CALENDAR
S M T W T F S
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  
<< May 2018 >>
ARCHIVES
CATEGORIES
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ/阿武野勝彦【1000円以上送料無料】
さよならテレビ ドキュメンタリーを撮るということ/阿武野勝彦【1000円以上送料無料】 (JUGEMレビュー »)
《目次》
プロローグ
第1章 テレビマンとは何者か
第2章 大事なのは、誰と仕事をするか
第3章 表現とタブー
第4章 放送は常に未完である
第5章 世の中には理解不能な現実がある
第6章 ドキュメンタリーを、誰が求めているのか
第7章 「ダメモト」が表現世界を開く──〈司法シリーズ〉のこと
第8章 「ドキュメンタリー・ドラマ」とは何か
第9章 あの時から、ドキュメンタリーは閉塞した世界だった
第10章 題材は探すのではなく、出会うもの
第11章 組織の中の職人は茨の道
第12章 「わかりやすさ」という病
第13章 樹木希林ふたたび
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
地球家族―世界30か国のふつうの暮らし
地球家族―世界30か国のふつうの暮らし (JUGEMレビュー »)
マテリアルワールドプロジェクト,ピーター・メンツェル
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
日本を解き放つ
日本を解き放つ (JUGEMレビュー »)
小林 康夫,中島 隆博
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐 (集英社新書)
資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
マルクス・ガブリエル,マイケル・ハート,ポール・メイソン
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
洪水の年(上)
洪水の年(上) (JUGEMレビュー »)
マーガレット・アトウッド
RECOMMEND
洪水の年(下)
洪水の年(下) (JUGEMレビュー »)
マーガレット・アトウッド
RECOMMEND
RECOMMEND
 (JUGEMレビュー »)

まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
RECOMMEND
「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書)
「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実 (現代社会科学叢書)
幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実 (現代社会科学叢書) (JUGEMレビュー »)
D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
RECOMMEND
殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
殺人犯はそこにいる (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書)
デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
RECOMMEND
 (JUGEMレビュー »)

安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
RECOMMEND
茫漠の曠野 ノモンハン
茫漠の曠野 ノモンハン (JUGEMレビュー »)
松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
RECOMMEND
「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
「南京事件」を調査せよ (文春文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業  DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号
日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業 DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号 (JUGEMレビュー »)
広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
チャヴ 弱者を敵視する社会
チャヴ 弱者を敵視する社会 (JUGEMレビュー »)
オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
 (JUGEMレビュー »)

紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
新・日米安保論 (集英社新書)
新・日米安保論 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
柳澤 協二,伊勢崎 賢治,加藤 朗
RECOMMEND
英語の実際的研究 (1969年)
英語の実際的研究 (1969年) (JUGEMレビュー »)
秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
スノーデン 日本への警告 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
魂の殺人―親は子どもに何をしたか
魂の殺人―親は子どもに何をしたか (JUGEMレビュー »)
A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
朽ちていった命:被曝治療83日間の記録 (新潮文庫)
朽ちていった命:被曝治療83日間の記録 (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
服従
服従 (JUGEMレビュー »)
ミシェル ウエルベック
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
RECOMMEND
黒い巨塔 最高裁判所
黒い巨塔 最高裁判所 (JUGEMレビュー »)
瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
RECOMMEND
そして、僕はOEDを読んだ
そして、僕はOEDを読んだ (JUGEMレビュー »)
アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
RECOMMEND
選挙 [DVD]
選挙 [DVD] (JUGEMレビュー »)

想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
RECOMMEND
職業としての政治 (岩波文庫)
職業としての政治 (岩波文庫) (JUGEMレビュー »)
マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
RECOMMEND
熊楠の星の時間 (講談社選書メチエ)
熊楠の星の時間 (講談社選書メチエ) (JUGEMレビュー »)
中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
RECOMMEND
電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ
電通と原発報道――巨大広告主と大手広告代理店によるメディア支配のしくみ (JUGEMレビュー »)
本間龍
こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
RECOMMEND
英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる (集英社新書)
英語化は愚民化 日本の国力が地に落ちる (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
施 光恒
英語教育に携わる人は、一度この本を読んでみるべきではないでしょうか。言葉は悪いですが「英語ばか」がこの国には余りにも多すぎる気がします。
RECOMMEND
日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか
日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか (JUGEMレビュー »)
矢部 宏治
前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
RECOMMEND
日本会議の研究 (扶桑社新書)
日本会議の研究 (扶桑社新書) (JUGEMレビュー »)
菅野 完
メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
RECOMMEND
偶有性操縦法 -何が新国立競技場問題を迷走させたのか-
偶有性操縦法 -何が新国立競技場問題を迷走させたのか- (JUGEMレビュー »)
磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
RECOMMEND
新・戦争のつくりかた
新・戦争のつくりかた (JUGEMレビュー »)
りぼん・ぷろじぇくと
難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
RECOMMEND
福島第一原発 メルトダウンまでの50年――事故調査委員会も報道も素通りした未解明問題
福島第一原発 メルトダウンまでの50年――事故調査委員会も報道も素通りした未解明問題 (JUGEMレビュー »)
烏賀陽弘道
私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
RECOMMEND
多読術 (ちくまプリマー新書)
多読術 (ちくまプリマー新書) (JUGEMレビュー »)
松岡 正剛
松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
RECOMMEND
RECOMMEND
永遠平和のために (岩波文庫)
永遠平和のために (岩波文庫) (JUGEMレビュー »)
カント
安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
RECOMMEND
みんなが聞きたい 安倍総理への質問
みんなが聞きたい 安倍総理への質問 (JUGEMレビュー »)
山本 太郎
山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
RECOMMEND
転換期の日本へ―「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か (NHK出版新書 423)
転換期の日本へ―「パックス・アメリカーナ」か「パックス・アジア」か (NHK出版新書 423) (JUGEMレビュー »)
ジョン・W・ダワー,ガバン・マコーマック
おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
RECOMMEND
拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々
拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々 (JUGEMレビュー »)
蓮池 透
出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
RECOMMEND
田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」
田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 (JUGEMレビュー »)
渡邉 格
2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
RECOMMEND
チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫)
チェルノブイリの祈り――未来の物語 (岩波現代文庫) (JUGEMレビュー »)
スベトラーナ・アレクシエービッチ
今年度ノーベル文学賞受賞作品。チェルノブイリは言うまでもなく、フクシマでさえ人々は忘れたがっています。もう過去のことだと言い聞かせて。しかし、過去のことではなく、まぎれもない現在進行中の現実であり、私たちが生きている世界そのものです。この本を読んだ後、橋下徹が御堂筋をイルミネーションで照らし出し、F1カーに乗って写真を撮っているところを見ました。その時のセリフ。「大阪はここまでできる!」

もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
RECOMMEND
日本的霊性 完全版 (角川ソフィア文庫)
日本的霊性 完全版 (角川ソフィア文庫) (JUGEMレビュー »)
鈴木 大拙
鈴木大拙の言わんとすることが、ようやくわかりかけてきました。年齢を重ね、日本文化の基底にあるものをじっくり味わうことで開示される世界があるのです。日々の生活に追われていては、この本を読み、味わう暇などないでしょうが、それだからこそ手に取ってみてはいかがでしょう。
RECOMMEND
アクト・オブ・キリング オリジナル全長版 2枚組(本編1枚+特典ディスク) 日本語字幕付き [DVD]
アクト・オブ・キリング オリジナル全長版 2枚組(本編1枚+特典ディスク) 日本語字幕付き [DVD] (JUGEMレビュー »)

人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
RECOMMEND
社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学
社会はなぜ左と右にわかれるのか――対立を超えるための道徳心理学 (JUGEMレビュー »)
ジョナサン・ハイト
私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
RECOMMEND
食う寝る遊ぶ 小屋暮らし
食う寝る遊ぶ 小屋暮らし (JUGEMレビュー »)
中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
RECOMMEND
暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
RECOMMEND
パン屋の手紙―往復書簡でたどる設計依頼から建物完成まで
パン屋の手紙―往復書簡でたどる設計依頼から建物完成まで (JUGEMレビュー »)
中村 好文,神 幸紀
中村さんの書かれた本はすべて読みました。どの本もおすすめです。これから家を建てようと考えている人は、どの本でもいいですから、一冊中村さんの本を読んでみてはいかがでしょうか。エッセイとしても十分楽しめます。この本は北海道にあるパン屋さんの建物を作りながら、人は「パンのみにて生きるにあらず」を実践したものです。ダジャレ好きの中村さんらしい(笑)。
RECOMMEND
中村好文 普通の住宅、普通の別荘
中村好文 普通の住宅、普通の別荘 (JUGEMレビュー »)
中村 好文
中村さんの本を全部は読めないという人向けに、一冊だけ選ぶとすればこれでしょうか。普通、設計したらそれで終わりという建築家が多い中、かってのクライアントを訪問して話を聞き、それを本にしたものです。クライアントといい関係が築けてないと難しいですね。加えて自信がないとなかなかできることではありません。
RECOMMEND
森の生活〈上〉ウォールデン (岩波文庫)
森の生活〈上〉ウォールデン (岩波文庫) (JUGEMレビュー »)
H.D. ソロー
この本は実は哲学的で難しいですね。最初から熟読するのではなく、折に触れてページをめくるような読み方がいいようです。ところどころに、ブログで紹介したような言葉があり、はっとさせられます。彼のアフォリズム集として読むのがおすすめです。
RECOMMEND
堀部安嗣の建築
堀部安嗣の建築 (JUGEMレビュー »)
堀部 安嗣
堀部氏のスケッチと自身で撮った写真集。これ見よがしの作家性を前面に押し出したところがない。簡素で謙虚だが、気品に満ちた佇まいは何度見ても見飽きることがない。ブログを書くために、もう一度最初から読み直してみたが、やはり素晴らしい。
RECOMMEND
民主主義ってなんだ?
民主主義ってなんだ? (JUGEMレビュー »)
高橋 源一郎,SEALDs
「民主主義が終わってるなら、始めるぞ!」そのとおりです。彼らは「○○大学、○○○○(氏名)、私は戦争法案に反対します」と堂々と個人の責任で発言している。ネット上で匿名で反対意見を罵倒する勢力に比べると何とすがすがしいことか。デモや民主主義について一から考えたい人、あるいは、それくらいのことはわかってるつもりだという学者の皆さんに読んでもらいたい。もちろん大学生や18歳で選挙権を持つ若い人たちにも。ただし、民主主義は感情統治だの多数決だのと言っている橋下徹やホリエモンこと堀江貴史は読まなくてよい。あなたたちはSEALDsの新しさを理解する能力を欠いているから。
RECOMMEND
亡国記
亡国記 (JUGEMレビュー »)
北野慶
私たちの身の回りに起こったことは、日々の忙しさにかまけてすぐに忘れてしまいます。しかし、本当の想像力を持っていれば、それは現実を見る目を変えてくれますし、日々の生き方をも変えてくれます。一人でも多くの人に、この本を読んでもらいたいと思います。
RECOMMEND
ヤコブセンの建築とデザイン
ヤコブセンの建築とデザイン (JUGEMレビュー »)

北欧デザインの巨匠。実は「夏の家」もさることながら、彼の自邸も素晴らしい。この本をめくりながら、私は何度もため息をつきました。家具だけでなく、彼の建築家としての仕事も是非ご覧ください。
RECOMMEND
Louis I.Kahn Houses―ルイス・カーンの全住宅:1940‐1974
Louis I.Kahn Houses―ルイス・カーンの全住宅:1940‐1974 (JUGEMレビュー »)
斎藤 裕
フィッシャー邸、エシェリック邸の外観、内部を詳しく見ることができる。折に触れてこの本を開き、インスピレーションをもらった。カーンとの出会いがなければ、私の住宅のイメージは決して像を結ばなかったと思う。現実のフィッシャー邸は、かなり傷んでいるとのこと。写真でしか見られなくなる日も近いかもしれない。
RECOMMEND
かくれ里 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ)
かくれ里 (講談社文芸文庫―現代日本のエッセイ) (JUGEMレビュー »)
白洲 正子
言わずと知れた白州さんの名紀行文。観光ブームとは一線を画し、日本の文化・歴史を、そして自分を見つめる旅をしたい人にはおすすめです。蛇足ですが、この紀行文は、1970年、世間が大阪万博で浮かれていた時代に書かれました。
RECOMMEND
丘の上の修道院 ル・コルビュジエ 最後の風景
丘の上の修道院 ル・コルビュジエ 最後の風景 (JUGEMレビュー »)
范 毅舜
無神論者だった ル・コルビュジエ が、自分が死んだあと亡骸を一晩ラ・トゥーレットの修道院に留め置いてほしいと書き遺したのはなぜか。芸術はついに宗教を超えることはできなかったのか。美しい写真とともにその謎に迫る。気がつけばいつの間にかページをめくって、その答えを探そうとしている自分を発見する。
RECOMMEND
RECOMMEND
福島原発 現場監督の遺言
福島原発 現場監督の遺言 (JUGEMレビュー »)
恩田 勝亘
メディアで働く人間の中にも、恩田氏のような人はいる。しかし、圧倒的少数派である。私は、たとえ少数派でも真実を報道する記者を断固支持する。
RECOMMEND
原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語―
原発危機と「東大話法」―傍観者の論理・欺瞞の言語― (JUGEMレビュー »)
安冨 歩
安倍政権とそれを支える「日本会議」の面々、そこに群がる政治家、財界人、原子力規制委員会の田中委員長、マスコミの言葉使いの欺瞞性を見事にあぶりだしてくれた本。今読み返してみて、あらためてその先見性と普遍性に驚く。
RECOMMEND
死都日本 (講談社文庫)
死都日本 (講談社文庫) (JUGEMレビュー »)
石黒 耀
12年前に読み、衝撃を受けた本。純粋に小説として読んでも面白いこと請け合い。しかも、将来の備えにもなるという、一石二鳥。私はこの本を読んで車を4WDに乗り換えたほどです。
RECOMMEND
電気がなくても、人は死なない。
電気がなくても、人は死なない。 (JUGEMレビュー »)
木村 俊雄
木村さんの人柄に感銘して、応援する意味も込めてこの本を購入しました。未来のこどもたちのために、私たちが無理なく、今すぐできることが書かれています。私たちが電気ポットの使用をやめるだけで、原発3基分の電力が節約できます。原発再稼働には何一つ合理的な理由がありません。日々私たちにできることから始めましょう。この本を買って木村さんを応援しましょう。
RECOMMEND
小さな森の家―軽井沢山荘物語
小さな森の家―軽井沢山荘物語 (JUGEMレビュー »)
吉村 順三,さとう つねお
ヤドカリは身の丈に合った「家」を探します。原寸大の生活そのものを楽しむためには、家にお金をかけすぎない、ということも大切です。たかが家です。そのために無理をしたり家族がバラバラになるなんて、悲しすぎますね。自分にとっての居心地の良さとは何かを考えるヒントになる本です。
RECOMMEND
戦争をしない国 明仁天皇メッセージ
戦争をしない国 明仁天皇メッセージ (JUGEMレビュー »)
矢部 宏治,須田 慎太郎
安倍首相および安倍政権の中枢にいる人に読んでもらいたい。彼らがまともな読解力を持っていることを願うのみである。そして、いうまでもないことですが、若い人々に読んでもらいたい本です。
RECOMMEND
歴史の暮方 (中公文庫)
歴史の暮方 (中公文庫) (JUGEMレビュー »)
林 達夫
林達夫著作集全6巻(平凡社)は絶版になっていると思われます。林達夫ほどの大知識人でも、これほどストレートに、赤裸々に自分の感情を表現するのだと思い、ずいぶん励まされました。若い人たちは、自分の悩みをどこまでも掘り下げることによって、自分のやりたいことを見つけることができるのです。
RECOMMEND
エリック・ホッファー自伝―構想された真実
エリック・ホッファー自伝―構想された真実 (JUGEMレビュー »)
エリック ホッファー
人間が生きるとはどういうことか、幸福とは何かを考える人に安っぽい希望や夢ではなく、勇気を与えてくれる。私の座右の書。
RECOMMEND
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか (JUGEMレビュー »)
矢部 宏治
18歳から選挙権を持つことになった若い人たちに是非読んでもらいたい本。この本に書かれてあることをすべての議論の出発点にすべきである。無知は悪である。
MOBILE
qrcode
映画『タクシー運転手』を観る。
0

    今日の午後、楽しみにしていた映画『タクシー運転手』を観るためにシネマ5Bisまで車を飛ばしました。『チャーチル』は途中で眠気を催しましたが、この映画は本当に素晴らしかった。面白さにもいろいろあるでしょうが、私の採点では『タクシー運転手』の圧勝です。

     

     

     

     

     

    まだ観ていない方には自信を持って勧めたいと思います。光州事件を題材にしたこの映画は、事件史としてもメディアと権力の関係を描いた作品としても、人情話、エンターテインメントとしても一級品です。私の前の席に座っていた若い女性はハンカチで何度も涙を拭いていました。もしかしたら、韓国の学生さんだったのかもしれません。日本の若者にも是非観てもらいたいですね。

     

     

     

    観終わった後、こういう映画を作れる韓国の市民社会の成熟をうらやましく思いました。いや、うらやましいというよりも、心の底から賞賛したくなりました。日本は市民社会の成熟度で韓国に大きく後れを取りました。その事実にほとんどの日本人が気づいていないことが「後れ」そのものです。そして、日本がその後れを取り戻すことは、もはや絶望的に不可能です。

     

     

     

    民主主義の歴史は韓国の方が日本よりも浅いと思っている人もいるでしょうが、それは形式的、表層的な見方です。民主主義の成熟度という点では、韓国はすでに日本を追い越しています。それどころか逆に日本は後退し始めています。韓国を見下す低劣な差別本が書店で平積みになっているばかりか、媚薬のような「日本スゴイ本」「日本スゴイ番組」の氾濫は、そんな後退に拍車をかけています。

     

     

     

    私の見通しが悲観的に過ぎるというのであれば、ぜひこの映画をご覧ください。今の日本が忘れてしまったもの、学ぶべきものがたくさんある映画です。ちなみに予告編ではこの映画の全貌はまったく分かりません。

     

     

     

    『チャーチル』も『タクシー運転手』も史実をもとに作られていますが『タクシー運転手』は誰の視点に立って映画を作るのかという最も重要なことを私たちに突きつける映画でした。シネマ5Bisで6月8日まで上映しています。

     

     

     

    | 読書・映画 | 23:15 | comments(2) | - |
    O君、コメントありがとう。
    0

      O君、久しぶりですね。元気でやっているようでなによりです。新しい教室ができ、いろいろと考えること、やることが多いと思います。

       

       

      ところで、僕は恩師と言われるほどのことは何もしていません。何のとりえもない人間が、生活のために塾稼業に励んできただけです。つまり、路傍の石のごとく、世間の大部分の人と同じように生きてきただけです。

       

       

       

      塾業界は今再編の真っただ中にあります。それも同業他社との競争というよりも、自社内部における社員のリストラとAIによる画一的な授業にいかに付加価値を付けて消費者(生徒と保護者)を取り込むかといった、宣伝とコスト削減競争なのです。

       

       

      それはともかく、O君のコメントにある通り、すべての物事はつながっています。僕たちは小学校に入った途端に、算数、国語、理科、社会といった科目と出会います。教育の画一性、効率性のために、世界の多様性、全体性が犠牲にされているのです。つまり僕たちの知的世界は、あらかじめ分断された形で与えられているのですね。

       

       

       

      学年が上がるにつれて、自然に対する驚きや畏怖の念は失われていきます。もちろん人間に対しても同様です。それが何をもたらしているのか、今の社会、特に政治を見れば答えはおのずから明らかです。

       

       

       

      第二次安倍政権が誕生してからというもの、もはやこの国には最低限の道徳も論理的な言説が支持される土壌もなくなりました。国家を私物化し、権力を恣意的に行使して恥じることのない男に向かって、「いいかげんに嘘をつくのをやめろ!」と言える与党議員も記者もいないのです。そのうちだれかが何とかするだろうというわけです。

       

       

       

      日本の歴史で、この男ほど、国民の倫理観や道徳観をすり減らした総理大臣は他に見当たりません。日本を腐らせ続けている張本人が道徳教育を叫んでいるのですから、これほどのギャグはないでしょう。

       

       

       

      ところで、O君がブログに書かれていた、クルト・ゲーデルの「不完全性定理」については、今から2年前、僕のブログ『引き返す勇気』のなかでも触れています。

       

      『引き返す勇気』

      http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=161

       

       

       

      数学は、普通、真理の土台だと考えられていますが、ゲーデルは、数学の中に証明できない真理が含まれているといいます。つまり、人間は自らの限界さえ自覚できる存在であり、機械には模倣できない偉大さを持つ、と言いたかったのでしょう。

       

       

       

      僕たちの社会は要素還元主義の悪弊に閉じこもり、今だけ、カネだけ、自分だけになっています。それでも、O君は文化としての数学を教えることで、目の前の生徒を広大な真理の世界にいざなうことができます。塾教師はO君の天職だと言ったのは、そういう意味です。

       

       

       

      O君、どうか健康に気をつけて頑張ってください。奥さんと宮崎駿監督の名前をもらった駿太郎君にもよろしくお伝えください。宮崎駿監督には少しでも長生きしてもらいたいですね。

       

       

      | 身辺雑記 | 15:51 | comments(1) | - |
      日大の宮川選手は自殺してはならない。
      0

        日大の内田元監督と井上コーチの記者会見を見ました。前回のブログでも書きましたが、予想した通りの内容でした。日大の広報担当の司会者もメディアの記者も、一方的に話したり糾弾したりするだけで、ただただ無意味な時間が流れた記者会見でした。

         

         

         

        これでは何のために記者会見を開いたのかわかりません。内田元監督は同じフレーズを繰り返してはぐらかし、井上コーチは言葉を探しあぐねて詰まる場面が多かったですね。それは当たり前です。二人とも真実を話す気がないのですから。

         

         

         

        教育よりも組織防衛を優先する人間たちの人格が空洞化している現実を世間にさらしてしまったのです。指導・教育する立場にいる人間が、二十歳の前途ある若者を追い込んでどうするつもりでしょうか。

         

         

         

        それにしても、二人ともあまりに語彙が乏しい。あれだけ語彙が乏しくて選手を指導できるはずがありません。上から言われたことを忠実に実行するだけの集団は、独自の思考をもとに作り上げた集団に勝てるわけがありません。こんな単純な真実に気がつくこともなかったのでしょう。権力志向の強い人間は、言葉をバカにします。すなわち、自分で考えることを放棄するのです。

         

         

         

        スポーツに限らず、指導者は、物事の本質を発見しようとする観察眼と、声にならない声を聴こうとする耳と、成長を辛抱強く待とうとする態度を自覚的に身につけなければなりません。指揮命令系統を通じて上から流れてきた紋切型の言葉は、こういった態度を身につけるのに障害となります。

         

         

         

        言うまでもなく、これからの社会は若者たちが作っていくのです。そんな若者を育てるには、これまでどんな指導者も発したことのない言葉が必要なのです。その発見の努力を放棄すれば、前回のブログでも述べたように、英雄主義(ヒロイズム)がいとも簡単に心の中に忍びこんできます。

         

         

         

        もう一度言いますが、英雄主義とは、高みに立って「国家」や「祖国」や「民族」を救うという目標を掲げ、その目標のために障害となる集団や国を力で排除する考え方です。人間を砂粒だと見なし、目的のための手段、駒として動かすことに何の疑問も感じません。「英雄主義」にとっては、たとえ大量に人を殺すことがあっても、それは「人殺し」なのではなく、国や祖国や民族を守るための「善行」であり「称賛される行為」になると考えられているのです。

         

         

         

        この英雄主義(ヒロイズム)は、日大のアメリカンフットボール部の精神的な支柱となっています。内田監督の指示はすべてこの英雄主義の発露なのです。実は、日本の政治の中枢に巣食う英雄主義は、宗教団体の内部だけではなく、中学や高校の部活に始まり、日大のアメリカンフットボール部のような集団の中で純粋培養されているのです。

         

        『部活で殺されないために。』

        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=294

         

         

         

        そこでは、事実はそれほど意味を持ちません。頂点に立つ人物にとっては「言い切ること」「断言すること」が重要で、自分が言い切り、断言すれば、周囲の人間や部下が勝手に忖度し、事実を改竄したり、証拠書類を廃棄したりしてくれます。そんな成功体験の積み重ねで、世間の感覚から隔絶したバカ殿が出来上がるのです。

         

         

         

        それにしても、庇ってくれるはずの監督やコーチ、大学から手のひらを返えされ、マスコミに騒がれ、しかも、タックルを受け負傷した関西学院の選手が脅迫されていることを知って、宮川選手は絶望感を覚えているはずです。しかし、宮川選手は自殺してはなりません。自分が何をされたのか、何に利用されたのか、それをはっきり突き止めるためにも、生き抜いてほしいと思います。

         

         

        | スポーツ・文化 | 01:38 | comments(0) | - |
        審判はどこにいるのか?
        0

          高校生および大学受験生の皆さんこんにちは。

           

          今回は塾教師の分をわきまえない極論として聞いていただきたいのですが、これから日大、東大、近畿大を受験しようと考えている人は、止めましょう。理由を書くと長くなるので、今回は日大に絞って短くコメントします。

           

           

          日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックルは、単にスポーツの分野にとどまらず、日本大学全体に深く張り巡らされた反知性の体質そのものを表面化させたものです。

           

           

           

          謝罪会見を開いた選手の言葉は具体的で誠意にあふれたものでした。よほど鈍感な人間でない限り、彼がウソを言っていると思う人はいないでしょう。真実の持つ力は単純で誤解を与える余地などないのです。

           

           

           

          300を超えるマスメディアの前に実名と顔をさらすことは、人間の尊厳をかけた、本当に勇気のいる行為です。安倍首相のお抱えジャーナリスト、山口敬之にレイプされた伊藤詩織さんの勇気と通じるものがあります。

           

           

           

          今回の事件の本質は誰の目にも明らかなので、これ以上言及しません。ただ、私はある言葉に対して、どうしようもなく嫌悪感を抱きました。それは関学大への回答書の中にあった「乖離(かいり)」という言葉です。「指導者と選手の受け取り方に乖離(かいり)が起きたことが問題の本質」という風に使われていました。

           

           

           

          まかり間違えば一人の人間の人生をも奪いかねない反則プレーに対して、「乖離(かいり)」といういかにも客観的で小難しい欺瞞言語を当てるのは、世間を煙に巻いて事件を小さく見せようとする意図があるからです。私はこういった真実を隠蔽しようとする言葉に言いようのない嫌悪を感じます。

           

           

           

          しかも、日大広報部は「誤解を招いたとすれば、言葉足らずであったと心苦しく思います」と弁明しています。この「誤解を招いたとすれば」という言葉は、特に安倍政権になってから、政治家が自分の責任をごまかすために、まるで判で押したように使う言葉です。

           

           

           

          この言い方は、自分の言っていることは正しいのだが、相手が誤解する可能性を考慮に入れていなかった自分にも落ち度があったと謝罪するふりをしながら、巧妙に責任を回避する言い方なのです。

           

           

           

          私は第二次安倍政権が誕生してからすぐ、この政権は戦前のエートス(国体)が生き延びて作りだした鬼胎の政権であり、安倍内閣は犯罪者集団であると言ってきました。今振り返ってみると、間違っていなかったと思います。

           

           

           

          自分の間違いや落ち度を認めず、責任を部下に押しつけ、「セクハラ罪はない」と閣議決定し、被害女性の心をさらにいたぶる。首相や大臣が道徳的に振舞うことよりも、いかに弱者に暴言を吐けるかが支持率を維持するカギとなっているのです。今回の日大の対応は、安倍政権を支える人間たちの本質が期せずして象徴的に現われたものです。

           

           

           

          どう考えても理屈に合わない、完全に論理や説得力を欠いたように見える決断や行動でも、ある種の人間にとっては合理的で納得のいく理屈が必ずあるものです。

           

           

           

          ある種の人間とは誰か。それは英雄主義(ヒロイズム)を精神的支柱とし日本国憲法を葬り去ることを自分の使命と思いこんでいる安倍晋三その人です。

           

           

           

          英雄主義(ヒロイズム)とは、人々の「高み」に立って「国家」や「祖国」や「民族」を救うという目標を掲げ、その目標のために障害となる人々や国は、力で排除するという行動を取ることを言います。「英雄主義」にとっては、たとえ大量に人を殺すことがあっても、それは「人殺し」なのではなく、国や祖国や民族を守るための「善行」であり「称賛される行為」になると考えられています。

           

          「ヒトラーの思想が降りてきた」という犯人を後押ししたもの。

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=211

           

           

           

          今回の日大のルール違反のタックルも、詭弁とはぐらかしでその場を乗り切り、監督・コーチの判断が何ら倫理的に非難されずに既成事実としてまかり通れば、勝利のための「称賛される行為」となるのです。それが新たな基準となり、後に続く者が同じルール違反をしても罰せられなくなります。

           

           

           

          それを防ぐには、詭弁とはぐらかしを認めた段階で「間髪を入れずに」審判が笛を吹き、違反者に退場を命じなければなりません。しかし、今この国には、勇気を持って真実を語る二十歳の若者はいても、笛を吹くべき審判の姿が見当たらないのです。これほど悲しいことはありません。

           

           

          | 中高生の皆さんへ | 15:57 | comments(0) | - |
          塾は何をしてきたのか、これからどうなるのか?
          0

            結論から言いましょう。塾は一部で能力上位層を選別する機能を果たしたものの、子供たちの学力を高めるのにまったく貢献してこなかった、それどころかAIに取って代わられるような表層的で一過性の能力・知識を子供たちに注入してきただけだというのが私の結論です。

             

             

             

            「学力」をどうとらえるかにもよりますが、教科書に書かれている日本語を正確に読解できる力を学力とすれば、それすら身につけていない子供たちが大量に生み出されているのが現実です。当たり前のように塾に行く子供たちが多い中で、にわかには信じられないかもしれませんが、事実です。

             

             

             

            最近出版された『AI vs 教科書が読めない子どもたち』という本の中で、数学者の新井紀子氏がこのことを具体的に立証しています。ちなみにこの本の前半160ページ余りはAIについての記述です。知的な中高生および親御さんなら、色々な発見があると思います。

             

             

             

             

            この本の中で、新井氏は、人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはない。AIがコンピューター上で実現されるソフトウェアである限り、ロボットが人間の仕事をすべて引き受けてくれたり、人工知能が意思を持ち、自己保存のために人類を攻撃したりするといった考えは妄想だとして一蹴します。数学者として当然の見識ですね。

             

             

             

            一方で、人間の仕事の多くがAIに代替される社会がすぐそこに迫っていると指摘しています。この本の真骨頂は、従来の学校教育や塾産業が前提とする「学力」の中身が、まさにAIの得意分野であり、日本の労働力の質は実力をつけてきたAIの労働力の質にそっくりなので、簡単にAIに取って代わられる可能性があると指摘している点にあります。

             

             

             

            しかも、全国の多くの中学や高校で実施してきた独自のテストによって、日本の中高生の多くは、歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できないということを明らかにしています。そして、英語の単語や世界史の年表を憶えたり正確に計算したりすることは、AIにとって赤子の手をひねるようなことだと言います。

             

             

             

            さらに、AIに多くの仕事が代替されれば、労働市場は深刻な人手不足に陥っているのに、巷には失業者や最低賃金の仕事を掛け持ちする人々があふれる状況が生まれると予想しています。つまり、経済はAI恐慌の嵐にさらされるというわけです。もちろんこれは日本だけではなく、世界で起ころうとしていることです。

             

             

             

            言うまでもなく、資本主義社会では経営者は企業の利益をあげることを最優先しなければなりません。AIを導入することで労働コストが軽減できるなら、それを選択するはずです。日本企業が、雇用慣習の違いを理由にAIの導入を先延ばしにすれば、国際競力を失って倒産するか、外資系企業へ売却されるのが落ちです。

             

             

             

            それはともかく、ここ20年余りの間、塾は何をして来たのかという問いに戻りましょう。結論は冒頭に書きましたが、今少し具体的に述べてみます。

             

             

             

            消費社会の等価交換と費用対効果の発想が骨の髄までしみ込んでいる塾業界は、まず「学力」を数値やデータを使って計測可能なものと見なしました。要するに確率と統計的な処理によって個人の能力を「見える化」し、それに見合った対価を要求したのです。

             

             

             

            しかし、確率と統計的な処理で説明できるのは、子供の能力のごく一部に過ぎません。にもかかわらず、塾は色々なグラフやデータを保護者に示し、限られた言葉で子供たちの「やる気」や「集中力」「根気」「弱点」などを診断します。あたかもそれが最先端の教育であるかのように。

             

             

             

            私はこれを巧妙な詐欺だと考えています。なぜなら、人間の知能を科学的に観測する方法がそもそもないからです。皆さんは、文を読んで意味がわかるということがどのようなことか説明できますか。難問にチャレンジしているとき、自分の脳がどのように働いているかモニターできるでしょうか。ましてや知的活動が無意識の世界とどうつながっているかなどわかるはずもありません。

             

             

             

            にもかかわらず、人間の知的活動を測定できるかのようなフリをして、まんまと金品をせしめるのは詐欺だと言っているのです。こんなことを言えば、私自身にも批判の矢が帰ってくることは百も承知しています。それについては次回以降に説明します。

             

             

             

            この20年、塾がやって来たことは何だったのか。その答えは、最近の塾が提供するサービスを見ればわかります。なぜなら、その内容はこれまでやって来たことをより効率的に圧縮したものだからです。前出の新井紀子氏の発言に耳を傾けてみましょう。

             

             

             

            引用開始(趣旨を変えない範囲で短くしています)

             

            ― 私が最近最も憂慮しているのは、ドリルをデジタル化して、項目反応理論を用いることで「それぞれの子の進度に合ったドリルをAIが提供します!」と宣伝する塾が登場していることです。こんな能力を子供たちに重点的につけさせることほど無意味なことはありません。問題を読まずにドリルをこなす能力が、もっともAIに代替されやすいからです。

             

             

            小学生のうちからデジタルドリルに励んで、「勉強した気分」になり、テストでいい点数を取ってしまうと、それが成功体験となってしまって、読解力が不足していることに気付きにくくなります。

             

             

            中学校に入ってもデジタルドリルをくり返せば、一次方程式のテストで満点がとれて、英単語や漢字は身につきますから、そこそこの成績はとれるはずです。ところが受験勉強に向かい始める中学3年生になると、なぜか成績が下がってしまう。本人はうすうす気づいているはずです。「なんだか学校の先生の言っていることが分からない」「教科書は読んでも分からない」・・・。けれどもどうしてよいかわかりません。だから余計にデジタルドリルに没頭してしまいます。

             

             

            (こういった生徒は)読解力を身につけないまま、ドリルと暗記だけで大学受験をしている可能性が大きいと思われます。それでも偏差値が50を超える難易度中位の大学に入学できます。しかも今の大学生の半数は、学力試験を免除されるAO入試や推薦入試で入学しています。そして、偶数と奇数を足すとなぜ奇数になるかと尋ねられたら「2+=3だから」などと大真面目で解答してしまうのです。

             

             

            問題文に出てくる数字を使ってとりあえず何らかの式に入れて「当てよう」としてしまう。なぜそんなことをしてしまうのか?フレームが決まっているドリルでは、それが最も効率の良い解き方だったからです。

             

             

            フレームを決めざるを得ないデジタル教材の最大の欠点はここにあります。フレームが決まっていると、子供は教える側が期待しているのとは別の方法で、そのフレームの時だけ発揮できる妙なスキルだけを偏って身につけてしまうのです。

             

             

            思い出して下さい。フレームが決まっているタスクはAIが最も得意とする作業です。そのような能力は、人間よりはるかにスピードが早く、エラーも少ない、そして何よりも安価なAIに代替されてしまいます。― 引用終わり。

             

             

            今から15年ほど前、塾のホームページを立ち上げた時、最初にアップしたのが『学力低下は塾のせい』という記事でした。塾の教師が学力低下の原因は塾にあると指摘したのですから、無視されるか、からめ手からの生徒獲得作戦だとして揶揄されるのが落ちでした。

             

             

             

            しかし、15年の月日が流れ、『驚くべき教育格差−中学受験の意味するもの−』とともに、今では一番アクセス数が多い記事になっています。この記事の中で指摘したことが、15年の歳月が経過してことごとく現実となりました。新井氏はAIという格好の比較対象を得て、私が書いたことをより説得的に展開しています。長くなるので続きは次回に譲ります。2週間ぶりのブログでしたが、ここまで読んで下さった方に心よりお礼申し上げます。ありがとうございました。

             

             

            | 塾・学力 | 19:55 | comments(1) | - |
            虚しさの行きつく先 − 71回目の憲法記念日に。
            0

              中高生の皆さん、こんばんは。

               

              今回は、自分の見通しの甘さ、浅はかさを告白することから始めます。私は2011年の原発事故でこの国は変わる、文明の転換点になる、と考えていました。基幹エネルギーを石油と原子力(核)に依存する社会から脱却して、技術革新と教育に投資し、百年後には国際社会に誇れる国になるかもしれないと期待したのです。それが原発事故を起こした国が最低限取るべき責任だと思っていたのです。

               

               

               

              しかし、あれから7年が経過する中で目にしたものは、集団自殺を目指しているとしか思えないこの国の政府や財界、出版ジャーナリズムとそれに追従する国民の振る舞いでした。世界に類のない原発事故で殺されかけたにもかかわらず、時間の経過とともに日本国民の大半は危機意識を失いつつあります。もはや生存本能すらが壊れているのだと考えるほかないようです。

               

               

               

              そして今日5月3日、71回目の憲法記念日を迎えました。各地で集会が開かれたようですが、憲法記念日を現行憲法の原理原則を葬り去るための記念日にしようと考えている人たちもいます。日本会議系の改憲集会です。結婚記念日に、結婚を解消させる方法を話し合っているようなものです。その集会に、一国の首相がわざわざビデオメッセージを送っているのですから、その倒錯ぶりは目を覆いたくなるほどです。

               

               

               

               

              日本会議系の人たちは、小学生でもわかる現実を理解していません。どう考えても、軍事力で日本を守ることはできないのです。福島第一原発の事故が進行中で、しかも原発だらけの日本が一体どこの国と戦争できるというのでしょうか。

               

               

               

              相手が中国でもロシアでも、戦争になれば日本は瞬時に負けます。核武装しても無駄です。アメリカは日本を守りません。この国を守るためには、戦争をしないという選択肢しかないのです。

               

               

               

              軍事力を増強するのは抑止力を高めるためだと言われます。しかし、抑止力とは「脅迫」のことです。安倍首相は「戦争をしたいなどと思っている人はいませんよ」とよく言いますが、軍事力による脅迫は決して平和をもたらしません。それどころか「一人蚊帳の外」に置かれ、安倍首相とその取り巻きの知的レベルを考えると「結果的に」戦争になる可能性すらあります。

               

               

               

              国防や安全保障を「軍事の視点」だけで考えていると国を破滅へと導きます。軍事力で国を守れたのは明治や大正までの話で、昭和に入ってからは不可能だったのです。それに気づかず、軍事力を過信し、対外問題を軍事力のみで解決しようとして破滅したのが昭和の15年戦争の歴史でした。

               

               

               

              日本会議やそれに連なる人々の安全保障観は、1930年代〜1945年にわたる戦争の歴史を「日本国家の破滅を招いた大失態」として総括することから逃げています。そのため、現在でも当時と同じ「軍事力万能」の思考の中にとどまっています。日本を大国だと思い込みたいがために、中国包囲網のような非現実的な空想の中に逃避して、仲間内で「国防の大義」に酔っているだけです。

               

               

               

              さて、公文書のみならず歴史すら捏造して民主主義を葬り去ろうとしている安倍政権や日本会議のような集団に対して、私たちは何ができるでしょうか。過去の戦史(日清、日露から昭和の15年戦争の終結まで)を、一般教養として学ぶ機会を増やすべきだと思います。

               

               

               

              一般市民が国防や安全保障について様々な角度から学ぶ機会がなければ、安全保障とはアメリカの属国になって軍事力を強化し、国民の税金で最新兵器を購入して兵器産業をもうけさせることに貢献するだけです。いや、すでにそうなっています。また同じ自滅の道を、それと気づかずに進むのか、それとも歴史を学んで立ち止まり、引き返す決断をするのか、私たちは今その岐路に立っています。

               

               

               

              今の国会の惨状を見ると、虚しさだけがつのります。しかしその虚しさを招き寄せたのは私たち自身です。自業自得なのです。普段から政治に関心を持ち、投票所に足を運び権利を行使する。それだけで実は世の中は大きく変わります。虚しさを乗りこえる方法は、事実を学び、行動することの中にしかありません。もちろん、政治的行動に限りません。

               

               

               

              私がこういうことを言っても、今の若い人の心に響かないかもしれません。「合理的な」思考にならされている若い人は、国会で証人喚問しても、どうせ本当のことは出てこないのだから、グダグダ言ってないで重要法案を審議しろよ、と考えていることでしょう。その通りかもしれません。

               

               

               

              しかし、政治を私物化し、公文書の改竄まで引き起こし、その上責任を取らない政治家に重要法案を審議させてはならないのです。それを許せば、私たちは真実や正義がまったく価値をもたなくなった世界の出現に手を貸すことになります。

               

               

               

              みなさんは正義や公正さが意味をもたなくなった世界で生きることを想像したことがあるでしょうか。そこは権力と金だけが意味を持つ no man's land(不毛の地)に他なりません。

               

               

               

              合理的な思考はともすれば虚無とシニシズム(冷笑主義)につながります。虚しさの行きつく先には精神の死があるのみです。生き生きと生きたければ、常に学び行動するしかありません。以下にみなさんが政治について考えるヒントになる記事をあげておきます。暇な時に読んで参考にしてもらえればうれしいです。

               

               

              「国を守るということ忘れられないシーン」

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=22

               

              「なでしこジャパン」は、なぜ強くなったのか?

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=11

               

              「憲法九条を蘇生させるために」

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=119

               

              「良心的兵役拒否の権利から積極的中立主義へ−その1」

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=127

               

              「良心的兵役拒否の権利から積極的中立主義へ−最終版」

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=129

               

              「100年後の生存戦略−その1・国防」

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=199

               

               

              | 中高生の皆さんへ | 21:47 | comments(0) | - |
              義父の死と魂の救済について。
              0

                去る4月26日、義父が95年の生涯を閉じました。その前後はブログを書く気にならず、今は少し落ち着いたので、久しぶりにパソコンに向かっています。

                 

                 

                 

                私は29歳の時に実父を亡くしました。その時のことは『父の記』に書きました。大分に帰って来てから私を物心両面で支えてくれたのが妻の両親でした。今の住居は建てて22年になりますが、使った材木はすべて義父が育てた樹齢60年以上のスギとヒノキです。

                 

                 

                 

                生来、立身出世と金儲けに関心がない私を義父は温かく見守ってくれました。そして私の少ない取り柄を見抜き、「こいつなら材木をうまく使えるかもしれない」と考えて提供してくれたのでしょう。その義父を父親のように慕う大工のナベさんとの幸運な出会いもあり、私のような者でもなんとか今日まで生きることができました。

                 

                 

                 

                一昨年の10月に90歳になる義母が脳梗塞で倒れたとき、94歳になる義父が救急車を呼び一命を取り留めました。その後病院で義母を看病していた時に転んで右大腿骨を骨折します。手術を経て回復して歩けるようになっていましたが、再び転んで今度は左大腿骨を骨折し車椅子の生活となりました。このころから少しずつ認知症の兆候が出始めます。

                 

                 

                 

                それでも、同じ病院に入院していた義母のところに車いすを押して連れて行くと、「お前のおかげでいい人生じゃった。ありがとう。お前が逝ったら、わしもすぐ逝く。あの世で再び契りを結ぼう」とはっきり言いました。そばで聞いていた妻は驚き、こらえきれずに涙を流していました。

                 

                 

                 

                その父が母よりも先に亡くなりました。義父が亡くなるまでのことを思い出すと、涙があふれます。テーブルを挟んで食事をしていると、突然妻の目から涙が止めどなくあふれ出し、私もつられて泣いてしまうのです。歳のせいか涙腺がゆるくなっているのかもしれません。同じ経験をしている人がおそらく全国に何万人、何十万人といることでしょう。

                 

                 

                 

                不慮の死を遂げた人や、自ら命を絶った人に比べれば、義父の人生は幸せだったと思います。できることなら、家で最期を迎えさせてあげたかったと思います。それこそが、死期を悟った義父が最後まで望んでいたことでしたから。

                 

                 

                 

                病院のベッドに寝ている義母に向かって、義父が大声で「もう俺達は十分生きた。人間には寿命があるんじゃ。こんなところにいてどうする。さあ家に帰るぞ!」と語りかけたのも、最期は家でとの思いがあったからでしょう。

                 

                 

                 

                義父が生業(漁業、林業、真珠の養殖・加工・販売など)の中で培った、すべての人に分け隔てなく接すること、富める者が貧しい者に施しをするのは当たり前だと考えること、決して威張らず、私利私欲に走らず、何よりも自分を育んでくれた地域のために生涯を捧げる生き方から、私は多大な影響を受けました。

                 

                 

                 

                私の人生の僥倖は、義父が育てた「自由者」の三女を伴侶にしたことです。特に義父が亡くなるまでの一年半の間、看病する妻を見ていてこのことを痛感しました。妻は何よりも、誰よりも、父を家に帰すことを考えていました。それは父の人生の終着駅であり、同時に、戦争を経験した父の世代の願いでもあるからです。父の魂が安らげる場所は、先祖とともに育てた山の木を使って建てた家以外になかったのです。

                 

                 

                 

                 

                私たちの社会は、何よりも効率を重視し、一定の手続きに則って動いています。病人や認知症の患者が出れば、家族になるべく負担がかからないようにと考え、公的な機関や病院に頼ります。

                 

                 

                 

                もちろんそれは必要なことでもあり、社会全体にかかわる問題です。社会保障の本質は、そもそも国はなぜ存在しているのかという問いと密接にかかわっています。つまり、何かと言えば自己責任を叫ぶしか能のない成金趣味の人間たちに、自らの考えの後進性、身勝手さ、独善性を悟らせなければならないのです。

                 

                 

                 

                話がそれました。社会保障を充実させることも重要ですが、それよりももっと大事なことがあります。それは死に行く人間の魂をどうやって救済するのかという問題です。

                 

                 

                 

                それにしても、家で死にたいとあれほど願っていた義父の気持ちは、いったいどこに発していたのでしょうか。それはぜいたくな願いだったのでしょうか。そうではありません。自分を育んでくれた自然、記憶と過去の時間が積み重なっている場所、いわば魂の故郷へ帰りたいという素朴で真っ当な感情が、死の間際まで人間の体内を流れていることを証明するものだったのです。

                 

                 

                 

                今回それをかなえてあげることができませんでした。しかし、上で述べた感情を理解できる人間たちがいれば、決してできないことではなかったのです。多少の犠牲が伴っていたとしても。

                 

                 

                 

                妻はそれだけが心残りだと言います。私は「もう過ぎたことだ。ただお互いに死期が近づいた時には、魂が安らげる場所で死ぬことを第一に考えよう」と言って慰めています。

                 

                 

                 

                私は、泣く時には心の底から泣ける人間、怒るべき時には本当に怒る人間でなければ、愛することができません。私の伴侶がその種の人間であることを改めて確認できたのは、義父が私に残してくれた、最後のささやかなプレゼントだったのかもしれません。

                 

                 

                | 人生 | 22:26 | comments(0) | - |
                | 1/1PAGES |