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 (JUGEMレビュー »)

まず私たちの生命と暮らしを脅かす事実を知ること。それにたいしてどのような認識を持つのか。この国のみならず、世界を壊滅させる災厄とどう向き合うのか。次世代に対してどう責任を取るのか、そもそも責任を取れるのか。自分に何ができるのか。この現実にどう向き合うのか。それを教えるのが教育のはずだが、この国には教育も哲学も存在しない。
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「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場 (集英社新書)
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小出 裕章,渡辺 満久,明石 昇二郎
原発よりもはるかに危険な六ヶ所村再処理工場。私たちの日々の生活が薄氷の上で営まれていることを痛感させられる。同時に、この国には「国民の生命・財産・自由を守り抜く!」と威勢のいいことを言う総理大臣と無能の政治家しかいないことに絶望する。核燃料サイクルと言い、下北半島の再処理工場と言い、3兆円以上の国民の税金がつぎ込まれ、いまだ後始末も将来の見通しもたっていない現実をどう考えているのか。彼らは核兵器を持ちたいという願望と税金をロンダリングして私腹を肥やすことしか眼中にない。北海道の地震だけに目を奪われてはならない。六ヶ所村は今回の震源地の目と鼻の先にあるのだ。
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幻影(イメジ)の時代―マスコミが製造する事実 (現代社会科学叢書)
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D.J.ブーアスティン
私にとっては古典の中の古典。三度読みました。そしてその慧眼にいまだに驚いています。
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殺人犯はそこにいる (新潮文庫)
殺人犯はそこにいる (新潮文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
ジャーナリストと称する職業がある。自称ジャーナリストもいれば、テレビのコメンテーターとしてリベラルに媚びる政権批判をし、名を売り、講演で稼ぐ職業をジャーナリストと呼ぶ者もいる。とんだ茶番である。ジャーナリストとはどこまでも「事実」を追いかける。テレビに出て能天気な解釈や感想を垂れ流している暇などないはずだ。ジャーナリストを志す若い人には清水氏の著作は避けて通れない。その名に値する本物のジャーナリストがここにいる。
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デジタル・ポピュリズム 操作される世論と民主主義 (集英社新書)
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福田 直子
おそらく自民党・安倍政権はSNSを駆使し、分析するデータサイエンス(日本版なのでレベルはまだ低いですが)の重要性に着目し、選挙にどうすれば勝てるか、自分たちに有利な世論を形成し、国民を誘導・分断するにはどうすればいいのかが分かっているのです。そのためのノウハウも蓄積しつつあります。安倍首相の貧困な語彙力からは想像できないカタカナ言葉を聞いていると、それがSNSを分析している集団から教えられたものであることがよくわかります。ただ彼らの致命的な弱点は将来の社会を導く理想がないことです。おそらく、思いもかけない結果が待っていることでしょう。なぜなら、所詮、彼らはアメリカとビッグデータの奴隷でしかないのですから。これからの政治は、好むと好まざるとにかかわらず、この本に書かれていること抜きには語れなくなっているのです。
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 (JUGEMレビュー »)

安倍政権に対するメディアの忖度が云々されていますが、元々同じ穴のムジナなのです。忘れてならないのは、日中戦争から太平洋戦争にかけて、日本の世論と新聞のほぼ全部は好戦的・拡張主義的だったのです。しかも、当時はまだ言論統制体制が発足していなかったのです。この本は、そうした「一貫して好戦的な世論とそれに便乗する新聞」が先導し、近衛文麿はじめ文民政治家がそれに便乗、軍部がさらに便乗、という構図を一次資料で克明に論証しています。安倍政権を支持するネトウヨの皆さんの日本語力では、まともな読解は無理ですので勧めません。一方、正確な歴史を知るためには「世論」の不気味さを知ることだと気づいている若い人には是非一読を勧めます。
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茫漠の曠野 ノモンハン
茫漠の曠野 ノモンハン (JUGEMレビュー »)
松本草平
著者は大分市にある『天心堂へつぎ病院』の院長、松本文六氏の御尊父、松本草平(本名松本弘)氏です。詳しくは、ブログで紹介したいと思いますが、第一次資料として極めて価値の高いものです。40年ぶりに復刻版を出された松本文六氏と出版社に感謝する他ありません。
戦略も何もない、無謀・無慈悲な戦争を語り継ぐことは、最も崇高で重要な人間の営為だと私は考えています。作家の司馬遼太郎氏は、電話で草平氏に次のように伝えてきたそうです。「先生の臨場感のあるノモンハン戦記に出会えて本当にありがとうございました。私は大東亜戦争の折、戦車隊の一員として従軍しましたが、先生の従軍記以上のものを創ることはできません。」と。
一人でも多くの方がこの本を読まれることを望みます。ちなみに松本文六氏は伊方原発差止め訴訟の原告でもあります。その縁で、この本に出会うことができました。
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「南京事件」を調査せよ (文春文庫)
「南京事件」を調査せよ (文春文庫) (JUGEMレビュー »)
清水 潔
全国のネトウヨの皆さんへの推薦図書です。清水氏のこの本を読んでから、「南京事件はなかった!」「南京事件は捏造だ!」と叫びましょうネ。
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日本列島の全原発が危ない! 広瀬隆 白熱授業  DAYS JAPAN(デイズジャパン)2018年1月号増刊号
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広瀬隆
広瀬氏をアジテーターだの、オオカミ少年だの、悲観主義に過ぎると言って批判する人がいる。しかし、ブログで何度も述べてきたように、真の悲観主義こそがマインドコントールによって奴隷根性のしみ込んだ私たちの精神を浄化してくれるのだ。そもそも無知では悲観が生まれようもないではないか。国などいくら破れても結構。せめて山河だけでも次世代に残そうと考える人ならぜひとも読むべき本である。いや、これから幾多の春秋に富む若い人にこそすすめたい。
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チャヴ 弱者を敵視する社会
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オーウェン・ジョーンズ,Owen Jones
【本書への賛辞】

「怒りが生んだ、最高の本」
──ガーディアン紙

最高の論争がみなそうであるように、知性に裏打ちされた怒りが本書を支えている。
──エコノミスト誌

暴動や世界中に広がったオキュパイ運動に照らして考えると、分断社会に関する著者の鋭い分析は、
不気味なほど未来を予知していたことがわかる。
──アートフォーラム誌

情熱と、思いやりと、すぐれた道徳性が結実した仕事だ。
──ニューヨーク・タイムズ紙

政治の定説を見直す大胆な試み。著者は戦後のイギリス史を縦横無尽に往き来し、
階級、文化、アイデンティティといった複雑な問題を軽々とまとめてみせ、
結果として「階級」問題に火をつけ、大きな効果をあげている。
──インディペンデント紙

いまの制度が貧しい人々を見捨てていることに対する苛烈な警告──それが本書だ。
──ブログサイト「デイリー・ビースト」

ジョーンズは、「地の塩」だった労働者階級が政治のせいで「地のクズ」と見なされるようになった経緯を見事に説明している。
──タイムズ紙

この本は、新しいタイプの階級嫌悪と、その裏にあるものを痛烈にあばいて見せてくれる。
──ジョン・ケアリー(The Intellectuals and the Masses著者)

これは「イギリスはおおむね階級のない社会である」という考え方への、論理的で情報満載の大反撃だ。
──オブザーバー紙

情熱的で示唆に富む……この声が届くことを心から願う。
──スコットランド・オン・サンデー紙
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 (JUGEMレビュー »)

紹介していない本が山のようにあります。数日前にこの本を本棚の奥から引っ張り出し再読しました。いや〜面白かった。。とにかくこの本のことを忘れていた自分が信じられない。読んでない人に熱烈に勧めます。ハイ。
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秋山 敏
高校生にとって、今でも一押しの不朽の名著。でもこの本をことを知っている英語教師は少ないと思います。是非復刊してほしいものです。
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スノーデン 日本への警告 (集英社新書)
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エドワード・スノーデン,青木 理,井桁大介,金昌浩,ベン・ワイズナー,宮下紘,マリコ・ヒロセ
2017年4月18日、朝日新聞がようやく「パノプティプコン」を取り上げました。遅すぎますね。
これから先の日本社会は、ますます荒廃が進み、国民の不満が頂点に達し、やがて爆発します。それを未然に防ぐために、国は国民の監視を強化します。
実際アメリカでは「愛国者法」により、電子メールや携帯の通話履歴が監視の対象になっています。誰が、いつ、どこで、何を読んで、誰と通信を交わしたか、すべて国に筒抜けです。
「パノプティプコン」とはフランスの哲学者フーコーが用いた概念ですが、国民が刑務所の囚人のように監視される体制を言います。監視者の姿は見えませんが、囚人は監視者不在でも、監視を意識することによって管理統制されるのです。これを「パノプティシズム」と言います。
このシステムから解放されるためには、権力がどう管理・統制しようとしているかを知らねばなりません。この本はそれを知るための第一歩です。あなたが無知のまま、奴隷の人生を送りたければ、読む必要はありません。
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A.ミラー
アリスミラーのこの本は、塾を始めるきっかけになりました。ただ生活のためだけなら、他のことをしていたでしょう。『才能ある子のドラマ』とあわせて、当時の私には衝撃的な本でした。人生はどこでどう転ぶかわかりません。人間の奥深さを知ることで、何とか自分を維持していたのです。この本を読むと当時のことが、ありありと思い出されます。ある意味で、私の人生を方向づけた本かもしれません。
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NHK「東海村臨界事故」取材班

2月18日のブログでも書きましたが、仕事のために読むビジネス書の類は、最終的には効率を重視し、最小の資本と労力の投下で、いかにして最大の利益を上げるかということに尽きていると思います。そのための働き方改革であり、そのための賃上げです。そのための人心掌握術であり、顧客対応です。ビジネス書を読めば読むほど、人間は軽薄になり、視野が狭くなっていきます。もしあなたがそれを自覚するきっかけがほしいなら、是非この本を読むことを勧めます。読書はビジネスのためにするのではないということが分かると思います。この本は私たちの日常の風景を一変させるだけのインパクトを持っています。いわば、ことばの最高の意味における「闖入者」なのです。
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黒い巨塔 最高裁判所
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瀬木 比呂志
この本はまだ発売されていません。自分で読んでいない本を推薦するのは邪道でしょう。しかし、これまでの『絶望の裁判所』『ニッポンの裁判』(ともに講談社現代新書)に続く裁判所、司法批判の第3弾が長編の権力小説だということで、過去2冊の本の面白さからして、推薦に値する本だと思いました。『原発ホワイトアウト』の最高裁判所ヴァージョンだと思います。読んでからコメントを追加したいと思います。
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アモン・シェイ
学校なる場所に通っていた時、毎年夏になると課題図書を読んで、読書感想文を書かねばならないのが苦痛でした。課題図書の選定には学校と書店の密約があるに違いないと思っていたくらいです。

偶然巡り合った面白い本の感想を書くのならまだ我慢できたかもしれません。つくづく学校というところは、余計なことをしてくれると思ったものです。

あまりにめんどうくさいので、「あとがき」を参考に、あらすじを書いて提出したら、トリプルAをもらいました。

学校というところは、もしかしたら、人生の退屈に耐える訓練をする場所だったのかもしれません。この本を読んで、改めてそのことを確認しました。別に先生を責めているわけではありません。それほど自覚的に生きるということは難しいのだとため息をついているだけです。
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想田和弘監督の観察映画。音楽による演出は一切なく、徹頭徹尾監督の視点で撮られたドキュメンタリー映画。見終わった後、日本の選挙風土の貧困さが浮かび上がる。この国に民主主義はない、ということを改めて確認し、そこから出発するしかない。その勇気を持つ人には必見の映画です。合わせて『選挙2』もどうぞ。
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マックス ヴェーバー
ウェーバーの死の1年前、1919年、学生達に向けた講演の記録です。
一部抜粋します。

「自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じてく挫けない人間。どんな事態に直面しても「それにもかかわらず!」と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への「天職」を持つ。」(P105〜106)

「さて、ここにおいでの諸君、10年後にもう一度この点について話し合おうではないか。残念ながら私はあれやこれやいろんな理由から、どうも悪い予感がしてならないのだが、10年後には反動の時代がとっくに始まっていて、諸君の多くの人が―正直に言って私もだが―期待していたことのまずほとんどは、まさか全部でもあるまいが、少なくとも外見上たいていのものは、実現されていないだろう。」(P103〜104)

10年後には、ワイマール体制は機能不全に陥り、1933年にはヒトラーが首相に就任します。

平和憲法は、日本人にとって310万人の命と引き換えに手に入れた唯一と言っていい理念であり、アイデンティティーでした。その唯一の誇りを、日本人は損得勘定で葬り去ろうとしています。言い古された言葉ですが、歴史は繰り返すのです。
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中沢 新一
小学校を卒業するころ、将来なりたい職業として思い描いていたのが、天文学者か生物学者でした。プロ野球選手は、自分のセンスでは無理だと悟りました。物ごころついたころから興味があったのは宇宙や昆虫や植物の世界でした。そんなわけで南方熊樟に出会うのは必然的な成り行きだったのです。人間は言葉によって世界を把握しますが、それ以外の把握の仕方があるはずだと、ずっと思ってきました。南方熊樟は、小林秀雄と同じく、直観による世界の把握の仕方を教えてくれました。この本は、言葉によって構成された世界秩序の外に出て、世界を改めて考えたい人に大いなるヒントをあたえてくれます。安倍政権によるゴキブリのフンのような、あまりにばかばかしい政治状況を見せつけられているので、精神の衛生学として一気に読みました。
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こどもの教育から裏金を使ったオリンピック誘致、原発再稼働、戦争準備から武器の売却、安倍政権の裏の権力としてメディアに絶大な影響力を行使する電通。私たちは電通が作り上げた「箱」の中でいいようにマインドコントロールされている。自分の意見だと思っていたものが、実はそう思わされていただけだということに気づかなければならない。音楽をはじめとする芸能情報、その中で踊らされるミュージシャンやタレント、果てはデザイン業界までを席巻する。今や電通の介在しないメディアはないと言ってもいい。利権あるところに電通あり、です。
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前作『日本はなぜ「基地」と「原発」止められないのか』に続く著者渾身の力作。自分の人生を生きたい人にすすめます。ただそれだけです。18歳で選挙権が与えらる高校生が政治を考える際の基本的なテキストになる日がくるといいですね。無理でしょうが。これ以上余計なコメントはしません。まず手に取ってみてください。
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メディアで取り上げられるよりはるか前から日本会議の存在について私は言及していました。電通と同じくタブー視するメディアには心底失望したものです。報道すればタブーはタブーでなくなるのです。何を恐れているのでしょうか。干されれば、何とか生活をする工面をすればよい。それだけのことです。
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磯崎新
帯に「祝祭都市にスタジアムはいらない」とあります。そもそも2020年まで天災と原発事故をやり過ごし、経済危機を乗り越えて存在しているでしょうか。極めて怪しいですね。偶然書店で手に取って読みました。彼の文章を読むと、建築は現世の権力に奉仕するものではなく、想像力の王国を作るものだと思わされます。建築にそれほど興味のない人でも、読めます。いや、いつのまにか引き込まれているでしょう。
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難関中高一貫校で学び、東大に合格しても、それはもはや知性のバロメーターではありません。この本に書かれていることが真実だと見破れることこそが本物の知性です。ニセの知性は既得権益を守るためにはどんな屁理屈でもひねり出します。おまえは何も知らないと言って他人を見下し、金と権力におもねるのです。ニセの知性は理想の灯を掲げることができません。「脳内お花畑」などという幼稚な言葉を使って揶揄するしかないのです。彼らの決まり文句は、他国が攻めてきたらどうするのかという、それこそ「脳内お花畑」的なものです。「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」とは、まさに至言です。
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烏賀陽弘道
私の元塾生の縁でお会いしたことのある烏賀陽弘道氏の渾身のレポート。事実を丹念に調べ上げ(これがジャーナリストの本来やることです)事実をして語らしめることのできる稀有なジャーナリスト。この本を読まずに福島第一原発の事故の本質に迫ることはできない。ダブル選挙の前に一人でも多くの国民が読むことを期待します。
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松岡正剛氏の本はどれも面白く、シリーズの千夜千冊を除けばほとんど読んでいます。『多読術』は、高校生にぜひ勧めたいと思います。高校時代に、この本を読んでおくと、さまざまな分野の知的見取り図を手に入れることができます。学校の授業だけではなく、この本を手掛かりにして知の荒野に歩みを進めてほしいと思います。
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カント
安倍首相は「この道しかない」と言って消費税を上げ、集団的自衛権の行使を可能にする閣議決定をし、公約とは正反対のTPPを批准することで、日本の文化=アイデンティティーを破壊しようとしています。

もし私たちが生き延びたければ、そのヒントがこの本の中に書かれています。日本は超大国の「夢」を代弁するだけの国になってはなりません。
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山本氏の国会での質問を、本になって改めて読み直して感じることは、文字通り「みんなが聞きたい」質問をしてくれたということです。安倍首相が小学生に「なぜ政治家になったのですか」と質問された時、「父親も祖父も政治家をしていたからです」と答えていました。小学生相手に、何と言う悲しい答えでしょうか。語るべき理想を持たない政治家など、所詮は官僚に利用されるだけです。それに対して、山本氏には語るべき理想がある。「政治なんてそんなものさ」というリアリストが発散する腐臭を吹き飛ばすさわやかさがある。それは、彼の身体には収まりきれない理想が持つ力そのものです。彼は言います。「力を貸してほしい。少なくとも、あなたが必要だと思われる社会、私が必要だと思われる社会を作っていきたい。そう思うんです」と。日本の総理大臣にふさわしいのはどちらでしょうか。
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ジョン・W・ダワー,ガバン・マコーマック
おそらく、日本人自身よりも海外の知識人のほうが、日本の問題を正確にとらえていると思わせる本です。読み終えて何気なくテレビを見たら、わが大分県選出の国会議員、岩屋毅氏と江藤晟一氏が、2016年ミスユニバース大分県代表を選ぶ催し物に出ていました。名誉顧問だそうです。いかがわしい宗教団体をバックに票を稼ぐだけでは飽き足らず、こんな大会に顔を出して名前を売ろうとする。大分市長の佐藤樹一郎氏も出席していました。このお三方は、こんなことをするために国会議員や市長になったのでしょうか。国民の税金を使ってやることといえば、テレビに出演してにやけた顔をさらすことでしょうか。もう物事の軽重が全く分かっていません。せめてこの本くらい読んではどうでしょうか。私はこの本に書かれていることの大部分に賛成です。
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蓮池 透
出版されてすぐ読みました。国会で、読んでもいないのに、安倍首相が躍起になって否定した事実が書かれています。蓮池氏はあちこちから人格攻撃の対象とされてきましたが、自分にも落ち度があったと認めています。自分は総理大臣なのだから落ち度はないと居直る人間とは好対照です。この本を読んで、拉致問題について今一度国民が考えることを望みます。
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渡邉 格
2年半ほど前に求めて、一気に読みました。マルクスの『資本論』の中に書かれていることを、著者が自分なりに消化し実践していく過程が書かれているので、一種のドキュメンタリー文学として読めます。きっと著者と同じ思いの若者は全国にたくさんいると思います。かけがえのない一回きりの人生を、充実して生きたいと思っている人に勇気を与える本です。
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スベトラーナ・アレクシエービッチ
今年度ノーベル文学賞受賞作品。チェルノブイリは言うまでもなく、フクシマでさえ人々は忘れたがっています。もう過去のことだと言い聞かせて。しかし、過去のことではなく、まぎれもない現在進行中の現実であり、私たちが生きている世界そのものです。この本を読んだ後、橋下徹が御堂筋をイルミネーションで照らし出し、F1カーに乗って写真を撮っているところを見ました。その時のセリフ。「大阪はここまでできる!」

もう何と言うか、別世界を生きている人間です。彼の発する言葉は文学とは無縁です。人間が言葉を持ったのは、言葉にしがたいものを言葉にしようとするためです。政治家が発する言葉の軽さと言ったらありません。それだけ現実も軽いものになったということでしょう。
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鈴木大拙の言わんとすることが、ようやくわかりかけてきました。年齢を重ね、日本文化の基底にあるものをじっくり味わうことで開示される世界があるのです。日々の生活に追われていては、この本を読み、味わう暇などないでしょうが、それだからこそ手に取ってみてはいかがでしょう。
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人間は、条件次第で、喜々として殺人を犯す。そして、その条件を整備しつつあるのが、安倍政権とその背後でうごめく『日本会議』である。このことに気づいていても、「配慮する」ことを最優先して報道しないメディア(特にNHK・読売新聞・産経新聞)。そしてそこに寄生する学者やコメンテーター、芸能人。このドキュメンタリー映画は、彼らの自画像である。たまには、自らの顔をじっくり眺めてみるがよい。
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私が長年考えてきた問題を解明するヒントになりました。ブログで書いたように、まず感情を基にした結論があって、それを正当化するために人は「知性」を動員するという、ごく当たり前のことが書かれている。つまり、知の粉飾決算報告書である。
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食う寝る遊ぶ 小屋暮らし (JUGEMレビュー »)
中村 好文
中村さんの著作の中では、個人的に最も好きな本です。読んでいるだけで楽しくなります。限りなく優しい、でも、痛烈な文明批評です。これからの生き方のヒントが満載です。それを一人でも多くの人と分かち合いたいと思い、中村好文論・その3の中で引用させていただきました。
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暮らしを旅する
暮らしを旅する (JUGEMレビュー »)
中村 好文
以下は私がアマゾンのレビューに投稿したものです。再録します。
「もし人に幸福な生き方があるとしたら、中村好文さんのような生き方だろうと、ずっと思ってきました。
建築雑誌をパラパラとめくりながら、ふむ、と思って手が止まると、そこには必ずと言っていいほど中村さんの設計した住宅がありました。
文は人なりと言いますが、その人の書く文章のエッセンスがこれほど見事に建築にも表現されている例はめったにありません。
建築に限らず、食の分野でも、ことばと実物の乖離がはなはだしい時代に、中村さんの設計した住宅や美術館に出会うと、どこか安心するのですね。
そういうわけで、著者の本はすべて読ませてもらっています。
この本も偶然、年末に本屋さんで手に入れ、装丁やカバーの手触りを楽しみながら読んでいます。
読みながらいつの間にかほのぼのとしている自分を発見します。
一日に一編か二編を過去の記憶をたどるようにして読んでいます。
この本の平明さ、やさしさがどこから来るのか。そんなことを分析するのは野暮というものです。
とにかくこの素敵な小さな本は、旅のお供にどうぞ!とすすめたくなります。」
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中村 好文,神 幸紀
中村さんの書かれた本はすべて読みました。どの本もおすすめです。これから家を建てようと考えている人は、どの本でもいいですから、一冊中村さんの本を読んでみてはいかがでしょうか。エッセイとしても十分楽しめます。この本は北海道にあるパン屋さんの建物を作りながら、人は「パンのみにて生きるにあらず」を実践したものです。ダジャレ好きの中村さんらしい(笑)。
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中村さんの本を全部は読めないという人向けに、一冊だけ選ぶとすればこれでしょうか。普通、設計したらそれで終わりという建築家が多い中、かってのクライアントを訪問して話を聞き、それを本にしたものです。クライアントといい関係が築けてないと難しいですね。加えて自信がないとなかなかできることではありません。
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この本は実は哲学的で難しいですね。最初から熟読するのではなく、折に触れてページをめくるような読み方がいいようです。ところどころに、ブログで紹介したような言葉があり、はっとさせられます。彼のアフォリズム集として読むのがおすすめです。
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結果オーライが国を滅ぼす
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    もしあなたのこどもが目隠しをしたままで1km先のゴールまで歩かなければならないとします。途中至るところに無数の大きな穴が開いています。落ちれば命はありません。しかし、あなたは大声で叫ぶことも、物を投げて警告することもできません。理不尽さに身もだえしながら、ただ見ているしかありません。こどもが無事にゴールしたとき、あなたは恐怖と緊張から解放されてその場にしゃがみ込むことでしょう。
     

    なぜあなたのこどもは無事にゴールできたのでしょうか。頭がよかったからでしょうか。危険を察知する能力があったからでしょうか。違います。ただ運が良かっただけです
     

    さて、5年後にあなたのこどもが再び同じ条件で、このコースを歩かなければならないとします。前回と同じように傍観するしかないのでしょうか。しかも、このコースを歩かなければならないのは、あなたのこどもだけではありません。数千、数万人のこどもが後に続くことになっています。
     

    猶予は5年間しかありません。あなたはあらゆる人や組織に働きかけ、穴を埋める作業に着手するでしょう。これがまともな人間のすることです。傍観すれば動物と同じです。これは本来なら政治がやるべきことです。そのために私たちは政治家を税金で養っているのですから。
     

    ある政治家は、穴を埋めることなど、わが国の技術力をもってすれば数週間もあれば可能だと豪語します。その一方で、この工事による業者からのキックバックや集票効果を計算します。そして、いざ工事に取り掛かったところで、彼らはある事実に驚愕します。一つの穴の深さが数十キロメートルもあることが判明したのです。残された時間で埋めることは不可能です。こどもたちは目隠しされたままで、断崖絶壁の上を歩かなければなりません。
     

    これは単なる比喩ではありません。4月14日に熊本県熊本地方で最大震度7(マグニチュード6.5)の地震がありました。私は瞬間的に、九州電力の川内原子力発電所を心配しました。もし今回の地震が川内原子力発電所の直下で起こっていれば、第二のフクシマどころか、圧力容器が破壊されて放射能が漏れ出し、西風に乗って瀬戸内海を北上し、関西地方へ到達していた可能性がありました。そうなれば西日本は壊滅です。今回、川内原発の周辺で大きな揺れがなかったのは運が良かっただけです

    地図をご覧ください。運が良かっただけだということが分かると思います。まるで、原発を避けるように、九州のど真ん中で起きた地震。もう充分に警告は発したぞ、と神様が言っているようです。


     

    日本のあちこちにぽっかりと口をあけている原発という「穴」を埋める作業に早急にとりかからなければなりません。日本は地震列島です。どこでも大きな地震は起こります。活断層があれば、岩盤がずれ、どれほど堅牢な建造物でも破壊されてしまいます。これは仮定の話ではありません。私たちはすでに福島第一原子力発電所の事故を経験しているのです。
     

    にもかかわらず、九州電力は今回の地震があった時、川内原子力発電所を停止していません。3・11の大震災で震度4の余震が起こったとき、震源から200km離れている青森の東通原発は冷却機能を喪失しました。九州電力の危機感の無さには呆れ果てる他ありません。安倍官邸と、この電力会社はもはや反社会的であり、非常事態に対応できないことを露呈したのです。
     

    反社会的といえば、熊本で最大震度7の地震が起きたとき、ちょうど、BSフジのプライムニュースに櫻井よし子氏が出演して、核武装論を主張していました。「核弾頭ミサイル、核弾頭ミサイルを搭載した潜水艦が必要だ」と。
     

    地震列島日本で原発を稼働させるのは狂気です。その狂気を生みだしているのは、カネと核兵器にとりつかれた妄想的宗教団体に属する「合理的な」愚か者たちなのです。

    | 原発 | 13:05 | comments(0) | - |
    私たちは政府によって緩慢な死を強制されている
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      民主主義国家において、国家が国民に「死ね」と言うことはできません。なぜなら、主権者である国民が自らに死を強制することなどあり得ないからです。しかし、国民の命にかかわる重大な変更、つまり憲法で定められている不戦の誓いを、一内閣の閣議決定でくつがえし、数の力で法制化したのが安倍内閣なのです。
       

      おかげで私たちは、テロの脅威ばかりでなく、戦争準備体制により経済的破綻にさらされることとなりました。何を極端なことを言っているのか、と思われるでしょうか。私は鈍感な人間だという自覚があります。天下国家のことを語るのはもともと好きではありません。そういった人間でさえ、沈黙することは罪だと感じるのが今の政治状況です。
       

      戦争やテロによって国民の命が危険にさらされていることは、ある意味分かりやすいとも言えます。しかし、福島の原発事故以降、私たちは政府の無為無策と無責任体制によって緩慢な死を強制されているのです。
       

      棄民化されたのは原発周辺の人々だけではありません。今や国民すべてが棄民化されています。疑う人は、以下の動画をご覧になって下さい。

      尚、この動画は何度も削除されています。山本太郎氏はそれほど政府にとってはマズイ質問をしているということです。あなたが生き延びたかったら、是非この動画を記憶して下さい。

       


       

      山本太郎氏が「すべてがつながっているんです」と思わず発言するシーンがあります。その通りですね。忘れてならないのは、「すべてをつなげている」主体があるということです。そして、このつながりを切断できるのは誰か?答えは明瞭です。

      | 原発 | 07:44 | comments(0) | - |
      私たちはどちらの側に立つのか
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        私たちはどちらの側に立って生きていくべきか。現代ほどそれが問われている時代はないと思います。単純な二項対立ではありません。苦汁を舐め、絶望を経験した後の二項対立です。
         

        3・11以前は、いずれ覚める夢だとしても、経済成長という夢にすがっていればよかった。しかし、幸か不幸か私たちはこの国の根幹を揺るがす未曾有の災厄に遭遇したのです。日が経つにつれてその本質は人災であることが明らかになりました。夢から覚めて、苦い後悔とともにはっきりと自分の生き方を選択せざるを得ない時代を私たちは生きています。日々の暮らしの中のささいな選択も、自覚的でなければ、自分のものではない誰かの人生を生きることになります。

        福島の原発事故を歴史的展望の中に置いて検証した日本国民必読の書。事実を丁寧にフォローし、事実をして語らしめる。読み終わった後、深いため息をつかずにはおれない。わずか50年の歴史をさかのぼることすらできないこの国の学会やマスメディア、ジャーナリズム。いかに頼りないように見えても、私たちは自分の足で立つしかないことを思い知らされます。寄らば大樹の陰の時代は終わったのです。


         

        来るべき夏の参議院選挙の争点は単純明快です。私たちは以下に述べる二つのどちらの側に立つのかということです。
         

        第一の立場:関西経済連合会の角和夫副会長(阪急電鉄会長)や関西電力の八木誠社長の立場。
         

        彼らは関西電力高浜原発3,4号機の運転を差し止めた大津地裁の仮処分決定について次のように述べています。
         

        角和夫氏「なぜ一地裁の裁判官によって、国のエネルギー政策に支障をきたすことが起きるのか」「こういうことができないよう、速やかな法改正を望む」「憤りを超えて怒りを覚える」と発言。
         

        角氏は自分の言っていることが分かっているのでしょうか。私利私欲に目がくらみ、国が決めた政策を絶対視する経済界の単なる一私人が、その立場を忘れて、憲法で保障された三権分立を否定しているのです。関西経済界のドンと言われて何か勘違いしているのでしょう。人格が空洞化したネトウヨの皆さんが自我を国家に重ねて肥大化させたのと同じです。ドンにふさわしく自分の存在を大きく見せようとする小児病です。脱原発を一瞬叫んだ橋下徹が、さっさと方針を引っ込めたのも、角氏の側に付く方が有利だとそろばんをはじいたからです。
         

        八木誠氏「上級審で逆転勝訴した場合、(申し立てた住民への)損害賠償請求は検討の対象になりうる」と発言。
         

        これに対して関電広報室は「損害賠償については現時点では何も決まっていない。今回の申立人を恫喝したり、牽制したりする目的で申し上げたものではない」との談話を出しました。関電広報室は八木氏の発言が「恫喝」であり「牽制」であると認識しているからこそ、このことばを使ったのです。八木氏の発言の真意(恫喝と牽制)を解説し、それを否定することで結果的に重ねて「恫喝」し「牽制」したのです。
         

        これぞ「スラップ訴訟」と呼ばれるもので、米国では50州のうち25州にSLAPP被害を防止する法律があります。SLAPPとはstrategic lawsuit against public participation の略です。文字どおり「市民参加を排除するための戦略的訴訟」を意味します。詳しくはウィキペディアをご覧ください。なお、八木氏の発言を支持し、関電は決然として原告住民を訴えるべきだというケーザイヒョーロンカの池田信夫のような人もいます。
         

        以上要するに、国民が働いて蓄積した富を、権力にものを言わせて独占し、国民のいのちと暮らし、この国の文化や歴史や自然、さらには国土をも犠牲にしてかまわないと考える立場です。
         

        第二の立場:2014年の春、大飯原発3、4号機の運転差し止めを求めた訴訟で、福井地裁の樋口英明裁判長が下した判決の立場。
         

        「被告(関西電力)は本件原発の稼働が電力供給の安定性、コストの低減につながると主張するが、当裁判所は、極めて多数の人の生存そのものに関わる権利と電気代の高い低いの問題等とを並べて論じるような議論に加わったり、その議論の当否を判断すること自体、法的には許されないことであると考えている。
        被告の主張においても、本件原発の稼働停止による不都合は電力供給の安定性、コストの問題にとどまっている。このコストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考えている。」
         

        以上述べた二つの立場のうち、私たちはどちらの側に立つのか。難しい選択ではありません。当ブログ『バカじゃねえのか!この国は』http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=132
        の中の樽川和也さんの言葉が全てを表しています。樽川さんの言葉を無視する立場に立つのか、それとも共感する立場に立つのかということです。それを選択することこそが今度の選挙の意味です。

        | 原発 | 23:09 | comments(0) | - |
        失せたるものの面影の上に
        0

          今ひとたび

          立ちあがりゆく

          村むらよ

          失せたるものの

          面影の上に

           

          これは美智子皇后が2012年、震災の翌年に詠んだ「復興」と題する歌です。

           

          その年の1月1日、天皇陛下は新年のおことばで次のように述べます。

           

          「昨年は春には東日本大震災が起こり,夏から秋にかけては各地で大雨による災害が起こり,多くの人命が失われ,実に痛ましいことでした。また,原発事故によってもたらされた放射能汚染のために,これまで生活していた地域から離れて暮さなければならない人々の無念の気持ちも深く察せられます。」(2012年)

           

          おことばは続きます。
           

          「東日本大震災から2度目の冬が巡ってきました。放射能汚染によりかつて住んでいた地域に戻れない人々や,仮設住宅で厳しい冬を過ごさざるを得ない人々など,年頭に当たって,被災者のことが,改めて深く案じられます。」(2013年)
           

          「東日本大震災から3度目の冬が巡ってきましたが,放射能汚染によりかつて住んでいた地域に戻れずにいる人々や,仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々など,年頭に当たり,被災者のことが改めて深く案じられます。」(2014年)
           

          「昨年は大雪や大雨,さらに御嶽山の噴火による災害で多くの人命が失われ,家族や住む家をなくした人々の気持ちを察しています。また,東日本大震災からは4度目の冬になり,放射能汚染により,かつて住んだ土地に戻れずにいる人々や仮設住宅で厳しい冬を過ごす人々もいまだ多いことも案じられます。」(2015年)

          そして今年、平成28年3月11日、東日本大震災5周年追悼式でのおことば。

           

          「東日本大震災から5年が経ちました。ここに一同と共に,震災によって亡くなった人々とその遺族に対し,深く哀悼の意を表します。5年前の今日,東日本を襲った巨大地震とそれに伴う津波により,2万人を超す死者,行方不明者が生じました。仙台平野を黒い壁のような波が非常な速さで押し寄せてくるテレビの映像は,決して忘れることができないものでした。(中略)地震,津波に続き,原子力発電所の事故が発生し,放射能汚染のため,多くの人々が避難生活を余儀なくされました。事態の改善のために努力が続けられていますが,今なお,自らの家に帰還できないでいる人々を思うと心が痛みます。(後略)」
           

          以上のように、天皇陛下は節目の挨拶の中に必ず原発事故による「放射能汚染」ということばを入れています。戦争の記憶が風化するのと同じように、原発事故が風化することへの意識的な抵抗だと思います。特に2012年の最初のおことばは、2011年12月16日、民主党の野田佳彦総理が「原発事故収束宣言」を出したわずか2週間後に述べられたものです。
           

          しかし、NHKをはじめとするマスメディアは、天皇陛下が放射能汚染」ということばを使った個所を過去一度も放送したり取り上げたりしていません。まるで腫れ物にでも触るかのように。
           

          その安倍総理の追悼式での挨拶は「被災地ではいまだに多くの方々が不自由な生活を送られています。原発事故のために住みなれた土地に戻れない方々も数多くおられます。一歩ずつではありますが、復興は確実に前進しています」といったあたりさわりのないもので、「放射能汚染」ということばは一度も登場しません。一体どちらが総理大臣なのでしょうか。
           

          一方では「復興は確実に前進しています」と言いながら、他方では原発の再稼働を進める。彼の頭の中では、この二つは矛盾なく両立しているのでしょうね。何という倫理的な退廃!

          | 原発 | 13:31 | comments(0) | - |
          同じ幸運は二度と起きない。
          0

            3・11の福島原発事故は、東日本壊滅をもたらす可能性があったことを2016年3月10日のNEWS23が特集で伝えています。事故後5年を経て、ようやく事故の真相が明るみに出てきました。私がこれまで調べた事実をほぼ網羅していました。抜け落ちている点は後日ブログで補足していきたいと思います。とまれ、この番組が全国ネットのテレビで流れることの意味はとても大きい。自信を持って推薦できる番組です。http://dai.ly/x3x1am9
             

            私はブログをはじめとして、これまで、いろいろなところで原発を廃炉にすることこそが、何よりも優先されるべき課題だと言ってきました。こどもたちの貧困を解決するのも、待機児童の問題を解決するのも、国土あってのものです。その感度をもっているのが真の政治家だと思います。
             

            何をバカなことをいっているんだとお叱りを受けるかもしれませんが、日本が中国と戦争しようが、アメリカと戦争しようが(この可能性が高いのですが、それを説明すると長くなるのでやめます)、そんなことはたいしたことではありません。
             

            そもそも、これだけ原発をかかえた国が他国と戦争するなど狂気の沙汰です。中国や北朝鮮の脅威を煽るなら、まず第一に原発を全廃し、ミサイル攻撃を受けてもびくともしない使用済み核燃料の貯蔵庫を作らねばなりません。どうしても戦争したいならそれからにしてもらいたい。こんなことぐらい、小学生でもわかることです。
             

            それにしても、私たちが今生きているのは、偶然が重なった幸運のせいです。福島第一原発の吉田所長も、「仏様が守ってくれたのだと思う」と言っています。地獄を見た者だけが吐けることばです。この幸運は二度と起きません。政治家のみならず国民も、このことを肝に銘じるべきです。
             

            しかし、3・11を経験したにもかかわらず、原発を再稼働させようとする安倍政権。能天気にも、国民の命を再び幸運に任せるつもりなのでしょう。国民は生き延びて、この国の文化や歴史や、美しい自然、そして何よりもこどもたちのいのちを守りたければ、安倍政権を倒さなければなりません。もちろん、民主党であろうがその他の政権であろうが同じです。この国のかじ取りをするのは、最後は国民なのですから。

            | 原発 | 11:01 | comments(0) | - |
            バカじゃねえのか!この国は
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              2016年3月8日のNEWS23は「原発さえなければ、震災5年・・・続く関連死」と題して、福島で専業農家を営む樽川和也さんを取り上げていました。和也さんの父久志さんは、農家の7代目でしたが、原発事故の時、テレビを見ていてこうつぶやいたそうです。「ほら見ろ、俺が言ってたとおりになったべ。福島の百姓はもう終わりだぞ。人が作ったものは必ずぶっ壊れるんだ」と。


              原発から65キロ離れているにも関わらず、樽川さんの農地にも放射性物質は降っています。そして事故の11日後、キャベツの出荷停止を知らせるファックスが届きます。久志さんはファックスを見てうなだれていたそうです。そして和也さんに「俺はお前のこと、間違った道にすすめた」とつぶやきます。このことばが最期になりました。その翌朝、久志さんは自宅の敷地にあるキャベツ畑の近くの木で首をつって自殺しました。64歳でした。


              和也さんは裁判に訴えましたが、東京電力は原発事故との因果関係を否定します。和解が認められたのは2年後のことでした。和也さんは「和解したとはいってもこころは晴れません。(東京電力には)仏壇に線香をあげてもらいたい」と言います。これは人間としてあたりまえの感情です。線香をあげてもらったところで、死んだ人は生き返りません。

              しかし、そうでもしてもらわなければ、生きている者も、死んだ者も、その魂は救われないと感じているのです。これは「最後は金目でしょ」の石原伸晃氏には決して分からないことです。


              和也さんは続けます。「5年目の節目だとか、そういうふうに周りは言ってるけど、うちらからしたら、ただ月日が5年流れただけで、5年経っても、ただ怒りだけです、込み上げるのは」。


              さらに再稼働を進める国と電力会社には「どこがクリーンで安全なエネルギーなんだい。バカじゃねえのか、この国は。情けねえ国だ。この国に生まれたからしょうがねえけど。声をあげる人がいねかったら、この国は変な方向に進むでしょ、また。親父に与えられた宿題っていうか、宿命なのかなと思って・・・」と怒りをかみ殺すようにして訴えていました。


              そして昨日3月9日、大津地裁は、関西電力高浜原発3、4号機(福井県高浜町)の運転差し止めの仮処分の決定を下し、関電に運転の差し止めを命じました。そして今夜(3月10日)、3号機は運転を停止しました。


              昨春、福井地裁の樋口英明裁判長が下した仮処分決定と同じく、冷静で公正な判断です。原子力規制委員会の田中委員長は、「原発が規制基準をクリアしているかどうかを判断するのが自分たちの仕事で、原発が安全だと申し上げることはできない」と言っています。今回の決定は、その規制基準そのものが不十分だと指摘しています。福島の事故原因の究明も終わっていないことを指摘し、住民の避難計画を視野に入れた幅広い規制基準を策定すべき信義則上の義務が国にあると強く主張しています。


              小泉元首相も「この決定は当然だ。原発ゼロに切り替えるべきだ。やればできるんだから」「国民の根強い原発に対する不安や、原発事故を起こしてはいけないという、国民の意思をよく受け止めたものではないか」と言っています。そして、運転開始から40年を超えた高浜原発1、2号機の再稼働を原子力規制委員会が例外的に認めたことについて「安全第一と言いながら、収益第一になっている」と批判しています。


              それに対して、元東京高裁判事の升田純・中央大法科大学院教授は「説得力に欠け、最初から結論ありきだったのではないかと映ってしまう。これでは手抜きの決定と言われても仕方ない」とコメントしています。やれやれ。「最初から結論ありきだった」のは国と電力会社の方ではなかったのか。ふざけるのもいい加減にしろ!


              つい激しい口調になってしまいましたが、こういう人格が空洞化した元裁判官や現裁判官の方が圧倒的に多いということが、何ともやりきれない思いにさせます。

              ガンジーの言う「7つの社会的罪」の中の

              「理念なき政治」
              「人格なき学識」
              「道徳なき商業」
              「人間性なき科学」
               
              を思い出しました。この国のいわゆる「指導層」の精神構造は、社会的罪を日々実践する中から生まれてきました。いわば、冒頭の樽川和也さんのことばをシャットアウトすることで出世の階段を上ってきたのです。彼らは、自分は何をしているのか、誰のために生きているのかという問いを、人間の絶対的条件である孤独の中で自分自身に突きつけたこともなく、ただ目の前にある階段を駆けのぼることに熟達した人間だということを、私たちは肝に銘じておくべきです。

               
              | 原発 | 23:57 | comments(3) | - |
              ロシアンルーレットに賭ける政治家と国民
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                安倍政権は高浜原発4号機を再稼働させました。再稼働させたのは関西電力だなどという詭弁は通用しません。ボルトの緩みが原因で汚染水が漏れたばかりです。増え続ける使用済み核燃料の処分先も決まっていません。



                政府と財界は、地震が起こって原発が暴走しないことに賭ける、すなわち国民の命を運と天に任せる決断をしたのです。高学歴のめぐまれた境遇にある人々のすることですから、間違いはないと国民は考えているのでしょうか。運も彼らに味方するでしょうか。しかし、彼らはフクシマの教訓をフィードバックする知性も世界を説得できる倫理も欠いています。



                冷静かつ素朴に考えれば、国民はロシアンルーレットの実験台にされているのです。(ロシアンルーレット=リボルバー式拳銃に一発だけ実弾を装填し、適当にシリンダーを回転させてから自分または相手の頭に向け引き金を引くゲームのこと)



                薄氷を踏むとはまさにこのことを言うのです。私は以前、当ブログで『死の舞踏を舞っているのは誰か』http://oitamiraijuku.jugem.jp/?eid=38と題して以下のように述べました。


                ― それにしても日本の近代150年の歴史の中で、足尾鉱毒事件、水俣、そして、ついにフクシマに至った経緯を考えると、日本の政治の屋台骨は折れてしまったのだと思わざるを得ない。薄氷の上で浮かれて死の舞踏を舞う国民大衆に、自らの命を犠牲にしてでも危険を知らせ、安全な場所に導くのが政治家の役目ではなかったのか。しかし、福島県民が犠牲になって危険を知らせてくれたにもかかわらず、現在、薄氷の上で率先して死の舞踏を踊っているのは当の政治家たちである。第二のフクシマは近い。―



                よもや忘れたとは言わせない。わずか5年が経過しただけで、再稼働か!



                 

                 




                そして奇しくも、再稼動のその日に、東電の幹部が強制起訴されました。前回のブログで最後に少しだけふれましたが、これは検察が意図的に不起訴にしたものを、検察審査会が強制起訴に持ち込んだのです。本来なら検察審査会にまかせる事案ではありません。検察に主体性があれば、つまり国民の側に立っていれば、とっくの昔に検察が起訴していなければならないのです。



                アメリカなら東電の幹部はまちがいなく刑務所に収監されているはずです。強制起訴という最終手段に頼らざるを得なかったのは、こみいった法律論を使って国民を煙に巻く検察の自己保身と欺瞞のせいです。しかし、このことを批判するメディアがないということが、ゴロツキ政治家をのさばらせる原因になっています。甘利氏が逮捕されないのですから、何をやっても大丈夫だ、と彼らが思うのも無理はありません。





                最後に端的な事実だけを書き留めておきます。

                2006年12月22日、当時首相だった安倍晋三氏が、第165回国会で吉井英勝衆議院議員からの質問に答えたものです。原発問題のスペシャリストとして知られた吉井議員の熱心な説得に対し、安倍首相はまるで他人事のように答え、完全無視したのです。その結果、この答弁の1540日後、2011年3月11日に福島第一原発事故が起こることになりました。



                吉井英勝議員「海外(スウェーデン)では二重のバックアップ電源を喪失した事故もあるが日本は大丈夫なのか」

                安倍首相「海外とは原発の構造が違う。日本の原発で同様の事態が発生するとは考えられない」

                吉井議員「冷却系が完全に沈黙した場合の復旧シナリオは考えてあるのか」

                安倍首相「そうならないよう万全の態勢を整えている」

                吉井議員「冷却に失敗し各燃料棒が焼損した(溶け落ちた)場合の想定をしているのか」

                安倍首相「そうならないよう万全の態勢を整えている」

                吉井議員「原子炉が破壊し放射性物質が拡散した場合の被害予測を教えて欲しい」

                安倍首相「そうならないよう万全の態勢を整えている」

                吉井議員「総ての発電設備について、データ偽造が行われた期間と虚偽報告の経過を教えて欲しい」

                安倍首相「調査、整理等の作業が膨大なものになることから答えることは困難」

                吉井議員「これだけデータ偽造が繰り返されているのに、なぜ国はそうしたことを長期にわたって見逃してきたのか」

                安倍首相「質問の意図が分からないので答えることが困難。とにかくそうならないよう万全の態勢を整えている」

                以上。

                 

                | 原発 | 14:11 | comments(0) | - |
                原発事故避難訓練は、故郷を捨てる訓練である。
                0

                  ブログを書きながらつくづく思います。何で私ごときが政治について書かなければならないのかと。本来なら、メディアやジャーナリストの仕事のはずです。

                   

                   

                  しかし、今は大手新聞の一面にSMAPのネタが載る時代です。読売新聞は天皇皇后両陛下のフィリピン訪問をベタ記事扱いで小さく報じるだけです。スポーツや芸能ネタが悪いと言っているのではありません。ただ、優先順位が違うのではないか、と思うのです。



                  私なら関西電力高浜原発3号機の再稼働を一面トップで報じます。なぜなら私たちの生活と命に直結しているからです。



                  関西電力は福井県高浜町の高浜原発3号機(出力87万キロワット)を29日午後5時ごろ、3年11カ月ぶりに稼働させる予定です。ウラン・プルトニウム混合酸化物(MOX)燃料を使う初の「プルサーマル発電」で、万が一事故が起これば、被害は甚大なものになるでしょう。それだけではありません。使用済み核燃料の保管場所もなく、将来の世代に負の遺産を残すだけです。これほど無責任で倫理的に腐敗しきった体制から利益を吸い上げているのは歴代自民党と安倍政権、電力会社、官僚、そしてマスメディアです。




                  規制委は福島第1原発事故の反省を踏まえ、原子力災害対策指針を改定し、避難計画の対象範囲を原発から半径30キロ圏に拡大しました。高浜の30キロ圏には京都府や滋賀県も含まれます。計画は昨年12月に了承されたのですが、広域避難訓練は実施されていないままです。




                  しかし、そもそも福島第1原発事故の反省を踏まえるのであれば、再稼働は中止するべきです。以下の動画をご覧ください。



                  こんな国で、原発の再稼働など許される道理もありません。それが素朴な国民感情であったはずです。にもかかわらず、なぜ原発は「粛々」と再稼働されるのでしょうか。その理由を考えてみたいと思います。



                   
                  憲法は、国民が政府を拘束するために政府に課した命令です。これが憲法の最も重要な機能であり、国民が共有すべき最低限の理解です。しかし、現行憲法を「みっともない」として、その機能を無視し、自らをこの憲法秩序の外に置く総理大臣が今この国のトップに立っています。安保法制について、「国民の皆様にご理解をいただけるように説明を尽くす所存」だとか、憲法9条の範囲内だとか言っても、議論がかみ合わないのは、よって立つ憲法観がまったく異なるからです。


                   
                  自民党の憲法改正草案を見ると、その底流にあるのは、個人の人権より国家の都合を優先させる、つまり、憲法とは国家が個人を拘束するための命令書であるとの発想です。


                   
                  この発想は、彼らにとって都合の悪いことは「なかったことにしたい」という一貫した行動原理となってあらわれます。彼らを資金面で全面的にバックアップし、マスメディアに対して絶大な権力を振るってきた東京電力が起こした福島第1原発事故は、「なかったことにしたい」ものの筆頭でしょう。安倍政権が続く以上、原発は「粛々」と再稼働されます。そして、そのアリバイ作りとして避難訓練と称するものが行われるのです。


                   
                  しかも、避難計画は自治体に丸投げで、国と電力会社は責任を負いません。わが大分県でも先日、愛媛県の伊方原発が事故を起こした時のことを想定して、避難民の受け入れ訓練を行いました。フェリーで避難してきたお年寄りは、計画に疑問を投げかけていました。


                   
                  そこで私なりに、避難計画が前提としている状況を考えてみました。


                   
                  1:運良く、自分の住んでいる地域にセシウム、ストロンチウム、放射性ヨウ素、プルトニウムなどの放射性物質が降ってくる前に、つまり初期被曝をする前に、原発事故の情報が届くこと(ほとんど想像できない。電力会社は情報を隠すことはあっても、早めに出すなどということはない)。


                   
                  2:天気が良くて、海も静かであること。つまり、絶好の行楽日和であること(台風が接近していたり、豪雨や雪が降ったりしていないこと。どうやら事故は日中に起こるものであり、寒い夜に事故が起こることは決してないと想定しているようです。)


                   
                  3:寝たきりや病気のお年寄りがどこに何人いるかを常に正確に把握していること。いざという時、そういった住民の元へ駆けつける人員が常に確保され、医療機器が常備されていること。



                  4:住民を乗せるタクシーやバスの運転手が被曝を恐れず、事故の中心地に向かうこと。


                   
                  5:地震で港や道路が破損しておらず、車は渋滞することなくスムーズに流れ、フェリーも普段通り運航できること。


                   
                  6:何より、住民全員が自分のことは後回しで、他人の命を助けるために自分の命を投げ捨てる覚悟ができていること。



                  つまり、避難訓練は真冬の深夜、豪雪の中を、接近する津波を想定して、寸断され土砂で埋まった道を、病人やお年寄りを乗せて行わなければ、単なるお遊びでありセレモニーです。


                   
                  以上のことから、避難訓練はアリバイ作りだということがわかると思います。原発事故が起これば、自分の故郷へは二度と戻れません。戻れたとしても、被曝を覚悟して、劣化した環境で残酷な被曝を強いられる生活になるということです。つまり、
                  避難訓練は故郷を捨てる訓練なのです。これが本質です。



                  にもかかわらず避難訓練をするのは、一般の国民に「ああやって逃げればいいんだ」と、マスコミを通じてあたかも避難が可能だと思いこませることが目的です。原発推進派は、住民に、半ば強制的に避難訓練をさせることで、故郷を捨てる予行練習をさせているのです。つまり、「故郷を捨てることに慣れさせる」「もうそうなったらしょうがないね」というあきらめの思考回路を作っているのです。しかし、それは永遠に還ってこない故郷と引き換えです。



                  万が一、死を免れたとしても、被曝した体で生き続けなければなりません。故郷と仕事を失って、この先どうやって生きて行けというのでしょうか。この期に及んで原発を再稼働する理由など何一つありません。

                   

                  | 原発 | 17:10 | comments(0) | - |
                  『亡国記』−想像力と妄想について
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                    想像力と妄想は似ているようで決定的に違います。妄想とは「ありもしないことを想像して、事実だと信じ込むこと」です。この「事実だと信じ込むこと」の中に個人や集団の病理が表れます。

                     

                     

                     

                    安倍政権は知性に問題があるばかりでなく、立法事実そのものが存在しないのに、存在すると強弁したり、信じ込んだりしているのですから、これはもはや妄想集団と呼ぶしかありません。

                     

                     

                     

                    戦争法案の可決は、国の最高法規である憲法を、妄想集団が数の力で破壊したということです。それが社会にもたらす最大の影響は、倫理的な退廃です。つまり、「何が正しいか」を判断する基準が、最終的に権力と金を握っている人間にゆだねられるということです。

                     

                     

                     

                    妄想集団は、国際社会の中で孤立し、国家を破滅へと導きます。繰り返しますが、「ありもしないことを想像して、事実だと信じ込むこと」が妄想です。しかし、妄想が本当に恐ろしいのは次の点にあります。それは、過去の経験から学ぶことができず、現実に差し迫った危険を危険だと認識できないという点です。

                     

                     

                     

                    この国の歴史は、3・11以降、新たな局面を迎えています。それまで隠されていたものが表面に出てきたと言えばいいでしょうか。あると思っていたものが、全くなかったことが露わになったのです。抽象的な言い方はやめましょう。福島第一原子力発電所の事故以降、私たちは国家の破滅に直面しているということです。「国破れて山河なし」というレベルで。想像力とは、いまだ顕在化していない「現実」を見る力です。

                     

                     

                     

                    妄想集団である安倍政権は、この「現実に差し迫った危険」が見えていません。住民の避難計画も責任の所在も明らかにされないまま、地震と火山活動が活発化する日本で、原発の再稼働にゴーサインを出しました。妄想から覚める気配などまったくありません。彼らの発することばは、空語、空語、空語です。定型フレーズ自動再生装置を首からぶらさげているだけです。

                     

                     

                     

                    この国の最大の課題は、原発を再稼働させたり推進したりする政治勢力を一掃することなのです。さもなければ私たちの未来はない、という事実に一人でも多くの国民が気づかなければなりません。原発事故以前、一体誰が今住んでいる場所を追われ、流浪の民となることを想像できたでしょうか。明日は我が身なのです。それが3・11以降、私たちが直面している現実です。妄想集団に頼ることはできないと思い知るべきです。生き延びるためには、想像力を最大限に働かせるしかありません。

                     

                     

                     

                    想像力こそが人間に与えられた最大の武器であり、生き延びるための最後の手段です。疑う人は『亡国記』を読んで下さい。ここには近未来の私たちの運命が描かれています。この小説を単なる作り話だと笑える人は幸いなるかなです。私は一気に読みました。3・11以降、この小説の持つリアリティーの中を私たちは生きているのです。

                     

                     

                    | 原発 | 14:39 | comments(0) | - |
                    死の舞踏を舞っているのは誰か
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                      2012年3月7日に『福島原発−現場監督の遺言』について書いたもう一つのレビュー。

                      ― 著者の恩田氏は、ことばを正確に使う人である。「冷温停止状態」「爆発的事象」「中間貯蔵施設」「収束」などという欺瞞言語を決して使わない。あるいは、他人の発言に対して「レトリックにすぎない」などという言葉を投げつけることによって、自分の言説はレトリックではないと読者に印象づけるような卑怯な言葉使いをしない。40年以上にわたってチェルノブイリ事故など原発関連の記事を執筆してきた著者は、現実を正面から見据え、自らの責任と判断でそれを正確な言葉にしている。

                      しかし、私がここで言及したいのは、「現場監督の遺言」を残した平井憲夫氏についてである。(You Tubeの「内部告発−原発:平井憲夫氏の遺言」は必見である。これを見ていただければ私のレビューなどどうでもよい)。平井氏は、その発言内容があまりにも生々しく、リアルであるために、一時期その実在を疑われ、原子力村から圧殺されかかったほどの人物である。ネットでは例によって枝葉末節の揚げ足取りや人格攻撃の対象にされているが、逆にそのことで平井氏がいかに厄介な存在であったかわかる。




                      本書の第4章「原発の語り部・平井憲夫の活動」は必読の章である。
                      東電の福島第二原発3号機の運転差し止め訴訟における平井氏の陳述書は、同氏がさまざまな場で語ってきた原発の内情がほぼ網羅されていて、原発が素人集団による欠陥工事だらけのものであり、保守・点検がいかに杜撰なものであるかを指摘している。特に氏が「チェルノブイリ一歩手前」と呼ぶ、福島第二原発3号機の再循環ポンプの事故および関電美浜原発2号機の蒸気発生細管のギロチン破断事故に関する証言を読んで、背筋が寒くならない人がいるであろうか。私たちが現在生きているのは、単なる幸運に過ぎないと思い知らされる。ここで下手な要約をすれば、氏の証言が持つ迫真のリアリティーを奪うことになりかねない。一人でも多くの人にこの章だけでも是非読んでもらいたいと思う。

                      人間として生きる誇りとは何か。これは難しい問いである。しかし、誇りと良心を失わず、自分に与えられた責任を全うして生きた人間はいる。平井氏はまぎれもなくその一人である。1997年、氏は58年の生涯を閉じた。お別れの会での高木仁三郎氏の挨拶は心に響く。そして、その高木氏ももうこの世にいない。平井氏も高木氏も私たちが長く記憶にとどめておきたい人間である。

                      それにしても日本の近代150年の歴史の中で、足尾鉱毒事件、水俣、そして、ついにフクシマに至った経緯を考えると、日本の政治の屋台骨は折れてしまったのだと思わざるを得ない。薄氷の上で浮かれて死の舞踏を舞う国民大衆に、自らの命を犠牲にしてでも危険を知らせ、安全な場所に導くのが政治家の役目ではなかったのか。しかし、福島県民が犠牲になって危険を知らせてくれたにもかかわらず、現在、薄氷の上で率先して死の舞踏を踊っているのは当の政治家たちである。第二のフクシマは近い。―


                       
                      | 原発 | 22:40 | comments(0) | - |
                      狂気の時代を生き延びるために
                      0
                        前掲書のレビューと同時に削除された、広瀬隆氏の『第二のフクシマ日本滅亡』に対する私のレビュー、『狂気の時代を生き延びるために』も再度掲載しておきます。それにしても、同時に二つのレビューが削除された背景には何があるのでしょうか。まさに、狂気の時代を支える勢力が実在していることを証明しています。

                        ― 広瀬氏ほど罵詈雑言を浴びせられ、枝葉末節なことで挙げ足を取られてきた人もいないのではないか。今となっては、それが原子力村に寄生する専門家や学者・評論家・ジャーナリスト・カルト教団によるものであることが明らかになった。
                        広瀬氏の言説に多少の勇み足や誤解があったとしても、私は広瀬氏を断固支持する。
                        なぜなら氏の著作には、良心の声と怒りが満ち溢れているからだ。そしてその強さ真摯さは、他の著者の及ぶところではない。
                        預言者めいた煽情的な語り口を指摘する声もある。しかし、それは無知と鈍感が招いた福島原発事故に対する痛切な悔恨をいまだ持ちえない人間に、そう聞こえるというだけのことである。氏が本書の中で主張する、六ヶ所再処理工場の即時閉鎖の正当性は、正気の人間には自明の理である。だが、原子力村の利権構造にどっぷりとつかっている人間には、事実に基づいた正確な分析や危険性の予測も、単なる雑音でしかない。

                        関連企業から研究費と称する賄賂をもらっている原子力安全委員会の学者は、細部の知識や議論の正当性を競う。だが、たとえそれがどんなに正確で整合性があろうとも、所詮はジグソーパズルのピースでしかない。問題は、そのピースで描く全体像である。そこに人間の良心や倫理観が否応なくあらわれてしまう。

                        客観的な科学など存在しない。科学はそれを利用する人間の動機や利権によって、いとも簡単に方向づけられてしまうのだ。科学に対する根底的な批判なしに私たちはこの狂気の時代を生き延びることはできなくなった。私たちは、良心の声を聞く能力を高めなければならない。

                        「そもそも、自宅や農地を失い、友人・知人を失い、郷里を失い、職を失い、日々かろうじて生活を保ち、これからの生涯にわたる甚大な被害を受けた地元民をはじめとする被害者に対して、「加害者である東電」が、補償金の請求書類を送りつけ、「この書式に従って請求しろ」などと、請求の手順や項目を勝手に決めつけることが、法律的にはあり得ない非常識なことである。それをマスメディアが一度も批判していない。メディアが批判してきたのは、書類の分厚さや煩雑さだけで、そんなことは枝葉末節のことだ。たとえば泥棒であれ殺人犯であれ、加害者側の責任者が、苦しむ被害者側に、自分の罪状に関する書類を送りつけ、それに従って被害請求をしろと求めることが世の中にあるか、と考えてみれば誰にも分かるだろう。前代未聞の不条理が目の前で起こっているのだ。補償金の請求は、被害を受けた人間が怒りを持って、東電に対して、「これこれを補償しろ!」と怒鳴りつけて求める筋合いのものである。その方法や項目を、東電が決定して被害者に通告するとは何ごとだ。そんな権利が、事故を起こした加害者の一体どこにあるのだ。(251頁)」

                        これは広瀬氏の切迫した良心の叫びであり、怒りである。私たちは、人生の大半を費やして警告を発し続けてきた広瀬氏や小出氏を孤立させてはならない。一人でも多くの人がこの怒りを共有することを願う。―



                         
                        | 原発 | 22:29 | comments(0) | - |
                        経済合理性という狂気または合理的な愚か者について
                        0

                          2012年1月18日、私は『原発危機と東大話法』(安冨歩著:明石書店)のレビューを 『経済合理性という狂気または合理的な愚か者について』というタイトルでアマゾンに投稿しました。私のレビューは瞬く間に600人以上の人が「参考になった」との感想を寄せてくださり、その数は日々増え続けていました。

                           

                           

                           

                           

                          反面、安冨氏本人が書いたレビューではないかとの中傷も受けました。ところがそれから9カ月経った10月17日に突然、私のレビューは削除されたのです。問い合わせたところ、新しくなったガイドラインを9か月前にさかのぼって適用し、システムのロジックに従って削除したとの返事でした。

                           

                           

                           

                           

                          「私のレビュー以外にそのような基準で削除されたレビューがあるのか、すべてのレビューを9カ月前までさかのぼって読み直し削除しているのか、削除の責任者は誰か」との私の問いかけに、アマゾンは全く答えられませんでした。川内原発の再稼働を機に一度ホームページに掲載したものを再度載せておきます。

                           

                           



                          ― フクシマ以降、私は何をしても心晴れず、笑うことも少なくなった。原発事故の衝撃もさることながら、その後の学者や政治家・マスコミの正気を疑うような発言や報道に接して、私は深く傷つき、ボディーブローが効いてくるように疲弊した。言語存在としての人間は、言葉を正確に使うことなしに現実に肉薄することもできなければ、精神の平衡を保つこともできない。専門用語を多用し詐術的論理を使う人間が、確信犯的な自信をもって声高に叫べば叫ぶほど、人間のおぞましさをまざまざと見せ付けられる思いがして、いたたまれなくなる。
                           

                           


                           本書の第1章「事実からの逃走」から一例を挙げよう。2005年12月25日に行なわれた公開討論会「玄海原発3号機プルサーマル計画の『安全性』について」での、東京大学大学院工学研究科の大橋弘忠教授は「専門家になればなるほど、そんな格納容器が壊れるなんて思えないんですね」と発言し、討論の相手である小出裕章氏を素人だとして侮辱している。著者は、この公開討論会での大橋教授の議論の欺瞞性に言及して次のように述べる。「原子力の専門家であるための条件は、原子力についての真理に曉通することではない、のです。そうではなくて、欺瞞言語を心身に浸透させていって、まともに思考できなくなり、原子力業界の安全欺瞞言語でしかものが考えられなくなって、『格納容器なんて壊れるわけないよね』と<思い込める>ということが専門家の条件なのです(67頁)」と。

                           


                            
                           そして第3章「東大文化」と「東大話法」で、経済合理性と費用対効果を何よりも重視する池田信夫氏を俎上にのせる。この章が本書の白眉である。「放射性廃棄物を途上国に開発援助と交換で引き取ってもらうことも可能で、これはコストの問題にすぎない」と断じる池田氏に対し、著者はそういう行為は卑怯であるとして、極めて重要な指摘をする。

                           

                           

                           

                          「経済行為を単にコストと利益に還元する論法が、経済学の特徴ですが、私はこの考えは経済的観点からして、間違っていると考えます。というのも、人間社会が卑怯者の集団となれば、社会秩序が維持できなくなるからです。その社会的・経済的コストは極めて大きいのです。この重要な論点を無視するのが、経済学という学問の最大の問題点だと私は考えています。池田氏のブログが絶大な人気をエリートの間で誇っているのは、ここのところがポイントなのだと私は感じます。卑怯かどうかは、一切問題にせず、そういうことをいう人間は鼻先で笑い、すべてをコスト計算で踏み越えていく。それが卑怯者の多いエリートやその追随者には痛快なのでしょう。しかし私は、逆に、卑怯かどうかは、経済的に非常に重要だと考えています。というのも、卑怯者は何も生み出さないで、盗むばかりだからです。誰かが創造性を発揮して価値を生み出さなければ、経済は維持できません。(168〜9頁)」
                           

                           


                           その池田氏はブログで次のように断言している。「福島原発事故は命の問題ではなく、純然たる経済問題なのだ。経済問題と考えると、農産物の年間出荷額が2400億円の福島県で5兆円もの賠償を東電が行なうのは、どう考えても過大であり、数兆円もかけて除染を行なうのは税金の浪費である」と。池田氏は「純然たる」経済問題だと自らに言い聞かせて、葛藤から自由になる手法を身につけている。ここまでくれば、経済合理性を追求する余り、狂気の沙汰に至った言説だと言うほかない。


                           

                           


                           なぜ人間はかくも合理的な愚か者になりうるのか。
                          経済合理性の人間社会への力ずくの押しつけが、私たちの生の複雑さや豊かさを平準化し、社会を理解するために必要な「正義」や「倫理」を、経済学者や専門家から根こそぎ奪い取ってしまったからである。

                           

                           



                           私たちの生は市場ではない。同様に、意識もまた市場ではない。経済学という閉ざされた世界の中で、現実離れしたモデルを作って、お互い持ち上げたり、けなしあったりしている池田氏やその取り巻きは、私にはゲームに興じるこどもにしか見えない。経済産業省の言いなりになって、原発を海外に輸出しようとしている日本政府も同じ穴の狢である。これだけの事故を起こしたにもかかわらず、何もなかったかのように思考し行動する。あるいはこれまでの体制をいっそう強化することに血道をあげる。今後、一体何基の原発が事故を起こせば彼らは覚醒するのだろうか。
                           

                           


                           フクシマ以降、私たちが生きている世界に課せられた最大の問題は、私たちの子孫が荒涼たる環境の中で暮らしている、あるいは暮らせなくなっていることを想像して、それでも良心の呵責なく生きることができるのかという倫理的な問題なのだ。池田氏は倫理や正義を空想だと言う。なるほど倫理も正義もそして怒りもモデル化できない。しかし、厳然として存在する。そして、それこそが歴史を動かす原動力となってきたのである。本書の一読をすすめたい。―

                           

                           

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