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 (JUGEMレビュー »)

まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
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「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書)
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小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
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幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実 (現代社会科学叢書)
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D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
殺人犯はそこにいる (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
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デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書)
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福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
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 (JUGEMレビュー »)

安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
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茫漠の曠野 ノモンハン
茫漠の曠野 ノモンハン (JUGEMレビュー »)
松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
「南京事件」を調査せよ (文春文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
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日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業  DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号
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広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
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オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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 (JUGEMレビュー »)

紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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黒い巨塔 最高裁判所
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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烏賀陽弘道
私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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カント
安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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ジョン・W・ダワー,ガバン・マコーマック
おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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蓮池 透
出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
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渡邉 格
2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
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スベトラーナ・アレクシエービッチ
今年度ノーベル文学賞受賞作品。チェルノブイリは言うまでもなく、フクシマでさえ人々は忘れたがっています。もう過去のことだと言い聞かせて。しかし、過去のことではなく、まぎれもない現在進行中の現実であり、私たちが生きている世界そのものです。この本を読んだ後、橋下徹が御堂筋をイルミネーションで照らし出し、F1カーに乗って写真を撮っているところを見ました。その時のセリフ。「大阪はここまでできる!」

もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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鈴木大拙の言わんとすることが、ようやくわかりかけてきました。年齢を重ね、日本文化の基底にあるものをじっくり味わうことで開示される世界があるのです。日々の生活に追われていては、この本を読み、味わう暇などないでしょうが、それだからこそ手に取ってみてはいかがでしょう。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
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食う寝る遊ぶ 小屋暮らし (JUGEMレビュー »)
中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
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暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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中村 好文,神 幸紀
中村さんの書かれた本はすべて読みました。どの本もおすすめです。これから家を建てようと考えている人は、どの本でもいいですから、一冊中村さんの本を読んでみてはいかがでしょうか。エッセイとしても十分楽しめます。この本は北海道にあるパン屋さんの建物を作りながら、人は「パンのみにて生きるにあらず」を実践したものです。ダジャレ好きの中村さんらしい(笑)。
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中村さんの本を全部は読めないという人向けに、一冊だけ選ぶとすればこれでしょうか。普通、設計したらそれで終わりという建築家が多い中、かってのクライアントを訪問して話を聞き、それを本にしたものです。クライアントといい関係が築けてないと難しいですね。加えて自信がないとなかなかできることではありません。
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この本は実は哲学的で難しいですね。最初から熟読するのではなく、折に触れてページをめくるような読み方がいいようです。ところどころに、ブログで紹介したような言葉があり、はっとさせられます。彼のアフォリズム集として読むのがおすすめです。
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暮らしをデザインする−中村好文論・最終章
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    私には、「どうしてもやりたいこと」がありません。むしろ、できない、やりたくないことの方が多いですね。その一つが、都会の高層マンションで暮らすことです。どんなにお金があっても、それだけはごめんこうむりたい。一人で気ままに暮らせていいではないか、安全、安心、便利が手に入るのだ、と考える人は多いかもしれませんね。
     

    しかし、そこで暮らすことによって失うものを、私は即座に挙げることができます。それは私の生活といのちにとって本質的で欠くことのできないものです。なにもヘンリー・ディヴィッド・ソローやレイチェル・カーソンを気取って文明批評をしようというつもりはありません。もともと田舎育ちの人間ですから、都会が苦手なだけです。

    でも、ロンドンやボストン、パリのモンマルトル界隈は好きですね。こういう都市の小さなアパート暮らしなら、喜んで受け入れると思います。時間の蓄積が感じられる場所だからです。建築においても、人間の<生>においても、時間の果たす役割は想像以上に大きいのです。でもこの話は又いつかしましょう。

     

    一人で暮らすことには、全く抵抗はありません。しかし、それが都会の(高層)マンションだとすれば、遠慮したいです。それよりも、中村さんの「休暇小屋」のほうが断然いい。鴨長明の方丈の庵、良寛さんの五合庵、コルビュジェが晩年住んでいたカップマルタンの休暇小屋、ソローの森の中の小屋、そして中村さんの休暇小屋。

    鴨長明の方丈の庵。長明さんは、何が無駄と言って、住居に金をかけるほど無駄なことはない、と言っています。その結果たどりついたのが、このプレファブ住宅です。あらゆる余分なものを捨て去った長明さんですが、楽器の名手だったこともあり、折琴と継琵琶だけは離さず、部屋の中のとっておきの場所に立てかけてあったそうです。



    良寛さんの五合庵。「欲無ければ一切足り、求むるあれば万事窮す」



    コルビュジェが晩年住んでいたカップマルタンの休暇小屋。隣が「ひとで軒」というレストランで、コルビュジェはそこで食事をしていたそうです。



    ソローの森の中の小屋。ソローの小屋には風呂もトイレもありません。当然、外で用を足さなければなりません。夏はいいとしても、冬は大変です。



    そして、中村さんの休暇小屋。こうやって見て来ると、やはり中村さんの小屋が断然良い。思想的に共感はしても、最低限の文明生活は必要ですね。


     

    私は第一回目のブログ記事「自己救済術としての家作り−その1」の中に次のように書きました。「ただ、事物にまっすぐ相対できるような、ゆったりとした時間が流れる空間であること。室内は抑制された光と静けさに満ちていて、心理的に深く下降していける落ち着きがあること。京都などの町家の坪庭を介して引きこまれるひんやりとした光線の質を思い出していました。(中略)季節の移り変わりを感じられること。図面を引きながら、思い出と時間だけで満たされている黙想的な空間を思い描いていたのです」と。
     

    中村さんの話をしなければならないのに、脱線してしまいました。でも脱線ついでに、もう一つだけ。私は現在の住処を気に入っています。どこにでもある、ごく平凡で簡素な住宅です。でも、もし、宝くじに当たったら小屋を作りたいと考えています。場所は琵琶湖の北、湖北です。妻とよく旅行して、二人が気に入った場所です。葦の生い茂る浜辺を見渡せる高台に、吉村順三の軽井沢山荘のような小屋を作り、そこで晩年を過ごしたいですね。
     

    夏は湖面を吹きわたる風の音を聞き、秋は寂漠とした風情の中で紅葉を観賞し、吹雪の夜は(湖北は北陸地方の天気に近く、冬は五十センチの積雪も珍しくありません)薪ストーブでパンを焼きます。そして春になれば山菜を取りに山に入る。そうした季節の巡りとともに生きる生活を思い描いているのです。
     

    話を元に戻しましょう。私は中村さんと価値観を共有しているというか感性が似ています。従って、生き方も似てきます。中村さん曰く、
     

    「建築でも家具デザインでも、独創性とか新奇性とか、話題性だけを競うのは本筋じゃないと思うな。僕はジーンズみたいに基本的には流行に左右されない普段着の定番みたいな住宅や家具が作りたいんだよ。人目を引くよそ行きのお洒落な服を作るテイラーじゃないわけ。着ていることを忘れるぐらい着心地のいい普段着。質のいい木綿地で、しっかりした縫製で、洗えば洗うほど風合いが良くなり、愛着の増す、ジーンズのような住宅や家具を作る腕の良いテイラーになりたいんだ」
     

    建築にはその時代の流行が表れます。住宅も例外ではありません。新しくできた住宅地に行くと、ステレオタイプの「何々風」といった住宅が並んでいます。そんな中で、最先端の技術や素材を駆使した独創的なアイデアの空間を作ることは、建築家にとっては、魅力的なことです。でも、中村さんは言います。
     

    「でもね、僕はイヤなんだよね、そんな<作品>の中に住むのは。もし自分が住み手だったら、どんなに画期的な住宅だと言われても、建築家の自己満足のために日々の暮らしを犠牲にすることはしないし、新奇な建築的アイデアのために、なけなしの予算を使うことは許さないと思う」と。
     

    設計するとき、施主から自分の信念に反することを要求されると、ひたすら抵抗します。そして、施主にとっても建物にとっても、こうしておいた方が絶対に良いと思うことは譲らない。判断に迷ったら、建築家としてではなく、僕という人間を信じて任せて下さい、と言うそうです。
     

    「設計には建築的な知識や経験だけではなく、モノの見方、感じ方、考え方、つまり、その人のすべてが出る。自分の思いを伝えるというのは、説得力の問題じゃなくて全人格的なキャラクターの問題じゃない?建築を愛し続けてきた、本を読んだ、映画や音楽にも熱中した、世界各地を旅して人々の暮らしをつぶさに観察してきた、そして、その都度、自分の肌で感じ、自分の頭で考えてきた、といったこれまでの経験があるから、僕を信じて任せて下さい、悪いようにはしませんから、と言うんです」
     

    ここには、少しでも有利な情報を求めて右往左往する現代人が忘れがちな、極めて重要なことが述べられています。それについては、次回のブログ『感情の劣化をくいとめるために』で詳しく述べたいと思います。

    | 自己救済術としての家作り | 18:40 | comments(0) | - |
    小屋暮らしは楽しい−中村好文論・その3
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      以下の画像は、浅間山のふもとにある中村さんの「休暇小屋」。奥さんや事務所のスタッフ、親しい友人知人たちと週末や休暇を過ごすための「小屋」です。床面積14坪。LEMMING HUT、つまり「旅ネズミの小屋」を略して「LEMM HUT」と名付けられました。

      LEMM HUT外観。簡素というより粗末ですよね?でも6人家族が住むにはちょうどいい広さだと思います。開口部から見える椅子も中村さんデザインのものです。しかもエネルギー自給自足住宅です。こういう家に暮らすことから見えてくる世界こそが、私たちに親しい、等身大の、あえて言えば思想の原点になる風景だと思います。



      敷地の隅っこにある五右衛門風呂の小屋。私が少年だったころ、田舎の農家では、家から少し離れたところに風呂小屋がありました。そばの井戸から水をくみ上げ、風呂釜に流し込み、薪を燃やして風呂を沸かすのが日課でした。最後にサツマイモを放り込んで焼き芋を作るのが何より楽しかった。いい時代でした。



      中村さんが描いたLEMM HUTのイラスト




      昔からの友人を訪ねる道すがら、中村さんは気になっていた家がありました。「目の前には、浅間山の裾野である雄大な佐久平が広がり、その向こうには八ヶ岳連峰がそびえたっています。その眺めもさることながら、小さな家のたたずまいも、心惹かれるものでした。背後を樹々に囲まれてひなたぼっこしているようなつつましい風情があり、私は、こんなところに住んでみたいと思っていた」とのことです。その家は、開拓者として入植し、農業をしながら暮らしていた夫婦の家だったのです。

      開拓者夫婦の家。昭和の初期から中期にかけての庶民の家の風情が残っています。私が幼少年時代に住んでいた家もこんな家でした。懐かしいですね。



      二人が高齢で亡くなり、空き家となっていました。中村さんはその土地と家を借り受け、エネルギー自給自足型の小屋を建てたのです。その時の気持ちを「この場所に住み着き、この場所で生涯を終えた開拓者夫妻の建物を再利用し、そこを核にして新しい建物に仕立て直していくことで、彼らへのオマージュにしたいという考えも、いっそう強くなっていたのです」と述べています。2005年から建築に取りかかり、今年で10年が経過しています。10年を機に、近々この土地と建物をお返しするそうです。

      中村さんはこのエネルギー自給自足の実験住宅について次のように書いています。

      「一見粗末にえるこの『小屋』は、見かけによらず大きな志を抱いています。よく『人は見かけによらない』と言いますが、『家だって見かけによらない』のです。

      じつは、この小屋で営まれる暮らしを通じて、これまで誰もがあたりまえだと思って享受してきた・・・いや、浪費してきたと言った方がいいかもしれません・・・暮らしを支えるエネルギーについて考え直そうとしているのです。

      これまで住宅の文明度や文化度は、電気、電話、上下水道、ガスなどの「線」または「管」の数で計られてきたと思います。つまり、線と管の数を増やすことで文明度と文化度は上がると信じられ、私たちは知らず知らずのうちに、それをせっせと推し進めてきたわけです。

      でも、無尽蔵だと思っていた石炭、石油など地球の埋蔵資源の枯渇をはじめ、オゾン層破壊や温暖化など地球環境のことを考えると、これからは、逆にその文明のライフラインを一本ずつ減らしていき、環境負荷の少ない住宅にしていくことが建築的な課題になるだろう・・・と、まあ、そんなことを考えて、この小屋ではエネルギーを自給自足する暮らしを実践しています」と。
       

      そして次のように付け加えています。
       

      「こう言うと、私がエコロジー問題に真剣に取り組んでいる建築家だと誤解する読者がいるといけないので、急いで付け加えますが、私はそれほど生真面目な建築家ではありません。「そういう住まいと暮らしを、工夫しながらしてみるのも愉しそうだね」ぐらいの、いわば、気楽なエコロジー・エンジョイ派なのです。(中略)「遊び半分」という言葉は、あまりいい意味では使われることはありませんが、私としてはこうした住まいや暮らしの実験は、できれば眉間に皺を寄せてではなく、鼻歌まじりで、つまり「遊び半分」で「愉しみながら」したほうが、成果が上がるように思うのです」と。

      北海道からやってきたクライアント家族と。地中のタンクに貯めた雨水を、揚水ポンプで高架水槽に上げているところ。

       

      クライアント家族とのお泊まり会。こどもたちにとっては、一生思い出に残ることでしょうね。

      この小屋は以下の条件で作られました。

      ○電力は風力発電とソーラー発電でまかなう。

      ○水は屋根で集めた雨水を浄化して使う。

      ○調理は炭火を燃料とする七厘またはキッチンストーブ。

      ○お風呂は薪で焚く五右衛門風呂。

      ○トイレは簡易水洗トイレ(汲み取り式)。

       

      中村さん曰く「ほらね?線にも管にも繋がれていないでしょう?しかも、どう見ても見事に不便そうでしょう?ところが、不便や不自由は本来人間の持っている「人間の知恵」を呼び覚まし、「創意と工夫」を生み出す原動力かもしれません。休日を小屋で過ごすようになってから、手も頭も実によく働くようになり、賢くなったと、自分でもそう思うのですから・・・」

      小屋の前で本格的なハム作り。所員の皆さんと。



      テラスでのお昼ご飯。類は友を呼ぶという雰囲気ですね。



      晩さん会。お酒も美味しいことでしょう。テーブルの上のペンダントライトも中村さんの設計。和やかに夜は更けていきます。


       

       

      次回は、中村好文論の最終章です。お楽しみに。

       

      | 自己救済術としての家作り | 22:14 | comments(0) | - |
      二つの美術館−中村好文論・その2
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        中村好文論なんて、大袈裟なタイトルですね。今時こんなタイトルをつける人はいません。だから少し滑稽な感じのするこのタイトルをあえてつけました。私は中村さん(中村氏とは呼びにくいですね。どうしても中村さんになってしまいます)に多くを負っています。
         

        私が塾を始めた32年前、ほぼ同時期に彼も建築家としてのキャリアをスタートさせています。それから今日まで、ずっと彼の設計する住宅を見てきました。だから、ああこの住宅はあのころのものだ、と私の中の具体的な記憶と結びついています。
         

        最初期の建築を見て、いいなあと思いました。もちろん駆け出しの建築家で、どちらかと言うと目立たない時代遅れの作風だと評価されていたと思います。しかし、居心地のいい住宅とはこういうものだとの信念を持っていることがわかりました。時代に迎合しない強さを感じました。この人は、バブルの時には振り向きもされないだろうけれど、時代が落ち着き、人々が足元を見つめるようになれば、きっと評価されるだろうと思いました。それ以来、私は中村さんと並走してきました。高校時代に二人とも陸上競技をやっていたからでしょうか(笑)。
         

        どういうわけか、こういう点では、私は人を見る目があるのです。おそらく、人間という存在は、その幼年期に、後年たどることになる宿命の萌芽がすでに出ているような気がします。同じように、作家や建築家も処女作の中に、才能やその後の可能性が見てとれるはずです。
         

        そこまで言うのなら、なぜ彼に設計を依頼しなかったのか、と思われる方もいるでしょう。理由は二つあります。先ず、設計料が払えませんでした。二番目の理由は、彼から学んだことを、自分で家を建てることによっていつか実証してみようと考えたのです。その機会は思いがけずやってきました。義父が歯科医院を建てた後の余った材木を提供しようと申し出てくれたのです。偶然とは恐ろしいものです。青写真として自分の中に描いているものは現実になる、というのは本当かも知れません。
         

        その私の無謀な試みが成功したかどうかはわかりません。前回のブログに自宅の画像を7枚載せたのも、無謀の「ついで」です。内部も少しずつ公開していこうと思います。ともあれ、余った材木で家を建てるという試みは、実際無謀でした。大工さんにも迷惑をかけたし(ナベさん、ごめん)、完成した時、私は過労で倒れて救急車で病院へ搬送されたのですから。ナベさんとは、以来20年の付き合いになります。しかし、この話はまたいつか。
         

        中村さんの設計する住宅はどれも素晴らしい。これほど住み手のことを考える建築家も珍しいと思います。有名な建築家なら代表作と言われるものがあります。オリジナリティーや斬新さを打ち出して、建築界の耳目を集めたものです。しかし、中村さんには代表作がありません。彼の設計した住宅すべてが代表作だからです。そこで今回は、住宅は横に置いておいて、私が好きな美術館を二つ紹介します。一つは愛媛県にある『伊丹十三記念館』。もう一つは千葉県にある小さな個人美術館『as it is』です。『伊丹十三記念館』は、道後温泉に行こうと妻をさそった「ついで」に見に行きました。私の目論見はとっくに見破られていましたが。

        伊丹十三記念館


        中庭の二本の株立ちの木はカツラの木。伊丹十三氏と夫人の宮本信子氏が寄り添っているイメージで、中村さんが選んだそうです。ちなみに、中村さんは伊丹十三氏の大ファンだそうです。
        この中庭をはさんでカフェがあります。





        個人美術館『as it is』へ向かう道。竹で編んだ塀の内側が美術館です。なんだか、いい雰囲気ですね。



        これが入り口。画像では映っていませんが、枕木で作ったアプローチが何とも言えない味を出していました。







        この庭でいつまでも、ぼーっとしていたいと思いませんか。個人的には初冬の何とも言えない静寂さが好きですね。




         

        | 自己救済術としての家作り | 12:06 | comments(0) | - |
        パンのみにて生きるにあらず−中村好文論・その1
        0

          ヘンリー・ディヴィッド・ソローは『森の生活』の中で「一軒の家に備わるあらゆる魅力が、一つの部屋に集約されていた。それは台所でもあれば寝室でもあり、客間でもあれば居間でもあった」と述べています。一つの部屋にその家の魅力がすべて表れているということは、魅力のある住宅は小屋の延長としてのワンルーム住宅だということになります。まさに至言です。
           

          自分にとって居心地のいい空間とは何か。私はこどものころ、家の中にちょっとしたスペースを見つけては、周囲を毛布や新聞紙や段ボールで覆って、自分だけの空間を作って楽しんでいました。人がひとりやっと入れるくらいの親密な空間が、何とも心地よかったのです。
           

          小学生のころは、木の上にカヤで小屋を作りました。何といっても木の上ですから、床を安定させるのに苦労しました。近くの製材所から板をもらい、木の隙間に合わせてカットするのですが、なかなかうまくいきません。家に帰ってからも、ノートにあれこれ設計図を書いては試行錯誤を繰り返しました。当時、先見の明のある大人がいたら、私を見て「このこどもは将来建築家になるだろう」と予言していたかもしれません。
           

          少年期に、私とまったく同じような経験をし、樹上の小屋にあこがれていた建築職人こそが中村好文氏です。建築家というよりも建築職人ですね。感性というか価値観が余りにも似ているため、私には彼の設計した住宅を客観的に評価することができません。人間誰しも、自分を評価することはむずかしいですからね。
           

          建築雑誌をパラパラとめくっていて、ふむ、と手が止まると、そこには決まって中村さんの設計した住宅がありました。斬新さを競い合う建築雑誌の中で、まるでオアシスのような存在でした。そして、ただ無条件に、「いいなあ。この簡素で気取らない佇まいはどうやったらできるのだろう」と考えたものです。
           

          以下の画像は彼が設計した山荘のアプローチ。工務店の方に「中村さん、本当にこんなところに家を建てるのかい?」と言われ、一時はあきらめかけたそうです。でも、目の前に浅間山が迫る絶景の中でくつろぐことを夢見ていた夫婦を、何とか喜ばせたいとの一念で完成にこぎつけたそうです。ふうふう言いながら登った先に山荘が姿を現わします。これを見て、いいなあ、と思える人は中村さんの友人になれます。




           

          おそらく「こういう住宅を作りたい(そして目立ちたい)」という作家性に発する願望からは、この佇まいは生まれません。そうではなくて、「こういう住宅だけは作りたくない(あくまで住み手のことを第一に考えたい)」という職人魂のなせる技が、この佇まいを可能にしているのだと思います。今のような時代には、消去法を純化させることも、貴重な生き方の一つになり得るのではないでしょうか。こういう生き方だけはしたくない、できない、といったように。
           

          以下の画像は、私の家。竣工して20年になります。中村さんの設計した住宅と、どこか似ていますね。外壁は新建材ではなく、すべて12mmの杉板の乾燥材を二重張りにしています。数年に一度、自分で塗装します。







          玄関アプローチにあるカツラの木(画像では右側)は、植えた当初、私の手首ほどの太さでした。今では私の太ももよりおおきくなっています。時の経過を告げる貴重な落葉樹です。



          紅葉したジューンベリーの向こうは、塾棟と自宅をつなぐ廊下と正6角形のコンクリートの階段室。天井はFIXのガラスで、上から光が降り注ぐ。竣工当初は光線が強過ぎて眩しかったのですが、25年が経過した今はガラスも汚れて程よい明るさになりました。



          塾棟から自宅へ続く渡り廊下からの風景。右の樹木は紅葉がきれいなシラキ。左側の樹木はエゴノキ。すべて落葉樹。掃除が大変です。



          塾棟の階段室。井戸の底にいるみたいで、とても落ち着きます。ロンシャンの教会堂や、京都の町家の坪庭に落ちてくる光を何とか再現しようとしました。3か所ヒビが入っていますね。外からコーキングで補修しました。網入りなので割れることはありません、たぶん。


           

          中村さんは建築家であると同時に、達意の文章家です。その名エッセイは、平明で、やさしさに満ちています。しかし、その裏には透徹した観察眼と洞察力が隠されていることがわかります。優しい風貌のために、一見近づきやすそうですが、実は厳しい価値判断を下しています。金にものを言わせるクライアントから依頼があっても、独特のユーモアを駆使して、ていねいにお断りしている様子が目に浮かびます。その一方で、ライフスタイルにこだわりを持っていても、資金を持っていない人のために、知識と経験を総動員して応援する。いいいですね。人は「パンのみにて生きるにあらず」です。

          | 自己救済術としての家作り | 21:55 | comments(0) | - |
          小屋をほんの少し大きくしたものが家である。
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            そもそも私の家作りは、塾棟の隣に休憩小屋を作るところからスタートしました。その時イメージしていたのが、ウォールデン・ポンドの公園の中に建っているヘンリー・ディヴィッド・ソローの小屋でした。岩波文庫版の彼の『森の生活』を拾い読みしながら、その生き方にあこがれていたのです。

            ヘンリー・ディヴィッド・ソローの小屋



            以下はソローの小屋の平面図。住宅建築の名手・中村好文氏のスケッチをお借りしました。中村氏については、次回のブログで取り上げます。


             

            『森の生活』の中から印象的なことばを抜き出してみましょう。

            「私の家には三つの椅子があった。ひとつは孤独のため、もう一つは友情のため、三つ目は交際のためである」「文明は家屋を改良してきたが、そこに住む人間まで、同じように改良したわけではない」「家とは結局、ラテン語でいうsedes、つまり座席のことではないだろうか」「一軒の家に備わるあらゆる魅力が、一つの部屋に集約されていた。それは台所でもあれば寝室でもあり、客間でもあれば居間でもあった」
             

            うーん、ソローにとって家は「椅子」であり「座席」なのです。もともと家は小屋の延長に過ぎず、鳥や小動物が作る「巣」のようなものだと考えてきたので、私は深く納得し同意しました。
             

            自然や時間について考えるということは、人生そのものについて考えることです。少なくとも私にとってはそうです。地球上に生かされているすべての生命は、一瞬の光の明滅のように短くはかないものです。栄華を誇った国家もやがて滅び、権勢をほしいままにした集団も歴史の舞台から退場を余儀なくされます。民衆がひれ伏した権力者の玉座も所詮は単なる「座席」に過ぎません。
             

            もともとが貧乏性のせいか、私が魅力的だと感じる住宅には、どこか小屋のたたずまいが残っています。質素というか簡素というか、いっそ粗末と言ってもいいものです。贅を尽くした数寄屋作りの堂々たる日本建築は趣味ではありません。文化的な価値は認めても、それは別世界の話です。
             

            美術館や図書館など公共建築物の設計を見るとき、評論家になったような自分を発見して、少しイヤですね。ただし、私の狭い経験の中で二つの例外があります。一つはデンマークの『ルイジアナ美術館』であり、もう一つは長野県の安曇野にある『いわさきちひろ美術館』です。

            ルイジアナ美術館







            いわさきちひろ美術館・内藤廣氏設計







            この二つの建物の居心地の良さは別格ですね。なぜだろうと考えたのですが、その建物の中を歩いている自分を肯定できるというか、充実した時間の果実が豊かな実りをもたらしてくれるような気がするのです。妻は孫ができたら、一日中ここで本を読んだり遊んだりしたいと言っていました。建築におけるランドスケープの果たす役割がいかに大きいものであるか、痛感させられます。建築は自然の一部です。時が経てば、建物は朽ちて自然のふところに還っていきます。その循環のプロセスこそが美しいのだと思います。

             

            | 自己救済術としての家作り | 16:09 | comments(0) | - |
            私が設計依頼したい建築家−堀部安嗣氏
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              自分で住宅を設計して建ててしまったので、堀部安嗣氏に設計を依頼する機会はなくなってしまいました。でも、これから住宅を建てようと考えている人には、彼の存在を心の片隅に留めておいてほしいと思います。



              屋久島の家


               

              すぐれた建築家が設計する住宅には独特の風合いがあります。「佇まい」と言った方がいいかもしれません。それを気に入るかどうかが設計依頼のポイントだと思います。つまり、この「佇まい」は他の建築家では出せない、と感じるかどうかです。私は堀部氏の建築にこの「佇まい」を感じて、色々と参考にさせてもらいました。一時期、暇さえあれば彼の設計した住宅の写真集を開き、その端正で見事なプロポーションにため息をついたものです。 



              鹿嶋の研修所




              東山の家

              この空間は作れそうで作れません堀部安嗣氏の存在を際立たせています。光がほどよく抑制された静謐な空間で、フェルメールの光を連想させます。





               

              彼は益子アトリエに勤務し、益子義弘氏に師事していました。その益子氏は吉村順三氏に師事していたのです。住宅建築の妙手である中村好文氏も吉村門下です。自分が好きな建築家の来歴をたどると、そこに共通性があります。自分の建築に対する見方に一貫性があることが分かると、なんだか嬉しくなりますね。


               

              多少なりとも私に経済的ゆとりがあれば、堀部氏に手紙を書いて設計を依頼していたと思います。設計を詰めていく過程で、彼と打ち合わせをすること自体が楽しみです。テーブルをはさんで、建築について、物の見方について、しみじみと話ができそうです。設計料は、そういう又とない時間とめぐり会うための対価、いわば授業料です。惜しいとは思いません。



              優れた住宅には、建築家とクライアントの共同作品とでもいうべき趣があります。そこには物語が刻まれています。人生の中で、後々、なつかしく振りかえることのできる充実した時間を、かけがえのない人と過ごすことができるのであれば、設計料など安いものだと思います。


               

              ただし、彼のような建築家に依頼するときは、どんな暮らしがしたいのか、どんな時間の過ごし方を理想としているのか、それがはっきりとしていなければなりません。専門的な知識が必要だと言っているのではありません。自然や時間、人生に対する向き合い方で、建築家と深く共感できることが必要だと思います。



              蓼科の家


               

              建築はもちろんですが、以下は私がこの人となら価値観を共有できると確信した彼の文章です。(TOTO出版:『堀部安嗣の建築』P310より)



              「古い建築を見に行くのが好きである。子供のころ訪れたことのある寺院や、かつて通りすがりに見つけて気になっていた古い家などを、何度となく見に行く。年月を経ても何度も訪れたくなるそれらの建築はいったい他の建築とどこが違うのか、考えてみる。

               

              思い返してみると、それらの建築は「動かない」のだ。不愛想なまでに、こちらに歩み寄ってこない。また、一時の人間の欲望や思いつきといった「現象」によって動かされてかたちができていない。そして建築が動かなければ動かないほど、自分の心が動き、多くのイマジネーションと豊かな時間を与えられていることに気づく。建築が生きる長い時間をとらえてみれば、建築が動かないこと、歩み寄らないことは、とても寛容であり自由なあり方であるのだ。

               

               

              一時の人の欲望や社会の軽薄な現象によって姿を変えながら動いていくものが余りにも多い世の中で、建築こそは動かずにいてほしいと思う。人の存在や居場所を確認できる指標のような存在として、じっとしていてほしいと願う。それが建築にしかできない、建築の最も優れた表現力であると思うからだ。(中略)

               

               

              設計した建築が竣工したとき、人目につくエレベーションを眺めて、がっかりすることがある。見られることを意識してこねくり回した部分だ。なんとも居心地が悪く、後悔だけが残る。反対に、人目につかないゆえに気にかけなかった、あるいは内部の機能から「できてしまった」エレベーションが、実にいい表情をしているときがある。(中略)

               

              力を入れたくなるところに力を入れず、その背後を支えるものをしっかりと作っておく。そうして「できてしまった」余白のようなところが、意外と居心地がよいのかもしれない。」

               

              | 自己救済術としての家作り | 22:58 | comments(0) | - |
              アルネ・ヤコブセン−夏の家
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                もし経済的に余裕があったら、自宅の設計を依頼したい建築家が三人います。日本人の建築家では吉村順三氏と堀部安嗣氏です。外国人ならアルネ・ヤコブセンですね。しかし、アルネ・ヤコブセンと吉村氏はすでに他界しています。現役で活躍しているのは堀部氏一人です。

                 

                 

                建築家に依頼するのは住宅メーカーに依頼するのに比べて余分な費用がかかると思っている人が多いようですが、はたしてそうでしょうか。この点も含めて、堀部氏については後日紹介したいと思います。

                 

                 

                アルネ・ヤコブセンと吉村氏から学んだ最も大切なことは、住宅は費用も含めてバランスというか、プロポーションが大切だということです。言葉で表現するのは難しいですね。人間と同じで、住宅にも「たたずまい」というものがありますから。

                 

                 

                簡素な中にも美意識が感じられ、何よりもそこで「生活」することに重点が置かれていること。時間と記憶が積み重なり、完成した時よりも20〜30年経ってからの方が味わいのある住宅になっていること。私たちはともすると、ものの価値を交換価値でだけ測りがちですが、ものには使用価値があります。住宅は使用価値で測られるべきものです。この観点から、中古住宅が見直されていることは、いいことだと思います。

                 

                 

                飾らず、普段着で心地よく過ごせる空間であること。四季の移ろいが感じられること。そこで幼少年時代を過ごしたこどもたちが大人になって、かけがえのない自分の記憶を形作ったのはこの空間だったのだと、なつかしく思い出せること。そのためにも、素材や空間の構成をはじめとして、流行を追わず、時の試練に耐えられるように設計しておくこと。水周りを除いて、後々手を加えずに済むような住宅であること。これがプロポーションのいい住宅だと私は解釈しています(建築的にプロポーションのいい住宅を作る方法は後日、数回にわたって述べるつもりです)。

                 

                 

                この条件を満たしている住宅こそが、吉村順三の軽井沢山荘であり、アルネ・ヤコブセンの「夏の家」です。

                 

                アルネ・ヤコブセンの「夏の家」



                 

                アルネ・ヤコブセンと言えば、日本では「セブンチエア」や「アントチエア」が有名であるため、家具職人だと考えられているようですが、彼はれっきとしたデンマークを代表する建築家です。私はこの「夏の家」の外観が一目で気に入ったのですが、何より、内部の階段の緩やかな傾斜と微妙にカーブした手摺の感触。ため息が出ますね。

                 

                そしてこれが二階の部屋。

                 

                う〜ん。プロポーションのいい家とはこのことをいうのだと感心しました。これが第二次世界大戦前、1938年に建てられたというのですから驚きです。その後77年が経っているのですが、この建物の価値を理解する人が、手直しして使っています。ちなみに、この家はヤコブセンのいわゆる「夏の家」ではなく、まったくマイナーな住宅で、建築雑誌にも載っていません。書棚をひっくり返してやっと見つけました。

                 

                 

                今から7年前には、80歳を超えるホイルンドさんが住んでいました。その時は、水着に着かえて、すぐ近くの海で海水浴をしていたそうです。今はどうされているかわかりません。お元気でいるといいのですが。


                 

                当時のホイルンドさんいわく「キッチンは小さいけれど、完璧に機能しますし、よく使う野外のテーブルとの距離まで計算されていて、いまだプランで手直しするところが全く見当たらない。機能性の高さとほどよい大きさは秀逸で、とても気に入っています」

                 

                以下はアルネ・ヤコブセン設計のデンマーク国立銀行

                 

                デンマーク国立銀行の中にある、私が世界で最も美しいと思う吊り階段

                | 自己救済術としての家作り | 22:26 | comments(0) | - |
                私が影響を受けた建築家−ルイス・カーン・その2
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                  ルイス・カーン

                   

                  建築に携わる人間たちは、太古の昔からいました。絶大な権力をもった王の命令で、あるいはその遺志を継ぎ、気の遠くなるような時間をかけてシンボリックな建造物を建てたのです。豪雨の中を、あるいは砂塵の舞う中を駆け抜け、人の配置を指示し、費用を算出し、完成予定の時期を宣言しなければなりません。

                   

                   

                  この世界に建築が誕生したのは、権力者の意向によるものでした。しかし、どんなに巨大な建造物を建てたところで、それは風化の運命を余儀なくされます。いわば、砂塵の中から生まれ、砂塵と化して消えていく運命なのです。もし地球の外から人間を眺めれば、一瞬の命を与えられた人間が、結局は無と化すことに精を出している姿が、滑稽で虚しく見えることでしょう。

                   

                   

                  すべてのものが風化の運命をたどるのであれば、人間の営為に意味などあるのでしょうか。この問いに向き合い、虚無を所有することで答えを出そうと試みる人間が登場します。彼は虚無というパスポートを握りしめ、美の王国へ入国するのです。称賛されたり、評価されたりすることはなくとも、強い意志を持ち、内なる声に耳を傾け、孤独を友として虚空の中に立たねばなりません。野に咲く花が自らを支え、人知れず立っているように。

                   

                   

                  建築家ルイス・カーンは、まぎれもなくこういった人間の一人です。三歳の時、彼は大やけどを負います。その結果、顔の半分に一生消えることのないケロイドが残ります。その事故の顛末は以下のようなものでした。

                   

                   

                  暖炉の前で燃えさかる炎をじっと見ているのが好きだった三歳のこどもは、あるとき、普段は青白く燃えているはずの石炭が、それまで見たこともない不思議な緑色をしていることに気づきます。その「美しい緑色」に魅せられ、それを自分のために取っておきたいと考えます。そして、緑色に輝く発光体を火ばさみでつかんで、なんと自分のしていたエプロンに包み込んだのです。たちまちエプロンは燃え上がり、彼は顔と手に大やけどを負いました。言うまでもなく、このこどもこそが後年、光芒を放って彗星のごとく建築の世界を駆け抜けた建築家、ルイス・カーンだったのです。
                   


                  「エシェリック邸」


                  「エシェリック邸内部」


                  別角度からの「ソーク生物学研究所」

                   

                  1901年にエストニアに生まれ、1914年にアメリカに帰化した彼は50歳を超えてから精力的に作品を発表しはじめます。それまでは何をしていたのかと聞かれたとき、「スタディをしていた」と答えます。

                   

                   

                   

                  小柄で、高齢にもかかわらず、彼は世界中に仕事をかかえ、文字通り東奔西走の日々を送っていました。バングラデシュの首都ダッカに国会議事堂を建設中、一週間の予定で現地に出向いた帰り、ニューヨークのペンシルベニア・ステーションの便所の中で倒れ、路上行き倒れ人として、モルグの死体安置所に二日間も放置されたままでした。時は1974年3月18日、72歳でした。

                   


                   

                  世俗的な成功を追い求め、権力や財力を持つクライアントに迎合する建築家が多い中にあって、時流をかえりみず、独自の観念と形態を孤独に追及した「渡り職人」としての彼にふさわしい最期でした。60年代の世界の建築界に圧倒的な影響を与えたこの巨大な建築家が、公衆便所で野たれ死んだということを知って、私は言い知れぬ感動をおぼえました。わずか20年余りの間に残した彼の作品は、私にはたぐいまれな美しい墓石のように見えるのです。

                   

                  | 自己救済術としての家作り | 11:29 | comments(0) | - |
                  私が影響を受けた建築家−ルイス・カーン・その1
                  0

                    ル・コルビュジェほど有名ではないにしろ、ルイス・カーンに影響を受けた人は多いと思います。自宅を作るにあたって、私の考えを後押ししてくれたのがル・コルビュジェだとすれば、それを具体化するときに最も参考にしたのがルイス・カーンの建築でした。今でも私の部屋の壁には、彼の設計した「エシェリック邸」と「フィッシャー邸」の写真が貼ってあります。「キンベル美術館」と「ソーク生物学研究所」は最も好きな建築です。私はこれらの建物から今でも無限のインスピレーションをもらっています。


                     

                    エシェリック邸






                    フィッシャー邸




                    キンベル美術館



                     

                    ソーク生物学研究所

                     

                    ミース・ファン・デル・ローエの「ファンズワース邸」やフィリップ・ジョンソンの「ガラスの家」は日本の気候風土には合わないと思いました。何より、ガラスと鉄骨だけで作られた余りにもオープンな空間は、日々の生活を営む場所としては遠慮したくなるものですね。

                     

                     

                    自宅を設計するときに最も大切だと考えていたのは、光と翳のコントラストでした。観念的なものではなく、動物の直観として、どのように光を制御するかということに頭を悩ませていたのです。

                     

                     

                     

                    具体的には、窓の大きさ、位置、壁の面積、天井の高さ、部屋の奥行きなどですが、それこそが居心地のいい空間を作るポイントだと考えていました。それまでの私の建築遍歴から導かれた結論です。前にも書きましたが、京都の町家の坪庭に落ちてくるひんやりとした光が印象に残っていました。その制御された光の取り入れ方に感心していたのです。特に「俵屋旅館」の坪庭を見たときには、日本人の美意識も捨てたものではないと思いました。

                     

                     

                     

                    ある時、海外の建築雑誌を見ていると、一つの建物が目に飛び込んできました。私は建築の門外漢なので、出会いはいつもこんな風です。偶然とは恐ろしいものですね。その建物こそが、ルイス・カーンの「エシェリック邸」と「フィッシャー邸」だったのです。調べてみると、ルイス・カーンこそが、光に最もこだわった建築家であることがわかりました。

                     

                     

                     

                    「光なしに建築は存在しない。光こそがテーマである」「物質は燃え尽きた光である」「ルームは建築の元初であり、心の場所である」「沈黙は光へ、光は沈黙へ」というのは、カーンのことばです。難しいですね。わかるような、分からないような。私はこの種のことばには近づかないようにしています。

                     

                     

                     

                    建築のいいところは、ことばはともかく、それを表現した建物が存在しているという点です。まず現物を見て、それから設計した人間の精神に至ることができるのです。どんなに立派で崇高なことばを使っても、肝心の建築が、金にものを言わせたバブリーでこれ見よがしの建築であれば、白けるだけです。(つづく)

                     

                    | 自己救済術としての家作り | 11:47 | comments(0) | - |
                    人間は「ここまでやれる」−ル・コルビュジェ・その2
                    0

                      初めて「サヴォア邸」を見た時、張りつめた緊張感が伝わってきたのを覚えています。先鋭的な観念が昇華した建築とは、こういう建築をいうのだろうと思いました。世界の建築家が例外なくこの建物に影響を受け、未だにその影響下にあるのも無理はありません。ミース・ファン・デル・ローエの影響から抜け出せずに、外見だけを真似た建築家が後を絶たないのと同様です。

                      以下は
                      「サヴォア邸」

                       

                      ある人間や作品から影響を受けるということは、実は深刻なことです。わからなくとも、謎であっても、影響は受けます。頭で受けた影響は、器用な物真似となって幾つかの作品を生み出しはしますが、はやりの意匠の一つとして希釈され忘れ去られます。それに対して、からだで受けた影響は無意識の部分へと及び、文字どおり、統一的な人格を破壊する力を持ちます。理性や社会常識の力では封印できない恋愛感情に似ていると言えばいいでしょうか。

                       

                      建築が持つ「かたちの力」は圧倒的です。物体としてそこに存在していることで、見るものを虜にします。幸いにも私は建築の門外漢であったため、「ロンシャンの礼拝堂」と「ラ・トゥーレットの修道院」から年代をさかのぼって「サヴォア邸」を知りました。そして、軽やかで透明で幾何学的な「サヴォア邸」を設計した人間が、それとは対極にある不定形で濃密な存在感のある「ロンシャンの礼拝堂」と「ラ・トゥーレットの修道院」を設計するに至ったプロセスに何があったのか、それを知りたいと思いました。

                       

                      当時、私は既存の生き方に辟易し、ありきたりのことばを交わして人生を送ることに何らの希望も見出せずにいました。自分の内部に、自分独自のことばを刻印することが本当に生きるということではないのか、と考えていたのです。言い換えれば、「人間は本当に変わることができるのか」「そのための方法はあるのか」という問題にとらわれていたのです。青臭い哲学的な問いでしょうか。しかし、私は今もこの問題をめぐって考えています。「新しい理想的な社会が到来する」ことを信じているわけではありません。ただ一人の人間が変わることの中に希望というか、ひとつの意味が訪れるのだ、と思っています。

                       

                      私たちがこの社会で生きていこうとすれば、グローバリズムが支配する世界のシステムと無縁ではいられません。つまり、経済的価値というただ一つの抽象的で非人間的な基準によってあらゆるものが交換可能になっている社会から完全に自由になることはできないということです。多くの人や組織が、塔のように屹立して、より支配権力を強め、人々の注目を浴び、評価され、目立つ存在になろうとしています。塔は、どこからも、だれからも見られ、目につきます。そして周囲を支配します。それはバベルの塔であり、「支配の空間的形態」です。

                       

                      私は、こういった価値を反転させ、人間が人間らしく生きる方法はないのかと考えていました。私たちは無自覚でいると、この「支配の空間的形態」であるバベルの塔の中へとこどもたちを送り込んでしまいます。何も考えずに、上昇志向にまかせて子育てをしていると、親とこどもの関係が、支配−被支配の関係になってしまいます。

                       

                      そういったことを考えていたときに、私は「ロンシャンの礼拝堂」と「ラ・トゥーレットの修道院」に出会ったのです。それは目を射るような斬新さと幾何学的な造形の「サヴォア邸」とは正反対の空間=世界でした。重く荒々しい石壁、大地の延長のような洞窟、胎内のような彩色された闇。無意識の底に眠る、海底で育まれた生命の源を感じさせるような空間です。それは、こどものころ海に潜ってじっとしていたときに見た空からの光と海に広がる濃密な闇の記憶を私に呼び覚ましました。世界からいったん退却することを可能にする思想とは、半地下のような場所を作り、自分を半埋葬するような思想ではないのか、ということに思い至ったのです。

                      以下は
                      「ロンシャンの礼拝堂」の外観と内部




                       

                      荒々しいコンクリートにペンキを塗っただけの、「ラ・トゥーレットの修道院」の半地下礼拝堂。彼はこの修道院について次のように書いています。「比例、質、完成度が、極限にまで到達しえたとき、『えもいわれぬ空間』が現象する。その場が、比喩ではなく、現実に光り輝くのだ」それは「完成度の高さが生み出す衝撃である」と。そして、無神論者であることを指摘されたとき「私は信仰の奇跡を経験したことはありません。しかし、言語にできない空間の奇跡はしばしば経験しています」と答えました。

                      以下はすべて
                      「ラ・トゥーレットの修道院」





                       

                      ル・コルビュジェは、建築が可能とする空間の両極を提示し、建築家たちの想像力の幅をかってないほどに広げました。そして、すべての欲望が計算され尽くしている世界で、人間が人間らしく生きることのできる空間=世界を創造してみせたのです。それは人間は、「ここまでやれる」ということを示す試みだったような気がしてなりません。

                       

                       

                       

                      | 自己救済術としての家作り | 22:34 | comments(0) | - |
                      私が影響を受けた建築家−ル・コルビュジェ・その1
                      0

                        ル・コルビュジェは南フランスの海岸で遊泳中、地中海のふところに抱かれるようにして、溺死しました。77歳でした。スイスで時計の文字盤職人をしていた父とピアノ教師の母の次男として生まれました。家業を継ぐために時計職人を養成する地元の装飾美術学校に学びましたが、専門的な大学教育は受けていません。

                         

                        私はどういうわけか、「専門的な大学教育は受けていない」というところに惹かれます。いや、逆ですね。これまでの人生で深い影響を受けた人間が、かなりの割合で「正規の学校教育を受けていない」のです。エリック・フォッファーしかりです。

                         

                        ル・コルビュジェについて建築史的な解説は不要です。彼が建築界のみならず、芸術創造にかかわる多くの人に与えた影響についてあれこれ言うのは、私の力を超えています。私にできることは、ル・コルビュジェからどのような影響を受けたか、私の個人的な経験を述べることだけです。

                         

                        塾を始めて7年が過ぎたころ、私は自分の生き方を考えるのと並行して、「いつでも帰ってこられる定点としての居場所」を作ろうと考えていました。経済的には全く不安定で、将来の見通しの立たない塾教師という仕事を続けていくためには、そういう場所が必要だと感じていたのです。

                         

                        イギリスを数年ぶりに訪ねた時、町のたたずまいにしろ、偶然入ったカフェにしろ、以前とまったく変わっていないことに、私は言い知れない安堵感を覚えました。変わっていたのはカフェで働く主人の髪に白いものが混じり、心なしか小さくなったように感じたことだけです。その風情がまたいいのです。その時の経験が尾を引いていたのかもしれません。そういう「定点としての場所」があると、自分は何者なのか、どこへ向かっているのか、どれだけ成長し、あるいはどれだけ道からそれたのかを測定できます。

                         

                        その願望がピークに達したころ、ル・コルビュジェの「ロンシャンの礼拝堂」に出会ったのです。そこから、私の建築遍歴はスタートしました。私を何よりも驚かせたのは、「サヴォア邸」を設計した建築家が劇的な変貌を遂げ、「ロンシャンの礼拝堂」や「ラ・トゥーレット修道院」に至るそのプロセスでした。彼が最晩年に設計したこの二つの建築物がなければ、「正規の建築教育を受けていない」私は、ル・コルビュジェに出会うことはなかったと思います。無神論者である彼が、自分の死後、亡骸を一晩「ラ・トゥーレット修道院」に安置してほしいと願ったのはなぜだったのでしょう。私がこの二つの建築物から受けたインスピレーションについては、次回のブログに譲ります。

                         

                        | 自己救済術としての家作り | 10:38 | comments(0) | - |
                        私が影響を受けた建築家・その1
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                          私が高校時代のK君に紹介し、彼が建築を一生の仕事にするきっかけとなった「ファンズワース邸」。設計はミース・ファン・デル・ローエ。1951年イリノイ州シカゴにあるフォックス川に面した広大な土地に建てられました。クライアントは大富豪の独身女性外科医エディ・ファンズワース。彼女が忙しい現実の世界を忘れるための週末住宅として建てられたのが「ファンズワース邸」です。





                          ミースの代表作の一つであり、おそらく最も有名な建築です。四周をガラスで囲われた内部空間には、キッチン、浴室、トイレを収めたコア以外には何もありません。クライアントは独身者でしたが、ゲストのためのスペースを確保する壁も存在せず、完全なワンルームのみで成り立っています。屋根と地面から持ちあげられた床スラブは、8本あるI型鋼の柱で支えられています。柱はそれらの外側に配置されるため、内部空間には柱は現われず、柱に挟まって浮いているように見える2枚の水平スラブが強調されます。8本のI型鋼は組立後、研磨されてさらに白く塗装されるなど、「ファンズワース邸」は工業製品を使用しながらも想像以上に手間と建設コストがかかっています。

                          ミースとファンズワースとは、親子ほどの年の差があったのですが、恋人同士でした(羨ましい・・・)。そして、恋人同士だったにもかかわらず、建築費が予算オーバーで訴訟沙汰になります。結局、ミースが訴訟に勝って、ファンズワース女医は全額支払った上に結局、売り払ったそうです。2人の恋愛は金銭問題に発展して終わったのです(やれやれ、いずこも同じですね)。この住宅はその後も競売にかけられたり洪水にあったりと波瀾万丈の名建築として建築史に残ることになり、ファンズワース女医の名前とともに、このエピソードも永遠に語り継がれることになってしまいました。




                          私はこの「ファンズワース邸」から、住宅建築において重要なヒントをもらいました。それは、つまるところ「ワンルームの住宅こそがもっとも機能的であり、美しいのだ」ということでした。「ファンズワース邸」は、日々の生活を豊かにする器としての住宅という観点からは、つまり貧乏性の私から見ればということですが、そこで生活することを躊躇させる住宅です。それでも、時々、写真集を取り出して眺めたくなります。この住宅は私にとって、精神の浄化作用を持つ貴重な建築物なのです。
                           
                          | 自己救済術としての家作り | 11:46 | comments(0) | - |
                          自己救済術としての家作り・その4
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                            家作りを始めた時、様々な建築雑誌を読み、実際に見学に行った建物としてまず挙げなければならないのは、吉村順三氏の「軽井沢山荘」です。何かの雑誌を読んでいたとき、ふと目にとまり、この質素な小屋こそ自分の抱いていたイメージにぴったりだと思ったのです。軽井沢にはいわゆる富裕層の人々の別荘があちこちに点在しています。その風情は、一言でいえば慇懃無礼とでも言えるもので、本当は財力やセンスの良さを誇示したいのだけれど、それではみっともないので何とか隠そうとする苦しい意図が読み取れるのです。「軽井沢山荘」にはそういった余計な意図が一切ありませんでした。それが私をとらえて離さない理由だったのだと、今になって分かります。





                            吉村順三氏と並んで影響を受けた建築家に清家清氏がいます。なぜこの二人の建築家に影響を受けたのか、当時は、言葉にできませんでした。猫を飼ったことのある人なら分かると思いますが、猫はその家のいちばん居心地のいい場所を探し当てる嗅覚をもっています。猫と同じように私の身体感覚の最も深いところが反応したのだと言うほかありません。すでに故人となったこの二人の建築家の資質は、その自邸に余すことなく表れています。それは自分の家を設計し、実際に建ててみて初めて分かったことです。
                            以下の画像は清家清氏の「私の家」です。



                             
                            そこには過剰なデザインの展示もなかったし、日本のモダンデザインが持つ宿命的な嫌味もありませんでした。テレビコマーシャルに登場する、絵に描いたような豊かな家庭生活の情景が持つ俗悪さの気配が一切なかったのです。私がそこに見出したのは、等身大の生活の知恵と、そこから決して遊離しない趣味のよい日常性でした。尖鋭的で概念的な理屈も、日常から離脱しようとする変な芸術性を帯びた空間もありません。自分がその中で実際に生活をいとなみ、歩きまわっている時の心地よさが伝わってくるだけで、他の一切がなかったのです。この空間なら生活そのものを楽しめるに違いないと思いました。
                             

                             
                             
                            | 自己救済術としての家作り | 00:06 | comments(0) | - |
                            自己救済術としての家作り・その3
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                              父の死をきっかけに、ひねくれ者にはひねくれ者の生き方があると思い定めて、田舎暮らしを始めました。もともと私は内省的な人間ではなく、幼少年時代は自然の中に埋没し、ことばを覚える暇もないほど野山や川を飛び回っていました。

                               

                              幼稚園時代は女の子のスカートめくりと魚釣り、カメや野良猫を飼うことに夢中になっていました。家の近くのお寺の槙の木にとまっていたフクロウをつかまえ、ペットとして飼っていたこともあります。夏休みともなれば、セミ取りに忙しく、手首が腱症炎にかかり注射を打ってもらったほどです。一日数百匹のセミをとってきては母親を卒倒させかけました。まさに人生の黄金期で、当時のことを思い出すと、記憶が鮮やかによみがえってきて時の経つのを忘れるほどです。

                               

                              幼少年時代に自然という書物を読みつくした反動でしょうか。教科書を始めとして学校で読まされる本はどれも魅力がありませんでした。色褪せた標本箱をのぞいているような違和感と退屈さにどう向き合えばいいのか、私は途方に暮れていたのです。こんな物を面白がって読める人間は、きっと土蔵の壁の下の灰色の袋の中でじっとうずくまっているジョログモの世にも恐ろしい顔を知らないのだ。フクロウの鋭いくちばしや威嚇するような黄金の瞳、ミミズを食べる時の俊敏な動きにあこがれたこともないのだろう、と思っていました。

                               

                              小刀一つで様々な道具を作りました。カヤを使って木の上に小屋を作ったこともあります。『トムソーヤの冒険』や『十五少年漂流記』『地底旅行』『海底二万マイル』『ロビンソンクルーソー』『ファーブル昆虫記』などが愛読書でした。何度も何度も読み返し、そのたびに想像力を刺激されました。

                               

                              そんなわけで、家を作ることを思い立ったとき、頭に浮かんだ言葉は「小屋」「隠れ家」「リトリート」「サンクチュアリ」というものでした。








                              そのイメージを実現しようと様々な雑誌を読みました。建築の専門書もひもときました。どこかにインスピレーションを与えてくれる住宅はないものかと探していたのです。読書よりも自分の頭で考えることが大事だと言う人がいますが、それは俗説です。人間は読書することによって、かろうじて考えることができるのだと思います。読書は精神という土壌に肥料や水をやるようなものです。それを怠れば美しい花が咲くこともありません。次回からは、私が影響を受けた住宅や建築家について書いていきたいと思います。

                              | 自己救済術としての家作り | 11:03 | comments(0) | - |
                              自己救済術としての家作り・その2
                              0

                                普通、家を建てるとしたらどんな手順をとるのでしょうか。私の場合は「自己救済術としての家作り・その1」に書いたように、イメージははっきりしていました。

                                それは、幼少年期の記憶が元になっています。かくれんぼで隠れた土蔵の中のひんやりとした空気感。軒の深い日本家屋の畳の部屋で寝転がっていた時に見た、天井に映った水面のゆらめき。稲刈りの時期に風に乗って運ばれてくる藁の匂い。秋、台風が去った後の冷え冷えとした空気。つまり、どこか「懐かしい」と感じる場所を作ろうと考えていたのです。

                                なぜなら、人間は記憶を頼りにして未来に生きていく動物だからです。確かな記憶が宿らなければ、よき未来は立ちあらわれてきません。眠っている記憶のかけらを呼び覚まし、つなぎ合わせ、自分という存在を救済し肯定できる、未来に向かって開かれている場所を作りたかったのです。しかし、イメージだけでは家は作れません。具体的な素材、構造、色、寸法をもった建築物として目に見える形にしなければならないからです。


                                テラスで遊ぶこどもたち。彼らが大きくなった時、この庭で遊んだことを覚えているでしょうか。木洩れ日の眩しさを思い出すでしょうか。きっと思い出すでしょうね。幼少年時代の風景や空気感は鮮やかに記憶に残るものです。

                                 

                                仮にこういうイメージを建築家に伝えたとして、それを実現してくれる建築家がいるでしょうか。私がほしいものは、静かな光で満たされた、ゆったりとした時間が流れる空間であり、自然と人間の営みの調和のとれた状態なのです。もとより、財力を誇示し、社会的なステイタスを象徴するような住宅には興味も関心もありませんでした。自分が本当に納得できる家にするには、自分で作るしかないと思い始めていました。

                                 

                                そもそも、私の家作りは、塾棟の隣に休憩室を作るということでスタートしたのです。当初は『森の生活』の著者、ヘンリー・デイビット・ソローが住んでいた小屋をイメージしていました。

                                ところが、なんとか家を作るだけの材木がありそうだということで、計画変更となったのです。以後、使える材木と、資金を常に念頭に置きながら、イメージを具体化する作業が始まりました。

                                ところが、住宅雑誌を見てもインスピレーションが湧かず、住宅展示場に足を運んでも疲れるだけでした。展示されている家には私が必要としている要素が何一つなかったのです。深い疲労感と虚無感に襲われるだけでした。カタログを見てショッピングをしている気分です。おそらく資金がない者のひがみだったのかもしれません。そこで分かったことは、家は、ローンを組んでその返済のために数十年を要する、庶民にとっては巨額な「商品」なのだ、ということでした。以後、二度と展示場には足を運びませんでした。

                                 

                                何をいまさらと思われるかもしれませんが、こんな「物」を「買う」代償として、人生の大部分の時間と労力を費やすということが納得できなかったのです。私は、世の中のシステムや常識をそのまま素直に信じることのできないひねくれ者なのでしょうか。ひねくれ者ならひねくれ者の生き方があるはずだと思い、私の家作りはスタートしたのです。


                                 
                                | 自己救済術としての家作り | 16:43 | comments(0) | - |
                                自己救済術としての家作り・その1
                                1

                                以前、たまたまテレビを見ていたら、料理研究家の辰巳芳子さんがインタビューに答えて次のように言っていました。「難しい言葉を使うようだけど、料理っていうのはね、自己救済術だと思うのね」 

                                 

                                家作りにとりかかったとき、自分はどんな家を建てたいのか、どんな暮らしをし、どんな時間を過ごしたいのか、それがはっきりしていなければ家作りは失敗すると考えていました。私の場合、義父が自ら育てた山の木で歯科医院を建てた後、十数年間倉庫に山積みにしてあった材木を提供してくれるという話から始まりました。

                                経済的にきわめて不安定な塾教師に銀行は満足な融資などしてくれません。義父
                                の支援がなければ家を建てることなど考えられなかったのです。倉庫に眠っていた材木を使って、果たしてどんな家が建てられるのか。構想はそこからスタートしました。不足していた梁と桁は、当時70歳を超えていた義父が、山に入り、チェンソーで新たに切ってくれました。

                                  

                                自分はどんな家を作りたいのかというイメージはありました。実は、家作りでは、このイメージがはっきりと像を結ぶことが大事です。南フランス風とか、スゥエーデン風、はたまた和風モダンなどといった外観の好みは全くありませんでした。家を「何何風」にするための費用もなかったのです。外観は時間をかけて樹木で覆えばいい、くらいに考えていました。

                                正面から見た住宅の外観。右隅に見えるコンクリートの6角形は塾棟の階段室。すべて樹木に覆われて、建物は木立の間から少し見えるのが理想です。


                                  

                                ただ、事物にまっすぐ相対できるような、ゆったりとした時間が流れる空間であること。室内は抑制された光と静けさに満ちていて、心理的に深く下降していける落ち着きがあること。京都などの町家の坪庭を介して引きこまれるひんやりとした光線の質を思い出していました。初冬の澄み切った空気と野鳥の声に、落葉の散った庭の趣に、そして氷が張った水鉢の中に閉じ込められたモミジの美しさに季節の移り変わりを感じられることをイメージしていました。図面を引きながら、思い出と時間だけで満たされている黙想的な空間を思い描いていたのです。
                                  

                                しかし、一体こんなイメージをどうすれば実現できるのでしょう。私に与えられていたのは、銀行から借りたわずかばかりのお金(常識ではとても家を建てられる金額ではありません)と、義父から支給された材木、雑草の生い茂る先祖から受け継いだ土地だけだったのです。
                                  

                                家が建って今年の夏で19年になります。私の家はようやく完成に近づいてきました。建てた当初は資金不足のために庭を作ることは叶いませんでした。親戚から頂いたイチョウの苗木とリヤカーで運んだケヤキを植えただけでした。1キロメートルくらいある田舎道を妻と二人で運びました。今となっては懐かしい思い出です。玄関アプローチはぬかるみを避けるためにセメントを流し込んだだけの粗末なものでした。今でも大して変わりはありませんが・・・。

                                骨格だけだった家が、時間の助けを借りてどこまで私の抱いていたイメージに近づくことができたのでしょうか。そもそも私は一体何のために、家作りを続けてきたのでしょう。「終の棲家?」「家族のだんらん?」「資産形成?」そんなことばが浮かんだことは一度もありませんでした。ただ静かに読書する空間が欲しかっただけなのかもしれません。

                                  

                                そんな折、辰巳芳子さんの「自己救済術」ということばに出会ったのです。私が19年間やってきたことは、傍目には家作りに見えても、私にとっては自己救済術そのものだったのです。以下は、「たかが家、されど家」を完成させるのに、ほぼ足かけ19年を要した私の悪戦苦闘の記録です。

                                中庭の様子。雑草が生い茂ってきました。テラスの柱にご覧のようなテーブルをつけました。大工のナベさんに図面を書いて渡すと「先生はいいわなあ、妙なもんを思いついてちょこっと図面を書くだけで。作るのはこっちで」と言われました。でもなんだかだ言いながら、材料を見つけてきて、作ってくれました。ナベさんに感謝あるのみです。家作りがうまくいく条件は、気の合う大工さんと出会うことが重要ですね。





                                 

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                                | 自己救済術としての家作り | 15:25 | comments(0) | - |
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