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さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ/阿武野勝彦【1000円以上送料無料】
さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ/阿武野勝彦【1000円以上送料無料】 (JUGEMレビュー »)
《目次》
プロローグ
第1章 テレビマンとは何者か
第2章 大事なのは、誰と仕事をするか
第3章 表現とタブー
第4章 放送は常に未完である
第5章 世の中には理解不能な現実がある
第6章 ドキュメンタリーを、誰が求めているのか
第7章 「ダメモト」が表現世界を開く──〈司法シリーズ〉のこと
第8章 「ドキュメンタリー・ドラマ」とは何か
第9章 あの時から、ドキュメンタリーは閉塞した世界だった
第10章 題材は探すのではなく、出会うもの
第11章 組織の中の職人は茨の道
第12章 「わかりやすさ」という病
第13章 樹木希林ふたたび
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まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
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「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書)
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小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
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D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
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清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
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デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書)
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福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
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安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
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茫漠の曠野 ノモンハン
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松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
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清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
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広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
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オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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英語の実際的研究 (1969年)
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秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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服従
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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選挙 [DVD]
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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烏賀陽弘道
私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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カント
安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本 太郎
山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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転換期の日本へ―「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か (NHK出版新書 423)
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ジョン・W・ダワー,ガバン・マコーマック
おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
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もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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鈴木大拙の言わんとすることが、ようやくわかりかけてきました。年齢を重ね、日本文化の基底にあるものをじっくり味わうことで開示される世界があるのです。日々の生活に追われていては、この本を読み、味わう暇などないでしょうが、それだからこそ手に取ってみてはいかがでしょう。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
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食う寝る遊ぶ 小屋暮らし (JUGEMレビュー »)
中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
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暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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7月の終わりに。
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    早いもので、7月も今日で終わりです。ブログで『高校生のための英文読解』を始めようと思ったのですが、7月の最後の日だということで、心に浮かんでいるよしなしごとを簡単にまとめておこうと思います。

     

     

    まず今の政権に国が守れるかという問題です。議員会館でさえ10年間入館記録を保存しているのに、「首相官邸」に誰がいつ入ったかさえ全く把握してない(記録さえ保存してないと主張している)政権に国が守れるでしょうか。断言してもいいですが、NOですね。「官邸の最高レベル」の私利私欲のために、文書を破棄・隠蔽するような人間たちに国が守れるはずもありません。

     

     

    さらに、自衛隊トップの資質の問題です。北朝鮮がミサイルを発射するかもしれないとメディア上でも散々言われていた(実際に7月29日未明、弾道ミサイルは発射されました)にもかかわらず、どさくさにまぎれてコスプレ防衛相のイヤダ・トモピーこと稲田朋美氏はタイミングよく?辞任しました。

     

     

    なんという危機管理のなさでしょうか。自ら空白を作っておきながら、かつては「国家のために血を流せ」と言っていたのです。こんな無能の人間を防衛相に任命したのは、どこの誰でしたっけ。

     

     

    人間、頭が悪いのは仕方ありません。本人のせいではないとも言えます。しかし、それをカバーする胆力、洞察力、観察力、自己犠牲の精神、部下を掌握する力量、そのすべてを欠いている人間が防衛大臣だったとは、悲劇というべきか喜劇というべきか。

     

     

    おそらく誤った歴史認識に基づくえこひいき以外の何ものでもなかったのです。整列した自衛官の前を、コスプレ防衛大臣がよちよち歩く姿を見て、「やってられないよ。アレが俺たちのトップかよ」と思った自衛官は少なくなかったと思います。国を守るのが仕事だと自らに言い聞かせていても、トップの姿を見れば士気は萎えます。

     

     

    それもこれも「任命責任はワタチにあります」と仰っていた方の責任です。実際どのような責任を取ったのでしょうか。彼はこれまで責任を取ったこともなければ、これからも責任を取るつもりなどありません。「今だけ、口だけ、自分だけ」の人間ですから、責任などとれるはずもないのです。

     

     

    南スーダンのジュバで戦闘行為があったことを隠蔽するように指示したのは、まさにこのお方だったのではないでしょうか。憲法違反の海外派兵に道を開き、自衛官の命を危険にさらしておきながら、知らぬ存ぜぬで押し通す厚顔無恥な政治家とは、まさにこのお方のことです。本来なら、最低でも内閣総辞職に値する行為です。

     

     

    しかし、ことの重大性を認識できないお方ですから、そんな発想にはなりません。森友問題で「私や妻がかかわっていたら、総理大臣も国会議員もやめますよ」と啖呵を切っていたころが懐かしいですね。ここにきて露呈している国家の私物化、危機管理のなさは、行政のトップにいる人間の弛緩しきった歪んだ精神のなせるわざなのです。

     

     

    潰れかけたレストランのオーナーが、スタッフを一部入れ替え、客に迎合する「謙虚な経営」に切り替えたとしても、お客さんは戻ってきません。安倍首相は周りに「お友達」がいなければ、小さなレストランの経営すら満足にできないでしょう。なぜなら、都議選で惨敗した夜、一流フレンチ・レストランでお友達と豪華ディナーに興じるという危機管理のなさでは、経営する側の苦労など分かるはずもないからです。要するに、しんちゃんが頼りにできるのはカネと権力とジイちゃんの代からの人脈、怪しげな宗教のお告げ、そして怖〜いママだけですね。

     

     

     

    さて、8月はどんな月になるでしょうか。新装開店なった「しんちゃんレストラン」にお客さんは戻ってくるのでしょうか。楽しみですね。世論操作と同じく、そっち系のメディアは華々しく宣伝することでしょう。どこそこの一流シェフを迎えただの、高級ワインを取り揃えているなどと。

     

     

    数カ月後、あれほど華やかな宣伝を繰り広げた「しんちゃんレストラン」も、目の肥えた客にそっぽを向かれ、人影もなく静まり返っていることでしょう。そして入口のドアには小さな張り紙が見えます。そこには次のように書かれています。

     

     

    「当レストランは本日をもちまして閉店することになりました。これもひとえに、当レストランの提供する文化や味やこだわりが分からない大衆とそれを扇動した一部のメディアのせいだと考えております。これからは、少数の選ばれた芸能人、スポーツ選手、財界人、テレビのコメンテーター、ネトウヨ新聞社の重役、政治家の方などを主な客層として捲土重来を期す所存であります。一度は経営を投げ出したレストランですが、再び経営に乗り出し5年余りの月日が経ちました。三度経営に乗り出せるかどうかは、ひとえに上に述べた方々の支援次第であります。これまでの御愛顧、誠にありがとうございました。」

     

     

    人々は秋風が吹き始めた街路を足早に歩いています。今ではその小さな張り紙に目をくれる人もなく、色褪せ、破れた張り紙は今にも風で飛ばされそうです。二人連れの女性が足を止め、その貼り紙を読んでいます。「へえ〜、こんなところにレストランなんてあったかしら?」

     

    | 政治 | 15:20 | comments(0) | - |
    大学受験生の皆さん、穴場の大学教えます!
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      来春の大学受験を目指して日々学習に励んでいる皆さん、毎日暑いですね。受験生にとっては慢性的な疲労と睡眠不足こそが最大の敵です。疲れを翌日に持ちこさないように睡眠だけは十分にとりましょう。

       

       

      ところで、そもそも皆さんは何を基準に大学選びをしているのでしょうか。偏差値が高くて、なるべく有名な大学に行きたいと思っている人が多いと思います。将来やりたいことが明確に決まっていて、それを基準に大学選びをしている人は少数派かもしれないですね。

       

       

      しかし、日本の大学教育はどうしようもないほど劣化しています。海外からも心配する声が上がっているほどです。しかし、それはまたの話にします。受験生の夢を壊すようなことはしたくありませんからね。実際に大学へ入学してから、その目で確かめて下さい。

       

       

      今回は、東大より偏差値が高く、知らない人はまずいない有名な大学を紹介しましょう。にもかかわらず、穴場中の穴場です。その名前は岡山理科大学といいます。ほら、どこかで聞いたことがあるでしょう。本部は岡山県にありますが、今回お勧めするのは、2018年4月、愛媛県今治市に開学予定の獣医学部です。

       

       

      例の(と言っても御存じないかもしれませんが)加計学園が「経営」する大学です。開学については不安視もされていますが、そこは心配いりません。「総理のご意向」で文部科学省を黙らせ、必ずや開学されます。

       

       

      気の毒なのは今治市民の皆さんであり、早晩財政破綻に見舞われるかもしれません。人口減少社会が加速される中で、地方自治体そのものが存亡の危機に直面する可能性もあります。いや、大学が存続する限り補助金という名の税金を払い続ける私たち国民も利害関係者です。

       

       

      その獣医学部が、今月の23日、岡山理科大学でオープンキャンパスを開催しました。獣医学部進学希望者が二十数人集まったそうです。その際配布されたパンフレットには〈2018年4月開設予定〉とハッキリと記されています。説明会では大学関係者が『来年4月に必ず開学できると思う』『秋ごろから正式に学生を募集するつもり』などと、確実な開設を前提に話していたそうです。これで開学はほぼ間違いないでしょう。

       

       

      偏差値に関しては、山本幸三地方創生相も国会で、「(新設獣医学部は)東大よりもレベルは上」と発言していた(私も国会中継でそれを確認しました)ので、合格した暁には胸を張って通学して下さい。

       


      しかし、心配な点もあります。学生の募集要項に次のように書かれているのです。『合格後、引き続き受験勉強を続け一般入試でワンランク上の大学、国公立大学にチャレンジすることも可能』 と。仮面浪人を勧めているのです。一瞬わが目を疑いましたが、説明会で担当者が力説し、パンフレットにもはっきりと書かれているので、間違いありません。

       

       

      あれれ、思い出して下さい。新設獣医学部は「既存の獣医師養成でない構想であること」といった4条件がついていたはずです。日本に16ある獣医学部より優れた獣医学部でなければならないはずです。にもかかわらず仮面浪人を勧めるとは。

       

       

      さらに、こういうのもあります。『最大3日間受験可能です。同じ試験場で、同じ時間帯で、出題傾向が比較的よく似た入試問題にチャレンジできます。楽ですね。効率的ですね。』

       

       

      私はこれを読んで、思わずイナバウアーしてしまい、いまだに腰が痛いのです。笑っている場合ではありません。これって、「3日間」「同じ試験場で」「同じ時間帯で」「出題傾向が比較的よく似た入試問題」にチャレンジすれば誰でも合格できますよ、と言っているのと同じです。カンニングしてでも、何をしてでもいいから、どうか私どもの大学に入学して下さい、そうすれば、(入学金+授業料+その他もろもろの費用)×頭数×6年で収益が計算できるし、コスパもバッチリということなのでしょう。それが証拠に、そのすぐ後に「楽ですね。効率的ですね。」と書かれています。

       

       

      私は塾の教師です。これまで東大や京大をはじめとして国公立の難関大学医学部にも、そして全国津々浦々の大学にも合格者を送り出してきました。その経験から断言します。これからの時代、批判精神を持たない受験生は、マネーロンダリングに利用される家畜同然の扱いを受けるのです。獣医学部だからそれも仕方ないですって?わるい冗談はやめましょう。

       

       

      さて本日の結論です。岡山理科大学の獣医学部を受験しようと思っている受験生の皆さん、考え直しなさい!

       

       

      オマケ:どうしても受験して合格したい人は大分市のY田ゼミの門をたたくことです。塾長先生はモモクロと安倍首相を崇拝しているので、きっと力になってくれると思います。

       

      | 中高生の皆さんへ | 18:14 | comments(0) | - |
      知性とは生死の「機微」をつかむことから生まれる美意識である。
      0

        読書に没頭していたので、ブログを書くのが後回しになりました。心に浮かぶよしなしごとをそこはかとなく書こうと、しばらくぶりでパソコンに向かっていると、民進党の蓮舫代表が辞意を表明するとのニュースが入ってきました。辞任する意向を表明していた野田佳彦幹事長と足並みをそろえるということでしょうか。なんでも、辞任の理由は東京都議選で惨敗した責任を取るとのことです。

         

         

        見当違いもはなはだしい。都議選で惨敗することは、誰の目にも明らかだったのですから。それが辞任の理由だとすれば、民進党が置かれている状況がまったく見えていなかったことを告白しているに等しい。それに、もともと私は政治家としての蓮舫氏を全く評価していませんでした。

         

         

        民進党がやるべきことは、代表の辞任などではなく、解党です。なぜなら、蓮舫氏が代表を辞任したところで、その後釜を狙ってまたぞろ隠れ自民党の面々が動き出し、もはや民進党の存在意義などなくなるでしょうから。

         

         

        私は政治に何かを期待するほどお人好しでもなければ、楽観的でもありません。しかし、もし今まともな政治家がいれば、必ず次のような手を打ち、その流れを加速させるでしょう。

         

         

        第一段階として、民進党を分裂させます。つまり、原発即廃炉と立憲主義を掲げるグループとそうでないグループを分裂させるのです。これが御用組合の「連合」から脱却して自らの足で立ち、真の国民政党になる唯一の方法です。

         

         

        第二段階として、すべての野党に党名を変更させ、「立憲民主党」(仮称)とします。安倍政権の対立軸を作り、小選挙区制の中で勝とうと思えば野党は一つにまとまるしかありません。この構想のネックになりそうな共産党も党名を変える覚悟で臨むべきです。そして、「立憲民主党」山尾派、小沢派、志位派、福島派として、国民にアピールし、政策を競い合うのです。「立憲民主党」の党首は山本太郎です。これは第二の原発事故が起こった時に頼りになる人材という意味です。

         

         

        安倍晋三は辞任しません。憲法問題は隠れ蓑に過ぎず、権力の座にいることが目的なのですから。それは、ハコモノである原発や大学に補助金という名の国民の税金を注ぎ込み、合法的にそれをかすめ取る巧妙なシステムを手にしていることを意味します。そんなおいしい立場を自ら放棄するようなことをするはずもありません。

         

         

        これは私の構想ですが、今の政治状況から必然的に導かれる結論ではないでしょうか。この簡単・自明なことすら実行できないようでは、大げさではなく、確実に日本は破滅します。

         

         

        政治の最大の課題は「経済」だと多くの人は考えているようですが、それは「経済」を強調することで拝金主義を蔓延させ、国民を堕落させ、弱体化させておけば奴隷としてマインドコントロールしやすくなるからです。そしてある日、巨大地震がこの国をヒットし、私たちはディアスポラ(元の居住地に帰還できない流浪の民と化すのです。

         

         

        いえいえ、何も陰謀論を展開するつもりなどありません。世の中の物事は、政治も含めて、なかば意図して、なかば偶然によってできあがっています。偶然の中にも意図があり、意図の中にも偶然が混入しています。すべてが、ある人間たちの意図通りに進んでいると考えるのはあまりに子供っぽい思考です。

         

         

        本題に入りましょう。ええっ、まだ続くの!と反射的にプチッと画面を消そうと思った方、最後までお付き合いください。あと少しですから。

         

         

        私はブログで知性や普遍的な感情や知識について色々と述べてきました。そして今、知性とは人間の持つ価値の最上位に位置するものだと考えています。真善美と簡単に言いますが、倫理的な徳目も、勇気も、節度も美であり、美こそが知の対象となり、理想となるのです。

         

         

        知性はともすると知識と勘違いされます。この両者は似ていますが、別次元のものです。簡単に言うと、知性は質が問われるのです。一方、知識は正確さや量が問題にされるだけです。以下、対比的に書いてみます。

         

         

        ・知性は文化であり、知識は文明である。したがって、知性のグローバリゼーションはあり得ない。

        ・知性は物事や人間の内面を問題にし、知識は外面をとらえる。

        ・知性は美であるが、知識は真であるか否かが問われるだけである。

        ・知性は独自性ゆえに個人の内部にとどまるが、知識は他者へと還流する普遍性を持つ。

        ・知性は生き方から分泌される他ないものだが、知識は時間や量で切り売りできる。

        ・知性は有機的なもので、命を宿し呼吸しているが、知識は無機的なものである。

        ・知性は感じるほかないものだが、知識は学習によって身につけることができる。

         

         

        様々な人物を思い起こしながら、適当に書き出してみました。この暑い時に、小難しいことばかり書いて、これが一体何の役に立つんだと考えている人もいるでしょう。でも、知性のある人は、「一体何の役に立つんだ」とは考えません。そうそう、知性はコスパとは無縁である、と書くのを忘れていました。

         

         

        私は武士道の徳目である忠誠、犠牲、信義、廉恥、礼儀、潔白、質素、倹約、尚武、名誉、情愛といったものに共感します。それは、個人の「機微」によって無限の反応や姿勢、濃淡、バリエーションを持っているからです。これは思想であり知性です。上からの一律下降的な押し付けではなく、主従という精神的な紐帯から生まれる固有の道徳律を持ち、生死の「機微」をつかむことが個人の自覚にゆだねられているからです。

         

         

        これは「道徳教育」によって復活できる代物ではありません。知性(=徳)は独自性を持って個人の内部にとどまるのですから。最後に、知性とは生死の「機微」をつかむことから生まれる美意識である、と付け加えておきたいと思います。

         

        | 文学・哲学・思想 | 20:24 | comments(0) | - |
        そもそも政治とは何か?
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          昨日は暑い日差しがじりじりと照りつける中、伊方原発差し止め訴訟の第5回口頭弁論を傍聴するために大分地裁へ行ってきました。『疾風自由日記』のSさんとも二カ月ぶりに会うことができました。

           

           

           

           

          今回、追加提訴の114名を含めて、計378名の大原告団になりました。私はこれでもまだ少ないと思っています。大分市長や県知事が、市民や県民の命と暮らしを守るという政治家の本分を自覚していれば、何を置いても伊方原発を廃炉にするため四国電力や経産省、愛媛県知事と交渉するはずです。でも彼らは天下って来た元官僚で、政治家ではないので期待する方が無理というものです。

           

           

          前にも書きましたが、政治とは誰もが不可能だと思っていることを可能であると実証して見せる力のことです。すなわち、現実を絶対化し、その改変を試みるだけの勇気を持たない人間に対して、「現実」は一部の人間の利益に奉仕しているだけであり、したがって取るに足らない思いこみであり、一時的な夢だと喝破して見せるのが政治です。

           

           

          政治は、現実という檻の中でコマネズミのように駆け回り、自分に利益をもたらすものを嗅ぎ分け、それに連なろうとする営みではありません。しかし、日本にいるのは国家を私物化して私腹を肥やし、アメリカに国富を貢いで日本の国柄、文化を破壊し続ける低能ヤクザのような政治家ばかりです。

           

           

          話がそれました。私は裁判を傍聴しながらいつも一つのことが気にかかっています。それは、原発が過酷事故を起こした時の住民避難の問題です。

           

           

          福島第一原発が事故を起こしたとき、私が最も切実に知りたいと思ったのは、近隣住民はどうなるのか、どんな被害を受けるのかということでした。なぜなら、明日は我が身だからです。

           

           

          具体的には、「住民が住む地域に放射性物質は押し寄せるのか、その線量は、その範囲は。どちらの方角へ、どれくらいの距離を避難すればよいのか」ということでした。その情報が真っ先に住民に知らされるのか、ということでした。ところが肝心な情報は住民には知らされず、真っ先にアメリカ及び駐留米軍に知らされていたのです。

           

           

          その一方で、記者会見やテレビでは「炉心はメルトダウンしているのか、いないのか」という、住民にとってはどうでもいい論争が繰り広げられていました。東大の教授も東電も、「メルトダウンはしていない、メルトダウンしているわけがない」とただ希望的観測を述べるだけでした。メルトダウンの可能性を認めるコメントをした原子力安全・保安院の担当官は更迭され、東電は二カ月後になって初めてメルトダウンを認めました。

           

           

          こんな体たらくですから、伊方原発が事故を起こしたとき、住民が最も知りたい情報は知らされないでしょう。政治的な判断が先行し、住民は置き去りにされるのです。過去、伊方原発が火災を起こした時も四国電力は隠蔽したのですから。

           

           

          繰り返しになりますが「放射性物質は漏れたのか。漏れたとしてその線量は、逃げる方角は、どこへどうやって避難すればいいのか、病気で寝たきりのお年寄りはどうなるのか、日々の暮らしはどうなるのか、ローンは、子供の学校は、将来の生活は、再び自分の故郷へ帰ってくることができるのか。そもそも放射性物質は完全に封じ込められたのか」という、住民にとって重要な情報は知らされないでしょう。

           

           

          伊方原発が過酷事故を起こせば、国家の存亡にかかわるのです。補償どころの話ではありません。失われたものは二度と戻って来ません。自治体が行う避難訓練は単なるアリバイ作りに過ぎません。そのことはすでに書きました。よろしかったらお読みください。

           

          『原発事故避難訓練は、故郷を捨てる訓練である』

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=109

           

           

           

          おそらく、政治家や財界人が正気であれば、まず日本中の原発を廃炉にするはずです。国家の存亡がかかっているのですから。「経済」(原子力村の中で利益を還流させることですが)を理由に再稼働させることは、東芝の例を見るまでもなく、経済的に割が合わないのです。さらに使用済み核燃料の処分の問題もあります。

           

           

          そればかりか再生可能エネルギーの開発で日本は大きく後れを取るのです。これくらいのことも分からないのであれば、財界人は「今だけ、金だけ、自分だけ」の象徴的な存在だと言われても仕方がないでしょう。

           

           

          いずれにせよ、使用済み核燃料の処分の問題も含めて、廃炉は日本の命運をかけた巨大なビジネスにならざるを得ません。再稼働よりもはるかに「経済」に見合ったものになるはずです。それまで、巨大地震が日本を襲わなければの話ですが・・・。

           

          | 原発 | 15:52 | comments(0) | - |
          IT成金の皆さんの貧困な想像力
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            2012年に第二次安倍政権が発足してからというもの、目立ちたいだけの、あるいは権力者に声をかけられただけで庇護されていると勘違いしているお調子者が、この国では入れ替わり立ち替わり出てきます。

             

             

            ことによるとローテーションがあるのかもしれません。またこいつか、と思われるとローテーションの存在がバレるので、最近ではケント・ギルバートがリリーフで使われています。

             

             

            それにしても、政界、実業界、芸能界、ジャーナリズムの世界を問わず、よくもこれだけアホ面を晒せるものだと、ほとほと感心します。彼らは皆、親亀の上に乗って威張っている子亀なので、親亀がコケないように必死で旗を振っています。そのいじらしさと言ったらありません。親亀と運命を共にしているので、そのうち親亀がコケて消えてしまうでしょう。

             

             

            権力という後ろ盾を失っても生き残るのは、小金をためている IT 成金の皆さんでしょう。IT 成金といえば、ホリエモンこと堀江貴文氏が思い浮かびます。彼は7月12日に生放送された NHK の情報番組「ごごナマ」に出演し、その時着用していたTシャツにヒトラーの肖像が書かれていたことで物議をかもしました。やれやれ、またこの人かとうんざりしましたが、見過ごすことのできない点があるのでこうしてブログを書いています。

             

            これがその T シャツです。

             

             

             

             

            阿部アナウンサーは同番組の最後で、視聴者から問い合わせがあったとして、「T シャツは堀江氏が持参した私服で、戦争反対を示す NO WAR という文字や反戦のマークが入っていました。しかし、『ヒトラーを想起させる』というご意見を頂きました。不快な思いを抱かれた方にはお詫び申し上げます」と謝罪のコメントを読み上げたのです。

             

             

            それに対して堀江氏は12日のツイッタ―で、「しかし NHK の影響力半端ねーな。ヒトラーがピースマークで NO WAR 叫んでるTシャツ何回も着てたけど初めて炎上してる笑。どっからどう見ても平和を祈念しているメッセージTシャツにしか見えないだろこれ笑。」と発言しています。

             

             

            私が引っ掛かったのは「どっからどう見ても」という自分の判断を絶対化する言葉です。これは彼の常套句です。息を吐くように「どっからどう見ても」を連発します。

             

             

            しかし、ユダヤ人600万人を虐殺し、障害者・同性愛者をも排斥虐殺し、優生思想の主導者として人類社会への犯罪行為を行った独裁国家の宰相・ヒトラーが平和のアイコンになると信じているなら、歴史的事実に対して目を閉ざしているばかりか知性というものが根本的に欠如しています。自分の身内や友人がガス室に送られて殺された経験を持つ人が、このTシャツを見てどう思うかという想像力がないのです。

             

             

             

            ヒトラーのアイコンと NO WAR という文字を並列させるのは、本人は風刺だと思っているのかもしれませんが、これこそまさにジョージ・オーウェルが『1984』で指摘したダブルスピークです。

             

             

            ダブルスピークとは、矛盾した二つのことを同時に言い表す表現をいいます。例えば「一般人をテロから守るための共謀罪」のように、表の意味を持つ単語で正反対の裏の意味(国家権力に異議を唱える者は誰であれ処罰できる法律)を表し、それを使う者が表の意味を自然に信じて自己洗脳してしまうような語法のことです。

             

             

            あるいは「他者とコミュニケーションをとることを装いながら、実際には全くコミュニケーションを目的としない語法」だとも言えます。菅官房長官は言うまでもなく、安倍首相の記者会見や国会での答弁は、歴代の首相に比べ、この「ダブルスピーク」のオンパレードです。「ダブルスピーク」ばかり聞かされると、それに慣れてきます。そして、国民も記者も思考停止に陥っていきます。

             

             

            さて、最後に一つだけつけ加えておきます。IT 成金の皆さんが振り回しているのは、ネオリベ思想(市場原理主義と結果能力主義とコスパ至上主義)に他なりません。つまるところ優生学思想ならびに社会ダーウィニズムと同じもので、両者の間に違いはほとんどありません。

             

             

            この発想に骨の髄から冒されているのが、橋下徹、長谷川豊、ホリエモン、夏野剛、その他の経済評論家と称する皆さんです。人間を勝者と敗者に切り分け、自分だけは常に勝者の側だ、オレについてくれば負けないと吹聴する詐欺師たち。「今だけ、カネだけ、自分だけ」のネオリベ思想では、社会が直面する課題にもはや対処できないのは明らかなのですが。

             

             

            彼らの発言の底流にあるのは、まさにこういった思想に他なりません。例えば、明白なウソをつくことで別人格になりすまし、一橋大学出身を強調して生徒を掻き集める塾講師もいます。しかもそれを許容範囲だと勝手に判断する大分市田尻の学習空間Lのなりすまし塾長 K 氏が、ホリエモンの『多動力』なるスカスカ本を読んで感動するのも納得できます。

             

             

            K 氏の7月8日のブログによれば「なんだかんだ堀江さん好きなんです・・・上の世代の方からは完全に嫌われてる印象ありますけど、ぼくには正しいこと言ってるようにしか思えない。」のだそうです。なるほどね。

             

            | 政治 | 15:53 | comments(0) | - |
            未来を生きるための想像力を耕す。
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              現在の中学一年生のクラスは、とても素直で知的レベルも高く、ユーモアに対する感度も高い子供たちがそろっています。先日も宮崎駿監督の話をしていて、これまでどんな作品を見たかという話になりました。

               

               

              私がランダムに「天空の城」と言えば「ラピュタ」、「風の谷の」と言えば「ナウシカ」、「崖の上の」―「ポニョ」、「ハウルの」―「動く城」、「となりの」―「トトロ」、「魔女の」―「宅急便」、「風」―「立ちぬ」と唱和するのには驚きました。ということは、子供たちは宮崎監督の作品をほとんど見ているということです。その影響力の大きさに驚くとともに、ネトウヨから攻撃される理由がわかったような気がします。

               

               

               

              それは福島の原発事故直後、「スタジオジブリは原発ぬきの電気で映画をつくりたい」と書かれた監督直筆の横断幕が掲げられたことに対する攻撃以上の深い理由がある気がします。宮崎監督の作品は、子供たちの想像力に訴えかける力を持っています。それはありきたりで、固定的なイメージを打ち破ったところに出現する力です。いわば未来を生きるための想像力を耕しているのです。それを「カエルの楽園」などと揶揄する三文売文作家もいますが・・・。

               

               

              画像は塾のキャンディーボックスです。昔、駄菓子屋の店先に置いてあったやつです。蓋がアルミの物を探したのですが、見つかりませんでした。1円で飴玉2個買えた時代です。

               

               

               

               

               

              宮崎監督のドキュメンタリーを見ていた時に、ジブリのスタジオの前を通りかかった子供を監督がスタジオに招き入れ、キャンディーボックスから飴玉を取り出してあげていたのを見て思いつきました。塾では授業後に一人一個ずつ取っていいよ、と言っています。

               

              あらかじめ狙いをつけておいて、さっと取って帰る子もいれば、底の方にある「ハイチュー」を手探りする子もいます。帰りは気をつけるんだよ!

               

               

               

               

               

              事実を知れば知るほど、歴史を学べば学ぶほど、日本には国家主権が影も形もなくなっていることに気づかされます。このことが私たちの日々の生活と子供たちの将来にどのような影を落としているのか、考えただけで暗澹たる気持ちになります。

               

               

              そんな折、7月13日のツイッタ―で百田尚樹が次のように書いています。

               

              「安倍晋三は、間違いなくこの何十年かで現れた最高の総理大臣だ。今後、これほどの総理大臣は当分現れないだろう。 これほどの総理大臣に対して「NO!」を突きつける国民は、まさにカエルの群である。 安倍内閣が倒れれば、私たちカエルたちは遠からず滅びることになるだろう…」

               

               

              どうしたらこんな発想になるのでしょうか。度し難いというか、よくもここまで、一人の人間を持ち上げることができるものだと唖然とします。時の総理大臣を個人崇拝するということは、自分の脳みそがいかに空っぽかを世間に公表しているようなものです。

               

               

              仮に国のトップがいかに堕落し、ダメであっても、国が滅びることのないように確固たるシステムが整っているのが近代国家です。近代というシステムです。「この何十年かで現れた最高の総理大臣」が辞めたくらいで国が滅ぶなどという考え方そのものが近代を否定しています。

               

               

              私は全く逆に、このまま「最高の総理大臣」が地位に恋々とし続ければ、確実に国が滅ぶと思っているので、取り巻きを含めて一刻も早く退場させなければと思っています。バカに権力を持たせれば国が滅ぶのは何も近代に限った事ではありませんから。

               

               

               

              いま私の手元に、DJ・ブ―アスティンの『幻影の時代マスコミが製造する事実 (1964) (現代社会科学叢書)という本があります。今から五十年以上前に書かれた本です。その中の一節を引用します。もちろん百田尚樹やその取り巻き連中に読ませるためです。もっとも、彼らの読解力では到底理解できないでしょうが。

               

               

              「よく知られているように、シェークスピアは、偉大な人間を、生まれた時から偉大である人、努力して偉大になった人、偉大になることを強いられた人、の三通りに分類した。自分を偉そうに見せるためにPRの専門家や新聞関係の秘書を雇っている人たちを、偉大な人間の仲間に入れることなど、シェークスピアには思いもよらなかっただろう」

               

              「『世論』もまた、報道するという目的のために作り出された一種の疑似イベントになった。世論の発表は、疑似イベントの中でも、最も強力で、最も興味深く、最も神秘的なものになった。・・・・自発的に表現される意見というものは存在しないが、新しい凝った技術のおかげで、報道され、議論され、互いに対立させるという目的のために、意見を培養し、発表させることができるようになった。ある批評家が警告しているように、こうした技術は、『人間を大きな獣に変えようとしている。その獣は、準備ができていないにもかかわらず、吠えるように要求されるのである』」

               

               

              安倍首相と官房長官、および百田尚樹氏をはじめとする政権の腰巾着の皆さん、あなたたちは「準備ができていないにもかかわらず、吠えるように要求される獣」だそうですよ。でも「獣」というのはほめ過ぎです。「家畜」ですね。

               

              | 中高生の皆さんへ | 15:03 | comments(0) | - |
              2017年、人非人を国のトップに据えている日本
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                人非人(にんぴにん)とは、人にして人にあらず。つまり人の道に外れたことをする人、人間らしい心のない人、犬畜生を意味する言葉です。2017年の日本は、文字通りそういう人間を国のトップに据えています。

                 

                 

                私たちは、この人非人を一刻も早く退場させなければなりません。彼はもう十分歴史に名を刻みました。前代未聞、空前絶後の卑怯者として。

                 

                 

                権力を持っている者を応援することなど、どんなバカでもできることです。ただ依存すればいいのです。自分の意志で立つ必要はありません。お呼びがかかるのを待って、それらしきところに出て行くだけでいいのですから。これは人間精神の退廃形態です。

                 

                 

                彼とその取り巻きは人間をモノのように考えています。人は、それぞれの境遇で絶望し、あるいは前途にかすかな希望の灯りを見つけ、それを頼りに生きようとする存在です。家族や友人との思い出を胸に秘めている、一個の実存です。

                 

                 

                安倍晋三の子飼いのジャーナリスト、山口敬之は詩織さんをモノのように扱いました。薬物を服用させ、判断力を麻痺させて、むりやりホテルに連れ込みレイプしたのです。これほど醜く卑劣な犯行があるでしょうか。山口という鬼畜は詩織さんを一個の人格として扱わず、「丸太」のように扱ったのです。こんな人間が元TBSのジャーナリストというのですから、言葉がありません。

                 

                 

                この事件については、詩織さんと山口を乗せたタクシーの運転手が証言しています。ホテルの監視カメラにも証拠が残っています。詩織さんが告発した結果、高輪署が捜査して、数々の証拠をもとに、元TBSのジャーナリスト山口敬之の逮捕状を取りました。

                 

                 

                そして山口敬之が帰国するところを所轄の刑事が成田空港で待ち構え、いよいよ逮捕という時になって「上からの指示」で突如逮捕が中止されたのです。

                 

                 

                この判断を出したのは警視庁の中村格氏(当時・刑事部長)で、そのことを本人自ら認めています。逮捕を中止した理由は、逮捕する理由がないからということでした。中村氏は、菅官房長官の右腕と言われるエリート警察官僚です。こういった前例のないあまりに不自然な逮捕取りやめ劇と不起訴処分に官邸が関与していたことは明らかです。

                 

                画像左が山口敬之、下は詩織さん。右が中村挌。

                 

                 

                 

                おそらく、菅官房長官が中村格氏に指示を出したのです。安倍晋三は直接指示を出していなかったのかも知れません。菅官房長官が「忖度」して、選挙直前に『総理』なるヨイショ本を出した、あるいは出させた山口敬之の逮捕を止めたのでしょう。

                 

                 

                いつも思うのですが「忖度する側」はもちろん、「忖度される側」も同じ穴のむじなです。山口敬之の逮捕中止劇が、「忖度される側」が望んだ結果だとすれば、これは法治国家の根幹を揺るがす大事件となるはずです。プライドのあるまともな政治家であれば、激怒するでしょう。そして、この事件に関係した人間をすべて更迭し、改めて捜査することを指示し、責任を取って辞職するはずです。

                 

                 

                しかし、安倍政権は何度も言うようにプライドもなければ見識もない犯罪者集団なのですから、こんなことは起こりようもありません。いつものように口先だけで「私が関与していたら、総理大臣も国会議員も辞めますヨ、それだけはモーチアゲテおきたい」と言うことでしょう。

                 

                 

                逮捕が中止された後、詩織さんは文字通り命をかけて、マスコミの前でこの事件の経緯を語り、再度告発に踏み切りました。マスコミもジャーナリストもこの事件を最大限に取り上げ、安倍政権を追い込まねばならないはずです。本来なら逮捕者が続出する事件です。しかし、TBSが絡んでいるからでしょうか、一向にその気配は感じられません。

                 

                 

                それどころか、自民党の河野太郎氏は、BSフジの「プライムニュース」に出演して、「司直の判断に任せるべきだ」と言いました。その司直が逮捕状を出し、それを「上」が妨害したのです。警察と官邸が重大な犯罪を行っているときに、こんな発言しかできないとは、ふざけた議員です。自分の発言がセカンドレイプになるなどとは思ってもいないのでしょう。彼も人間を「丸太」扱いする集団の一人です

                 

                 

                人間を「丸太」扱いする集団に共謀罪の運用をゆだね、戦争法案を許していることを国民はもっと深刻に考えるべきです。

                 

                 

                いま私の手元に一冊の小説があります。その小説は次のように始まります。

                 

                 

                「目の前に首がある。私はどうやら刀を持っている。酷く痩せた男が両腕を縛られ、乾いた土の上に座らされている。干からびた肌をし、垢や土で黒く汚れている。その支那人を見るのを不快に感じ、目を逸らそうとしたができなかった。この支那人と私には、何の関係もなかった。この男がこれまでどのように生き、どのような思いでここにいるのかなどどうでもいいことだった。私と関係があるのはただ彼の首だけで、私の現在の問題の全ては、この首そのものにしかなかった。」

                 

                 

                「私」は上官たちの命令で、意識が遠のく中「支那人」の首めがけて刀を振り下ろします。そしてのたうちまわる「支那人」にとどめを刺した後、上官に次のように言われます。

                 

                 

                「この行為は、誰にも知られることはない。この死体は深く埋められる。お前の行為も私たちの行為も、誰にも知られることはない。なぜならこれは神話だから。

                 

                私たちにはもう退路がない。私たちが戦争に勝てばこんな行為は揉み消せる。私たちが戦争に負けても、これらの行為は敵側によって大げさに語られていき、やがて実態を失う。実態から外れていけばもうそれは真実ではない。いずれ私たちの国の連中がその信憑性に異議を唱えるだろう。我が国に汚点などないと。証言記録など伝聞に過ぎぬ、写真など細工できると言いながら。

                 

                我々のことなど何も理解していない、過去を直視することすらできぬ臆病者どもがそう叫び続けるだろう。彼らはわれわれの苦悩も体験も理解しようとせず、ただ取り憑かれたように綺麗ごとだけを並べ続けるだろう。

                 

                敵も味方も真実よりその時代の都合で歴史を語る。消失にしろ強調にしろ、何もかもが実態からうやむやになっていく。つまり私たちは歴史から断絶している。この場は、この場にいる私たちは、過去と未来から断絶し、歴史と断絶し、ただこの時間と空間の中に孤独に存在しているだけだ。だから私たちはその孤独の中でしっかり結びつかなければならない。私たちは仲間だ。歴史から断絶された存在者同士の」

                 

                 

                 

                私はこの一節を読みながら、これは今まさに日本で起きていることの寓話ではないかと思いました。人間を特に女性を「丸太」扱いし、他民族を蔑視する勢力が台頭し、それに支えられた政権が日本人の血塗られた精神史に新たな一ページを書き加えようとしているのです。

                 

                 

                上の文は中村文則氏の小説「A」から引用しました。文庫本にしてわずか11ページの短編です。

                 

                | 政治 | 14:35 | comments(0) | - |
                高校生のための英文法−その5 ・ いわゆる分詞構文について
                0

                  前回の解説です。以下のアンダーラインのどれが間違っているかという問題でした。

                   

                   

                  (1)Until recently, the earliest evidence for domestic dogs was (2)from Europe, the Middle East, and Southeast Asia, the upper time limit (3) was (4)no more than 14,000 years ago.

                   

                   

                  間違いは(4)の no more than だと言われれば、高校生の反応は「ああ、やっぱりね。no more than とか no less than とか not more than,  not less than とか出てくると、わけがわからなくなる。いったいどうやって区別すればいいんだろう。暗記するしかないの?暗記してもすぐ忘れるし・・・」という感想を持つ人が多いのではないでしょうか。

                   

                  no more than 

                  no less than 

                  not more than 

                  not less than

                  no better than 

                  not so much A as B

                   

                  など、など・・・

                   

                  「否定+比較」がからんだ文は苦手だ、そもそも Nothing is more precious than time. は「否定+比較」で最上級になる(時間ほど貴重なものはない。時間が一番貴重だ)と習ったし、no more than、no less than などとの関連はどうなっているのだろう?と思っている人も多いでしょうね。でも、こういった疑問をもっている人はかなりいい線を行っています。

                   

                   

                  実は「否定+比較」は大学受験の中でも最重要ポイントです。ここがすっきり分かれば高校生の皆さんも英語に自信が持てるはずです。しかし、それはまた後日。今回は正誤問題の解説です。実は(4)の no more than は間違っていません。(3)was が間違っています。なぜか?

                   

                   

                  ここで確認しておくべき重要な英語の原則があります。それは「カンマで文はつなげない」という原則です。これは塾を始めたころから30年以上言い続けているのですが、初めて聞いたという高校生がほとんどです。

                   

                   

                  上の問題をよく見て下さい。二つの文

                   

                  (1)Until recently, the earliest evidence for domestic dogs was (2)from Europe, the Middle East, and Southeast Asia,

                   

                  と、

                   

                  the upper time limit (3) was (4)no more than 14,000 years ago.

                   

                  という二つの文が the upper time limit の前のカンマでつながれています。これはルール違反です。もちろん、カンマで文がつながれているケースもありますが、それは例外的なケースです。無視してもかまいません。あくまで「カンマで文はつなげない」という原則をしっかり頭に入れて下さい。

                   

                   

                  この原則に照らすと、この英文は間違っていることになりますね。つまり、二つの文をつなぐには接続詞が必要なのにカンマで文をつないでいるのですから。そもそも、二つの文があるということは、それぞれに S + V があるということです。この V を述語動詞といいます。文が二つあれば述語動詞も二つあります。これを「一文一主語一述語動詞」の原則と言います。

                   

                   

                  上の場合、どちらも was  が述語動詞です。そこで、どちらかの述語動詞を 〜ing 形にしてこの文が原則破りの文であることを示したのが分詞構文です。もちろんそのことによって、二つの文はより緊密につながり、簡潔になります。場面の切り替えが紙芝居から映画になったのだと想像して下さい。

                   

                   

                  したがって、分詞構文が使われている英文を、接続詞を用いて書き換えるなどという練習には意味がありません。接続詞を用いて書き換えても、イコールにはならないからです。接続詞を使う必要がないから省いているのです。そういう文体の問題なのです。

                   

                   

                  高校生だった頃、分詞構文には次のような意味があると教えられ、接続詞を用いて書き換える練習をやらされました。

                   

                  1:時( when, while, as soon as・・・)

                  2:理由・原因( as, since, because・・・)

                  3:条件・仮定( if・・・)

                  4:譲歩( though, although, even if ・・・)

                  5:付帯状況・結果(・・・ and ・・・)

                   

                   

                  しかし、こういった分類が生きた現代文を読むのに有効だとは思われません。分詞構文が出てくるたびに「1〜5のどれかな?」などと考えるのは全くの無駄です。ちなみに今でもこういった教え方をしている塾や予備校、高校があります。結論から言えば、5だけで十分です。本来1〜5の区別は明瞭ではありません。それより、書いてある通りに左から右へと読み流すのが最も自然な態度です。

                   

                   

                  Returning to London, he found that ・・・

                  Returning from Beijing, he found that ・・・

                   

                   

                  こういった文を When he returned to (from)・・・などと書き変えてもほとんど意味はありません。「ロンドンへ帰ってみると・・・」「北京から戻ると・・・」と読めれば十分です。「時を表す分詞構文」だと説明するのは、あまりに大げさです。

                  さらに、

                   

                  Conservatives, having said that・・・, now claim・・・

                   

                  は、「保守派は・・・と言っていたが、今になって・・・と主張している」と書かれている通りに読み下せばいいだけのことです。従来、受験英文法が説明してきたように「言っていたけれども」「言っていたにもかかわらず」と訳さなければならない、なぜなら、これは「譲歩の分詞構文」だからだ、と難しい文法用語を使って決めつけるのでは本末転倒です。

                   

                   

                  さて、今回はここまでで終わりにします。本問に戻りますが、(3)was を being にするのが正解です。理由はもう分りましたね。the upper time limit は being の意味上の主語ということになります。いずれにせよ、分詞構文が現代英語のみならず、小説でもいかに多用されているかを知れば、分詞構文に精通することなくして英語は読みこなせないと断言しておきます。分詞構文についてはまた改めて説明します。とくに S'+ V の構造を作る Nexus は非常に重要です。

                   

                  最後に本問の訳をしておきます。

                   

                  「最近まで、家でイヌを飼っていた最も古い痕跡は、ヨーロッパ、中東、東南アジアからのもので、その上限はせいぜいのところ14,000年前であった」

                   

                   

                  | 高校生のための英文法 | 17:05 | comments(0) | - |
                  高校生のための英文法−その4
                  0

                    英語を勉強していてよかったなと思う瞬間は、何といっても外国の作家の作品を読んだ時です。もちろん優れた翻訳も出ていますが、ペーパーバックを取り寄せて夢中になって読んでいるときの感覚は、日本語の世界から解放され、新たな世界を垣間見せてくれるという点で、何物にも代えがたいものです。村上春樹氏が翻訳を精神のバランサーにしているのがよくわかります。

                     

                     

                    ところで、今の学校英語は、中学生の場合特にその精神年齢にそぐわないスカスカの、政治的に中立を装った、どーでもいい貧困なトピックのオンパレードです。これでは英語学習の動機が、最初の段階から萎えてしまいます。

                     

                     

                    それでなくとも部活で体力を使い果たし、クラスでは人間関係に気を使いながら一日の大部分を過ごしているのですから、慢性的な疲労と睡眠不足で勉強に集中できないのも無理はありません。ましてや、外国語である英語学習に落ち着いて取り組める訳がありません。

                     

                     

                    では高校英語はどうか。これはもう大学受験英語に収斂してしまった感があります。クラスから最低3人の代表を選んで英語の弁論大会を開催したり、エッセイを書いて発表したり、あるいは卒業するまでに100ページ余りの短編小説を英語で書くといった取り組みはどうでしょう。英語の歌30曲を完璧に歌いこなすというのもいいですね。リスニングの勉強になるのは言うまでもありません。

                     

                     

                    そもそも外国語学習がなぜ英語なのか、その疑問に答えた本を英語で読むというのもいいですね。Recommend 欄で紹介した『英語化は愚民化』を読むことから始めてはいかがでしょうか。いずれにせよ、外国語学習の最終目的は、その言語で書かれた最高の作家の文章を読むことに設定すべきです。若者に最高の知性を身につけてもらいたいと願っていればの話ですが。

                     

                     

                    そんなことは今の中高生の学力を考えたらとても無理だという意見もあるでしょう。しかし、それこそ chicken‐and‐egg problem です。中身スカスカのテキストを与えるから、それにふさわしい自我が形成されるのです。ヤドカリが貝殻に自分の身の丈を合わせるように。

                     

                     

                    さて今回の問題です。短いのでぜひ取り組んで下さい。例によって間違いが1つあります。それはどこでしょう。今回からはヒントとしてアンダーラインを引いておきます。(1)〜(4)の中に間違いがあります。その理由も含めて答えられるようにして下さい。上野丘や舞鶴高校に通って受験英語に取り組んでいる人なら、即座に分かるでしょう。

                     

                     

                    (1)Until recently, the earliest evidence for domestic dogs was (2)from Europe, the Middle East, and Southeast Asia, the upper time limit (3) was (4)no more than 14,000 years ago.

                     

                     

                    例によって精神浄化のための懐かしい歌をアップしておきます。古すぎるですって?名曲に古いも新しいもありません。すべてのものは古くなるのです。工夫によっていつまでも若々しく保つことができるのは、あなたの精神だけです。

                     

                     

                     

                     

                    | 高校生のための英文法 | 14:13 | comments(0) | - |
                    女性をモノと考えている男たち、そして真夜中のギター
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                      私にはまだやりたいことがたくさんあります。それゆえ政治の話題はいつもこれで最後にしようと思いながら、怒りの持って行き場がないために、ブログを書いてきました。私の拙いブログを読んで下さっている方には本当に申し訳ないと思います。

                       

                       

                      今回のタイトルは、朝日新聞の政治部次長である高橋純子氏の文章「個人と世界と真夜中のギター」に触発されて付けました(7月3日の朝日新聞のコラム『政治断簡』)。というのも、この数カ月の間で、私の怒りが頂点に達した事件のことが書かれていたからです。

                       

                       

                      それは幻冬舎から『総理』というタイトルの安倍晋三の礼賛本を出していた元TBSのジャーナリスト・山口敬之が詩織さんに薬を飲ませレイプした卑劣極まりない事件のことです。この事件の経緯については以下をお読みください。あなたがまともな感情の持ち主であれば、きっと耐えがたい痛みに襲われるはずです。

                       

                      http://lite-ra.com/2017/05/post-3146_3.html

                       

                       

                      この男を励ますための飲み会が開かれたようですが、メンバーには主役の山口をはじめとして、青山繁晴、産経の阿比留瑠比、雑誌正論の元編集長の上島嘉郎、文藝評論家の小川榮太郎が名を連ねました。これに、山口敬之は詩織さんにはめられたのではないかと発言したヒョーロンカの池田信夫がいれば、これ以上卑劣かつ低知能の集団はないでしょう。

                       

                       

                       

                       

                      高橋純子氏の文章「個人と世界と真夜中のギター」は以下の通りです。冒頭を少し省略しています。

                       

                       

                      ― 白い花柄のワンピースが、西日に映えてまぶしい。

                       6月2日、国会議事堂前の歩道に、彼女はすっくと立っていた。不自然なほどまっすぐに伸びた背筋に、そこはかとない緊張感が漂う。胸元に掲げられたプラカードには、「FIGHT TOGETHER WITH SHIORI」(詩織と一緒に闘う)

                       「性犯罪の被害を受けたのに、相手が不起訴処分になった」として検察審査会に不服を申し立てたフリージャーナリスト・詩織さん。その記者会見を見て、じっとしていられず、SNSで呼びかけられた抗議に参加したという彼女は21歳、大学3年生。

                       

                       ――ひとりで来たの? 勇気がいったでしょう。

                       「いや、友達誘う方が、逆に勇気いるんで」

                       ――どうして来ようと?

                       「私、去年、電車で痴漢に遭って。本当につらくて、仲のいい男友達に相談したら、『お前でも痴漢されるんだ』みたいに言われて。これって何なんだろう?って、女性差別の勉強を始めて、自分がもっと主体的に社会を動かさないといけないって思って」

                       同じようなプラカードを手にした150人ほどが、ただ黙って立っている。シュプレヒコールもなにもない静けさの底に、ずっしりとした怒りがたたえられている。

                       でもそれは、詩織さんという固有名詞を超えて、自らの尊厳が傷つけられた時の痛みの記憶、その古傷から漏れ出す怒り、なのかもしれない。

                       一緒に闘う。

                       あなたは、ひとりじゃない。

                       私たちは時に「誰か」に、そう伝えたくなる。誰も聞いていないのに、真夜中のギターを弾いてみたりする。

                           *

                       「個人の尊厳 国民主権」

                       先日、日本記者クラブで記者会見した前川喜平・前文部科学事務次官はこう揮毫(きごう)した。自分の信念、思想、良心は自分自身だけのものとして持たなければいけない、と。

                       個人。良心。自民党改憲草案はこれをどう扱っているか。13条「すべて国民は、個人として尊重される」の「個人」は「人」に、19条「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない」は「思想及び良心の自由は、保障する」に変えられている。なるほどね、そういうことね――。

                       あったことがなかったことにされ、なかったことにはできないと良心に従い声をあげた個人が攻撃される国は美しい国ですかそうですか。

                       あなたは、ひとりじゃない。

                       私はギターをかき鳴らす。じゃがじゃがじゃがじゃがかき鳴らす。夜明けまで。世界がぱちりと目を覚ますまで。―

                       

                      もちろん、高橋純子氏は実際に真夜中にギターを弾いていたのかもしれません。が、それは政権にとってはうるさくてしょうがない「真夜中のギター」だったことでしょう。

                       

                      さて例によって、精神浄化のために、千賀かほるの「真夜中のギター」をアップしておきます。高校時代深夜放送を聴いてばかりいて、ろくに勉強しなかった頃のことを思い出す懐かしい曲です。

                       

                      | 政治 | 22:30 | comments(0) | - |
                      Less is more. −ふたりからひとり−
                      0

                        Less is more は建築家のミース・ファン・デル・ローエの言葉とされていますが、生き方にも、芸術表現にもあてはまる金言です。「より少ないものこそがより多くを表現する」という意味にも「豊かな暮らしには過剰なモノもおカネもいらない」という意味にも受け取れます。良寛さんをはじめとして、この言葉を文字通り生きた人間の精神が、日本文化の基底部を伏流水のように流れています。

                         

                         

                        戦前、戦中の暗い時代に、Less is more を生活と思想の根幹に据えて生きた林達夫に、若いころ大きな影響を受けました。彼との出会いがなければ、充実した人生のスタイルとはどのようなものかイメージがわかなかったと思います。私にとっての読書は、まさに生きることそのものだったのです。

                         

                         

                        そして、少しばかり年をとって周囲を見回すと、何の気負いもなく Less is more を当然のこととして生きている市井の人がいたるところにいることに気づきました。

                         

                         

                        今からちょうど5カ月前、ブログで紹介した津端夫妻もそうだったのです。

                         

                        老建築家夫婦のドキュメンタリー!映画『人生フルーツ』

                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=300

                         

                         

                        建築に興味を持っていなければ、ご主人の修一さんが多大な影響を受けたアントニン・レーモンドの名前も知らなかったでしょうし、『人生フルーツ』に出会うこともなかったでしょう。

                         

                         

                        先日、忙しくて私のブログなど読んでいそうもない上の娘がやって来て、「お母さん、この本読んどいた方がいいよ」と置いて行ったのが、津端英子さんの『ふたりからひとり』でした。御主人の修一さんが九十歳で亡くなった後、二人で生きた六十五年に及ぶ生活を淡々とつづった本です。

                         

                         

                         

                         

                        一気に読んだ妻は、なんだか心の底から共感し語り合える友人を持ったような表情をしていました。言葉は不思議な働きをします。人生の意味を一気に照らし出しもすれば、それまで抱いていた幻想を白日の下に引っ張り出したりもします。

                         

                         

                        妻に言わせれば「なんでこんな一筋縄ではいかない、変わり者と結婚したんだろうと思っていたけれど、この本を読んで、それもありかなと思えるようになったのよね。意外と幸せだったんじゃないかって。修一さんの生き方があなたとそっくりだもの。世間付き合いもほとんどしない、他人を頼らない、いつも自分で何か考えて一人で実行するところなんか、よくもこんなそっくりな人間がいるものだと思ったわ。言うこともそっくりで・・・」とのことです。

                         

                         

                        実はこの本を読んで私も同じ感想を持っていたので、自己正当化をつとめて避けながら、それとなく感想を述べ合っています。

                         

                         

                        この本のプロローグ「人生が完成する日−しゅういち」から引用します。

                         

                        ― サマセット・モームは、僕の好きな英国の作家でね。彼は六十四歳のときの回想記に、こんなことを書いているんですよ。

                         

                        「私はいつも未来に向かって生きてきたので、未来が短くなったいまも、その習慣から抜け出せないでいます」

                        と、言いながら九十一歳まで生きて、自分の死をこうも言っています。

                         

                        「自分の目論んだ人生模様が、完成する日」と。

                         

                        幸福な人生だったんでしょうね。

                        九十歳のお誕生日には、こうも言っています。

                         

                        「ときどき人生をくり返したいかと質問されます。全体として見ると、けっこうよい一生でした。・・・もしかすると、大部分の人よりよい一生だったかも」と言いつつ、

                         

                        「でも、もう一度繰り返しても無意味です。前に読んだ推理小説を再読するように、退屈です」と。

                         

                        九十一歳で亡くなったモーム。ゆとりがあって立派ですね。僕も同じような思いです。

                        僕も「私の目論んだ人生模様が完成する日」を迎えることでしょう。

                        でも、もう少しモームよりも長生きさせていただいて、茨木のりこさんの言うように、

                         

                        「・・・だから決めた。できれば長生きすることに

                        年をとってから凄く美しい絵をかいた

                        フランスのルオー爺さんのように

                        ね」と、いきたいものだと思っているんですよ。(2014年10月)

                         

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