今回紹介するのは、東海テレビが制作したドキュメンタリーを劇場公開する企画の第10弾。敗戦から高度経済成長期を経て、信念を持って丁寧に生きる、90歳と87歳の建築家夫婦の暮らしぶりを描いたものです。
私はめったにテレビを見ません。わが家では面白そうな番組を見つけるのは、もっぱら妻の役割になっています。映画『人生フルーツ』を見つけたのも妻でした。90歳と87歳になる老建築家夫妻が主人公とあって、興味を持って見はじめました。映像の美しさと、樹木希林の穏やかな語り口に引き込まれて、あっという間の1時間半でした。
セレンディピティーではありませんが、ここでも偶然の出会いがありました。日本住宅公団のエースと呼ばれた建築家の津端修一氏は、日本のモダニズム建築の巨匠アントニン・レーモンドに師事していたというのです。そのアントニン・レーモンドに師事していたのが、ブログでも取り上げた吉村順三氏です。吉村氏に師事していたのが、中村好文、益子義弘、永田昌民の各氏で、私が設計依頼したかったとブログで書いた堀部安嗣氏は益子義弘氏に師事しています。
ちなみに、アントニン・レーモンドはフランク・ロイド・ライトの下で建築の仕事をしています。こうやって、何もかもが繋がりました。このドキュメンタリーは旧知の友人に会ったような感慨を私に抱かせたのです。
しかし、本当に素晴らしいのは、この夫婦の生き方そのものでした。自宅は敷地を雑木林で囲い、津端さんが敬愛するレーモンドの自宅に倣った30畳一間のモダンな平屋建てで、母屋に離れや作業室、書庫などが併設されています。
津端さんの声掛けで高森山にどんぐりの苗木を植樹する運動が広がり、ニュータウンのなかにも木々の緑が増え町の様子が変わっていきます。定年後は大学で教えながら二人で育ててきたキッチンガーデンでは、いつの間にか70種類の野菜と50種類の果実が採れるようになりました。
採れたものは食卓に並び、作っていない食材などは英子さんがバスや電車を乗り継ぎ名古屋市栄の行きつけのお店まで買いに行きます。津端さんは、どんな料理にして美味しくいただけたかを絵葉書にして買ったお店に送っています。
妻の英子さんは「自分ひとりでやれることを見つけて、それをコツコツやれば、時間はかかるけれども何かが見えてくるから、とにかく自分でやること」を津端さんから教わったといいます。
二人の生き方に気負いはありません。季節の巡りの中で自然の恵みに感謝し、雑木林を吹き抜けるそよ風を感じ、陽だまりで丸まっている猫のように満ち足りた時を過ごす。 300坪の土地を耕し、道具を作り、種をまき、水をやる。映画の最後の方のシーンで、夫の修一氏さんは庭仕事で疲れ仮眠をとります。妻の英子さんが起こそうとしたとき、修一さんはすでに息を引き取っていました。その美しい顔をなでる英子さんの姿に思わず涙してしまいました。
日本の各地で、今若者たちが脱資本主義的、半市場主義的生活を始めていることを、私は頼もしく思っています。彼らは足元をしっかり見据え、自分の時間を将来のためではなく、今この瞬間を生き生きと生きるために使っています。小さな商いを始める者もいれば、里山の豊かさに気づき、そこで等身大の生活を始める者もいます。
映画『人生フルーツ』はそんな若者の生き方を、50年以上にわたって自ら実践してみせることで励ましています。いい映画です。