まず残っていた第7問の解説をします。空欄には前置詞が入ります。
7:The first name ( ) which a child makes conscious use may be compared to a stick ( ) the aid ( ) which a blind man gropes his way.
そもそも英語は左から右に読むものです。参考書や学校の授業などで、後ろから前の名詞や動詞に矢印をひっかけている図や板書を見ますが、あれは英語を日本語の発想で読むことを教えているのです。川の水が上流から下流に流れているのを堰止めているようなものです。論理を逆流させているわけです。これを逆茂木(さかもぎ)型の解説といいます。逆茂木とは、敵の侵入を防ぐために、先端を鋭くとがらせた木の枝を外に向けて並べ、結び合わせた柵(さく)のことです。画像をご覧ください。
日本語の文章は逆茂木型の文章だと言われています。つまり、枝葉末節なことから始まり、最後まで読まなければ何を言いたいのかよくわからないような文章のことです。
英語は中心となる情報を最初に提示し、その後で補足情報や詳細な情報をつけ加えて行くことばです。いわば話者に立証責任を負わせているのです。逆茂木型の日本語の発想で読めば時間がかかるのは当たり前ですね。これではいつまでたっても英語をスピード豊かに読むことはできません。
そもそもリスニングは聞こえてくる順番に理解していかなければなりませんね。ということは、英文を読む場合も左から右へ、ドミノ倒しのピースが倒れるようにスピード感をもって読まなければならないのです。
第7問の文章を見て下さい。 The first name ( ) which a child makes conscious use may be compared to a stick ( ) the aid ( ) which a blind man gropes his way.
最初に The first name ( ) が目に飛び込んできます。この時点で ( ) に何が入るか分かる人はいません。The first name ( ) which まで読むと( )には前置詞が入るだろうと予想できます。「予想なんかできるわけないよ」と思っている人は、それは英文を緻密に読むという経験が不足しているからです。能力の問題ではありません。
次に、The first name ( ) which a child makes conscious use まで読むと、makes conscious use の中に make use of 〜で「〜を利用する、使う」というコロケーションが入っていることに気づきます。そして( )に of を入れることができるのです。これまで何度も説明してきた文末の熟語型ですね。
ここまでがこの文の主語です。すなわち名詞のカタマリです。文の主語になれるのは名詞ですからね。「ここまで」が主語だと判断できるのは、次に助動詞を含んだ may be compared があるからです。この部分がこの文の心臓部、すなわち述語動詞だというわけです。
ここまでの意味は「こどもが意識的に使う最初の名前は、たとえられる」となります。「えっ、いったい何にたとえられるんだ?」と思って次を読むと、to a stick が目に入ります。「はは〜ん、杖にたとえられると言いたいんだな」とわかります。
次に「どんな杖にたとえられるんだろう」と疑問がわいてきますね。そして次を見ると、( ) the aid ( ) which a blind man gropes his way. と続いているのを見てパニくるのです。「な、な、なんじゃ〜これは?」などと言って。でも心配ご無用。英語は語順が命のことばです。つまり、語や語のカタマリがどのような順序で並んでいるかを解き明かせばいいのです。そのためには、どこで区切るのか、が重要になってきます。
例えば「ココデハキモノヲヌイデクダサイ」という文はどこで区切りますか。区切り方によっては「ここで、はきものを脱いで下さい」とも取れますし、「ここでは、着物を脱いで下さい」とも取れるわけです。この区別はどこでするのですか。意味を考えて区別するのですか。違います。この区別は2歳くらいの赤ちゃんの方ができるでしょう。なぜなら、赤ちゃんは「音」で意味を認識しているからです。「ココデハ」の「ハ」と、「ココデ、ハキモノヲ」の「ハ」は音がちがいますね。
ついでにもう一つ。「いや、よして!」は区切り方によっては「いやよ、して!」ともなります。何だか危なくなってきそうなのでこれでやめておきます。
つまり、( ) the aid ( ) which a blind man gropes his way. というカタマリは( ) the aid ( ) which と a blind man gropes his way.とに分けられる、ということが理解できなければなりません。
関係代名詞の解説で僕が言ったことを思い出して下さい。関係代名詞は二つの文をつなぐ方法の一つだと教えられてきましたが、それはミスリーディングですね。むしろ代名詞としての働きの方が重要だと言いました。先行詞を代入することを忘れない!ということです。
そこで、( ) the aid ( ) which a blind man gropes his way.の部分は「杖」の説明だったことを思い出して下さい。そこで which に a stick を代入します。 ( ) the aid ( ) a stickとなります。同時に a blind man gropes his way.の意味を考えます。意味と形は同時進行!です。「盲目の人が手探りで進む」には「杖の助け」が必要だ。だから「杖の助けによって」の意味だから(by)the aid(of)whichとなるはずだ、と考えればよいのです。
語順訳は「こどもが意識的に使う最初の名前は、杖にたとえられる。どんな杖かというとね、その杖の助けによって、盲目の人が手探りで進む時の、あの杖のことだよ」となります。この語順訳の中には「杖」ということばが4回出てきます。これこそが関係代名詞が代名詞たるゆえんなのです。
前にも言いましたが、感覚的には次のような感じです。ジョギングしている途中、踏切にさしかかり、遮断機が下りてきます。そこで走るのをやめて立ち止まるのではなく、その場で足踏みをします。遮断機が上がると再び走り始めるという、あの感覚です。わかってもらえたでしょうか。
ところで、「この文章の構造は分かったけれど、なんだか意味がいまいちわからないなあ」「こどもが意識的に使う最初の名前が、盲目の人の杖と一体どんな関係があるんだろう」と考えている人もいるでしょうね。
それは僕たちが世界をどのように認識していくかということに関係しています。生まれて1年間くらいは、赤ちゃんにとっては、世界は未分化のままです。つまり自分と自分を取り巻く世界の区別がついていません。
ヘレン・ケラーが「water!」と叫ぶシーンは感動的ですね。それは自分と外の世界が分化された瞬間なのです。つまり、モノに名前をつけることによって、自分と世界が区別され、自分という認識の主体が立ちあがるのです。それは盲目の人が杖によってモノの存在を認識することに似ていますね。これがこの文章の意味です。語学的理解に精神的・文化的理解がともなって初めて、文の意味は確定されるのです。
最後に、僕は10月7日のブログ、
「映画『ROOM』・人は世界とどう向き合うのか」の中でこのことに触れています。
http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=246
第7問の解説をしようと思ったときに、この映画を思い出したのです。
狭い「部屋」に閉じ込められていたこどもが、朝起きると部屋の中にある「モノ」一つ一つの「名前」を呼び、それに「おはよう」とあいさつするシーンでこの映画は始まります。それは世界認識の最初の場面です。
そして現実の世界に直面したとき、主人公のこどもは「scared!」と叫びます。現実の世界に直面することは、本質的に怖いことなのです。しかし、僕たちはことばの力によって、幽閉された世界から脱出することができます。さらに自分のことばをもつことによって、孤独からも解放されるのです。