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まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
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「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書)
「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
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幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実 (現代社会科学叢書)
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D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
殺人犯はそこにいる (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
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デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書)
デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書) (JUGEMレビュー »)
福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
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 (JUGEMレビュー »)

安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
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茫漠の曠野 ノモンハン
茫漠の曠野 ノモンハン (JUGEMレビュー »)
松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
「南京事件」を調査せよ (文春文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
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日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業  DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号
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広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
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オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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服従
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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選挙 [DVD]
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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ジョン・W・ダワー,ガバン・マコーマック
おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
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渡邉 格
2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
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今年度ノーベル文学賞受賞作品。チェルノブイリは言うまでもなく、フクシマでさえ人々は忘れたがっています。もう過去のことだと言い聞かせて。しかし、過去のことではなく、まぎれもない現在進行中の現実であり、私たちが生きている世界そのものです。この本を読んだ後、橋下徹が御堂筋をイルミネーションで照らし出し、F1カーに乗って写真を撮っているところを見ました。その時のセリフ。「大阪はここまでできる!」

もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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鈴木大拙の言わんとすることが、ようやくわかりかけてきました。年齢を重ね、日本文化の基底にあるものをじっくり味わうことで開示される世界があるのです。日々の生活に追われていては、この本を読み、味わう暇などないでしょうが、それだからこそ手に取ってみてはいかがでしょう。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
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中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
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暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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中村 好文,神 幸紀
中村さんの書かれた本はすべて読みました。どの本もおすすめです。これから家を建てようと考えている人は、どの本でもいいですから、一冊中村さんの本を読んでみてはいかがでしょうか。エッセイとしても十分楽しめます。この本は北海道にあるパン屋さんの建物を作りながら、人は「パンのみにて生きるにあらず」を実践したものです。ダジャレ好きの中村さんらしい(笑)。
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中村さんの本を全部は読めないという人向けに、一冊だけ選ぶとすればこれでしょうか。普通、設計したらそれで終わりという建築家が多い中、かってのクライアントを訪問して話を聞き、それを本にしたものです。クライアントといい関係が築けてないと難しいですね。加えて自信がないとなかなかできることではありません。
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退屈を深く生きる。
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    このところ、古井由吉の『仮往生伝試文』を読み返していました。そして今朝起きて新聞を見ると古井由吉氏の死が伝えられているではありませんか。最近、こういうことがよくあります。

     

     

    古井由吉氏をあまりご存じない方には、以下の本を勧めます。

     

     

     

     

    政治の世界、とりわけ統治機構のトップにいる者の無能と批判精神(主体性の本質です)の欠如を意識しないメディアの報道を見ていると、バカバカしさを通り越して言葉をなくします。

     

     

     

    そんな時、決まって読む本の一冊が古井由吉氏の小説であり、随筆だったのです。氏の文章の明晰さが白濁した意識を浄化してくれるのです。

     

     

     

    私は6年以上も前から、おバカ総理とその取り巻きの浅薄さや人格の空洞化を批判してきました。言葉や表情、振る舞いを観察した結果、彼らは単なる操り人形、言葉の自動機械に過ぎないことに気づいたからです。そして3年前に『イベント人間は信用できない。』を書きました。

     

     

     

    『イベント人間は信用できない。』

    http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=412

     

     

     

    私は、この社会を覆っている文化というか空気の軽さは、人々が退屈から逃げることで生み出されているのではないかと考えました。古井由吉氏の文章の明晰さと強さは、退屈と向き合い、それを深く生きることが自分であり続ける唯一の方法だと自覚したことに由来しているような気がします。

     

     

     

    人類史をたどるまでもなく、天災と戦争(人災の最たるものです)、革命と疫病が人間社会の本質をあぶりだし、人間が平等であることに気づかせる4つの契機です。そしていま私たちの社会は新型コロナウィルスという疫病によって試されています。どんな結果になろうとも、それは私たち自身が招来するものであることを自覚しておかねばなりません。

     

     

    | 文学・哲学・思想 | 12:14 | comments(0) | - |
    アルベール・カミュ『ペスト』を読む。
    0

      3・11以降、この国を広く覆ったのは感情の劣化と、歴史の捏造・改竄でした。それを加速させたのが大日本帝国のエートスの体現者である「ぼくちゃん」総理とその支持者たちでした。彼らは権力に迎合することが、個人であれ組織であれ、経済的利益にあずかる手っ取り早い方法であると考える人間たちでした。

       

       

       

      彼らは、被雇用者(会社員がほとんどですが)の利益を搾取して豊かになり、しかも世間的な成功者と見なされるのですから、今の社会の支配的な価値観を疑うことはありません。疑えば自分の足元を切り崩すことになるので、現状に異議申し立てをする人間たちを敵とみなします。要するに自分の足元を客観視できない能天気な人間たちなのです。

       

       

       

      東日本大震災から9年になりますが、私は煮え湯を飲まされるようにして悟ったことがあります。それはこの国の多くの人々は、どんな災厄を目にしても、実際に被害に遭わない限り他人事だとしてスルーするということです。カルト化した受験教育とマスメディアによって教育された結果です。

       

       

       

      子供が下手に社会に関心を持ち、そのことで人間的な想像力を起動すれば、少数者の側に転落する可能性が出てきます。そうならないように、親は無意識に子供を見張っています。たこつぼの中に閉じ込めておきたいのです。それが子供の幸福を毀損することになるとも気づかずに。

       

       

       

      政府は言うまでもなく、新型コロナウィルスに対するメディアや人々の反応を見ていると、実際自分の家族や知り合いが感染するまで事態の深刻さを認識しないでしょうね。いや、そうなっても、楽観視したままかもしれません。人間は見たいものしか見ない生き物です。その習性を突き破るものこそが知性なのですが。

       

       

       

      今回のコロナウィルスの報道を見て、私は大学時代に読んだアルベール・カミュの『ペスト』を思い出し、再読しました。前回のブログでも書きましたが、私たちは無能な政府によって殺される局面に入っているのです。『ペスト』についてはこれ以上述べません。ただ才能ある作家は、世界のあちこちに開いている落とし穴を想像力によってあらかじめ埋めているのだと言っておきます。特に何が今の状況を生み出したのか、これからどうなるのかをリアルに考えたい人には是非一読を勧めます。

       

       

       

      以下はカミュの言葉です。

       

      ・私は正義を信念としていますが正義よりも母を先に守ります。

       

      ・哲学の価値は、哲学者の価値によって決まる。人間が偉大であれば偉大であるほど、その哲学も真実である。

       

      ・人間は現在の自分を拒絶する唯一の生きものである。

       

      この言葉は、塾の授業でよく引用します。

      Man is the only creature who refuses to be what he is.

       

      ・世間に存在する悪は、大半がつねに無知に由来する。明識がなければ、よい意志も悪意と同じほどの多くの被害を与えることもあり得る。

       

      ・重要なのは、病から癒えることではなく、病みつつ生きることだ。

       

      ・生きることへの絶望なしに、生きることへの愛はない。

       

      ・幸せが何から成っているのか探し続けている人は、決して幸せになれない。人生の意味を見出そうとしている人は、決して生きているとはいえない。

       

      ・われ反抗す、ゆえにわれら在り。

       

      ・人生それ自体に意味などない。しかし、意味がないからこそ生きるに値するのだ。

       

      最後にもう一つ。

       

      ・わたしは犬に対して、昔から揺るぎない愛着を持っている。犬が好きな理由は、彼らはわたしのすることをいつも許してくれるからである。

      アルベール・カミュ

       

       

       

      | - | 14:51 | comments(0) | - |
      さらば、安倍晋三!
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        アメリカは、トランプによってではなく、薬物依存症という広く深く浸透している病によって国家の屋台骨が腐り、衰退していく運命にあります。

         

         

         

        日本は、NHKを筆頭とするマスメディアによる大政翼賛と原子力村による国家の私物化=コーポラティズムによって国民が殺される時代に入っています。それでもなおアメリカに国富を貢ぎ、文字通り殺されるまで目が覚めないでしょう。

         

         

         

        後世の歴史家は、311以降の日本のウソのように軽い空気と堕落をどのように記述するだろうか、などと紋切型の発想で語ること自体が無効な世界に私たちは生きています。

         

         

         

        私はこれまで散々安倍政権を批判してきました。批判の中心は歴史を捏造し歴史を抹消する安倍政権の本質に対するものでした。そして今、私たちはその顛末を日々見せつけられています。もちろん、事ここに至っても事態の深刻さを理解できない人もいるでしょう。なんと言っても、今日という1日を生きなければなりませんから。

         

         

         

        それでも、老後の生活不安に怯えている辺境塾教師にも五分の魂があります。私がブログで述べて来たことは、やむにやまれぬ五分の魂の発露だったのです。今回のブログを最後に、安倍政権への批判は終わりにします。

         

         

         

        なぜなら安倍政権は十分その役目を果たしてくれたからです。まず、自己利益の最大化にしか興味のないクズがかくも大勢いたことに気づかせてくれました。次に、日本社会に生息している大日本帝国の末裔たちの歪んだ国家観を表に引きずり出してくれました。そして、京都市長選にかこつけて反共を煽り、そのアナクロ思想が延命している事実を公にしてくれました。国民の命に対しては全く想像力が働かず、ただ財界とアメリカの言うことを聞くだけの木偶の坊に過ぎないことを可視化したのです。

         

         

         

        以下は同時代を生きた一寸の虫が備忘録として残したい動画です。これからは、次世代に向けて私の考えていることを書いて行こうと思います。よろしければお付き合い下さい。

         

         

         

        日本が名実ともに法治国家をやめた日。

         

         

         

        総理大臣の屁理屈とアタマの悪さと良心の欠如を全国民に知らしめた日。

         

         

         

        | 政治 | 23:36 | comments(0) | - |
        ほとほとあきれ果てています。
        0

          安倍首相は野党議員に向けて「私は総理大臣なんですよ」という言葉を何度も発しました。自分のことを「立法府の長」とも言いました。これは言い間違いではなく、自分はこの国の最高権力者であり、それゆえ何でもできるのだという幼児並みの思い込みを吐露したものです。

           

           

           

          普通「何でもできる」には、違法でなければという条件がついているのですが、法律に無知であるために、自分がやっていることが違法かどうかという判断ができません。いや、薄々違法だと分かっているのかもしれません。でも、それをいさめる人間が周囲にいないのをいいことに、行動はエスカレートするばかりです。わがまま勝手に育てられた子供の行動がエスカレートしていくのと同じです。

           

           

           

          わがまま勝手な子供の行動は周囲の大人によってたしなめられなければなりません。親がその責任を負っているはずですが、今では親の規範意識や公共に対する考えそのものが変質してしまいました。

           

           

           

          養育が教育になり、受験教育になった結果、親の仕事は子供が学校でいい成績をとれるように環境を整え情報を収集することだと見なされるようになりました。「佐藤ママ」は、こういったイデオロギーを普及させるべく、講演のために全国各地を飛び回っているのです。

           

           

           

          しかし、子供に本当に幸福な人生を送ってもらいたいと思えば、子供が平気でウソをついたり、自分の利益のために他人を利用したり、差別的な言葉を無神経に使ったりした時には、親は烈火のごとく怒らねばなりません。実はこれこそが記憶に残る親だけができる教育なのです。

           

           

           

          政治の世界では、総理の脱法行為や公文書の改竄を厳しくたしなめる役は、ジャーナリズムが負うべきもののはずでした。しかし、NHKを始めとして大手マスコミは、大本営発表をそのまま伝えるだけの存在に堕しました。

           

           

           

          自分たちの仕事は事実を伝えることで政権批判をすることではないといった屁理屈をこね、喜んで総理との夕食会に参加しているのです。彼らが「桜を見る会」を批判できないのも当然です。

           

           

           

          一昔前、ジャーナリズムの世界には本当に優秀な人が集まっていました。村上春樹氏が言うように、「知性の総量は変わらない、時代によって偏在しているだけだ」というのが正しいとすれば、真に知性ある人はどこに行ったのでしょう。

           

           

           

          そもそも、知性は量で測れるものなのでしょうか。質こそが問われるべきではないでしょうか。私はNHKや読売新聞、産経新聞が本来のジャーナリズムの仕事に復帰できるとはとうてい思えません。この8年余りの彼らの堕落ぶりをどうやって総括できるというのでしょうか。

           

           

          『知性とは生死の「機微」をつかむことから生まれる美意識である。』

          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=384

           

           

           

          この国の夜明けはまだまだ遠いと思わざるを得ません。それを再確認したのが以下の動画です。

           

           

          2020年2月6日に行われた「桜を見る会」野党追及本部による32回目のヒアリングです。時間が許せば全部を見てほしいのですが、どうしても時間が取れないという方にはせめて1:07分から後、5分だけでも見てほしいと思います。

           

           

           

           

           

          弁護士の小野寺義象氏と泉澤章氏の指摘は、庶民感覚に合致する真っ当な議論です。安倍首相が政治資金規正法の立法趣旨など全く理解していないことが分かります。特に第二条の2を。

           

           

          政治資金規正法

          第二条 この法律は、政治資金が民主政治の健全な発達を希求して拠出される国民の浄財であることにかんがみ、その収支の状況を明らかにすることを旨とし、これに対する判断は国民にゆだね、いやしくも政治資金の拠出に関する国民の自発的意思を抑制することのないように、適切に運用されなければならない。

           

          2 政治団体は、その責任を自覚し、その政治資金の収受に当たつては、いやしくも国民の疑惑を招くことのないように、この法律に基づいて公明正大に行わなければならない。

           

           

           

          | 政治 | 19:35 | comments(0) | - |
          王様はウソつきだ!やめろ!と言えるのは主権者である国民だけである。
          0

            今回は一週間前に観た映画『パラサイト・半地下の家族』について書こうと思っていました。とにかく面白い映画です。今の日本の映画界では決して作れない傑作です。疑う人はぜひご覧になって下さい。

             

             

             

            ところで、わが国の王様の人品骨柄(人間の品格や知性)は、今や小学生にも見破られています。

             

             

             

             

            訊かれたことには答えず、同じことを意味不明の日本語で繰り返し、ただ質問時間が終わるのを待つだけ。辻元清美議員の質問中に時計を見て「終わった」「終わった」と言い放つ。国会議員の背後には国民がいるという自覚すらない。自覚していたら、決して「人間としてどうかと思う」などとは言えないはず。それにしても、お隣の方のふんぞりかえった態度は何なんでしょう。

             

             

             

             

            安倍首相が野党議員に向かって鬼の首でも取ったかのように「キューベー」「キューベー」と叫び「ウソつき」を連呼する様を見ていて、何だかかわいそうになってきました。人を見れば「ウソつき」呼ばわりするようになった責任は私にもあるからです。

             

             

             

            ブログでも書きましたが、昨年の参院選の折、安倍首相が礒崎陽輔氏の応援のために大分入りしました。ウソだらけの演説を終えて、帰るかと思いきや取り巻きの応援団とハイタッチを始めたのです。私はその中に紛れ込み首相が近づくのを待っていました。

             

             

             

            そして彼と目が合った瞬間、「安倍晋三、ウソつくな!」と私は叫びました。まさに魂の叫びだったのです、なんちゃって。見も知らぬ田舎者のオッサンから、50センチの至近距離で、一番聞きたくないセリフを吐かれ、安倍晋三氏の顔はひきつっていました。

             

             

             

            山本太郎氏なら、その場で立ち止まり「私をウソつきと呼ぶ根拠を教えて下さい」と反問したことでしょう。しかし、安倍晋三氏にそれを期待しても無駄です。彼は官僚が書いた原稿がなければ、自分の言葉でしゃべれない人間ですから。以来、私から「ウソつき!」と呼ばれたことがトラウマになり、野党議員から言われる前に「ウソつき!」の先制攻撃をするようになりましたとさ・・・

             

             

             

            自分の言葉でしゃべれない人間の末路はかくも哀れです。おそらく、私の想像ですが、安倍首相は秘書官兼補佐官である今井尚哉氏の存在なくしてはもはや何も決められないようです。いまの彼を支えているのは今井尚哉氏の次の一言です。去年の11月のブログから引用します。

             

             

             

            今井「総理は日本の最高権力者なのですよ。その意味がお分かりですか。絶対に辞めないと決心すれば、総理を権力の座から引き摺り下ろすことのできる人間はいないのです。権力者の最大の弱点は弱気になることです。

             

             

            三権分立など絵にかいた餅に過ぎません。人事権を掌握すれば、総理に逆らえる人間はいません。森友・加計問題でもお分かりでしょう。検察も裁判所も総理の意向を気にして、政権に弓を引くような捜査も出来ませんし判決も書けません。官僚は自分の地位を守るためなら公文書でさえも偽造するのです。

             

             

            メディア対策は任せて下さい。彼らの弱点はすべて調べ尽くしています。彼らほど権力のいいなりになる連中はいません。『桜を見る会』も来年中止にすれば、国民は忘れます。スピン報道として中村格に沢尻エリカの情報を公にさせれば、マスコミは一斉にそれに飛びつくでしょう。それに、経団連の名誉会長をしている叔父の今井敬がホテル・ニューオータニの取締役ですから、この件はどうにでもなります。叔父と会う段取りはつけています。」

             

             

            安倍「今ちゃん、スゴ〜イ。あったまいい〜。」

            引用終わり。

             

             

            『感想または身辺雑記』

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=615

             

             

            そして、ついに安倍首相は禁じ手を出してきました。自分を逮捕する権限をもっている検察人事に手を突っ込んだのです。東京高検の黒川弘務検事長(62)の定年延長を閣議決定しました。黒川氏は安倍政権下で不起訴の連続の中枢にいた人物です。黒川氏が検察トップの検事総長に就けば、安倍首相は枕を高くして眠れるというものです。まるで中世の悪代官を地で行くストーリーです。

             

             

             

            これは法治国家の破壊行為に他なりません。法治国家の反対が「人治国家」(つまり安倍政権が作り上げた国家のことです)であることすら知らない人間が総理大臣をやっているのですから、何でもありを覚悟しなければなりません。日本は押しも押されもせぬ三流国家になったということです。ゴーン氏が逃亡するのも無理はありません。

             

             

             

            郷原信郎弁護士によれば、東京高検検事長の定年延長は、法律の根拠がなく違法だそうです。この人事は、「試合で負けそうな流れになってきたから審判を買収する」という脱法を白昼堂々とやっていることを可視化したのです。

             

             

             

            森法相は国会で「管内で遂行している重大複雑な捜査公判に対応するため、私からお願いした。これ以上の詳細は差し控える」と発言しました。ゴーン氏が逃亡した際「日本の法廷で無罪を証明すべきだ」と言い放った無知な法務大臣ですから、露骨な安倍政権擁護に走ることは明らかです。

             

             

             

            それとも、森法相の言う「管内で遂行している重大複雑な捜査」とは、IRの汚職捜査や河井夫妻の件を立件し、総理の脱法・買収を徹底的に捜査し、逮捕する準備を粛々と進めていることを指すのでしょうか。

             

             

             

            今回の黒川氏を検事総長にするための人事ほど安倍政権の本質を可視化して見せた例は他に思い出せません。2013年8月、「法の番人」と呼ばれる内閣法制局長官に、内部昇格という慣例を破って憲法解釈の変更に前向きな外務省出身者・小松一郎氏を起用した時以上の衝撃です。

             

             

             

            可視化して見せたといっても、新聞もテレビも裁判所も検察もすべて安倍政権の支配下に置かれ、忖度と保身の結果盲目になったのですから、「王様は裸だ!」と叫ぶことも不可能になったというわけです。

             

             

            もし、黒川弘務氏が「この人事は、将来に禍根を残すばかりか三権分立を破壊するものだ。日本を三流国家に貶める人事に従うわけにはいかない。」と言い残し、法の定めに従って退職したらどうでしょう。日本が独裁国家に転落することを防いだ人物として歴史に名を残すかもしれません。しかし、太陽が西から昇ることがあったとしてもそれはないでしょう。そういうふうに教育されているからです。

             

             

             

            最後に一言。安倍首相の知識不足(「募集」と「募る」は別の意味だそうです。これは知識不足というより、まともな教育を受けていないということでしょうね)、言動が乱暴かつ下品で子供じみていること、非論理的で何を言っているのか分からない等々、普通であればマイナス材料であるべき部分が、逆に安倍首相を支持する理由になっているのではないか。つまり、それが選挙に行かない過半数の有権者のメンタリティーなのではないかと考えると、思い当たる節があるので、なんだか怖くなってきますね。

             

             

             

            今回も読んで頂いた方に感謝いたします。黒川氏については2016年のブログですでに書いています。時間が許せばお読みください。

             

            『空洞化した人格』

            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=219

             

            | 政治 | 15:19 | comments(0) | - |
            私たちはいつまでサルが運転するバスに乗り続けるのか?
            0

              昨日は伊方原発運転差し止め訴訟(本訴)の第15回口頭弁論を傍聴するために大分地裁へ行ってきました。キューバから帰国したばかりの疾風自由日記のSさんとも会うことができました。

               

               

               

              アメリカに逆らい、ソ連という後ろ盾を失ったキューバの現状にショックを受けたとのことです。人間は結局自分の経済的利益のためにしか生きられない存在なのだろうか、とSさんは小声でつぶやいていました。夕方から塾があるので、時間的余裕がなく、地裁を後にしましたが、またいつか続きを話したいものです。

               

               

               

              口頭弁論では原告の女性の意見陳述を聞きました。彼女は1950年代生まれの、杵築で農業を営んでいる女性です。陳述書を読み上げる声は、淡々としていますが、自分の中からあふれ出た正直な気持ちが伝わる素晴らしい内容でした。

               

               

               

              原発はテクノロジーの問題でも、経済活動の問題でもなく、ましてや法解釈の問題でもない。私たちの過去、現在、そして子供たちに残すべき未来を破壊するものである。それを許すのかという、今を生きる私たちに突きつけられている倫理の問題である、と彼女は訴えたのです。

               

               

               

              3・11以降、原発事故から10日余りしかたっていない時に、ドイツのメルケル首相は「安全なエネルギー供給のための倫理委員会」を設置し、そこで議論を重ね、脱原発に舵を切りました。この倫理委員会は「賢人会議」と呼ばれています。17人の委員のうち、原子力業界の関係者はおらず、社会学者や哲学者、キリスト教関係者らなどから構成されていました。彼我の思想的レベル(つまり個人と国家とを問わず、いかに生きるべきかと問い続けること)の違いに私は茫然自失したのです。

               

               

               

              このことは4年前に書いています。時間が許せばどうぞお読み下さい。

               

               

              『倫理を排除したつけは、誰が払うのか。』

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=156

               

               

               

              意見陳述の後、弁護士の徳田靖之氏が準備書面を読み上げました。今年に入って四国電力が犯した重大なミス、つまり定期点検中に制御棒を引き抜いたこと、および全電源喪失に陥るという信じがたいミスに言及して四国電力を追及したのです。そして、広島高裁の伊方原発の運転停止を命じる仮処分の正当性について述べました。

               

               

               

              徳田靖之弁護士も指摘している通り、伊方原発ではここ一カ月の間に小さな事故が続いています。いや、制御棒の引き抜きも全電源喪失も小さな事故ではありません。航空機事故でもよく言われることですが、重大事故の前には小さなミスが頻発します。小事故の頻発は大事故の前兆である場合が多いのです。地震や津波に気をとられていると、人為的なミスを過小評価するようになります。

               

               

               

              それが証拠に、電力会社は決まって放射能漏れはなかったと言い、マスコミはそれを調べもせずにそのまま報道しています。そもそも、マスコミは以下の事実を国民に周知したでしょうか。

               

               

               

              福島第一原発事故の後、2012年10月に国は避難政策を公表しました。その「原子力災害対策指針」には何と書かれているか。

               

               

               

              「地上に設置したモニタリングポスト(MP=線量計)が高い数値を示したら、避難を開始する」と書かれていたのです。地上のMPが高い数値を示しているということは、すでにそこに高濃度の放射性物質のプルーム(雲)が到達していることを意味します。そうなれば当然、周囲の住民も放射性物質を浴びて被曝しているはずです。私はこれを読んで愕然としました。事故の際、国は国民を見捨てる、と宣言しているのですから。そして、『原発事故避難訓練は、故郷を捨てる訓練である。』を書きました。

               

               

              『原発事故避難訓練は、故郷を捨てる訓練である。』

              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=109

               

               

               

              そもそも、原発事故で放出された放射性物質を浴びないために、住民は避難するはずです。「被曝してから、避難するかどうか決めましょう」という新指針の内容は、どう考えてもおかしい。しかもその裏で、放射性プルームが流れる方角を予想するために100億円以上の予算をかけて作られた「スピーディー」をお蔵入りにしたのです。しかし、私の知る範囲では、新聞・TVなどマスコミや学識者はそれを批判どころか、指摘すらしていません。

               

               

               

              原発は国民の命よりも金儲け(経済と言います)を優先する財界(原子力ムラと言います)の反倫理性を象徴するものです。いや、その意向を受けて地獄行きのバスを運転するサルをいまだに支持する国民のバカさ加減を象徴しているのです。国会で意味不明のサル語をしゃべる一人物が主役を演じることができるようにしているのは、国民なのです。

               

               

               

              住民の命や暮らしなどなんとも思っていない、いや、そもそもそういった感情を育てられていないサルがこの国の至るところに生息しているのです。国民を分断させるのか、ですって?分断けっこう。私は「サル」とは暮らせない器量の小さい人間なのです。でも、ニワトリとは暮らせます、なんちゃって。

               

               

               

              以下、サルの具体例をお目にかけましょう。

               

              佐賀 玄海町長 約100万円受け取る 福井県の原発関連会社から

              2020年1月23日

               

              https://www3.nhk.or.jp/news/html/

              20200123/k10012256511000.html

               

              もうお忘れかと思いますが、以下の本もぜひお読みください。

               

               

               

               

              | 原発 | 14:59 | comments(0) | - |
              「とある塾ウオッチャー」さんへ。
              0

                コメントありがとうございます。私は学習空間Lの塾長(彼もあなたと同じ塾ウオッチャーでした)にも、塾業界にも関心がありません。塾をやっているのに塾業界に関心がないというのは奇妙に聞こえるかもしれませんが、この業界で流通している情報の陳腐さと無内容さに辟易しているからです。塾ウオッチャーさんが発信している内容も、20年以上前にすでに書いています。

                 

                 

                 

                そこで使われる言葉も、つまるところ「効率」と「便利さ」という二つの範疇に収まります。なんという語彙の貧困でしょうか。学ぶということは、既成のシステムの外で自分固有の語彙を発見することです。今この業界で働いている人は、AIとスマホを使わずに学力をつける方法など想像すらできないでしょう。

                 

                 

                 

                なぜなら、「子育て」が「教育」になり、「教育」が「受験教育」になり、ついには「アプリの使い方」といった「脳育」(受験産業はこの種の語彙を発信し、それに違和感を持つ人を淘汰していくのです)に収斂して行ったからです。

                 

                 

                 

                つまり子育てが技術的な問題になったということです。そして「技術的な問題」を解決するには、家庭の経済力がものを言うというわけです。その意味で萩生田大臣の「身の丈に合った」受験とは、まさにこの実体を見事に言い当てていたのです。

                 

                 

                 

                そんな中で、私が関心を持ち続けて来たテーマは、「親は子育ての楽しさをどこまで受験産業に売り渡すのか、言い換えれば、あだ花に過ぎない受験イデオロギーをどこまで信じるのか」という点です。クズ情報でも受験に役立つと言われればそれを信じてしまう愚かさ、リテラシーのなさを何とかできないかと考えたのです。

                 

                 

                 

                例えば、「一流大学に合格させる子供部屋の作り方」「リビングに大きなテーブルを置いてそこで勉強させる」といった類のものですが、こういった情報を流す出版社のバカさ加減もさることながら、それにコロリと騙されて生活の全てを受験に向けて規制していく親の精神的な貧困をどうにかできないかと考えたのです。「佐藤ママ」を批判したのはこういった流れの中でした。

                 

                 

                 

                私が塾を始めた時、影響を受けた塾教師がいます。次回のブログで「佐藤ママ」の対極にいるその人物をとりあげるつもりです。そのことで、私が「佐藤ママ」を批判する根本の動機を明らかにしていくつもりです。それは善き社会を作るのに役立つはずです。

                 

                 

                 

                社会が驚くほど単純な物差し(結果がすべてといったような)で人間を測るようになれば、人間はまるでヤドカリのように身の丈をモノサシに合わせるようになるのも事実です。「佐藤ママ」は、「優秀なヤドカリ」に過ぎません。彼女の子育てには普遍性がありません。カルト化した受験教育がもたらした特異な事例に過ぎないのです。

                 

                 

                | 教育 | 23:25 | comments(0) | - |
                「子供の頃にもっと勉強させてもらいたかった大人」さんへ。
                0

                  私の記事

                   

                  『名もなき一教師さんへ』

                  http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=512

                   

                  に対してコメントを頂きました。ありがとうございます。コメントの内容は以下の通りです。

                   

                   

                   

                  「言いたいことは分からなくはありません。
                  ただ私は、子供時代の時間や記憶を全て失ってもいいから、今は医師免許が欲しいです。

                  大学受験までの18年間と比べると、その後の人生はあまりにも長いですから。
                  大学受験までの18年間と比べると、同じ苦労であってもその後の苦労の方がはるかに苦痛を感じますから。

                  佐藤家の子供達と同様に、あなたも遊びたいのに漢字ドリルの宿題を嫌嫌やらされてかげがえのない子供時代を奪われた結果、漢字の沢山入ったその文章を楽に書けるようになってかげがえのない大人時代を手に入れたんではないんですか?


                  豊かな子供時代を失っても豊かなな大人時代を得ることの方が幸せという考えの元あなたも漢字ドリルやらされてたわけですが、それってそんなにおかしな考え方なのでしょうか?」以上。

                   

                   

                   

                  あなたは医師になることを目指しているようですが、大丈夫でしょうか。文章を読む限り、根本的な思考力や判断力を欠いているようです。おそらく私の「佐藤ママ」批判を読んで、納得できなかったのでしょう。以下は私の感想です。

                   

                   

                   

                   

                  >言いたいことは分からなくはありません。

                   

                   

                  「分からなくはありません」という言い方の中には、納得できなかったのに分かったふりをしようとする苦しさが現れています。しかし、あなたは私の主張を全く分かっていません。

                   


                   

                  >私は、子供時代の時間や記憶を全て失ってもいいから、今は医師免許が欲しいです。

                   

                   

                  「子供時代の時間や記憶を全て失ってもいいから」というのは、人格が空洞化してもいいからという意味ですが、そうまでして医師免許を取りたい理由は何なのでしょうか。小難しいことをあれこれ言わずに、とにかく医師になりたいのだという切羽詰まった決意を述べているのですね。

                   

                   

                   

                  >大学受験までの18年間と比べると、その後の人生はあまりにも長いですから。
                  大学受験までの18年間と比べると、同じ苦労であってもその後の苦労の方がはるかに苦痛を感じますから。


                   

                  この部分はつまり、実社会に出てからの「苦労の方がはるかに苦痛を感じますから」大学受験までの18年間の苦労など取るに足りない、自分を受験サイボーグに仕立て上げる佐藤ママのような人がむしろいてほしかったとおっしゃりたいのでしょう。でもこの考えだと、あなたの人生は「苦痛」の連続ということになって、気の毒に思えます。念願の医師になれば苦労も多いでしょうが、喜びも多いのではないでしょうか。それとも医師を安定した高給の職業と見なしているだけなのでしょうか。

                   

                   

                   

                  >佐藤家の子供達と同様に、あなたも遊びたいのに漢字ドリルの宿題を嫌嫌やらされてかげがえのない子供時代を奪われた結果、漢字の沢山入ったその文章を楽に書けるようになってかげがえのない大人時代を手に入れたんではないんですか?

                   

                   

                  正直に言いますが、この部分を読んで少し笑ってしまいました。あなたは生まじめで不器用だけど良い人なんじゃないかと思いました。私のことを「遊びたいのに漢字ドリルの宿題を嫌嫌やらされてかげがえのない子供時代を奪われた」というのはあなたの妄想です。

                   

                   

                   

                  私は遊びたい時は徹底的に遊んでいました。それは本能のようなものです。「漢字ドリルの宿題を嫌嫌やらされ」たことなど一度もありません。喜んでやったこともありませんが。そもそも私の中では学校の比重は限りなく軽く小さなものだったのです。夏休みが終わって新学期が始まる前日「夏の友」を急いで仕上げるようなことをしていました。子供が自由にできる時間と空間がたっぷりあったということです。

                   

                   

                   

                  そんなふまじめな子供だったので、辺境塾教師にしかなれませんでしたが、とても幸せな人生を送っています。

                   

                   

                   

                  >豊かな子供時代を失っても豊かな大人時代を得ることの方が幸せという考えの元あなたも漢字ドリルやらされてたわけですが、それってそんなにおかしな考え方なのでしょうか?

                   

                   

                  漢字ドリルにこだわるあなたのことが何だか好きになってきました。医師としてやっていけるか心配だと言ったのは、このくだりを読んだからです。あなたは「知的」な仕事についている人は皆自分と同じような体験をしているだろうという前提で話をしています。でもこれは危ないですよ。それに塾教師なんて知的な仕事でも何でもありません。たまたま塾教師をしている私が知的だっということです、なんちゃって。

                   

                   

                   

                  私は、「豊かな子供時代を失っても豊かな大人時代を得ることの方が幸せという考え」とは正反対の考えを持っています。豊かな子供時代を失えば、豊かな大人時代を「得る」(この言葉には違和感があります)ことはできない。それどころか社会に悪影響を及ぼすだろうと考えています。ユダヤ人を大量虐殺したヒトラーの子供時代を知っているのでこう判断しています。「子供時代」などと簡単に言いますが、その実体は震えが来るほど恐ろしいものです。

                   

                   

                   

                  あなたは、私のこのブログ記事だけを読んで、事実を妄想的に思い描いたのですね。他の記事を読んで頂ければ、私がずぼらで、運よく生きて来た人間だということが分かると思います。一人として同じ人間はいません。めでたく医師になった暁には、どうか患者さんひとりひとりが抱えている事実と向き合って貰いたいと願うばかりです。

                   

                   

                   

                  話は変わりますが、以前『ビリギャル本の詐欺性について』を読んで体験授業を受けに来た女子高校生がいました。授業後話をして、愕然としました。自分もビリギャルと同じく英語を武器にして慶応大学SFCに受かりたいので協力してほしいというではありませんか。「学年ビリのギャル」「偏差値40から」なるキャッチコピーに引っ掛かったのです。上記の記事はビリギャルとその母親、それを利用して一儲けをたくらむ出版社と塾教師を批判したものですが、それがまったく通じていないのです。

                   

                   

                   

                  今回の医師志望の方も同様です。そもそも、子育ては、佐藤ママのように効率や費用対効果や将来性を考えて行うものなんでしょうか?私は子育てが面白くて仕方なかったので「こんなチャンスはもう二度とないかも」と言いながら、妻と心行くまで楽しみました。子供の通知表など中学まで見たこともありませんでした。

                   

                   

                   

                  親の子育てや教育に対する考えは、議論してどうこうなるものではないようです。最初から波長が合う人もいれば、いくら話し合っても話が通じない相手もいます。「佐藤ママ」はそういう人の代表です。何というか生理的に受けつけないのです。

                   

                   

                   

                  話が通じない原因は片方の親が子育てに権力関係を持ちこむからです。権力関係とは言うことをきかせる対象として子供を見ることです。これは産業社会ではもっぱら男親が担っていました。子供の将来のことを考えて、社会的な評価基準や行動原理を教えるわけです。父権といった懐かしい言葉もありました。当時は専業主婦が多かったのですが、母親は社会の権力関係に疎かったために父親に反論できずに、屈服していたのです。「佐藤ママ」は今では少数派の専業主婦であり、時代遅れの「父権」の体現者なのです。

                   

                   

                   

                  屈服で思い出しましたが、学校における「いじめ」は特定の生徒を「孤立化」させ、次に「無力化」させます。この段階ではしばしば暴力がふるわれます。そして「いじめ」が第三者に見えなくなる「透明化」の段階を経て、相手を全面的に服従させます。

                   

                   

                   

                  「いじめ」は意識的に行われるのではなく、学校という目的なき雑居集団の中で子供たちが生き延びるために無意識的に行われます。その無意識に、実は家庭の中の権力関係(集団が生き延びるために生み出した匿名のシステムの本質)が反映されているのではないかというのが私の仮説です。

                   

                   

                   

                  長くなるので終わりにします。私の考えが「子供の頃にもっと勉強させてもらいたかった大人」さんに伝わったかどうか分かりません。でも今の私の考えを正直に述べました。

                   

                   

                   

                  そして最後に言いたいことがあります。「子供の頃にもっと勉強させてもらいたかった」などと甘ったれたことを言うんじゃない!今から勉強すればいい。人生はいくらでもやり直しがきく。あらかじめ立てたスケジュール通りの人生なんて成功でも何でもない。あなたは偶然がもたらす豊かさにもっと気づくべきです。

                   

                   

                  | 教育 | 21:26 | comments(0) | - |
                  伊方原発3号機止まる!
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                    あ〜伊方、伊方、などとしょうもないダジャレを飛ばしている場合ではありません。なにはともあれ、次なる巨大地震がスタンバイしている状況下では、日本中のすべての原発を止めておくべきです。そして再稼働を許してはなりません。小学生でもわかることです。

                     

                     

                     

                    なるほど社会を変えるのは大変なことかもしれません。しかし、緊急避難的には簡単な方法があります。政権を替えればいいんです。裁判で言えば仮処分です。そのためには国民が賢くならなければなりません。まず投票に行く。次に投票すべきでない人には投票しない。これだけで世の中はがらりと変わります。世の中なんてどうせ変わるわけないと思っている人は、そう思わせられているだけです

                     

                     

                     

                    コスプレで叫んでいるこの方は、小学生以下ですから、言っても無駄です。何が国民民主党でしょうか。コスプレの下には原発再稼働を推し進める自由民主党という文字が透けて見えています。

                     

                     

                     

                    財界の皆さん、いや原子力ムラの皆さん、原発再稼働は任せて下さい!そのために議員になったのですから・・・

                     

                     

                     

                     

                    何としても原発を動かすぞーって、誰の代表なんだ。国民の命よりも、議員でいることが大事なのか。

                     

                     

                     

                    子供たちや、子供たちの子供のことを考えれば、握手なんかできるわけがない。山本太郎の爪の垢でも煎じて飲んだらどうか。

                     

                     

                     

                     

                    以下、毎日新聞の記事から引用します。

                     

                     

                    「四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転禁止を求めて、50キロ圏内に住む山口県東部の三つの島の住民3人が申し立てた仮処分の即時抗告審で広島高裁(森一岳裁判長)は17日、運転を差し止める決定をした。

                    今回の抗告審で、森裁判長は199月に審尋を開き、住民側と四国電力にプレゼンテーション形式で主張を説明するよう求めた。この際、65歳での定年退官を控えた201月中に決定を出したいと伝えたという。」

                     

                     

                     

                    森一岳裁判長の定年退官発令予定日は今月の25日だそうです。 定年のわずか1週間前の決定だったのです。しかしこの際文句は言いません。私はあの小泉純一郎氏の反原発の姿勢をすら評価したくらいですから。うちの奥方様はそれが不満らしく、「あなたは人を見る目がない。総理大臣をやめた後ならなんとでも言えるわよ。総理をしている時に言わなきゃ。騙されていたなんて、総理大臣失格よ。」と未だに呆れています。

                     

                     

                     

                    とまれ、目と鼻の先にある伊方原発が止まるということは、ネトウヨの皆さんも含めて、すべての日本人にとって僥倖なのです。

                     

                     

                     

                    | 原発 | 16:20 | comments(0) | - |
                    二十歳になった皆さんへ。
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                      二十歳になった皆さんへ贈る言葉は一つだけです。匿名のシステムから脱出する勇気を持とうということです。匿名のシステムとは、簡単に言うと「現実」のことです。「現実を見ろ」「立場を考えろ」と言われたりしますが、その言葉の意味は、考えるのをやめて匿名のシステムに順応しろということです。

                       

                       

                       

                      現実とは個人の中にある集団への志向が作りだした共同幻想にすぎません。それは集団が生き延びるために考え出されたものです。もちろんそれは僕たちが生きるために必要です。現実は僕たちが生きる場所ですから、生きるためにはまずそれに適応しなければなりません。

                       

                       

                       

                      しかし、誰にとっても同じ現実など存在しません。それは共同幻想ですから、よく観察するとあちこちに隙間のある多層空間だとわかります。いたるところに自分らしく生きることができる隙間があるのです。

                       

                       

                       

                      考えるということは、そういった空間を発見し、創造することです。現実から逃走するのではなく、それを前提にして、自分の人生を生きるためのもう一つ別の場所を作ることです。ブログを書いてきたたった一つの目的は、それを伝えるためだったのです。

                       

                       

                       

                      人間も鳥たちと同じように自分の巣を作ることができます。まだ見ぬ他者の巣から届く便りこそが、生きるために必要な意思の伝達なのです。あなたが創造した巣から発信される便りは、必ずやまだ見ぬ他者に勇気を与えるはずです。

                       

                       

                       

                      実は今日1月12日、ブログを書く気になったのは、この国の副総理兼財務大臣である麻生太郎氏が新成人に宛てた言葉を読んだからです。

                       

                       

                       

                      「皆さんがた、もし今後、万引きでパクられたら名前が出る。少年院じゃ済まねえぞ。間違いなく。姓名がきちっと出て「20歳」と書かれる。それだけはぜひ頭に入れて、自分の行動にそれだけ責任が伴うということを、嫌でも世間から知らしめられることになる。それが二十歳だ。(12日、福岡県直方市での成人式来賓あいさつで)」(朝日新聞より)

                       

                      これが日本という国の要職にいる大臣が新成人に宛てた言葉だろうかと我が目を疑いました。

                       

                       

                       

                      今の政治の惨状を変えるのは、「デモするやつの頭って、ウジがわいてるんじゃねえの」と言ったホリエモンのような旧い世代の人間の発想(民主主義は多数決といったような)ではなく、自分の生きる空間を日々発見し創造している人間たちです。民主主義社会を作ろうとする人たちにとって、デモは憲法でも認められている当然の権利なのです。

                       

                      1月12日、新宿。現実にからめとられていない人たちのデモは楽しそうです。

                       

                       

                       

                       

                       

                       

                      良いプラカードですね。私の気持ちを代弁しています。

                       

                       

                       

                      | 文学・哲学・思想 | 01:26 | comments(0) | - |
                      トップがアホでもええじゃないか!株価が上がればええじゃないか!
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                        中3生対象の冬期講習会も終わりほっとしています。総仕上げのこの時期は、授業もレベルが高くなり、問題も難しくなりますが、逆に言えば勉強が面白くなってくる時期でもあるのです。

                         

                         

                         

                        数学・英語・国語を教えていますが、最終日は数学の問題2問に2時間半かけました。過去問や市販の問題集にとらわれず、一歩一歩足場を固めながら勇気をもって問題を解き進めることを学んでもらいました。自由な発想がどこまで有効か、自分を信じることができるかが問われる問題でした。これから入試までの60日間は最も学び甲斐のある時期です。

                         

                         

                         

                        1月5日は模試でした。このクラスの子供たちはユーモアを理解しています。アイロニーや反語も分かるのです。試験前、注意事項を述べます。

                         

                         

                         

                        私「カンニングはしないように。カンニングはどこでするんですか?」


                        生徒たち「学校!」

                         

                         

                        返事が笑いとともに間髪を入れずに返ってきます。そして今日から新学期です。私立の入試を皮切りに、いよいよ試験シーズンに入っていきますが、ユーモアの精神を忘れなければ緊張することもないでしょう。

                         

                         

                        画像は模擬試験が終わった後、ニワトリと遊ぶ生徒たちです。

                         

                         

                         

                         

                         

                         

                        それに引き換え、ピーマン総理の頭はいよいよ壊れ始めています。私はこれほど他者意識のない大人にお目にかかったことがありません。自分の言葉をもたない、ということは、この国の最高責任者として判断を下せないということを意味します。あわわわ・・・どころではありません。トップがピーマンでもええじゃないか、株価が上がればええじゃないか、と経団連と国民の皆さんは考えているのでしょうか。

                         

                         

                         

                        具体例を挙げましょう。


                        ピーマン総理は4日、千葉県袖ケ浦市のゴルフ場でイラン革命防衛隊の司令官を米軍が殺害したことに関し、記者団から受け止めを問われたにもかかわらず言及を避けたとのことです。

                         

                         

                         

                        はあ?総理大臣は何のためにいるのか!言及を避けたのではなくて、原稿がなければ喋れないのです。ところが同じ4日、トランプ米大統領はツイッターで、革命防衛隊精鋭部隊の司令官殺害にイランが報復した場合、イランの重要施設を含む52カ所を短時間で攻撃し「大きな打撃を与える」と警告しました。【ワシントン共同】

                         

                         

                         

                        にもかかわらず、ピーマン総理は6日、三重県伊勢市で年頭記者会見に臨み、既に決定している海上自衛隊の中東派遣について方針に変更はないと述べました。同時に「現状を深く憂慮している。全ての関係者に外交努力を尽くすことを求める」と訴えたとのことです。

                         

                         

                         

                        出ました!中身スカスカのピーマン作文。「現状を深く憂慮している。全ての関係者に外交努力を尽くすことを求める」って、「僕は何にも分からないからね。トランプ大統領に丸投げしてるんだもの。とにかく総理大臣を続けられればいいんだよ。万が一戦争になった時は、いよいよ自衛隊の最高指揮官として軍隊を動かせるんだから。楽しみ〜」という意味でしょうね。あわわわ・・・どころじゃありません。このままこのピーマン男に総理を続けさせていいんでしょうか?

                         

                         

                         

                        憲法改正については「国民の声は、憲法改正を前に進めよということ。自民党が先頭に立ち、国民的議論を高める中で、憲法改正の歩みを一歩一歩、着実に進めていく。」「憲法改正を私自身の手で成し遂げていく考えには全く揺らぎはない」と明言しました。ちなみに「憲法改正を前に進めよ」というのが「国民の声」だそうですが、どうやら私は「非国民」扱いされているようです。

                         

                         

                         

                         ピーマン総理は、新年早々、憲法を蹂躙すると明言しているのですが、日本国憲法99条を知らないんでしょうね。

                        「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」(日本国憲法99条)

                         

                         


                        もっとも、ピーマン総理にしてみれば、現行憲法は「みっともない憲法」だそうですから、憲法にしばられるいわれはないと思い込んでいるのでしょう。そんな人間に限って「法治国家」を連呼するのです。「法治主義」の反対語を知らなかったのですから無理もありません。はっきり言いますが、こんな発言をする総理大臣を許す国民が多数派ならこの国は立憲主義の国ではありません。

                         

                         

                         

                        もう終わりにします。


                        アメリカは、9・11テロの後、なんの関係もないイラクに言いがかりをつけて侵攻、統治機構を崩壊させました。アメリカではその失政の後始末が延々と続いているのです。

                         

                         

                         

                        他方、日本はアメリカに戦後処理をまかせ、敗戦の責任を自分たちの手で追及しなかったつけが回って来ているのです。しかも、日本を敗戦に導いた勢力の正体が3・11の原発事故で明らかになったにも関わらず、マスコミを味方につけ、またぞろ大日本帝国の復権を画策しているのが現政権だというわけです。

                         

                         

                         

                        ピーマン総理が使うのは「声なき声を聴く」作戦です。バカバカしいくらい単純ですが、この声なき声がある臨界点を超えれば、誰にも止めることはできません。声なき声が膨れ上がることほど恐ろしいことはない。私たちが声を上げないと権力は何でも自分の都合のいいように解釈し、実行するからです。同じ過ちを繰り返したくなければ、ひとりひとりが声を上げるしかありません。他に方法はないのです。

                         

                         

                        | 政治 | 14:16 | comments(0) | - |
                        最高のクリスマスプレゼント。
                        0

                          昨年の12月25日、と言っても一週間前なのですが、都内に住む一高校生のお母さんからコメントを頂きました。その時は気づきませんでしたが、クリスマスの日でした。冬期講習中で時間がなく、ゆっくり返事ができませんでした。その時、来年の元旦に返事を書こうと思いついたのです。その元旦も残すところ2時間となりました。

                           

                           

                           

                          息子さんは都内の進学校に通う高校2年生だそうです。

                          コメントによると、激しい中学入試を勝ち抜いた後、高校に進学したころからひどい無気力に陥ってしまい、学校も休みがちになり、仲の良かった友達とも疎遠になっていたそうです。

                           



                          鬱になってこのまま学校をやめてしまうのではないかと心配する親御さんの気持ちはよくわかります。ところが、半年ほど前から、見違えるように元気になり、猛烈な勢いで勉強を始めたとのことです。

                           

                           

                           

                          「息子は先生のブログを読んだのがきっかけで、将来の目標を見つけたのです。それが何なのかは今はまだ話してくれませんが、とても好ましい影響を受けているのが分かります。今は毎日を前向きに目標をもって勉学に励んでおります。」とのことです。

                           

                           

                           

                          そして「息子は先生が推薦している本を10冊以上読み、時々私たちに熱を込めて語ってくれます。そういう日々が戻って来たことを心よりうれしく思っております。」と書かれていました。

                           

                           

                           

                          鬱になりかけていた息子さんが、「見違えるように元気になり、猛烈な勢いで勉強を始め」た。これほどうれしいことはありません。これこそが、塾教師として常に目標としていることだからです。ブログは息子さんが元気になるきっかけに過ぎなかったのだと思います。

                           

                           

                           

                          なぜなら、息子さん自身が「別に鬱になりかけていたわけではない。立ち直ったなどと勝手な言い方はやめてほしい」と言っています。私は「男子三日会わざれば刮目してみよ」という言葉を思い出しました。ひとことで言えば、三日あれば人は変わるという意味です。私はこの言葉を信じられなくなった時が塾教師をやめる時だと思っています。

                           

                           

                           

                          今回コメントを頂き、長い間塾教師をやって来てよかったと感激しています。たとえ一人でも、無気力に沈んでいた若者が元気になったのです。私にとっては、最高のクリスマスプレゼントでした。ありがとうございました。そしてこの一年が素晴らしい年になりますように。

                           

                           

                          | 身辺雑記 | 21:56 | comments(0) | - |
                          2020年、山本太郎はチェ・ゲバラになる。
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                            悲劇を悲劇だと認識せず、喜劇的なオブラートで現実を覆い隠すお笑いと大本営発表を垂れ流すマスメディアによって、2019年もいよいよ幕が下ろされようとしています。

                             

                             

                             

                            私はと言えば、相も変わらず、金さえ出せば商品としての受験情報やテクニックが手に入ると考える生徒や親御さんを横目に見ながら、そういった予定調和の世界に子供たちを送り出すことに抵抗してきました。今の社会に適応しようとすればするほど、どこかで精神に変調をきたすだろうという予感があるからです。

                             

                             

                             

                            中高生といえども、知的なトレーニングを積み重ね自分で価値判断を下せる人間になることが人生を切り開く唯一のカギになると私は信じています。そんな塾教師のもとに子供たちを通わせて下さった保護者の皆様には感謝のしようもありません。

                             

                             

                             

                            塾教師の仕事は生徒を少しでも上位の学校に効率的かつ最小の費用で合格させることだと思われています。しかし、そういった発想は社会的共通資本であるはずの公教育を破壊し、そこで働く教師の意識をまるで有能な塾・予備校講師のそれに塗り替えてしまいました。公立中学校の校長が○○高校に何名合格させたなどと自慢げに吹聴するようになったのです。

                             

                             

                             

                            公教育の教師が、権威主義的・差別主義的レイシストたる塾教師や、巧妙な成りすましと自画自賛で出身大学を吹聴する学歴コンプレックスに囚われた塾教師と同列になったということです。

                             

                             

                             

                            もはや打つ手はありません。十分な予算と教員の数を確保し、一人の教師が5〜6人の生徒を看ることができるローテーションを組まない限り、教師の知的レベルは下がる一方で、教師のなり手もいなくなるでしょう。

                             

                             

                             

                            社会の階層分化が進めば、高校や大学は言うまでもなく、小学校や中学までが本質的には受験予備校・就職予備校として評価されるようになります。人々が教育の内容ではなく、どこの大学に何名合格させたかといったような「実績」で高校を評価すればするほど、この傾向は強まります。毎年春になると、『週刊朝日』や『サンデー毎日』が高校別大学合格者数を年中行事のごとく報じるのもこの傾向を当然のものにしています。

                             

                             

                             

                            そういった資本主義的予定調和の世界(官僚と原子力ムラ、そして日本語の読み書きすらまともにできない学歴コンプレックスのかたまりである政治家が価値を創造し、それを内面化することを要求する世界)に子供たちを送り出すことに私は価値を見出すことができません。

                             

                             

                             

                            理由の第一は、その世界に所属している人間たちの立居振る舞いや、言葉や顔が下品すぎるからです。人格を喪失した人間は同じ表情になり陰翳を失くしていきます。

                             

                            夫婦は似て来ると言いますが、この政治家夫婦はその内面が顔に余すところなく現れています。それとも似ていると思うのは私だけでしょうか。

                             

                            河井克行前法相、河井案里参院議員

                             

                             

                             

                             

                             

                            第二に、彼らは前提を疑う能力を放棄しているので(そうしなければ、予定調和の世界の住人になれません)社会や他人から吹き込まれた価値を平気で撒き散らし、他者とくに若者を傷つけます。

                             

                            言うまでもなく、世界をよりよき場所にするためには前提を疑う必要があります。しかし、すでに予定調和の世界に生きている人間は、既得権益を守ろうとするばかりではなく、自分の信じている価値観を疑うことができないため、前提を疑う人間を生理的に嫌悪するようになるのです。

                             

                             

                             

                            さて、こんな自明の分析を述べたところでどうなるものでもありません。そこで、2020年がどんな年になるか予想して今年のブログを締めくくりたいと思います。

                             

                             

                             

                            年が改まったからと言って、今年の日本社会の動きと来年の動きが断絶するわけではないので、それを前提に私の予感のようなものを述べます。ひとことで言えば、予定調和の世界にひびが入り、激動の年になる予感がしています。その予感を今回のタイトル『2020年、山本太郎はチェ・ゲバラになる。』にしました。どうぞ笑い飛ばして下さい。

                             

                             

                            参考記事:

                            Ecce homo!(この人を見よ!)チェ・ゲバラ』

                            http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=417

                             

                             

                            もう終わりにします。今年一年、何の益もない小難しいブログをお読み頂いた方に心よりお礼申し上げます。どうか来年が皆様にとりまして幸せな一年になりますように!

                             

                             

                            | この人を見よ! | 15:08 | comments(0) | - |
                            「言語に絶するものは、囁き声で広まっていく。」
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                              今回のタイトルは、オーストリアの詩人、インゲボルグ・バッハマンのことばです。TBSの元ワシントン支局長でジャーナリストの山口敬之にレイプされた伊藤詩織さんは、バッハマンの言葉を実感しているはずです。彼女の記者会見を見てそう感じました。

                               

                               

                               

                              自分の身に何が起きたのか理解できないほどの暴力と屈辱を受けた人間は、自分自身だけでなく世界とどう関わっていけばいいのか見当もつかず、二重の意味で人間性をはく奪され、沈黙を余儀なくされるのです。加害者は被害者の沈黙を望み、犯罪の痕跡を消し去ろうとします。山口敬之というクズは、安倍政権の中枢に事件の隠ぺいを依頼したのです。

                               

                               

                               

                              しかし、詩織さん勝訴の判決が出た今になっても朝日新聞やTBSはこの事件の本質を報道していません。詩織さんの実名を報道しただけです。毎日新聞だけが山口敬之を実名入りで報道しました。毎日新聞は首相との会食を拒否してからようやく目が覚めたようです。

                               

                               

                               

                              それに対して、朝日新聞は山口敬之の伊藤詩織さんに対する行為が民事では不法行為とされたのに、刑事では不起訴とされた理由として、「性犯罪に関する法が不備」とか「刑事と民事で立証の困難さが違う」とかもっともらしいことを言っています。しかし、刑事で不起訴とされたのは、検察が官邸官僚の支配下にあるからです。

                               

                               

                               

                              地方の辺境のそのまた辺境に住む、私のようなボケかけた塾教師ですら、この事件が権力犯罪であることくらいわかるのです。それが分からないということは、朝日新聞のトップは私以上にボケたのでしょうね。そういえば、今から5年以上前に安倍晋三を『災厄の犬』と書き、その本質は『ヤクザの友情』であり、『ジャーナリズムの黄昏』がそれを放置していると書いたっけなあ・・・

                               

                               

                               

                              TBSの元ワシントン支局長でジャーナリストを名乗る山口敬之のような言語に絶する人間のクズたちについてこの上一体何を書けるでしょうか。詩織さんに対し「女として落ち度がある」と発言した杉田水脈議員や百田尚樹、「枕営業失敗」と称するイラストを描いて揶揄したはすみとしこをはじめ、クズの周りにはクズしか集まらないのです。なにせ安倍と菅という希代のクズが「反社会勢力の皆さん」と官僚の中のクズをピックアップして作ったのが現政権なのですから。

                               

                               

                               

                              このレイプ事件については2年以上前にブログに書いています。あなたが権力犯罪の被害者になりたくなければ、ぜひ一読をすすめます。

                               

                              『2017年、人非人を国のトップに据えている日本』

                              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=380

                               

                              『女性をモノと考えている男たち、そして真夜中のギター』

                              http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=377

                               

                              | 政治 | 13:43 | comments(0) | - |
                              奇跡のような無垢な心で人を愛せるか。
                              0

                                奇跡のように人を愛することができるのは青春の一時期をおいてないような気がします。そして、無垢な心をもって全身全霊で人を愛しているときの表情やしぐさほど、私を幸福にするものはありません。おそらく、無垢な心は過ぎ去った時代と二度と帰らぬ青春を刻印しているからです。

                                 

                                 

                                 

                                以下のCMをご覧ください。牧瀬里穂の心の底からの笑顔は、スマホもLINEもない時代の奇跡のような笑顔です。60歳を過ぎた私が、このCMを見ると泣けてくるのです。ああ、自分の中にもあのような感情があったのだと思い当たり、哀惜の情の切なさで心が一杯になるからです。

                                 

                                 

                                 

                                 

                                以下はこのCMについての秀逸な分析です。牧瀬里穂が持っていたプレゼントの中身は何だったのでしょう。その答えを知りたい方は以下をお読みください。

                                 

                                https://note.com/pato_numeri/n/na01d6800ba12

                                 

                                 

                                | 身辺雑記 | 00:18 | comments(0) | - |
                                ニワトリの飼育から見えるこの国の将来。
                                0

                                  わが家のニワトリは元気そのものです。例のおいちゃんや近所の人が見に来て「よう肥えちょんなあ。運動するけんじゃろう。卵が美味しいはずじゃわ」と言ってくれます。

                                   

                                   

                                  今日も元気なニワトリたち。6羽いるのにニワトリ、なんちゃって。

                                   

                                   

                                   

                                   

                                   

                                  毎朝起きるとまずニワトリ小屋に行き、フンの掃除をし、水を換えます。生き物を飼うのはそれなりに大変です。でも楽しいルーティンワークですね。近所の人から頂いた白菜や大根葉を小さく切り、糠と混ぜます。それに牡蠣殻など(カルシウムの補給です)を砕いたものを飼料と混ぜて与えます。

                                   

                                   

                                  最近、放し飼いにする場所をさらに広くして、ニワトリが思う存分運動できるようにしました。餌をやるために近づくと、6羽が一斉に寄ってきます。中には私が手に持った容器の高さまで飛び上がるニワトリもいます。餌をやったスキに小屋に入り、産卵箱を見ると、見事な卵が6個並んでいます。自然の摂理に感謝する瞬間です。

                                   

                                   

                                   

                                  ニワトリの餌や飼育方法を調べてわかったことは、この国の後進性、すなわち国民の命が脅かされるのを放置しているということです。すべてを金銭に換算し、効率を追求すれば食の安全など絵にかいた餅になるのは目に見えています。スローフードやマクロビオティック(簡単に言うと「長い大きな視野で生命を見ること」です)が取り上げられるのも、それが当たり前ではないからです。

                                   

                                   

                                   

                                  実は、高度経済成長の陰で失われたものこそが、まさに「長い大きな視野で生命を見ること」だったのです。その結末が3・11の福島第一原子力発電所の事故でした。私が山本太郎氏を応援するのは、彼のヴィジョンが高度経済成長の負の側面を繰りこみ、3・11を思想的な起点としてこの国を変えようとしているからです。

                                   

                                   

                                   

                                  山本太郎氏が街頭記者会見で話す内容は、回を追うごとにアップグレードしています。今やこの国を救えるのは彼しかいないと私は確信するようになりました。前回も触れましたが、彼は「桜を見る会」よりもTPPや日米貿易協定(FTA)について以前から問題点を指摘し続けていたのです。

                                   

                                   

                                   

                                  しかし、11月15日、衆院外務委員会は日米貿易協定の承認案を可決しました。自民、立憲民主、国民民主の国対委員長が段取りを決め、衆院本会議で採決し、ついに来年の1月1日発効が確定しました。

                                   

                                   

                                   

                                  審議らしい審議もせず、協定の中身や国民生活への影響などほぼ国民には知らせないままです。ほとんどの国会議員は協定の中身を知りません。ただ来年11月に大統領選挙を控えるトランプ氏の事情を忖度しただけです。山本太郎氏が問題にするのは当然ではありませんか。

                                   

                                   

                                   

                                  トランプ氏は大統領就任直後の2017年1月に12カ国による環太平洋経済連携協定(TPP)を離脱し、アメリカ側の要求を呑ませやすい二国間の日米FTA(自由貿易協定)交渉に切り変えたのです。

                                   

                                   

                                   

                                  関税削減・撤廃によって安いアメリカの農産品や加工品が入ってくることで日本国内の畜産・酪農、果樹農家や加工品製造業者などへの打撃は必至です。食料自給率は2018年に37%にまで下落しており、今後さらに低下するでしょう。つまり日本は異例の食料の輸入依存国になるのです。

                                   

                                   

                                   

                                  もはや他人に頼ってはいられません。私はできるだけ食糧を自給しようと考えています。ニワトリを飼い始めたのもその一つです。以下の記事をぜひ参考にして下さい。

                                   

                                   

                                  日本人だけが知らない「食用卵」のアブない実態 ヨーロッパならほとんど「違法レベル」(現代ビジネス)
                                  https://gendai.ismedia.jp/articles/-/54355

                                   

                                   

                                  | 身辺雑記 | 18:54 | comments(0) | - |
                                  「山本太郎は偽善者」さんへ。
                                  0

                                    原則としてコメントは公開する方針なので、頂いたコメントを読み、そのまま承認しました。しかし、今となっては後悔しています。なぜか?私には山本太郎氏ほどの度量がないからです。

                                     

                                     

                                     

                                    今年の10月28日、山本太郎氏が大分市で街頭記者会見を開きました。その時、山本氏に向かって「あなたは偽善者だよ!」と叫ぶ人がいました。私はその場にいましたが、その人に対して山本太郎氏は「私を偽善者とおっしゃる根拠を教えて下さい」と呼びかけ、何とか議論に持ち込もうとしていました。その姿を見て立派だと思いました。

                                     

                                     

                                     

                                    その時の記事です。よかったらお読みください。

                                     

                                    『自壊する野党 vs 山本太郎』

                                    http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=611

                                     

                                     

                                     

                                    今コメント主さんに返事を書こうと思ってパソコンに向かっていますが、言葉が出てきません。山本太郎氏に「あなたは偽善者だよ!」と叫んだ人は、結局議論することなく、渡されたマイクを地面に叩きつけました。文面からするとあなたも同種の人間のようです。

                                     

                                     

                                     

                                    私は山本太郎氏を6年前から応援しています。彼のおかげで政治に絶望せずにいられるとも書きました。したがって、コメント主さんへの反論は、少しでも山本太郎氏の応援になればと思って書くことにします。ただし、手短に。

                                     

                                     

                                     

                                    「山本太郎は偽善者」さんから頂いたコメントは以下の通りです。

                                     

                                     

                                    >愚かな国民よ、オリンピックに浮かれている場合か!いい加減目を覚ませ!

                                     

                                    一体どこまで上から目線なのですか?そんなに自己アピールしたいのですか?「愚かな国民よ」ですか?自分を何様だと思っているのでしょうか。「いい加減目を覚ませ!」はあなたに投げ返したいです。桜を見る会の追及に明け暮れるしかない野党や、その尻馬に乗ってさわぐ山本太郎や国民には「いい加減目を覚ませ!」と言うべきです。もっと重要な問題があったはずです。(以上)

                                     

                                     

                                     

                                     以下は私の反論です。

                                     

                                    :人のことを上から目線だの、自己アピールだのと感じるのはあなたの勝手ですが、これでは何の批判にもなっていません。でもこのレベルの批判をする人がほとんどです。あなたは私の過去記事を読んだことがないのでしょう。何度も言いますが、自分の印象や偏見を投げつけるだけでは批判になりません。批判は常に具体的事実に基づいてするべきです。

                                     

                                     

                                    現に、山本太郎氏は「誰かの尻馬に乗ってさわぐ」ようなことを一度もしていません。自分の目で見て、感じたことをもとに、そして3・11以降、他の政治家の誰よりも勉強しています。なぜなら、彼の武器は言葉以外にないからです。理想の審判者を信じているのです。桜を見る会については「有権者の買収だ」と言っているだけで、日米FTAの問題点を熱を込めて語っています。彼のように暴漢に襲われる危険を冒してまで全国各地を回って市民からの質問に答えている政治家が他にいますか。

                                     

                                     

                                    匿名の陰に隠れて、こんな紋切型のコメントをしても、多少のうっぷん晴らしになるかもしれませんが、それだけのことです。安倍首相のヤジのレベルそのものです。あなたは恥を知るべきです。

                                     

                                     

                                     

                                    :「愚かな国民よ」は、私がそう判断しているというだけのことです。私は自分のことを何様だとも思っていません。教育の末端のそのまた末端に位置する一人の塾教師として、安倍政権をずっと批判してきました。それは少しでも住みやすい国を後の世代に残すためです。いずれ私の言うことなど忘れ去られ、雲散霧消していくのです。自己アピールの虚しさは、あなたが一番よく知っているのではありませんか。

                                     

                                     

                                     

                                    私は安倍政権の行動様式はヤクザそのもので、日本会議や神道政治連盟を背景とする大日本帝国の精神構造をひきずって空威張りするアナクロに過ぎないと思っています。それに共感する百田尚樹を始めとするおバカな売文家や自称ジャーナリストが売名のために魂を売り渡しているのです。

                                     

                                     

                                     

                                    選挙のたびに、安倍政権を倒すチャンスを与えられながら、約半数の有権者は選挙にも行かないのです。これが「愚かな国民」でなくてなんでしょう。民主化を求めて80万人がデモをする香港との落差にめまいすら覚えます。あなたは日本は民主主義社会なのでその必要はないと思っているのでしょうね。

                                     

                                     

                                     

                                    :「桜を見る会を追及するよりももっと重要な問題がある」とは辛坊治郎や自称ジャーナリストの木村太郎の言葉の受け売りですね。昨日の会見で安倍首相は「私自身の責任で招待基準を明確化」すると言いました。絶句するほかありません。事実を見れば、彼は公選法違反、政治資金規正法違反の犯罪容疑者です。だからこそ国会審議を拒否しているのです。

                                     

                                     

                                     

                                    わかりやすいたとえで説明しましょう。サッカーの試合中、選手がボールを手で持ち、味方の選手にパスしたとします。これは明確な反則ですね。ラグビーじゃないのですから。試合を成立させるためには、まずレフェリーが笛を吹き試合をストップさせなければなりません。物事には順序というものがあります。

                                     

                                     

                                     

                                    ところが、反則したチームの責任者が、レフェリーに対して今のは反則ではない、映像もないので検証できない、したがって「私自身の責任でルールを明確化」すると言い出したらどうしますか。桜を見る会の問題はそういうことです。

                                     

                                     

                                     

                                    もっと重要な問題がある」というのは論点をそらすための屁理屈です。あなたは無批判に辛坊治郎や木村太郎の言い分を垂れ流しているに過ぎません。彼らはさも中立であるかのごとく見せかけて野党批判をしていますが、やっていることは犯罪者の隠蔽なのです。したがって、私に言わせれば、あなたも犯罪者の仲間だということになります。以上。

                                     

                                     

                                    | 政治 | 00:17 | comments(0) | - |
                                    アラユルコトヲ ジブンヲカンジョウニ入レズニ
                                    0

                                      アラユルコトヲ
                                      ジブンヲカンジョウニ入レズニ
                                      ヨクミキキシワカリ
                                      ソシテワスレズ

                                       

                                       

                                       

                                      これは宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の中の一節です。中村哲医師が殺害されて脳裏に浮かんだのがこの一節でした。「人間と人間の違いは、人間と犬の違いより大きい」と言ったのはパスカルだったと思います。安倍晋三と中村哲医師の人間の格の違いを見せつけられました。

                                       

                                       

                                       

                                      以下は「ヨクミキキシワカリ、ソシテワスレ」ないための私家版「雨ニモマケズ」です。

                                       

                                       

                                      アラユルコトヲ ジブンダイイチニカンガヘ、

                                       

                                      コクミンノゼイキンデ ナカマニノミクイサセ、

                                       

                                      カンリョウニ コウブンショヲハキ・カイザンサセ、

                                       

                                      ケンポウカイセイハクチダケデ、

                                       

                                      ナニヨリモ権力ノ座ニイルコトガジュウヨウデ、

                                       

                                      イツモ下品ナヤジヲトバシ、

                                       

                                      東ニ原発ヲウゴカシタイトイフヒトアレバ 行ッテマカセナサイトイイ、

                                       

                                      南ニツカレタ母子アレバ同情スルフリヲシ、

                                       

                                      西ニ囚ワレノジャーナリストアレバ 自己責任ダトイッテミゴロシニシ

                                       

                                      ヒトリノトキハナク、イツモナカマトゴルフヲシ、

                                       

                                      大学マデツクッテヤリ、

                                       

                                      ミンナニデクノボートヨバレルコトヲナニヨリモオソレ、


                                      母親ニホメラレルコトヲナニヨリモノゾミ、


                                      苦ニサレルコトヲナニヨリモコワガル、


                                      サウイフモノニボクチャンハナリタイ


                                       

                                      | 文学・哲学・思想 | 22:55 | comments(0) | - |
                                      中村哲医師を悼む。
                                      0

                                        死に対する想像力がない人間は、生に対する想像力も欠いています。この逆もしかりです。真に知性ある人間はこの両方を常に射程に入れ、自分が何のためにこの世に生を受けたのかを常に自問自答しているものです。

                                         

                                         

                                         

                                        以前ブログで取り上げた中村哲医師が、昨日12月4日、何者かに襲撃されて殺されました。彼は今回の事態を予期していたに違いありません。昆虫少年に過ぎなかった幼い魂が、宣教師の覚悟をもって、文化も言語も気候も食べ物も全く違う異国の地に行こうと決心するまでの、その内面で展開された劇を想像して、私はただ祈らずにはいられませんでした。

                                         

                                         

                                         

                                        中村氏は「自分は好きで勝手なことをしているので、家族には迷惑をかけたくない」と周囲に話していたといいます。妻の尚子さんは報道陣の取材に「いつも家にいてほしかったが、本人はこの仕事にかけていた。いつもサラッと帰ってきては、またサラッと出かけていく感じでした。こういうことはいつかありうるとは思っていたが、本当に悲しいばかりです」と話したそうです。

                                         

                                         

                                         

                                        「好きで勝手なことをしている」という言い方は、おそらく「中村医師は偉いね」という無神経な褒め言葉に対する批判を含んでいます。自分の仕事が現地の人々の命を救い、平和な社会の実現に役立っていることが大事で、外部からの評価など取るに足らないと思っていたはずです。それがこの言葉の意味だと思います。

                                         

                                         

                                         

                                        3年前に書いた過去記事をお読み頂けると嬉しいです。

                                         

                                         

                                        『中村哲氏に国民栄誉賞を!』

                                        http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=235

                                         

                                         

                                         

                                        一方で、わが国の中枢では、幼児並みの判断力しか持たない精神の未発達な大人たちが、好き勝手なことをしています。それを官僚だけでなくメディアの幹部や財界が支えています。彼らはしょせん同質集団に過ぎません。同じような学歴、年収、アメリカ経由の情報といったタコつぼの中に閉じ込められ、現実に向き合う能力を喪失してしまったのです。

                                         

                                         

                                         

                                        東大卒のエリート官僚なのに、なぜそうまでしてピーマン頭の安倍晋三の言いなりになって尻拭いをしなければならないのか、そんなに天下り先や出世が大事なのか、という批判があるようです。しかし、この批判は全くの的外れです。

                                         

                                         

                                         

                                        東大卒のエリート官僚なのにではなく、東大卒のエリート官僚だからです。3・11以降も原発を再稼働させる判断を、彼らは屁理屈をつけて正当化します。再稼働しなければならない経済的な理由がさもあるかのようにみせかけるのが彼らの仕事です。それを本気で信じているのですから、確信犯というより単なるバカなのです。そのバカさ加減を、権力によって覆い隠すために、バカな政治家を利用するのです。こうしてわが国の中枢はバカだらけになったというわけです。

                                         

                                         

                                         

                                        この国を実質的に動かしてきたのは「優秀な」官僚たちです。彼らは選挙で選ばれていません。私たち国民が「なのに」ではなく「だから」なのだと気づいて行動しない限り、第二のフクシマどころかこの国の破滅は避けられません。次なる巨大地震がスタンバイしているのですから。残された時間は少ない!愚かな国民よ、オリンピックに浮かれている場合か!いい加減目を覚ませ!

                                         

                                         

                                        | 政治 | 15:50 | comments(1) | - |
                                        大橋巨泉氏の英語力。
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                                          前回のブログで大橋巨泉氏を取り上げました。その多才ぶりは多くの人の知るところです。今回は氏の英語力について書きます。中高生の皆さんの参考になると思いますので、頑張って読んで下さい。

                                           

                                           

                                           

                                          まず、「学校英語」なるものがあるのかどうかわかりませんが、ここでは単純に日本の公立中・高等学校の授業で出会うものとしておきます。私の個人的な経験から言えば、平板で、没個性的で、退屈なものでした。それは文化から切り離された選別のための暗記と抽象的な記号操作であり、一部の地域でだけ通用する通貨のようなものだと言えば言い過ぎでしょうか。

                                           

                                           

                                           

                                          しかも、「学校英語」の長いトンネルをくぐりぬけた先に待っているものは、世界を相対的に見る能力ではなく、今の日本で出世するのに役立ちそうな功利的な考え方です。文科省の打ち出す政策は、ことごとくこの線に沿ったもので、もはやその破綻は誰の目にも明らかです。

                                           

                                           

                                           

                                          それに対して、巨泉氏の英語は「学校英語」を支えているイデオロギーから最も遠いものでした。つまり、学校で勉強しただけでは身につかない自在さと楽しさ、奥の深さを持っていたのです。

                                           

                                           

                                           

                                          彼は、より自由に生きるために英語を使いこなし、世界各国で生活していました。カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカで暮らし、そこで商売を立ち上げ成功したのも氏の人間性を物語っています。

                                           

                                           

                                           

                                          では彼の英語力の秘密はどこにあったのでしょうか。それこそが、ジャズ評論家としてのキャリアだったのです。彼はジャズの歌詞を何千曲も英語でそらんじることができました。

                                           

                                           

                                          中高生が見本にすべきは、氏のような自由闊達で柔軟な発想を持った英語の使い手であり、真の平和主義者です。残念なことに、大橋巨泉氏は今から3年前、2016年7月12日に他界しました。

                                           

                                           

                                           

                                          彼の英語力を物語るエピソードをもう一つ挙げます。女優の竹下景子さんが追悼文の中で書いています。

                                           

                                           

                                          「ハワイの別荘に家族で伺った際、英英辞書を片手に真剣にアメフトの実況中継をご覧になっていた姿が今も浮かんで来ます。あんなに英語が堪能なのに巨泉さんは辞書と首っ引きでした。不断の努力家の一面を垣間見ました」と。

                                           

                                           

                                          巨泉氏が不断の努力家であることに異論はありません。しかし、誤解してならないのは、アメフトのアナウンサーの実況は速射砲のような英語だということです。アメフトの実況中にテレビ画面を見ながら英英辞典が引けるということ自体が氏の英語力を証明しています。

                                           

                                           

                                           

                                          英語力と言えば日本人はすぐTOEICの点数や英検のランクで測ろうとします。悲しいかな、自分のモノサシではなく、外部の権威がありそうな試験の点数と結びつけて判断するのですね。

                                           

                                           

                                           

                                          幸か不幸か、私は学校の教師が教えてくれる英語には壊れた時計のように全く反応しませんでした。それはつまるところ高校入試や大学入試で使われる選別のモノサシに過ぎなかったからです。それは言語に対する国家ぐるみの冒涜に他なりません。

                                           

                                           

                                           

                                          英語をモノにした人は、おそらく自分の人生を豊かにする英語とどこかで幸運な出会いをしているはずです。たとえば、歌やスポーツや映画を通じて生きた英語に出会っているのではないでしょうか。

                                           

                                           

                                           

                                          そもそも外国の文化(その象徴が言葉です)について学ぶことが面白くないわけがありません。たとえば、英語の歌を一年に10曲ほど、中・高で合計60曲を完璧に歌いこなすことをカリキュラムに組み込めば、何も入試で英語を課す必要などないのです。今の何倍も英語力がつくに決まっています。それを大学入試のモノサシにすることで、アメリカに隷属した卑屈な精神を再生産する装置にしているのです。

                                           

                                           

                                           

                                          入試で測れる「話す能力」など鼻クソほどの価値もありません。そもそも文科省や財界人、一部の学者やお調子者の予備校講師たちは、50万人以上の「話す能力」を1〜2週間で測るなどということが可能だと本気で信じているのでしょうか。空気を読むしか能のない人間たちと話していれば可能だと錯覚するのも無理もありません。結局は定型的なフレーズの暗記に行きつき、対策本を発行する業者をもうけさせるだけです。

                                           

                                           

                                           

                                          それが可能だと考えている人間は、話すことがどれほどの深さと広がりを持っているか経験したことがないのです。片言隻句の背後に広がる沈黙に震えたこともないのです。

                                           

                                           

                                           

                                          おやおや、話が脱線しました。巨泉氏の英語力の話でした。以下は彼が犯したミスの話です。それを、あれは自分の若い頃の誤訳、と率直に認められたとのこと。その率直さが、さすが巨泉氏らしいなあと思います。ミスどころか、明白なウソの上塗りすら認めようとしないどこかの安倍晋三とは大違いですね。

                                           

                                           

                                           

                                          誤訳の話に戻ります。ヘレン・メリルがハスキーな声で歌って有名になった曲“You'd Be So Nice to Come Home To”は、長らく「帰ってくれたらうれしいわ」という訳で親しまれていました。それを訳したのが大橋巨泉氏だったのです。

                                           

                                           

                                           

                                          中高生の皆さんなら、You'd  be so nice to come home to.をどう訳しますか。

                                           

                                           

                                           

                                          正解は「君の待つ家に帰るのはすてきだろうね(=君と結婚できたらなあ)」です。えっ、どうしてそんな訳になるのかわからないですって?「あなたが家に帰ってくる」のと「あなたが待つ家に帰る」のでは正反対じゃないか、というのですね。

                                           

                                           

                                           

                                          これはいわゆる「繰り上げ構文」と呼ばれるものです。文末のyouが仮主語のitを押しのけて繰り上がったもの、と考えたわけです。この曲のタイトルも、It would be so nice to come home to you.となっていれば誤解の余地はまったくありません。

                                           

                                           

                                           

                                          誤解の原因は、You are nice.と考えたからですね。nice なのは「(私が)あなたが待つ家に帰ること」なのです。「あなたが家に帰ってくる」では意味が反対になります。もちろん come という動詞の視点が相手側にあることや、文末の to が文頭の You を目的語にしていることにも気づかなければなりません。

                                           

                                           

                                           

                                          You'd  be so nice to come home to.は  You are difficult to please.という文と同じ構造をしています。あなたがdifficultなのではなくて、あなたを please(喜ばせる)するのが difficult なわけです。したがって、「あなたは気難しい人だわ」という意味になります。

                                           

                                           

                                           

                                          何だかややこしいですね。巨泉氏ほどの人でも、文法を忘れるとミスを犯すという例でした。長くなったのでもうやめにします。ここまで読んで下さった方にお礼を言います。なお「繰り上げ構文」については、ブログで詳しく説明しています。よかったら参考にして下さい。

                                           

                                           

                                           『高校生のための英文法−その7』

                                          http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=468

                                           

                                          | 英語教育 | 14:21 | comments(0) | - |
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