今の社会では、学歴とは出身大学のことを指すようですが、具体的に学歴はどのような力を持っているのでしょうか。今ここに東大卒で一流企業に勤めている青年と、 高校中退で町工場に勤めている青年がいたとします。若い女性から見てどちらが結婚相手として魅力があるでしょうか。
例えば、高校中退の男性と付き合っていた女性が、東大卒の一流企業に勤める男性と出会い、そのライフスタイルや人脈の広さ、余裕のある生活に感嘆し、それまで付き合っていた高校中退の男性と別れたとします。
しかし、背伸びをして付き合うことに疲れ、すべてを合理的な考えで割り切る相手の姿勢に違和感を覚えます。そして、自分に本当にふさわしいのは高校中退の彼だったと気づきます。そして彼のところへ帰ります。寛大な彼は「君を待っていた、きっと戻ってくると信じていた」と言います。
これがドラマの最終シーンであれば、めでたしめでたしとなります。しかし、現実はドラマではありません。最終回の劇的なフィナーレはおとずれません。人生は続き、帰った翌日から生活が始まります。結婚し、こどもが生まれ、日々の生活はやりくりの連続となります。こどもの学校も近くの公立小学校以外の選択肢はありません。余裕のない生活からケンカの絶えない二人になります。
そして、「ああ、あの時、東大卒の一流企業に勤める男性と結婚していたら、こんなみじめな思いをせずにすんだのに」と、女性は思います。
つまり、学歴は、ありえたかもしれない物事のよい面だけを空想する女性(男性も)に、見果てぬ夢を提供する効用があるということです。
夢はいつか覚めます。そして、その夢が悪夢に変わることもあるのです。東大卒の一流企業に勤める男性と結婚していれば、自分が東大卒というだけで他人を見下し、子育ても費用対効果でソロバンをはじき、生活そのものが何かを達成するための手段とみなされていたかもしれません。最悪の場合、「結果を求められる」ことに疲れたこどもが反抗し、家庭が殺人事件の修羅場と化す可能性もあるのです。しかし、その可能性を忘れさせるのが学歴の効用というわけです。
人間は幸か不幸か、一度に二つの人生を生きることができません。自分が選んだ人生を引き受け、その中で伴侶を愛し、ともに苦労を重ねる覚悟をしなければなりません。要は、それに値する人を見極めることができるかどうかです。
「結婚し、こどもが生まれ、日々の生活はやりくりの連続となり、学校も最寄りの公立小学校で、ケンカの絶えない二人になる」などということは、実はほとんどの家庭で起こっていることです。一見すると退屈で無意味な日常に見えるかもしれませんが、そういった生活こそが幸福の形なのかもしれません。「不幸な家庭はそれぞれに不幸だが、幸福な家庭はどこも似ている」と言ったのはトルストイです。3・11の東日本大震災と原発事故がこのことを教えてくれました。ひるがえって、平凡だけれど幸福な生活を支えていた基盤そのものが崩壊しつつあるのが今の日本の現実なのです。
学歴の効用のもう一つの事例をあげてみます。
結婚が決まった若い女性に、結婚相手のことをしつこく尋ねるオバサンがいるとします。
オバサン「ねえねえ、○○ちゃん、あなたの結婚相手はどんな人?」
若い女性「そうねえ、スポーツマンで、音楽がすごく好きな人よ」
オバサン「それだけじゃ、どんな人かわからないじゃないの。もっと詳しく教えてよ」
若い女性「どんな人?う〜ん、そうだ!料理がすごく上手で、食材は近所でとれた、新鮮な野菜が一番だと言ってたわ。この間も近所のおばさんと野菜作りの話で盛り上がってたよ」
オバサン「それだけ?どんな人かわかるエピソードはないの?将来性につながるような」
若い女性「そういえば、3カ月ほど前、会社の上司とケンカして、辞表を叩きつけたそうよ。機械の安全性をチェックする精密機械を作っている会社なんだけど、ひどい手抜きをしているのに気づいて、それを社長に直談判したらしいの。それで、こんな会社で一生働くのは耐えられない、やめます!と言ったら、社長が、お前のようなはねっ返りはわが社にはいらない、と言ったんですって。辞めてせいせいしたと言ってたわ」
オバサン「会社を辞めたって・・・。これからどうすんのよ。結婚するんでしょ!」
若い女性「君一人くらい食べさせていけるよ。それに僕のバンドが今度デビューするから大丈夫だと言ってたわ」
オバサン「○○ちゃん、あなた正気なの?現実はそんな生易しいものじゃないわよ。会社は辞める、バンドでデビューする?なんなのそれ。どうせ学校もろくに出ていない人なんでしょう」
若い女性「学校って、学歴のこと?う〜ん、よく覚えてないな。彼そんなことには興味ないみたいだから・・・」
オバサン「ほらごらんなさい。どうせ、ろくな学校しか出てないのよ」
若い女性「あっ、そうだ。そういえばこの前彼の部屋に卒業証書があったけど、慶応大学工学部大学院って書かれてたわ。」
オバサン「・・・・・」
学歴の効用その2は、口うるさいオバサンを黙らせることができる、です。
いずれにしても、とるに足らない効用ですね。実存としての人間を深く見つめている人には、学歴は単なるワッペンでしかありません。ワッペンを人に見せびらかして自慢するのは、こどもか自分に自信のない大人と相場が決まっています。おっと、忘れていました。自分たちが国を守っていると勘違いしている軍人さんもそうでしたね。