を守ることしか頭にない。山本太郎が理想主義者として浮いてしまうこと自体が政治の退廃、劣化の証左になっている。

                                     

                                     


                                     山本太郎の六年間の議員活動はちょうど安倍政権の悪政と重なるが、この間に悪政があまりに自明のことになってしまい、有権者のあいだに諦めムードが広がり出した。もちろん、野党議員たちは国会や委員会で政府の対応を批判し、数々の疑惑に対する真相究明を続けているが、首相はじめ政権担当者たちは呼吸するように嘘をつき、公文書の改竄と偽造は当たり前、幽体離脱したかのように当事者意識を欠き、一様に記憶喪失に陥っている。

                                     

                                     

                                     

                                    もう少し道理を知っているはずの男たちも、破綻の予感を抱きながら、傍観している。政府は実質、自分で何かを決めたことも、率先して対策を練ったこともない人々の吹き溜まりである。

                                     

                                     


                                     結果、財政破綻は秒読み、廃炉への道は遠く、放射能はアウト・オブ・コントロール、外交、安全保障政策も全て裏目に出た。無為無策の首相や子どもの使いの外相を置き去りにして、国際政治の謀略は容赦なく進行する。相手の厳しい次の一手には対応できそうもない。貧困問題もいよいよ深刻になり、生活苦を強いられた庶民のあいだから、怨嗟の声が上がる。純粋な理想主義者がムチを入れなければ、政府はピクリとも動かない。

                                     

                                     


                                     首相とその不愉快な仲間たちは官房機密費を使って、マスメディアを籠絡し、世論操作することも、内閣人事局を通じて、官僚を丸め込むことも、首相権限を振りかざして警察や司法に圧力をかけることもできるが、その絶大な権力を使って、やることといったら、自分たちの不正、失策を隠すこと、アメリカ大統領のパシリとして貢ぎ、日米安全保障条約および日米地位協定を憲法の上に置き、この国の占領状態を維持し、その利権で私腹を肥やすことだけだ。

                                     

                                     

                                     

                                    山本太郎は活動資金も限られ、官僚やマスメディアを操ることはできないが、彼には有能なブレーンがついていて、ボランティア的に彼をサポートし、戦略を授けてくれるので、国家権力を私的に濫用する極右政権相手のゲリラ戦はかなり奏功しているといっていい。そのゲリラ戦の主戦場は国会中継で、政府側が誤魔化しと嘘でしどろもどろになる中、舌鋒鋭く切り込んでゆく様子はまさに「山本太郎劇場」だ。山本太郎は質問を通じて、被災者支援等で政府に善処を促すことに成功している。

                                     

                                     


                                     有権者が無知で無関心でいる限り、悪政は続く。礼儀正しく、おとなしく、他人を攻撃せず、空気を読む。そんな人々の沈黙の同意によって、不正が見逃される。右でも左でもない中立の立場でいる限り、極右の専横は容認される。そうした「無関心な人々の共謀」をいかに打破するか、それが問題だ。もし、それに成功すれば、政権にとっては致命傷になる。待望されるのは政治の不毛を笑い飛ばしつつ、常識を覆すリベラルのトリックスターである。

                                     

                                     


                                     六年前に俳優から政治家に転身した時、彼自身が一般の無関心層と変わらない素人だった。だが、謙虚に勉強を続けるうちに堂々と無能な為政者たちに正論を突きつける市民視線の政治家になった。

                                     

                                     

                                     

                                    ここ六年間の山本太郎の軌跡は、「王様は裸だ」といえる正直者の素人にしかこの国は変えられないということを如実に示している。「山本太郎が首相になる」と聞いて、「まさか」という人は政治の本質をまだわかっていない。実際、極右マフィア政権が六年も続くという「まさか」を見てきたのだから、その反動から山本太郎首相の誕生は十分あり得ると考えなければ、やってられない。― 以上。

                                     

                                     

                                     

                                    | 政治 | 10:49 | comments(0) | - |
                                    悲しすぎる現実。
                                    0

                                      先日用事があって近くの郵便局へ行きました。待っている間、それとなくあたりを見回すと、一枚のポスターが目に飛び込んできました。よくできたポスターだったので、スマホで写真を撮りました。それが以下のポスターです。よ〜くご覧ください。

                                       

                                       

                                       

                                       

                                      社会の敵を一刀両断。なかなか迫力がありますね。その横にわざわざ二色刷りで、暴力団を「利用しない」。暴力団に「を出さない」。暴力団を「れない」。暴力団と「交際しない」。と書かれています。私はこのポスターを見てニヤニヤしていました。この4つのすべてに当てはまる誰かさんへの強烈な皮肉だと思ったからです。

                                       

                                       

                                       

                                      ちょうどそのとき昔の教え子が私を発見して声をかけてくれました。普段の私はと言えば、待ち時間は椅子に腰かけ、持ってきた本を開いて眉間にしわを寄せ、小難しそうな顔をしています。そこにはおいそれと声などかけられない知的で厳粛なオーラが立ち込めているはずです、たぶん。ところがその日はたまたまニヤニヤしていたので、声をかけやすかったのでしょう。

                                       

                                       

                                       

                                      「先生、○○です。お久しぶりです。まだ塾をやっているそうですね。来年子供が中学生になるのでよろしくお願いします。ところで、なにをニヤニヤしていたんですか」。

                                       

                                      「おっ、○○君、久しぶり。元気そうじゃないか。君の言う通り、他にとりえがないので『まだ』がんばっているよ。ニヤニヤしていたのは、このポスターが気に入ったからさ。傑作だと思わないかい?僕は思わず写真まで撮ったよ」

                                       

                                      「へ〜、そうスか?普通のポスターだと思いますが・・・」

                                       

                                       

                                      で、そのあとよもやま話をして別れました。なぜニヤニヤしていたのか、以下の動画をご覧いただければお分かり頂けると思います。

                                       

                                       

                                      山本太郎一人です。総理とヤクザの関係を国会で取り上げ、総理に面と向かって辞任せよと迫れるのは。この事件は総理の辞任に即つながるので、他の大手メディアは取り上げません。共産党も含めて、他の野党議員も追及しません。歳費泥棒もいいかげんにしてもらいたい。伊藤詩織さんの件も同様です。

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                       

                                      普通なら(私が見るところ10回以上)政権が倒れてもおかしくない事件や不祥事が持ち上がっても、安倍政権は倒れません。森友学園にまつわる国有地詐取事件、加計学園にまつわる補助金詐取事件、安倍首相の子飼いのジャーナリスト山口敬之の伊藤詩織さんレイプ事件(なんとBBCが世界に向けてドキュメンタリーを制作しました)のもみ消し等々。枚挙にいとまがありません。そして極めつきは上の動画です。

                                       

                                       

                                       

                                      私は4年以上も前から、安倍政権は犯罪者集団だと言ってきました。そしてその行動原理はヤクザそのものだと指摘しました。にもかかわらず、安倍政権は延命しています。憲法改定が悲願だと言っていますが、それは表向きの理由です。

                                       

                                       

                                       

                                      「ヤクザの友情−安倍政権の本質」

                                      http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=30

                                       

                                       

                                       

                                      それにしても、政権の延命に手を貸しているのは、他ならぬNHKや読売新聞を始めとする大手メディアおよびジャーナリズムそのものです。その根底には、政権批判そのものがいわば「いい子ぶりっこ」に過ぎないとする、櫻井よしこや西岡力といった極右言論人たちの粗雑で俗耳に入りやすい言い分に同調する無責任な体質があるからにほかなりません。

                                       

                                       

                                       

                                      要するに、事実を一つ一つ腑分けし、何が真実かを見極めようとする地味で執拗な調査報道の精神を投げ捨てて、総理大臣と会食して政治動向を見極めようとする奴隷根性が蔓延してしまったのです。

                                       

                                       

                                       

                                      何度も言うように、今や国民の多くが政権批判を「コンビニで店員に怒鳴り散らすのと同じような利己的で、はた迷惑で、非常識な行為」だと感じるようになっています。それは以下の動画を見ても変わらないのでしょうか。悲しすぎる現実ではありませんか?

                                       

                                       

                                      テレビ東京はよく取材しましたね。遅すぎますが。それでも全く報道しない「皆様のNHK」よりはるかにましです。

                                      NHKは「公共放送」の看板を下ろすべきです。

                                      「安倍様のNHK」に受信料など払う必要はありません。

                                       

                                      公文書の書き換え・偽造は犯罪です。それを指示した人間は国税庁長官に出世し、記者会見すら開かず、財務大臣は居座る。総理大臣がこれを許すどころか、自分のための布陣を固める。道徳教育?憲法改定?そんなこと言ってる場合か、と思うのですが、責任は国民にあるのですから仕方ありませんね。私は塾で毎日子供たちに読み書きそろばんと外国語を教えながら、押し寄せる空しさをどうすることもできません。

                                       

                                       

                                       

                                       

                                      | 政治 | 17:32 | comments(0) | - |
                                      ある動画に励まされる。
                                      0

                                        「言葉の無効を前にして」を書いてから、2週間以上ブログを書いていません。時は容赦なく流れ、あっという間に7月になりました。この間、政治は堕落し続け、大学は本来の役割を見失い、ジャーナリズムは災厄をもたらす犬を野放しにし、経済界は空前の内部留保をため込んでいるにもかかわらず、日本をさらなる株式会社国家にするために驀進中です。

                                         

                                         

                                         

                                        「働き方改革」という欺瞞言語に違和感を覚えない官僚や政治家の日本語能力を見て、私は絶望しています。

                                         

                                         

                                         

                                        「働き方改革」は、安倍内閣の最重要法案だそうですが、実体は経団連のための「定額働かせ放題法」に過ぎません。それを自民党(公明党はもはや政党の体をなしていません。アメリカに隷属する日本のごとく、自民党に隷属しているだけなのですから)は、国民の大多数を占める労働者の実態を無視して数の力で成立させました。

                                         

                                         

                                         

                                        安倍政権の発想の根底にあるのは、かの竹中平蔵氏の次の言葉に余すことなく表れています。いわく「すべてを給付型奨学金にすれば大学生はますます勉強しなくなる。つまり、極端な言い方をすれば、ただでお金をもらうわけですから勉強する必要が低下する」と。

                                         

                                         

                                         

                                        いかにも人間の一面を言い当てているように見えますが、これはかの橋下徹をはじめとする日本維新の会の発想そのものです。グローバリストと呼ぶのが恥ずかしくなるほど無知で現実を知りません。こんな発言が世界で通用するとでも思っているのでしょうか。

                                         

                                         

                                         

                                        男尊女卑のブラック企業・電通に殺された高橋まつりさんのお母さんは、この法案が成立した時、「これが日本の姿だ。あなたを追い詰めた、日本の姿だよ」と言いました。安倍政権にかかると、無念の自殺を遂げた一人の女性の死すら経済界の要望を満たすために利用されるのです。今後、多くの国民が、高橋まつりさんのお母さんの言葉を、我が身のこととして実感することになるでしょう。

                                         

                                         

                                         

                                        私たちはもう一度自問自答しなければなりません。公文書の改竄に抗議して自殺した近畿財務局の職員の死を闇に葬ったのは誰でしょうか。大阪地検ですか?安倍晋三の子飼いのジャーナリスト・山口敬之のレイプ事件をもみ消したのは誰ですか?安倍晋三ですか?警察官僚ですか?違います。私たち国民です。

                                         

                                         

                                         

                                        どう考えても、経営者にとって有利な、労働者にとっては不利益が多い法案なのに、国民の多くは反発もせず、ろくに審議もせずに可決されても気にもせず、やれ紀州のドンファンだワールドカップだとテレビに釘付けになっているのですから、どこまでお人好しなのでしょうか。

                                         

                                         

                                         

                                        2年後の東京オリンピックに改憲の国民投票日が重ねられたら、あっさり憲法も変わるでしょう。いや、安倍政権はその日のためにテレビを始めとするマスメディアに脅しをかけ、コントロールし、抵抗する者を排除する計画を立てているはずです。

                                         

                                         

                                         

                                        それを止めさせるためには、どれほど無効であろうと、徒労であろうと、私たちの生存の最も深いところから言葉を紡ぐしかありません。もちろんこれは自分に言い聞かせているのです。

                                         

                                         

                                         

                                        実は、言葉の無効を前にして、ブログを書くのを止めようかなと思っていたのです。でもある動画に励まされて、ブログを再開しようと思いました。以下がその動画です。今回はとりあえずその動画を紹介して終わりにします。次回からまた書きたいこと、書かずにはいられないことを書くつもりです。お付き合いいただければうれしいです。

                                         

                                         

                                         

                                        | 政治 | 23:05 | comments(0) | - |
                                        続 ・ 自壊する日本の高学歴「エリート」たち。
                                        0

                                          以下の人物は、わが国では「エリート」と呼ばれているようですが、その人格は4コマ漫画に余すことなく現れています。よい子の皆さんは、決して見てはなりません。余りにリアルですから。

                                           

                                           

                                          ぼうごなつこさんの漫画

                                          http://bogonatsuko.blog45.fc2.com/

                                           

                                           

                                           

                                          エリート」とは、子どもの頃から「東大」に象徴される権威に服従することで人格を空洞化させ、決められたレールの上を走ることしかできない哀れな子供なのです。彼らの思考と行動は絶えず権力へと向かうように初期設定されており、レールからはずれることは敗北だと思い込まされています。ましてや、ある程度歳をとってから、自らの生き方を顧みることなど土台無理なのです。

                                           

                                           

                                           

                                          私は2016年のブログ「自壊する日本の高学歴『エリート』たち」の中で次のように書きました。

                                           

                                           

                                          「人はどんな家に生まれるか、どんな親のもとに生まれるかを選ぶことはできません。つまり人間は、たまたまある時代のある「場所」に生まれてくる存在なのです。これが人間の動かしようのない現実です。自分の力ではいかんともしがたい命を宿して、人はこの世に生きているのですね。宿命ということばが生まれたゆえんです。

                                           

                                           

                                          ところが、世の中には、名門の家に生まれたことを特権だと思っている人間がいます。家柄を自慢し、他人を見下します。自分の努力で手に入れたわけではなく、ただその家に生まれたというだけで自分を特別な存在だと考えているので、他人を従えて当然だ、自分にはその資格があると勝手に思い込むようになります。

                                           

                                           

                                          この種の自己愛は、自分の境遇が偶然によってもたらされたことを忘れさせ、家に対する歪んだ誇りを生み出します。「自分の家」に対する誇りは「自分の国」へと拡大されます。「国家のブランド化」です。その結果、ブランドを批判する人間を躍起になって否定し排除します。歪んだ誇りは愛国心を強要するようになります。

                                           

                                           

                                          彼らの愛国心は、偶然の条件を根拠にしているので、何ら説得力を持ちません。自分では当然だと思っているものを他人が拒否するのはおかしいと考えるのです。ガキのレベルですね。そうなれば権力を利用して強制するしかありません。あるいは、外敵をでっちあげ、敵愾心や恐怖心をあおることしかできないのです。

                                           

                                           

                                          それに対して、「自分はたまたま名家に生まれついたにすぎない。だから、その幸運を忘れることなく、それに見合うだけの努力をして、周りから尊敬される家にしよう」「いや、自分の家をよくするだけではなく、周りの人たちにもその恩恵に浴してもらおう。それが自分の義務であり、自分が生きている意味だ」と考える人もいます。

                                           

                                           

                                          後者が本来のエリートと呼ぶべき存在であり、その考えはノブレスオブリージュ(高貴なるものの義務)と呼ばれています。彼らは愛国心を他人に強要しません。自らが義務を果たすことで、その結果として、愛国心が生まれるということを分かっているからです。こういう人間が支配層にいる国は大きな誤りをおかしません。」と。

                                           

                                          「自壊する日本の高学歴『エリート』たち」

                                          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=279

                                           

                                           

                                           

                                          ちなみに大分市中春日町にあるY田ゼミ塾長氏は4月19日のツイッタ―で次のように吠えています。

                                           

                                          「女を武器に食事をおごってもらい、そして酔わせてその場でのセクハラ発言を録音する。そしてセクハラされたと大声で訴えて財務次官を辞めさせる。それがテレビ朝日の女性社員の手口だろう。完全なハニートラップじゃないか!この進優子(テレビ朝日)がハニートラップを仕掛けたのか。2人っきりで何度も食事に行っておいてセクハラだと?バカか!」

                                           

                                           

                                          しかも、この塾長、女性記者の顔写真までアップしています。私が最も軽蔑するのは、権威や権力に服従し一体化することで自分の価値まで高まったように錯覚する人格なき臆病者です。いやはや、この御仁に人権感覚を期待するのは無理だとしても、こんなネトウヨ教師に教えてもらっている生徒が余りに気の毒です。

                                           

                                           

                                          | 政治 | 14:32 | comments(0) | - |
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