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卑怯者の島: 戦後70年特別企画
卑怯者の島: 戦後70年特別企画 (JUGEMレビュー »)
小林 よしのり
2015年に読み、感動した本(漫画)です。個人的には、これは小林よしのりの最高傑作だと思っています。『堕落論』とあわせて読んでほしいと思います。左右に関係なく、あなたが絶えず仮の足場を求めて思考を継続する意思を持つなら、避けて通れない著作です。
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日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業  DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号
日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業 DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号 (JUGEMレビュー »)
広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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知識人とは何か (平凡社ライブラリー)
知識人とは何か (平凡社ライブラリー) (JUGEMレビュー »)
エドワード・W. サイード
いわゆる「知識人」なるものが絶滅して久しい。しかし、サイードの言う知識人の定義は時代がどんなに変わっても常に新しい。「知識人とは亡命者にして周辺的存在であり、またアマチュアであり、さらには権力に対して真実を語ろうとする言葉の使い手である」高校生や大学生にはぜひとも読んでほしい本です。
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磯崎新と藤森照信の茶席建築談議
磯崎新と藤森照信の茶席建築談議 (JUGEMレビュー »)
磯崎 新,藤森 照信
この本は茶室を巡る様々な建築的発想・知識の宝庫です。それにしても磯崎新氏の驚くべき記憶力と該博な知識には驚かさされます。建築史を語るには欠かせない二人の対談です。時がたつのを忘れさせるほどの面白さでした。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
チャヴ 弱者を敵視する社会 (JUGEMレビュー »)
オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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フェイクニュースの見分け方 (新潮新書)
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烏賀陽 弘道
私は政治的な言葉と詩的言語の間を、その振幅が大きいがゆえに、往復することによって精神を活性化させています。政治的な文章を読むときに気をつけていることは、ファクトとオピニオンを区別することです。これはイロハのイだと思っていたのですが、今はお互い罵詈雑言の投げつけ合いで、言論空間がいびつになっています。これは今の政治を反映したものでしょう。菅官房長官が「問題ない」「その指摘は当たらない」などといったコミュニケーション遮断語を頻繁に使いだしてから、この傾向は加速しています。言論空間のゆがみを正し、正常な論争が復活することがあるのでしょうか。地に足がついた生き方をしたいなら、まず気分に流されず、事実を見極めることから始めなければなりません。事実を提示しないジャーナリストは、ジャーナリストではありません。そのことを確認するためにも本書は必読です。本物の読解力をつけたいと考えている中高生には特にお勧めです。
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 (JUGEMレビュー »)

紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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チェンジング・ブルー――気候変動の謎に迫る (岩波現代文庫)
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大河内 直彦
アインシュタインの名言のひとつに、「過去から学び、今日のために生き、未来に対して希望をもつ。大切なことは、何も疑問を持たない状態に陥らないことである。」があります。
本書は文系・理系を問わず、高校生や大学生必読の本です。単に気候の科学を紹介しただけではなく、科学者たちのさまざまな逸話を紹介しながら、科学における知識・研究の積み重ねの重要性を教えてくれます。この本にのめり込むかどうかが、あなたの知性のリトマス試験紙になります。受験勉強的発想の狭隘な世界観を粉砕してくれるかもしれません。
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見て見ぬふりをする社会
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柳澤 協二,伊勢崎 賢治,加藤 朗
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英語の実際的研究 (1969年)
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秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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安倍首相から「日本」を取り戻せ! !
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泥 憲和
まともな言説は、誰にでもわかる易しい言葉で書かれています。そして、それが本物であればあるだけ、真実を直視する勇気のない、臆病者からバッシングを受けます。安倍政権や維新の会のヤクザ議員からバッシングを受けない言説は何のインパクトもない、ニセモノだと言ってもいいくらいです。泥さんの発言は、間違いなく政権にとって都合の悪いものだったのです。表紙の写真はコワいですが、この本を読めば泥さんの優しい心根に触れることができます。
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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日本力
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松岡正剛,エバレット・ブラウン
テレビを始めとするメディアを通じて、何かといえば日本はスゴイ!と叫んでいる、あるいは叫ばないと身が持たない人たちに読んでもらいたい本です。だってそれは日本人がまともな思考をしてこなかった、今もできていないことの裏返しでしかありませんからね。日本スゴイと叫んでいる人を見ると、自分が持っている劣等感をこんな形でしか表現できないのかと思って気の毒になります。日本スゴイ!だからどうしたの?あなたは何をやりたいわけ?
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佐藤 正明
今の政治状況に対して、まともに反応すればするほど、こちらがアホに思えてきます。正面突破は犠牲者が出るだけでなく、精神的にも疲労困憊しますからね。こういう時代の表現方法は、もはや風刺とブラックジョークしか残っていない気がします。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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生前退位をめぐる安倍首相の策謀 (宝島社新書)
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五味 洋治
天皇陛下が去年8月のお言葉で一番国民に伝えたかったのは、一言で言うと安倍首相の改憲を許してはならない、ということだったのです。それはブログでも再三書いてきましたが、今上天皇の20年にわたる慰霊の旅や国民に寄り添う姿勢が何よりそのことを証明しています。普通の読解力があれば分かることです。しかし、安倍首相には肝心の読解力がありません。安倍首相は今上天皇の思いを、単なる生前退位の「制度上の問題」にしてしまったのです。これは明らかな策謀です。国民は今一度、天皇陛下のメッセージに真剣に耳を傾けるべきです。
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教育の論理―文部省廃止論 (講談社文庫)
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羽仁 五郎
1979年、今から38年前に出版されたこの本を読み返しました。そして愕然としました。羽仁五郎が指摘したことがますますリアリティーをもって、前景化しています。福沢諭吉も言うように文部科学省はいらないのです。教育関係者は、自らの原点に戻るため、この本を読むべきです。
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服従
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ミシェル ウエルベック
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排除と抵抗の郊外: フランス〈移民〉集住地域の形成と変容
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森 千香子
第16回大仏次郎論壇賞を受賞した本作は、従来時間軸で論じてきた社会学の手法に、パリ郊外というエスニック・マイノリティーが住む「空間」を突きつけ、彼らがなぜグローバルテロリズムに追い込まれるのかを明らかにしたものです。

一読し感銘を受けました。問いを生きるという学問の原点が、彼女のフィールドワークにつながり、「移民たちは、彼ら自身に問題があるのだという視線を注がれていました。でも実際には、多数派による差別が問題を生み出していた。問題は社会の側にあったのです」と結論付けます。

この著作は日本社会のみならず、世界のこれからを考えるのに、大いに役立ちます。これぞ学問と言えるものです。『シャルリとは誰か? 人種差別と没落する西欧 』とあわせて読むことを勧めます。
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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被災の思想 難死の思想
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小田 実
若い人は彼の仕事も、名前すら知らない人もいるでしょう。来年で没後10年になります。彼が生きていたら、3・11をどうとらえ、どう表現していたか。それを見たかったし、彼の発言を聞きたかった、とつくづく思います。ジャーナリズムは劣化の一途をたどり、教育は非民主的な社会に適応できるように、こどもたちに真実を教えません。すべてのものには歴史があります。今ある世界が全てではなく、それを作り出した社会と人間の営みがあったのです。もし若い人が自由に生きようと思うのであれば、そして元気を出したければ、彼の著作を読んでみることです。『何でも見てやろう』でもいいですね。とにかく一冊手にとって見てください。そして彼の提示した問いに答えてみてください。
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アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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熊楠の星の時間 (講談社選書メチエ)
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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本間龍
こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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英語教育に携わる人は、一度この本を読んでみるべきではないでしょうか。言葉は悪いですが「英語ばか」がこの国には余りにも多すぎる気がします。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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経済学という自己正当化の道具、あるいは権力に寄生するための方便を分かりやすい言葉で暴露した本物の経済学の本。宇沢弘文氏の「社会的共通資本」と併せて読むことをすすめます。
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磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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桐野 夏生
権力も財力もない人間は、想像力を武器に戦うほかありません。以前ブログでも取り上げた『亡国記』とともに読むことをすすめます。
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文部科学省と財界は文系学部、特に社会思想を研究する学部を標的にして、その廃止を迫っている。これがどれだけ短慮で、バカげたことかヨーロッパの大学を見てみればよい。コンピテンス、要するに高速事務処理能力と記憶力を重視する理系学部さえあれば国は繁栄するという考え方です。文系学部は「結果を出せない」といいます。株式会社化をなりふりかまわず進めようとする国の中で、文系学部は穀つぶしだと映っているのでしょうね。この国の知性の劣化はとどまるところを知らないようです。
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私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
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本では土屋正雄氏の名訳が出ていますが、できれば英語で読んでもらいたい小説です。カズオ・イシグロの文章は読んでいてとても気持ちがいい。素晴らしい文体です。いつの間にか声に出して読んでいることがあります。ジョージ・オーエルと並んで私が最も好きな海外の作家です。彼が書くような英語を書きたいですし、彼のように考え、話したいものです。DVDを見た後は、是非小説も読んでください。
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もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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長谷川 宏
著者は私と同じく学習塾を営む在野の哲学者。私が塾を始めた時、著者の『赤門塾通信』を読み、励まされました。

上下2巻で、結構なヴォリュームですが、やっと読み終わりました。今改めて日本の精神史をたどりなおしたいと考えている人には、ぜひ勧めたいと思います。感想は又いつか別の機会に。
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小林秀雄は、私を文学や哲学の世界にいざなってくれた恩人です。彼と岡潔との対談です。
この本を理解できる政治家はおそらくいません。いたら、絶滅危惧種でしょう。
小林秀雄、岡潔、鈴木大拙のような人間はもう出てこないでしょうね。こういう人間を生み出す土壌が日本にはなくなりました。
代わりに登場してきたのが、橋下徹やホリエモンこと堀江貴史といった、マスコミによって改革の旗手と持ち上げられたマネー資本主義の申し子たちです。
感情を劣化させた人間が幅を利かせる社会は、効率を追求し、競争を加速させるだけの生きづらい社会です。日本社会はどうしようもなく劣化が進んでいます。
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教育で最も大切であるにもかかわらず、多くの人が忘れているのが感情教育です。世界的数学者・岡潔のことばでは「情緒」ということになります。普通、情緒とは正反対にあると考えられている数学のような学問で、ブレイクスルーをもたらすものは「情緒」だと岡潔は言います。今回読み直してみて、その深い洞察力と、そこから出てくるみずみずしい感性と新しさに、改めて驚かされました。

こどもの将来を本当に考える親なら、あれこれ参考書を買い与えるより、是非この本を読むことをすすめます。私たちが失ったものの価値が分かり、呆然とするはずです。

この本を読んで何も感じなかったらどうするのか?
残念ですが、どうしようもありませんね。これまで通り、自分の信じる道をお進みください。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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二つの映画をハシゴしました。
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    昨日3月31日土曜日、パークプレイスで午後7時から、封切られたばかりの映画『ペンタゴン・ペーパーズ』を観ました。そして、今日はシネマ5bizで『ザ・シークレットマン』を観ました。間に『大統領の陰謀』が挟まっていれば言うことはなかったのですが、なにせ1976年制作の映画ですから、それはない物ねだりでしょう。

     

     

     

    ブログでも何度も書きましたが、1970年代は、まだ報道の自由、表現の自由が国家にとって致命的に重要だということを認識していた新聞人がいたのです。報道の自由が民主主義を支えていること、ひいては国家間の戦争を回避するためになくてはならないものだということを、骨の髄から分かっている報道人がいたのです。

     

     

     

    なぜなら、文書の隠蔽・偽造によってアメリカの若者50万人以上がベトナムで命を落とし、女性や子供を含む100万人以上のベトナム人が殺されたのですから。文書の隠蔽・偽造が国家を内部から腐らせ、やがては崩壊につながること、つまり国民が政府によって殺されることは自明なのです。

     

     

     

    今の日本の若者はベトナム戦争がでっち上げによって始まったことを知っているでしょうか。それが私たちの世界に何をもたらしたかを含めて学習しているでしょうか。もちろんイラク戦争や湾岸戦争もしかりです。私はすでに『現代の戦争に偶発はない。すべて営利行為である』と書きました。

     

     

     

    『大統領の陰謀』は、ワシントンポストでウォーターゲイト事件を調査していた駆け出しの記者(映画ではダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードが演じていました)が、ニクソン大統領の指示があったことを突き止め、それをワシントンポストが社運をかけて守る、つまり報道の自由に命をかけた新聞人の気概を描いた映画です。

     

     

     

     

     

     

    今回2本の映画をハシゴしようと思ったのも、『大統領の陰謀』を観ていたからです。政治に深く思いを致したことのない人が、素朴にこの2本の映画を観たらどう思うでしょうか。それが知りたくて妻とハシゴしたのですが、「権力は人の命なんて何とも思っていないことがわかる。今の日本とそっくりというか、日本のことが描かれているわね」という感想でした。おそらく頭のいかれたネトウヨを除けば、ほとんどの人は妻と同じ感想を持つのではないでしょうか。

     

     

     

    森友事件、いやアッキード疑獄を扱った昨日の報道特集で、フランス「ル・フィガロ」のレジス特派員が言っています。「私が非常に心配しているのは、スキャンダルそのものよりむしろスキャンダルへの対応です。もしこれがフランスであれば処罰の実行などもっと早く対応すると思います。そして時の政権は崩壊するでしょう。事件に自殺が絡んでいる場合は特に」と。

     

     

     

    国会答弁のために財務官僚が公文書を組織的に捏造することがどれほど重大な犯罪なのか、国家に対する裏切りなのかを、当の財務大臣はもとより安倍首相がまったく分かっていません。それが明らかになったあとも内閣が倒れないのですから、手の施しようがないほどの腐敗というか虚無が私たちの間に広がっているということです。

     

    | 読書・映画 | 22:06 | comments(0) | - |
    記念すべき日に心に残る映画を観る。
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      今日3月9日は高校入試の合格発表でした。上野丘、舞鶴、高専を始め、全員が合格しました。そこへ気になっていたMさんから、熊本大学に合格したとの知らせが入りました。6年間通ってきてくれた彼女ともこれでお別れです。そういうわけで、中学部・高校部ともに全員が晴れて新しい出発となりました。

       

       

      歳のせいでしょうか、こどもたちが次のステップへ小さな一歩を踏み出せたという、ただそれだけのことが最近はとても嬉しいのです。

       

       

      今の私はマリナーズに復帰が決まったイチロー選手の心境です。三十年以上にわたって未来塾を支えて下さった地域の皆さんに、これまでの経験を生かして、残りの塾教師人生のすべてを捧げたいと考えています。

       

       

      肩の荷が下りたせいでしょうか、心も軽くなり、午後からシネマ5bisへ行きました。観たい映画があったからです。

       

      途中からもしやと思った一点に向けてストーリが展開して行き、結末へ近づくにつれ涙が止まらなくなりました。いい歳をした大の男の心をこれほど揺さぶるとは、映画は本当に素晴らしい芸術です。上映期間はあと一週間です。 

       

       

      『ローズの秘密の頁(ページ)』

       

      “人生は虚しくても、愛を知れば真実が見えるはず。”

       

       

       

       

      | 読書・映画 | 23:38 | comments(0) | - |
      失われた感情をどうすれば再生できるのか。
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        昨夜『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』を観ました。「ダラス・バイヤーズクラブ」のジャン=マルク・ヴァレ監督が、『ナイトクローラー』でずば抜けた演技力を示したジェイク・ギレンホールを主演に作った映画です。

         

         

        『ナイトクローラー』は素晴らしい映画でした。一昔前なら、才能ある作家が想像力を駆使して描く文学作品のようでした。根底に痛烈なメディア批判があり、現代社会がいかにメディア(特にテレビ)によってコントールされているかをあぶり出す手法は見事でした。

         

         

        さて、『雨の日は会えない、晴れた日は君を想う』ですが、この映画は細部が素晴らしい。登場人物、風景、挙げればきりがありません。

         

         

         

        ウォール街のエリート金融マン、ディヴィス(ジェイク・ギレンホール)は、誰もが羨む成功した暮らしを送っています。ところが、妻と二人で乗っていた車が交通事故に遭い、妻が死亡します。しかし彼は、その事実をどこか遠い世界の出来事のように感じるだけで、涙も出ず、感情を動かされることもありません。

         

         

        この映画は、その彼が感情を取り戻すまでの過程を描いたものです。いったん失われた感情を取り戻すのは、簡単にできることではありません。それまでの人生を根底から「破壊」せずにはできないことです。この映画の原題が『Demolition(破壊)』となっているゆえんです。

         

         

        映画は「破壊」という派手なシーンを中心に、一見するとわけのわからない話が展開します。しかし、この監督はあちこちに感動的なシーンを織り込み、無秩序に思える話にきっちりとオチをつけ、時代に合ったテーマを忍び込ませます。

         

         

        そのわけのわからない話のひとつが、妻が死亡した日、病院の故障した自動販売機へのクレームを延々と手紙にしたため自販機の会社に送る主人公の行為です。この着想が素晴らしい。この時点で、この映画は成功したと思いました。それがきっかけで知り合ったカスタマーサービスの女性(ナオミ・ワッツ)と子供との奇妙な交流がなければ、主人公が感情を取り戻せたかどうかわかりません。

         

         

        要するに、この映画のメインテーマは、これまでブログで何度も言及してきたものでした。『ROOM』と同じく、人間は、閉ざされた世界からいかにして解放されるのかという視点から描かれているのです。

         

         

        正直に告白すると、いい歳をして最後のシーンで少し涙ぐんでしまいました。「泣かせる映画」にうんざりしていたので、少し救われた気持ちになりました。

        | 読書・映画 | 12:20 | comments(2) | - |
        マーティン・スコセッシ監督の『沈黙』を見る。
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          ようやく少し時間ができたので、マーティン・スコセッシ監督の作品『沈黙』を見ました。私はもともと宗教的感受性が乏しいせいか、この映画がいまひとつ分かりませんでした。俳優の熱演が空回りしているようで、あまり感情移入できる人物もいなかったのです。

           

           

           

           

          そもそも、日本の田舎の貧しい中流家庭で、すなわち文化とは縁のない環境で自然を相手に幼少年期を送り、空想にふけってばかりいた私のような人間にキリスト教が分かるはずもないのです。キリスト教美術や建築に惹かれることはあっても、それらを生みだしたキリスト信仰という段になると、途端に分からなくなります。

           

           

          というか、一人の人物に絶対的に帰依するには、世界はあまりにも多様で奥が深く魅力に満ちています。以前にも書きましたが、この世の中に絶対的な真実などありません。それがどこかにあると信じる思いが強ければ強いほど、カリスマ性のある人物に「絶対的な真実」を告げられた時、自分の判断や行動を全面的に預けてしまいがちになります。そういう教団が乱立し、互いに正統性を競い合えば、おびただしい血が流れるのは避けようがありません。

           

           

          『私たちは暫定的な足場をたよりに考えるほかない存在である。』

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=365

           

           

           

          ではどうすればよいのか。私は、朝起きて顔を洗い、歯を磨き、清潔な服を着て深呼吸するように、暫定的な仮の足場を頼りに思考を深め、忍耐強く前に進むのが人間の<生>そのものだと考えています。

           

           

          やがて、仮の足場が仮にでも固定する瞬間がやってきます。すなわち、誰のどういう情報ならば信頼できるかというある程度客観的な基準ができあがるのです。その瞬間こそが、自分の存在と世界との新しい関係を手にする瞬間です。信頼に値する他者とは、いつ崩れるかわからない不安定な相互信頼の中で価値の相克に悩みながらも、常に比較と試行錯誤を続けている人です。

           

           

          『沈黙』に戻りますが、この映画を見て改めて考えたことがあります。それは、偶像に依存する信仰は、逆に偶像を信仰の「踏み絵」として利用されれば、簡単に揺らいでしまうということです。偶像に頼らない信仰であれば、偶像を足で踏むことを強いられても、葛藤に苦しむ必要はありません。偶像を足で踏むことと信仰は直結しないはずです。

           

           

          「面従腹背」「仮装された順応主義」は、何ら倫理的に責められることではなく、むしろ信仰を守りぬくための柔軟でしたたかな戦略だととらえるべきです。その意味で、何度も偶像を足で踏み、それでも毎回改悛して信仰を持ち続け、完全な「悪」に染まらず生き延びるキチジロー(窪塚洋介)こそが、内面で完結する信仰を体現しているようにも見えました。

           

           

          そうはいうものの、人間は弱い存在です。日々の暮らしに何の希望も持てず、絶望の中で生きるしかない人々にとって、「偶像」こそが、弱い心を支えるために必要な、かけがえのない「精神の拠り所」になっていたのかもしれません。この映画の最後のシーンが、手の中に隠れるほどの小さい十字架だったのは、人間の弱さとともに、偶像のない信仰の難しさを象徴していたのかもしれません。

           

          | 読書・映画 | 23:35 | comments(0) | - |
          平和な日曜日に、『標的の島・風かたか』を観る。
          0

            自民・公明・維新で週明けにも共謀罪を強行採決するというのは、どうやらデマだったようです。ブログでも既成事実のように書きましたが、私の早とちりでした。なぜか。今朝の朝日新聞をご覧ください。どこを見ても、共謀罪という文字がありません。(いや、ありました。右隅に目立たないように。誰の目に入らないようにしているのでしょうか。しかも、どういうわけか『いまウケるバブル文化』という見出しの下にありました。)

             

             

            言うまでもなく共謀罪は平成の治安維持法であり、可決すれば言論で飯を食っている朝日新聞の存在そのものが否定されかねない代物です。

             

             

            そもそも、新聞社は、言論出版の自由を守り抜くことによって、民主主義を機能させるという重大な使命を負っているはずです。やむにやまれず、少数者が声を上げた時、権力がその声を圧殺しないようにそれを採り上げ、広く国民に知らせて、一部の好戦的なバカがこの国を好き勝手にすることをやめさせるという崇高な仕事を担っているはずです。

             

             

            したがって、共謀罪が強行採決される可能性があれば、社運をかけて連日一面で反対の論陣を張るはずです。日本の政治が大きく変質し、取り返しのつかないことになる、まさに歴史の分水嶺に直面しているのですから。でも、今日の朝日新聞の一面を見ると、平和そのものですね。これが強行採決はデマだと判断した理由です。(あの〜、これは皮肉なんですが・・・。分かってもらえてますよね。)

             

             

            そういうわけで、平和を絵にかいたような今日、久しぶりにシネマ5bisで映画を見てきました。『標的の島・風かたか』です。 監督は三上智恵です。『標的の村』の監督ですね。

             

             

             

            本土でのほほんと暮らしている限り、決して私たちの視界に入って来ない沖縄の人々の戦いを描いた映画です。今度の金曜日、5月19日までの一週間限定の公開です

             

             

             

             

             

             

            この映画について、あれこれコメントしたくはありません。すでにブログ「『標的の村』−2016年7月22日の日本」でも書きました。

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=207

             

             

            ただ、私たちは人生の中で、一冊の本に出会ったことで覚醒する、つまり自分自身の人生を生きるきっかけになる本に出会うことがあります。その本を読まないことで何が失われるかと言えば、知識や情報が失われるのではなく、一つの世界を丸ごと失うのです。この映画がそんな映画になるかどうか・・・。興味のある方は是非観に行って下さい。

             

             

            ところで、今回、『標的の島・風かたか』を見ながら、安倍政権の横暴に対する怒りよりも、闘っている人たちをうらやましいと感じている自分を発見しました。壮絶な闘いが繰り広げられているにもかかわらず、思わず笑みがこぼれる瞬間があったのです。そして、映画を見終わった後、どこか癒されたような気になっていました。

             

             

            それは、闘っている人たちの表情や彼らを支えている沖縄の文化が私の中で重要な意味をもってきたからだと思います。不屈の魂や闘うエネルギーがどこから湧いてくるのか。それは旧世代から若い世代へと文化や経験を伝承する「水路」が健在だからです。

             

             

            そして、若い人たちは「水路」を守る意味を理解しています。「自分の人生はそのために捧げる。自分はそこから生まれてきたのだから。たまたま今は闘いという形になっているけれど、自分を育んでくれた文化に誇りを持っている。だから伝えたい。そこから力をもらっているのだから」と言っているようです。

             

             

            沖縄の文化は、古くから伝わる歌と踊りと三線が混然一体となったものです。それに、先の大戦で味わった地獄の恐怖と捨て石にされた屈辱を次の世代には絶対に味わわせたくないという強い思いが加わります。独特のメロディーと方言が風に乗ってどこまでも響いていきます。それは戦争経済を下支えする東京を中心とするバブル文化とは全く異質の文化です。はからずも、それは、「経験」の伝承を見下し、侮蔑することで手に入れた文化の貧困を映し出しているのです。

             

             

            そもそも、人類はずっと、古い世代から若い世代へと「経験」を伝え、それを生きる教訓とすることで存続してきました。たとえば学校や書物を通して獲得した知識は、そのままでは、各人が人生で出会う切実な問題とは関係がない迂遠なものにとどまります。しかし、「経験」という回路を通過させることによって、それは生きるための知恵となります。

             

             

            ところが、現代社会では、「経験」として伝えられていたことが、通信技術の発展によって「情報」として流通し、あっという間に消費されてしまいます。「情報」ではなく「経験」を伝えるためには、お互いが成長するのを待たなければなりません。時間がかかります。しかし、「経験」こそが、固有の文化と人格を作り上げるのに必要なものです。

             

             

            沖縄には「経験」を伝える文化があります。それを枯渇させない固有の言葉があります。そして、悲劇にいろどられた歴史があります。それは、権力者がどんなに捏造しようとしても捏造することのできない歴史です。

             

            | 読書・映画 | 20:16 | comments(0) | - |
            日本映画の金字塔 『リップヴァンウィンクルの花嫁』
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              高校生のとき、ワシントン・アービングの短編集『スケッチブック』の中の「リップ・ヴァン・ウィンクル」を読んだことがあります。確か英語の授業で原文のテキストを使って読みました。当時の上野丘高校は、まだ英語の授業で文学作品を読む余裕があったのです。

               

               

              高校を卒業して、慣れない都会で浪人生活を送っていた時、書店でハードカバーの『リップ・ヴァン・ウィンクル』を見つけました。表紙のイラストがその奇妙な話の中身にぴったりだったので、思わず買ってしまったことを覚えています。

               

               

              そんな思い出があったせいでしょうか、『リップヴァンウィンクルの花嫁』という題名に惹かれてこの映画を見たのは今年になってからです。主人公・皆川七海役の黒木華、里中真白役のCocco、そして安室役の綾野剛の演技が際立っていました。

               

               

               

              この映画が表現しようとした世界は、まさに現代の日本社会そのものです。あらゆるものが、愛さえもが等価交換的なつじつま合わせに利用される救いのない世界で、主人公の皆川七海は里中真白に出会います。里中真白は等価交換が支える社会の中で贈与の価値を信じている人間として描かれています。

               

               

              ネタばれになるので詳しく書けませんが、里中真白はある意図を持って皆川七海に出会います。それの仲介役が安室です。安室は何でも屋で、どんな仕事でもこなします。が、それは生きていくための仮の姿で、実はそうでもしなければ現実をやり過ごすことができないほど繊細な魂を持っています。

               

               

              岩井俊二監督がこの映画に『リップヴァンウィンクルの花嫁』という題名をつけたのは、まさに慧眼です。もちろんリップヴァンウィンクルは里中真白であり、花嫁は皆川七海です。この二人の女性が、架空の指輪交換で疑似結婚した後、ウエディングドレスを着たままベッドで戯れるシーンがあります。そこで真白は語り始めます。

               

               

              あたしね コンビニとかスーパーとかで買い物しているとき お店の人があたしの買った物をせっせと袋に入れてくれてるときにさ あたしなんかのためにその手がせっせと動いてくれてるんだよ あたしなんかのためにお菓子やお惣菜なんかを袋につめてくれてるわけ それを見てると胸がギュッとして泣きたくなる あたしには幸せの限界があるの 誰よりも早く限界がくる ありんこよりも早く だってこの世界はさ 幸せだらけなんだよ みんながよくしてくれるんだ 宅配便のおやじはあたしがここって言ったところまで運んでくれるし・・・こんな簡単に幸せが手に入ったらあたし壊れるから だから せめておカネ払って買うのが楽 おカネってそのためにあるんだよ 人の真心ややさしさがはっきり見えたら ありがたくてありがたくて壊れちゃうよ だからそれをおカネに置き換えて 見なかったことにするんだ だからこの世界は本当はやさしいんだよ

               

               

              この映画は、ギリシャ悲劇を下敷きに、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』や『機動戦士ガンダム』そして『リップ・ヴァン・ウィンクル』を踏まえていることが分かります。それにモーツァルト、バッハ、メンデルスゾーンの曲が、『銀河鉄道の夜』さながらに異世界の雰囲気を醸し出します。

               

               

              映画という表現手段がなぜあるのか、その問いに対する解答はこの映画の中にすべてあります。それほどこの映画はすばらしい。おそらく、今の世界(日本社会)には救いがないと気づくことによって逆に救われるしかないのだ、ということを、異能の岩井監督が描き切った作品だと思います。去年の世界の映画界の中でもベストワンの作品だと思います。私は180分という長い時間、身じろぎもせず見入ってしまいました。尚、この映画はネットで無料公開されています。

               

              | 読書・映画 | 15:10 | comments(0) | - |
              おすすめの映画『刑事ジョン・ブック −目撃者』
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                今回紹介する映画は『刑事ジョン・ブック 目撃者』です。ソ連のチェルノブイリ原発事故の1年前、1985年に撮られた映画です。主演はハリソン・フォード。監督はピーター・ウィアー。1989年の『いまを生きる』の監督です。

                 

                 

                 

                                    

                年末年始のテレビ番組は見ないことにしているので、代わりに、私のDVDライブラリーから選んで見たのがこの映画です。見た後、とてもすがすがしい気持ちになりました。30年以上前の映画ですが、まったく古さを感じさせず、引き込まれてしまいました。

                 

                 

                ちなみに、刑事役のハリソン・フォードが素晴らしい。彼が主演した映画は多いですが、この映画は彼の魅力を最大限に引き出しています。

                 

                 

                私がすがすがしさを感じたのは、文明批評とサスペンスの取り合わせが見事だったからです。そこに、愛し合う男女の別れがからみます。それぞれが生きている世界を捨てられない理由が、宿命的なものとして納得できるのです。そういう意味では、すがすがしさよりも、せつなさが残る映画かもしれません。是非ご覧になることを勧めます。

                 

                 

                ところで、この映画で大きな役割を果たしているのが、アーミッシュの村です。この映画の本当の主人公はアーミッシュの村だと言ってもいいくらいです。

                 

                 

                アーミッシュは、歴史的にはヨーロッパで迫害にあったドイツ系のキリスト教宗教改革の急進派で、教会を持たず、実際の生活の中で聖書に書いてあるとおりに生きることを目指している熱心なキリスト教徒です。

                 

                 

                ニューヨークの西、ペンシルベニア州からカナダにいたるまでの20州にわたり、広い範囲にアーミッシュは住んでいます。十数万人の人口があり、大多数が農業に従事し、今でもその生き方に共感する人がいて、人口が増加しているそうです。

                 

                 

                アーミッシュにはルールがあり、車を所有できません。代わりに馬車に乗って移動します。プロパンガスは使ってもいいのですが電気をつかってはいけません。電話を家に引くことも許されません。文明の利器がアーミッシュの村では役に立たないどころか、かえって弱点をさらけ出します。ピーター・ウィアー監督は、それを巧みに描いています。

                 

                 

                あらすじを簡単に紹介しておきます。この映画は、ネタばれしても十分に楽しめる映画です。

                 

                 

                舞台は1984年、ペンシルベニア州。


                アーミッシュの村に住むレイチェルは夫を亡くし、幼い息子のサミュエルを連れて姉を訪ねます。列車に乗る2人を見送る義父のイーライが「イギリス人に気をつけろ」と言います。「イギリス人」とは、アーミッシュ以外のアメリカ人の総称です。

                 

                乗り継ぎのフィラデルフィア駅のトイレに入ったサミュエルは、1人の男が2人組の男に殺されるのをトイレの中から偶然目撃します。殺された男は警官でした。

                 

                担当刑事のジョン・ブック(ハリソン・フォード)は犯人捜しに協力させるために二人を強引に警察署に連れて行き、サミュエルに容疑者の面通しをさせます。その時、警察署に飾られている表彰写真を見たサミュエルは、それが犯人だと指さします。そこに写っていた人物は、麻薬課のマクフィー刑事でした。

                 

                ジョンはシェイファー本部長の自宅を訪ねてマクフィー刑事が保管庫に押収した2200万ドル分の麻薬を横領していたことを報告しますが、その直後に駐車場でマクフィー刑事に襲われ腹部を撃たれます。本部長も麻薬横領に関わっていたのです。

                 

                ジョンはレイチェルとサミュエルを車に乗せて意識がもうろうとなる中、なんとか故郷の村まで送り届けます。そこはアーミッシュの村でした。

                 

                気を失った後、意識を取り戻したジョンは、サミュエルの命が危ないから病院や警察に知らせてはいけないとレイチェルに言います。幸い弾は脇腹を貫通していたので、レイチェルの手厚い看病でジョンは次第に回復しました。

                 

                本部長は必死にジョンたちの行方を捜していましたが、閉鎖的で電話も持たないアーミッシュの捜索は困難でした。街まで行ったジョンは相棒のカーター刑事に電話しますが、本部長が黒幕なのでカーターも動きが取れず、しばらく隠れているようにとジョンに指示します。

                 

                動けるようになったジョンはアーミッシュの服装をして乳搾りなどの仕事を手伝わされます。村人たちはよそ者のジョンを警戒し、特にレイチェルに好意を寄せているダニエルはジョンを邪魔者扱いします。

                 

                レイチェルにとってジョンは無礼で乱暴な「イギリス人」でしたが、一緒に暮らすうちに打ち解け、カーラジオから流れる音楽に合わせ2人は手を取り、笑い合って踊ります。しかしそれを見た義父のイーライは、レイチェルが掟を破ろうとしていると強く戒めます。

                 

                ある日、ジョンは村中の人が集まって新婚夫婦のために納屋を建てる作業を手伝います。
                組み立てが済んだ壁の木組みを四方から起こして、あっという間に納屋が出来上がって行きます。このシーンはこの映画の中でも特に美しいですね。力を合わせて作業しているうちに、いつしか村人たちとジョンには連帯感が生まれて来ます。

                 

                さすがに昔大工をしていたこともあるハリソン・フォードです。動きが板についています。右から二人目がハリソン・フォード演じるジョン・ブック。

                 

                 

                 

                作業が終わった後、めいめいが家路につくシーン。

                 

                 

                ジョンとレイチェルは互いに強く惹かれ合うようになりますが、二人の住む世界は違いすぎます。どちらかが自分の世界を捨てなければ結ばれることはできません。

                 

                街で電話をかけたジョンは、相棒のカーター刑事が殉職したことを知らされます。本部長が口封じで殺したのだと悟ったジョンは、街の通りでダニエルが観光客の男から執拗な嫌がらせを受けているのを見て怒りを抑えられずに男を殴ってしまいます。非暴力が掟のアーミッシュが暴力を振るったことは街の警官の耳に入り、そこから本部長に報告されてジョンの居場所が突き止められてしまいます。

                 

                ジョンは村を出る決心をしますが、翌朝本部長がマクフィーとファギーの2人の部下を連れてジョンを殺すために村にやって来ます。ジョンはファギーを穀物貯蔵庫に誘い込んで上から穀物を落して窒息させ銃を奪い、マクフィーを撃ち殺します。

                 

                本部長はレイチェルを人質にしてジョンに銃を捨てさせますが、サミュエルが鐘を鳴らし、それを聞いた村人たちが駆けつけます。さすがに本部長も村人全員の前でジョンを殺すことはできず、観念します。

                 

                事件は解決し、ジョンはレイチェルに強く想いを残しながらも自分の世界へと帰って行きます。その後ろ姿にイーライが声をかけます。
                「イギリス人に気をつけろよ」と。

                 

                | 読書・映画 | 21:59 | comments(0) | - |
                自壊する日本の高学歴「エリート」たち
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                  皆さんは『ライオット・クラブ(The Riot Club)』という映画をご存知でしょうか。2014年制作の映画ですが、日本では今年の夏公開され、今レンタル中です。監督は『17歳の肖像』の女性監督ロネ・シェルフィグです。

                   

                   

                   

                   

                  今夏、日本でも上映されたこの映画は、オックスフォード大学の2万人いる学生の中から選ばれた10人の超トップエリートだけがメンバーになれる秘密の会員制クラブ、ブリンドン・クラブの内幕を描いたものです。盛大な晩餐会や大学近辺のレストランを破壊する行為などでも知られています。元メンバーには英国の著名人もいます。

                   

                   

                  下の画像は1987年に撮影されたもの。ちなみに、△倭絢鸛蠅デーヴィッド・キャメロン氏、そして┐倭哀蹈鵐疋鷸堋垢埜什澆離瓮だ権で外務大臣を務めるボリス・ジョンソン氏です。二人ともパブリック・スクールの名門イートン校からオックスフォード大学に進学し、ブリンドン・クラブのメンバーだった英国政界の超エリートなのです。

                   

                   

                   

                  しかし、皮肉にも、二人とも先の国民投票で失脚しました。キャメロン氏は首相を辞し、ジョンソン氏も「敵前逃亡者」として首相の椅子は遠のきました。映画『ライオット・クラブ(The Riot Club)』は、架空のクラブながら、まさに上記のブリンドン・クラブそのものを描いた映画です。

                   

                   

                  上流階級・特権階級の俗物さ、汚さ、胸くそ悪さ、そして気高さをとことん描き出した作品となっています。イギリス社会、とりわけ政界はこのような人間たちが牛耳っているのです。現首相のテリーザ・メイ氏もオックスフォード卒ですが、ブリンドン・クラブのような特権階級とは無縁の人です。

                   

                   

                  私がこの映画に注目したのは、今年日本で立て続けに起きた事件を予告するものだったからです。

                   

                   

                  その事件とは以下の通りです。5月に東京大学の学生5人が強制わいせつの容疑で逮捕。10月には神奈川県警が慶応大学の学生ら4人を集団強姦の容疑で捜査。そして、11月21日、千葉大学医学部の学生3人と医師が、集団強姦致傷の容疑で千葉県警に逮捕された、というものです。

                   

                   

                  これは一部の不心得者が起こした事件だということで、世間から忘れられていくでしょう。しかし、この事件は日本の「エリート」たちの中で起こっている自壊現象を象徴するものだと思います。氷山の一角に過ぎないのです。

                   

                   

                  千葉大医学部のレイプ犯Aの家系は法曹関係者によると次のようなものでした。「Aの曽祖父は最高裁判事、弁護士会会長を務め、高祖父は衆院議員、司法次官を歴任するなど、華々しい経歴の持ち主です。Aの父親は弁護士として上場企業の社外監査役をこなし、実兄も2014年に弁護士として父親が代表の事務所に入所しています。高祖父から5代続く弁護士一家で、親戚にも著名な法律家や大学教授がゾロゾロいる。法曹界きっての名家といわれています」

                   

                   

                  当初千葉県警は、犯人の実名は捜査の都合上公表しないとしていました。それが数週間たって公表されました。「(公表しないようにとの)圧力はなかった」とのことです。それはそうでしょう。警察の情報網を使えば犯人の家系などたちどころにわかるはずです。わかったあと、これはまずい、千葉県警単独で捜査していいものかと考え、「上」と相談して「自主規制」することにしたのです。

                   

                   

                  犯罪者の捜査・処遇ですら、この国では上層部の意向を忖度して行われるのです。これは法の下の平等を定めた憲法14条に著しく反しています。

                   

                  憲法14条

                  1項:すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

                   

                   

                  人はどんな家に生まれるか、どんな親のもとに生まれるかを選ぶことはできません。つまり人間は、たまたまある時代のある「場所」に生まれてくる存在なのです。これが人間の動かしようのない現実です。自分の力ではいかんともしがたい命を宿して、人はこの世に生きているのですね。宿命ということばが生まれたゆえんです。

                   

                   

                  ところが、世の中には、名門の家に生まれたことを特権だと思っている人間がいます。家柄を自慢し、他人を見下します。自分の努力で手に入れたわけではなく、ただその家に生まれたというだけで自分を特別な存在だと考えていると、他人を従えて当然だ、自分にはその資格があると思い込むようになります。

                   

                   

                  この種の自己愛は、自分の境遇が偶然によってもたらされたことを忘れさせ、家に対する歪んだ誇りを生み出します。「自分の家」に対する誇りは「自分の国」へと拡大されます。「国家のブランド化」です。その結果、ブランドを批判する人間を躍起になって否定し排除します。歪んだ誇りは愛国心を強要するようになります。

                   

                   

                  彼らの愛国心は、偶然の条件を根拠にしているので、何ら説得力を持ちません。自分では当然だと思っているものを他人が拒否するのはおかしいと考えるのです。ガキのレベルですね。そうなれば権力を利用して強制するしかありません。あるいは、外敵をでっちあげ、敵愾心や恐怖心をあおることしかできないのです。

                   

                   

                  それに対して、「自分はたまたま名家に生まれついたにすぎない。だから、その幸運を忘れることなく、それに見合うだけの努力をして、周りから尊敬される家にしよう」「いや、自分の家をよくするだけではなく、周りの人たちにもその恩恵に浴してもらおう。それが自分の義務であり、自分が生きている意味だ」と考える人もいます。

                   

                   

                  後者が本来のエリートと呼ぶべき存在であり、その考えはノブレスオブリージュ(高貴なるものの義務)と呼ばれています。彼らは愛国心を他人に強要しません。自らが義務を果たすことで、その結果として、愛国心が生まれるということを分かっているからです。こういう人間が支配層にいる国は大きな誤りをおかしません。

                   

                   

                  わが国の「エリート」たちがよりどころにしているものは何か。彼らはどのようにして「エリート」になったのか、それは次回のブログに譲ります。いずれにせよ、ノブレスオブリージュを忘れた「エリート」たちは、自壊していく運命にあるのです。

                   

                  | 読書・映画 | 12:14 | comments(0) | - |
                  映画『ROOM』・人は世界とどう向き合うのか
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                    私は、人生のかなり早い時期から、ある問いを持ち続けています。それは、人間が生まれ、意識とことばを手に入れ、世界と向き合うということはどのようなことか、という問いです。

                     

                     

                    高校時代に小林秀雄に出会い、深い影響を受けました。なぜなら、彼こそが生涯をかけてこの問題に取り組んでいた人間だったからです。そのことは『未来塾通信41』http://www.segmirai.jp/essay_library/essay041.htmlにも書いています。

                     

                     

                    ですから、意識するしないにかかわらず、この問いと向き合うことを避け、ストーリーだけで読ませる小説や映画は私にとっては単なるエンターテインメントで、あまり印象に残りません。SFXを駆使して作られるハリウッド映画は時間がもったいなくて見る気がしません。『シンゴジラ』も安っぽいメタファー以外の何ものでもありませんでした。実に中途半端な終わり方で唖然としたのです。

                     

                     

                    それに比べて、今年の8月、大分のシネマ5で見た映画、『ROOM』はとても面白かったですね。今はDVDで見られます。

                     

                     

                     

                     

                    これはある部屋の話です。5才の男の子がその部屋で目覚めるところから始まります。ジャックという男の子で、女の子と区別がつかないような金髪のかわいい子です。その部屋は10平方メートルぐらいの部屋で、窓がひとつしかありません。しかも天井についている天窓だけです。そこからは、空しか見えません。

                     

                     

                    ジャックは生まれてから5年間、ただの一度もその狭い部屋から出たことがありません。ドアはありますが、重い鉄の扉で、ジャックは開いたところを見たこともありません。母親からは『この部屋の外には何もないんだ』とずっと教えられています。この部屋だけが世界の全てで、外には何もないんだと。

                     

                     

                    ただ、その部屋にはお風呂もあるし、水道も電気もテレビもあります。でも母親は『そこに映っているものは存在しないんだ』と言って聞かせます。一方で、ちゃんとこどもに本を読ませたり字を書かせたりして、熱心に教育をしています。

                     

                     

                    実は、母親のジョイは19才の時にニックという男に誘拐されて、彼が庭に作った小屋に監禁されて7年になるのです。ジャックはその男との間にできたこどもなのです。にもかかわらずこの凄惨な映画が、単なる監禁ものに堕していないのは、すべてが5歳のこどもの視点から描かれているからです。

                     

                     

                    5歳のこどもに感情移入することで、観客に、初めて世界を知っていく過程を、非常にわかりやすく追体験させます。世界が新鮮な、驚きの連続で広がっていきます。『あっ、世界ってこんなに素晴らしかったんだ!』ということを観客に改めて認識させるんですね。

                     

                     

                    ネタバレになるといけないので、ディテールについては割愛します。ただ、部屋から脱出することに成功した後、母親のジョイは世間の好奇の目にさらされて、精神的に追い詰められ自殺未遂を犯します。

                     

                     

                    無理もありません。人生のいちばん大切な19才からの、7年間を失っているのです。これからどうして生きていったらいいのか。世間の人間は皆、敵に見えます。人を本当に愛せるかどうかもわかりません。このあたりの描き方もすばらしい。なんだか切なくなってきますね。

                     

                     

                    こどもの生は未来に向かってどんどん開いていきます。閉じ込められていたため、世界を知らなかった人間が世界に目覚め、世界を知っていく。しかし、母親は部屋を脱出した後も、精神的には「部屋」から抜け出せません。

                     

                     

                    この映画はメタファーとしても成功していると思います。私たちは、社会的なシステム、特に会社や学校という「部屋」に監禁されているのではないのか。その世界がすべてで、その中で自己形成をしなければならなかった人間が、果たしてその「部屋」を相対化し、自由を獲得できるのだろうか、という問いを発しているように思えました。しかもその問いに対するヒントもちゃんと描かれています。

                     

                     

                    ことばと意識の関係など、この映画に触発されて考えたことを書き出せばきりがありません。書きたいことは山ほどあるのですが、長くなるのとネタバレになるのでがまんします。興味のある方は、是非映画をご覧ください。

                     

                    | 読書・映画 | 16:37 | comments(0) | - |
                    映画 『シチズンフォー|スノーデンの暴露』
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                      ジョシュア・オッペンハイマー監督の『アクト・オブ・キリング』と『ルック・オブ・サイレンス』はドキュメンタリー映画の最高傑作だと思っていました。ブログでも紹介しました。ところが今日(9月15日)大分のシネマ5で観た『シチズンフォー|スノーデンの暴露』は、それを上回る衝撃でした。第87回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞をはじめとして40もの賞を獲得しています。 またスクープ記事を掲載した英国誌ガーディアンはピューリッツア賞を受賞しました。

                       

                       

                      監督のローラ・ポイトラスは2013年1月、「Citizen Four」と名乗る人物から暗号化されたEメールを受け取ります。その人物はローラに対して、NSA(アメリカ国家安全保障局)が米国民の膨大な通信データを収集しており、政府当局が秘密裏で行っている違法の盗聴行為について、内部情報を伝えたいというものでした。

                       

                       

                      ローラが香港のホテルで出会ったその人物とは、エドワード・ジョセフ・スノーデンでした。スノーデンの口からは次々と世界中を揺るがす衝撃の内容が明らかにされていきます。

                       

                       

                      民主主義を脅かすほどのアメリカ政府の傍若無人な行為と、それを阻止しようとするスノーデンやジャーナリストたちのバトルが見物で、なぜスノーデンが命の危険を犯してまで、内部情報を暴露したのかがよく分かります。

                       

                       

                      8月に見た『スポットライト−世紀のスクープ』同様に、調査報道にたずさわるジャーナリストたちの使命感は感嘆するばかりです。同時にこのような使命感と能力を持ったジャーナリストは私の知る限り日本にはいません。ましてやそれを支えるジャーナリズムの世界などこの国には絶無です。この映画を観た後では、日本のテレビの報道番組は幼稚園の学芸会のようなものだと思いました。

                       

                      この映画も是非観てもらいたいですね。

                       

                       

                       

                      まさに「事実は映画より奇なり」です。暗号化されたEメールによる監督とスノーデンのやり取り。どれだけ盗聴技術が進んでいるかが分かるスノーデンの解説。そして世界中の人々のプライバシーがどれだけ侵害されていて、それがいかに危険なことかを示すストーリー。映像も、構成も、ドキュメンタリーの粋をはるかに超えていて、まるでフィクションのスパイ映画を見ているようでした。

                       

                       

                      政府のために働いていた スノーデンがなぜアメリカを裏切ってまで内部告発したのか。それはスノーデンがアメリカ政府のプライバシーを侵害した行為がどれだけ危険であるかを一般市民よりもずっと深いレベルで理解し、日常の生活が脅かされる光景が鮮明に想像できたからです。ある有名なハッカーによる講演会のシーンでこんな説明がされていました。

                       

                       

                      「クレジットカード、地下鉄のカード、デビットカードなどから別々の情報をつなぎあわせるだけで、あなたの行動パターンも分かるし、別の人の情報と照らし合わせれば、あなたがどこで誰と会って、なにをしていたかも分かる」

                       

                       

                      これがどれだけ危険なことかというと、悪用すれば人を誘拐することも、個人のスキャンダルを暴露することも、あるいは警察が軽犯罪をでっちあげて善良な市民を逮捕するなんてことも簡単になります。

                       

                       

                      それがまかり通れば、プライバシーはもはやなくなってしまい、人々は監視されている恐怖からプライベートで自由な発言もできなくなってしまいます。その結果、政府と国民のパワーバランスが完全に崩壊した独裁国家というディストピアが誕生するのです。

                       

                       

                      本来アメリカの法律では政府は裁判所の許可なしに通信会社などから個人情報を入手できないにも関わらず、ある電話会社からは顧客全員の通話情報を受け取って「国家の安全のため」という大義名分の下、チェックしていたそうです。もちろんアメリカ政府はアメリカ国内だけでなく、同じような行為を世界各国でやっています。

                       

                       

                      もちろん電話だけではありません。グーグル、ユーチューブ、フェイスブックなどの全ての記録は見られていると思ったほうがいいですね。

                       

                       

                      スノーデンはCIA(アメリカ国家安全保障局)の内部にいた人間であり、通信技術のプロなので、自分の命が狙われるという恐怖を肌で感じていたはずです。もちろん今までも国家同士が諜報活動として、たとえば大使館などを盗聴してお互いの情報を盗み合うことは当たり前にありました。しかしそれがテロの容疑者でもなんでもない一般市民のレベルにまで達しているのです。

                       

                       

                      スノーデンによると、普通のデスクトップからアメリカ政府が採用している無人航空機「ドローン」の映像をリアルタイムに見ることも簡単で、ドローンは意味も無く容疑者でもない人々の家とかを何時間も盗撮しているそうです。

                       

                       

                      また、この映画の撮影中にもスノーデンは盗聴や盗撮を常に気にしているために、電話を使わないときは電話線を抜き、パソコンを使ってパスワードを打つときには頭に毛布を被ってタイプします。毛布を被るのはタイプした指や目の動きなどでパスワードを解読できてしまうから、といった驚きのスパイ活動の裏側も知らされます。

                       

                       

                      長くなりました。これ以上はどうか映画をご覧ください。私はこの映画を観て、これまで漠然と考えていたことがクリアに見えてきました。今、安倍政権は「共謀罪」を成立させようと目論んでいます。その意図もこの映画を見たことではっきり理解できました。

                      | 読書・映画 | 23:07 | comments(0) | - |
                      人は、世界のいったいどんな景色を見ているのか。
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                        忙しい盆休みの間、私はどうしても見ておきたかった映画を見るため、大分のシネマ5に上映開始時間の午後4時25分ギリギリに駆けつけました。『シリア・モナムール』がその映画です。

                         

                         

                         

                        同作は、フランス・パリに亡命しているシリア出身のオサーマ・モハンメド監督が、シリア国内で市民らによって撮影されYouTubeなどに投稿された動画素材を編集した、シリアのドキュメンタリー映画です。

                         

                         

                        映画を見ている間、さまざまなことを思いました。「未来のユートピアを語る者は、必ずその世界の独裁者だ」というハンナ・アーレントのことばを思い浮かべたり、沖縄の東村高江でヘリパッドの建設に反対している住民のことを思ったり、参院選で勝利した翌日から強権を発動して恥じない安倍政権の本質とそれを多くの国民が支持している現状について思いを巡らしました。

                         

                         

                        シリアの内戦はそもそもいかにして始まったのでしょうか。国連決議を無視してイラク戦争に突入していったアメリカを、まるで無謬の神のごとく崇拝し、支持した日本政府に責任はないのでしょうか。

                         

                         

                        いや、こういった婉曲的ない方はやめましょう。日本政府と自民党を支持した人々には、破壊と殺戮のかぎりを尽くしている現在のシリアに対して責任があります。それを自覚しているのか?シリアのこどもたちが見ている世界の景色を想像したことがあるのか?と問いかけるべきです。

                         

                         

                        以下はオサーマ・モハンメド監督がインタビューに答えたものを私が抜粋したものです。

                        http://www.huffingtonpost.jp/2016/06/17/syria-monamour-movie_n_10537554.html

                         

                         

                        ― 2011年に私たちシリア人は立ち上がりました。シリアとは、「多様性・シリア国」であると気がついたのです。私たちの国は、人種や宗教や政治信条などが同時に平和的に共存し、正義と自由が根底にあると再認識したのです。シリアのファシストたちは「自由と多様性」を嫌うのです。

                         

                         

                        ― 世界はシリアで起きていることを知るべきです。これは、シリアだけで起きている現実ではありません。全人類が共有する“たった一つの世界”で起きている現実なのです。人々が平和に暮らせる国もあれば、人々が無残にも殺され国を追い出される現実もある。人類が共有する“唯一の時”に全てが起きているのです。

                         

                        ― 告白します。多くの同胞が殺されていく現実を、私は遠く離れた安全なパリで見ながら、惨めで空虚な「時」をさまよっていました。そして自分自身を、その空虚さから救い出したかったのです。

                         

                        インタビュアー

                        ― 作品では、いままでの映画では描かれなかった凄惨な映像が描かれています。同時に、男女の詩的な会話によって、それら映像は美学や哲学を可視化したように思えました。

                         

                         

                        ― 美を持って暴力に対抗したかったのです。芸術とは、美であり正義であり、希望の創造ともいえます。そして、自由である私たちの最大の防御でもあります。

                        映画には、スナイパーによって撃ち殺され放置された遺体を、命がけで安全な場所に移動させるシリア人の人々がいます。彼らはその後、遺体を静かな墓に埋葬したのです。死に対する尊厳とは、生命に対する尊厳です。

                        映画に登場する、小さなオマールも父親を失い、包囲攻撃されている街で生活を送っていました。しかし、彼は美しい薔薇の花を探していました。破壊され尽くした街にも、美は存在するのです。

                         

                         

                        ― 世界中の紛争地にいる兵士は、皆「待機中の殺人者」です。人を殺すことを命令される者なのです。それは悲惨なことです。

                         

                         

                        ― 私は映画で(苦悩を)告白をする兵士に、共和制ローマの剣闘士「スパルカタス」の名をつけました。彼は市民を殺せ、という政府の命令に背き自由を勝ち取ったのです。

                        しかし、多くの兵士には同じことができません。兵士が政府に背くことは死に値します。しかも想像できないような残酷な殺され方をするのです。

                        多くの兵士は自分の想像力をごまかし、即興的に暴力を振るうのです。その暴力は人々のサディズムを呼び起こし、撮影された映像は、彼らの上に立つ者のサディズムを満足させるものなのです。そのような映像も、オンライン上には溢れていました。(以上抜粋終わり)

                         

                         

                        日本人の多くはテレビにかじりついてオリンピックの結果に一喜一憂し、お盆を休暇と勘違いして海外旅行に出かけ、2016年の夏を謳歌しています。その裏で、中央構造線の真上にある伊方原発は再稼働されました。

                         

                         

                        愛媛県の中村知事は佐田岬半島の避難困難者、約5000人の命を見捨てました。それどころか瀬戸内海を死の海にして、関西にまで達する放射能汚染の脅威を無視して次のように発言しました。「伊方は内海にあるので津波は起きない」と。

                         

                         

                        その発言にまるで反応したかのように、数日を置かずして、8月15日13時40分、伊方原発の目と鼻の先の伊予灘で震度3の地震が起きました。

                         

                         

                        「津波は地震によって引き起こされます。津波だけが起きるわけではありません。」などと、小学生でもわかる事実を、想像力も知性の一片も持ち合わせていない人間にどうやってわからせればいいのでしょうか。それにしても、中村知事と彼を支持した人々は、世界のいったいどんな景色を見ているのでしょうか。

                         

                        | 読書・映画 | 18:17 | comments(0) | - |
                        感情とは何か − 私たちは何を信じて生きるのか。
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                          ずいぶん大袈裟なタイトルですね。「何を信じて生きるのか」などと、わざわざ問う必要もない、と考えている人も多いことでしょう。家族をはじめ、仕事を通じて出会った人々を素朴に信頼して生きればいいのだ、という声が聞こえてきそうです。できることなら、私もそうしたい。

                          でも本当にそれだけで足りるのでしょうか。私はもともと政治的な人間ではありません。しかし、現在ほど政治が個人の尊厳を踏みにじり、無知と善意と無関心に付け込み、なりふりかまわず支配層の利益を確保している時代はなかったと思います。憐れを催すほどさもしい振る舞いです。
                           

                          わずか4年と8か月前、この国の支配層(自民党、財界、学界、マスメディア)が起こした人災に巻き込まれたとき(もちろん安全神話をナイーブに信じて騙された国民にも責任はあります)、国民の多くは、「もしかしたら祖国を失うことになるかもしれない」という恐怖と不安を感じたはずです。当時の菅首相は3500万人の避難を考えたと言います。要するに、地獄の淵を覗いたのです。

                          幸運と呼ぶしかない偶然が重なり、破局は何とか回避されました。私たちの命は首の皮1枚を残してなんとかつながったのです。しかし、決定的に想像力を欠いた野田首相はその年の12月に早々と終息宣言を出し、安倍首相に至っては、「事故は完全にアンダーコントロール」されているなどと、世界に向かって大ウソをついたのです。しかし現実は、使用済み核燃料が溶け落ちていれば、私たちはディアスポラと化して世界中を流浪するしかない瀬戸際まで追いつめられていたのです。

                           

                          その時私は、文明に名を借りた経済活動がもたらした原発事故という破局的な人災によって、政治も文化も人々の生き方も、意識無意識を問わず「影響を受けてしまう」だろう、と思いました。逆に言うと、よほど鈍い人間でない限り、影響を受けないでいることの方が難しい、と考えるのが当然だったのです。
                           

                          「影響を受ける」ということは、既存の価値体系の中に閉じ込められていた私たちの物の見方が、感情を含めて深化更新されるということです。つまり、生まれ変わるということです。ところが聞こえてきたのは、生まれ変わりを阻止するための「理性」と「論理」と「科学」に名を借りた強権的でファナティックなことばでした。

                          以来、このおぞましい災厄を、人格の最も深い部分で受けとめていない思想は、ジャンルを問わず、私は一切信用していません。
                          提示された解決策は、何かに配慮したり、忖度していることが露骨にわかる、余りに浮ついた底の抜けたものでした。右を見ても左を見ても、これほど頼りにならない人間ばかりだったのかという思いが、私の心に重くのしかかってきました。「私たちは何を信じて生きるのか」という問いが立ち上がるのは、まさにこの場所からです。

                          今回はその問いに対する私なりの答えを、つまり私が信じているものを述べてみます。
                           

                          以前ブログで紹介した、ジョシュア・オッペンハイマー監督の『アクト・オブ・キリング』(2012年)という映画を見たことがあるでしょうか。この映画は私がこれまで見た中で最も衝撃的なドキュメンタリー映画です。


                           

                          60年代に百万人規模で虐殺が行われた、インドネシアにおける「共産主義者狩り」がテーマです。当初、オッペンハイマー監督は虐殺の被害者にインタビューして映画を作ろうとしていました。しかし軍がそれを妨害し、暗礁に乗り上げます。そのとき被害者の一人が監督に「加害者にインタビューしてみたらどうか」ともちかけるのです。加害者が自分の犯罪行為について話すはずはないし、軍も認めないだろうと考えるのが普通です。ところが実際にインタビューしてみると、加害者の多くは、笑顔を浮かべながら喜々として殺人の体験を語ったのです。軍もそれをとがめませんでした。ショックを受けた監督は、次々にインタビューを重ね、この映画の主人公であるアンワル・コンゴに出会います。
                           

                          「アンワルが殺人について喜々として語り、ダンスして見せたりするのは、実は過去に行った行為の本質から目を背け、逃げようとしているからではないか?ならばアンワルとその仲間たちに殺人シーンを映画として再現してもらったらどうなるだろうか?」とオッペンハイマー監督は考えます。この映画が単なる人権侵害を告発する映画ではなく、まぎれもなくドキュメンタリー映画の金字塔になったのは、監督のこの悪魔的で天才的な着想にあったのです。
                           

                          ある種のイデオロギーや権力に人格を売り渡してしまえば、状況次第で人間は人殺しを喜々として行う。時には使命感に燃えて。そして、より多くの人間を殺せば殺すほど、その人間は英雄として称賛される。この映画はそういった人間の性を、冷徹に映し出します。
                           

                          アンワルは民兵でしたが、自分の犯した行為にフタをして生きている、どこにでもいるごく普通の人間です。その彼にとって思いもかけないことが起こります。映画の中で、殺人の様子を具体的に再現する行為は、過去を認めたがらない彼の心の扉をこじ開け、意識に劇的な変化を生じさせ、ついには殺人者としての彼の人格を浮上させます。そして自分の行ったことの意味を発見していくのです。映画が、一種のサイコセラピーの機能を果たしたのです。その結果、映画の最後でアンワルは猛烈な吐き気に襲われます。何度も何度も。そのしぼり出されるような乾いた音が、映画を見終わった後も、耳の底にこびりついて離れませんでした。
                           

                          私はこの映画を見ながら、あることに思い当ったのです。アンワルに猛烈な吐き気を催させたものこそが、すべての人間が持っている「普遍的な感情」ではないのか、と。
                           

                          「理性」は多くの場合、この感情をねじ曲げ、フタをすることで、人間が本来もっている共感し連帯する力を無きものにしようとします。狂気とは人間が理性だけになった状態を言います。私は以前ブログで、「感情」こそが「倫理」の母胎である、と書きました。アンワルに猛烈な吐き気を催させたもの。それを信じることが、私たちをかろうじて人間の状態に留め置くための条件だと思ったのです。

                          | 読書・映画 | 00:16 | comments(0) | - |
                          衝撃を受けた映画・『フォックスキャッチャー』
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                            『フォックスキャッチャー』は、今年見た中で最も衝撃的な映画です。全く予備知識をもたずに見たために、その分だけ衝撃が大きかったのかもしれません。もちろんこの映画のどこに衝撃を受けるかは人によって異なるでしょう。すぐれた小説なり映画は、寓話と隠喩の力を借りて、私たちの感情や無意識の基底部分に訴えかけます。そこまで下りていくと、人間が置かれている様々な条件の違いを超えて、共通性というか祖型というか、人間という存在を形作っている根源的なものに至ります。それは「病理」と言い換えてもいいかもしれません。

                             

                            『フォックスキャッチャー』は「マネーボール」「カポーティ」のベネット・ミラー監督が、1996年にアメリカで起こったデュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンによるレスリング五輪金メダリスト射殺事件を映画化し、2014年・第67回カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞したサスペンスドラマです。
                             

                            ロサンゼルスオリンピックで金メダルを獲得したレスリング選手マーク・シュルツは、デュポン財閥の御曹司ジョン・デュポンから、ソウルオリンピックでのメダル獲得を目指すレスリングチーム「フォックスキャッチャー」に誘われます。同じく金メダリストの兄デイブへのコンプレックスから抜けだすことを願っていたマークは、最高のトレーニング環境を用意してくれるという絶好のチャンスに飛びつきます。やがて兄のデイブもチームに加入することになり、そこから3人の運命は思わぬ方向へと転がっていくのです。とにかく、3人の俳優の鬼気迫る演技に私は圧倒されました。計算されつくしたディテールと伏線が必然的な結末へと収束していく緊張感は、映画でしか味わえないものです。レンタルでリリースされたばかりなので、ぜひご覧ください。

                             

                            デュポン財閥は、もともとは南北戦争の時に火薬を作って儲けた死の商人です。それで財をなして巨大な石油化学関係のコングロマリットを持っている実在の企業です。そこの御曹司ジョン・デュポンは拳銃が好きで、広大な敷地に警察官の射撃場を作り、警察官といっしょに射撃訓練をするほどです。拳銃を持ったまま、レスリングの練習場に入って行き、突然発砲したりします。自分のことを「愛国者だ」と公言するばかりでなく、装甲車を買って敷地内で走らせ『50口径の機関銃がついてないじゃないか!とにかくつけろ!』と怒鳴って周囲を唖然とさせます。自分の空虚さを埋めるために全米のレスリングチームを率いてオリンピックで金メダルをとれば、自分は英雄になれると思っている人物です。具体的に愛する者がいれば、国家という抽象的な枠組みを借りて自分を大きく見せる必要はないのですが・・・。

                            『僕は子どもの頃、友達がいなくてね。悲しかったんだよ。初めて友達ができてうれしかったんだけど、後からわかったんだ。僕のママがお金で買った友達だったよ』とデュポンが言うシーンがあります。要するに彼は母親から承認されたいという欲求を持っているにもかかわらず、莫大な富のせいでそれができないと感じている「おぼっちゃまくん」だったのです。

                             

                            「おぼっちゃまくん」は自分自身の生を生きることができません。周りから期待される役回りや、幼いころから刷り込まれた人間像に沿って自我を形成していきます。周囲にいるのは、金と権力の威力にひれ伏す、人格が空洞化した人間たちばかりです。つまり「こんなことはやりたくないが、お前のためにやっているんだ」という人間に囲まれて育ったということです。その意味では、彼はモラル・ハラスメントの被害者でもあります。

                             

                            モラル・ハラスメントが成立するためには、被害者が、虐待者を「尊敬する」ことによって被害の実態が隠蔽されなければなりません。虐待する側は、金や権力や、親子の情愛に訴えることで、それと引き換えに、「尊敬」と「服従」を手に入れます。

                             

                            ジョン・デュポンは、空虚な人間であり、本当は自分には何もないことをよく知っています。しかし、それを認めて、そこから自らを成長させる、ということができない。そこで自分がうらやむ何かを持っている人間を支配し、その人間に「尊敬させる」ことで、自分の空虚を埋めようとするのです。こうして被害者であったジョン・デュポンが虐待者へと変貌し、モンスターが誕生するのです。これは恐ろしい映画です。このモンスターが最高権力者であった場合、国家はどういう運命をたどるか。ユダヤ人をはじめとする600万人以上の犠牲者がそれを証明しています。そして、この映画を見ながら、私がジョン・デュポンという人格と二重写しで見ていた人物は誰か、それは言わないでおきましょう。この映画は、人間が人間を精神的に支配下に置くとはどういうことか、そこから解放されて生きるにはどうすればいいのかという問いをも発しています。

                             

                            | 読書・映画 | 13:04 | comments(0) | - |
                            現実は『死都日本』を模倣し始めた。
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                              本日 8月15日(土)12時13分TBS系が配信したニュース。 「鹿児島県の桜島で規模の大きな噴火が発生する可能性が非常に高まっているとして、気象庁は噴火警戒レベルを5段階のうち、レベル4の避難準備に引き上げました。火口から3キロの住民に避難をするなどの厳重な警戒を呼びかけています」とのことです。
                               
                              2011年3月の東日本大震災の前、霧島山系の新燃岳が噴火した時、元旦に私は「今年は破局的な天災が起こり、日本社会はリセットされるかもしれない」と友人に書き送りました。ホームページにもそのことを書いています。それというのも、12年前に読んだ黒岩耀氏の『死都日本』と、東日本大震災の半年前に読んだ広瀬隆氏の『原子炉時限爆弾』が、12年の時を経て繋がったからです。(この盆休みを利用して広瀬氏の新著『東京が壊滅する日−フクシマと日本の運命』を読みましたが、必読の書です。)

                               
                              現在の日本社会は、体に54個の手榴弾を巻き付け、そのうち4個が暴発して左肩が吹き飛んでいる人間同然です。出血が止まらず、手当てができず、破壊された組織が細菌に感染して壊死の範囲が広がっています。そんな満身創痍の人間が、東京オリンピックだ、新国立競技場の建設だ、果てはアメリカの傭兵部隊として自衛隊を差し出すべきだと騒いでいるのです。こういう状況下で、日本政府は右足のひざにつけた手榴弾のピンを引き抜いたのです。正気の沙汰ではありません。
                               
                              日本政府は東京オリンピックを返上し、九つの電力会社は協力して福島の収束にあたるべきです。それでも100年はかかります。そもそも溶融した核燃料を取り出すことは不可能だと言われているのです。しかも日本列島は地震と火山の活動期に入り、いつ何時火山が噴火するか一刻の猶予も許されません。竜の背骨にあたる中央構造線の上にある活断層が、長い眠りから覚めた竜の身震いで大きく波打てば、原発は暴走し、日本は壊滅するしかありません。お前の言うことは大げさなんだよ、という人は少なくとも上記の本を読むべきです。権力の頂点に立つ人間が貧困な想像力しか持たず、カルトにはまっているとしたら、国民の命はどうなるのでしょうか。
                               

                               
                              | 読書・映画 | 19:03 | comments(0) | - |
                              私とは、私の記憶である。
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                              人間の魂が安らぐ場所はどこにあるのでしょうか。そもそもなぜ人間は魂という言葉を必要としたのでしょう。

                               

                               

                               

                              脳科学が説明するように、魂とは脳内の化学物質の分泌や神経単位相互の情報伝達ネットワークの構築のことだと言ってしまえば済むのでしょうか。この種の科学的説明は私たちが魂ということばを必要とした切実な理由を解き明かしはしません。たとえどんなに脳科学が進歩しても、人間は永遠に「魂が安らぐ場所」を探し続けるでしょう。

                               

                               

                              「魂が安らぐ場所」はどこにあるのだろうかと、若い時から私は考えてきました。それは文学や哲学、音楽や絵画、すなわち芸術と呼ばれる分野の中にあると、今は断言できます。地位や名声や金銭の中には断じてない。

                               

                               

                               

                              そこは、人間の精神の働きによってのみたどり着くことのできる場所なのです。逆に言えば人間は「魂の安息所」を求めて芸術を生みだしたのです。芸術は人間存在を掘り下げることによって到達できる「地下水脈」です。地下水脈とは共通感情のようなものです。「記憶の貯蔵庫」と言ってもいいかもしれません。その地下水脈から湧き出る水を飲んで、私たちは魂の渇きを癒すのです。それを探り当てることができなければ、魂は永遠にさまよい続けるほかありません。

                               

                               

                               

                              「記憶の貯蔵庫」ということばを思いついたのは、今日見た映画のおかげです。タイトルは『アリスのままで』。若年性アルツハイマーの言語学者が、ペンキが剥がれ落ちるように人格を失っていく過程と家族の葛藤を描いた映画です。人間の魂や記憶について、豊かなインスピレーションをもらいました。特に映画のラストシーンで交わされる次女と母親の会話は一つのメルヘンであり、長く余韻を引く素晴らしいものでした。




                               

                               

                              私にとって映画と同じく、文学や哲学のない生活は考えられません。そこには洞察に満ちた豊かな言葉の世界が広がっています。それなしに人間に対する共感や世界への理解力をどうやって深めることができるのでしょう。

                               

                               

                              去る6月8日、文部科学省は全国の国立大学に学部の見直しを求める通知を出しました。文学部などの人文社会系について、社会に必要とされる人材を育てられていなければ、廃止や他の分野への転換に取り組むよう求めたのです。

                               

                               

                              文部科学省は10年後の社会をはっきりと認識できているのでしょうか。新国立競技場をめぐる体たらくを見ていると、数か月先ですら見えていないではありませんか。「社会に必要とされる人材」とは、「財界に必要とされる人材」の異名にすぎません。ヨーロッパの大学について私が驚嘆させられるのは、まさに文学や哲学をはじめとする人文社会系の圧倒的な蓄積とその継承の精神です。

                               

                               

                              文部科学省には、「地下水脈」から豊かな水を汲み上げ、それで魂をうるおした経験を持っている人間はいないのでしょう。こんな通知を出せるのは、カサカサに干上がった魂の持主だけです。

                               

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